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Chapter3

19 もう一度

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 穏やかな時間を裂くような炸裂音に、リゼロッテとネリちゃんが私を守るために素早く立ちはだかる。
 それまで応接室の壁際に控えていたメイド服姿のフェアルが私の傍にやってきて、深々と頭を下げた。

「ヨミ様、お騒がせして申し訳ございません」
「何があったの?」
「はい、真に申し上げにくいのですが、レイラ様がヨミ様の寝室に侵入し、その……名状しがたい行為におよんでおられまして……あっ! 交換したばかりのシーツを汁まみれにっ!」

 どん、と再び爆発音が響く。
 これで何度目だろう。レイラは私に並々ならぬ感情を抱いており、彼女なりの求愛行動は倫理的に容認できないものがほとんどなので、私を守る役目を負ったフェアルさんと度々衝突していた。

「はわわ けんかですか?」
「いいえ、ネリちゃん様。これは相互理解を深めるための交流にございます。ヨミ様、よろしいですか?」
「うん。どちらも怪我のないようにね」
「では、しばし失礼を」

 ぽんっ、と軽快な音と共に、フェアルの体が急激に縮む。
 フェアル・シェオル。彼女はこの城そのものとも言える存在で、私とシェオル城を守る妖精なのだそうだ。使徒とは違い、城の外には出られないけれど、城の中でなら出来ないことの方が少ない。
 たった一人でこの広いシェオル城を維持することも彼女になら容易い。体を何体にも増やし、私の傍に控えると同時に、城内を隈なく清掃し、洗濯をして料理をして庭を手入れすることができる。
 同時に増やせるのは二百体ほど。常に情報を同期していて、あまり労力のかからない業務の場合には子供の姿になっている。子供、というかデフォルメされた姿、というのだろうか。ゆるキャラのような、まるっこい姿だ。

「……あああっ! ヨミ様のお寝巻きになんてことを……! かくなるうえは!」

 より一層激しい戦闘音が響き渡り、応接間にまで振動が伝わる。フェアルの言葉から今レイラが私の寝室で何をしているのかもなんとなく伝わってくるけど、極力知りたくない。

「あの、私も何かお手伝いしましょうか……?」
「……ありがとうございます、リゼロッテ様……それでは、お言葉に甘えて……しばしヨミ様の警護をお願いいたします」

 レイラとの戦い、ではなく、交流があまりうまくいっていないらしいフェアルは、リゼロッテの申し出にしどろもどろに答えてからすっと姿を消した。城中に散らばっていた分体を集結させ、最大戦力でレイラと対峙しているのだろう。
 やがて一際大きい炸裂音を最後に、城は静寂を取り戻した。
 この城内はフェアルの胎内のようなものだ。使徒といえど城内でフェアルにかなう者はいない……と思うけれど、レイラ以外にフェアルに本気を出させるような行いをする使徒がいないので今のところ確認できていない。

 ほどなくして等身大になった燕尾服姿のシェオルが扉から応接室に入ってきて、深々と礼をした。

「大変に失礼いたしました。新しい寝室をご用意いたしましたので、本日からそちらをご利用くださいませ」
「うん、ありがとう」

 フェアルはこともなげに新しい部屋を用意してくれる。増築も改築も彼女の手にかかればお手の物だ。とは言ってもレイラが私の寝室を使用不能にしたのはこれで三回目なので、そろそろ原因の方をどうにかしなくちゃいけない。

「だいじょうぶ? レイラと なかよくできた?」
「ええ、滞りなく。レイラ様には……おいしい野菜を育てるための手伝いをしていただくことになりました」

 心配そうに目をぱちぱちさせるネリちゃんに、フェアルは優しく微笑みかけた。つまりレイラは畑に埋められたのかな。とりあえず今は埋まっていてもらおう。


 面談を兼ねたお茶会をお開きにして、執務室に座る。
 重厚な執務机に、細工のほどこされた椅子。壁にかかっているタペストリーには鷹と蛇をモチーフにしたエンブレムが刺繍されている。鈍く光る甲冑や武器などで飾られた物々しい内装のこの部屋は、軍の司令室みたいにも思える。少なくとも「城」と名がついているのだから、軍事的な拠点として建てられているのだろう。

「アイク、一番最後に参照したノートを開いて」
『はい、ヨミ様。こちらでございますね』

 椅子に座りながら声をかけると、羽の生えたタブレットは優雅にくるりと回ってから私の前に光のウィンドウを表示させた。
 開いたのはノートアプリ。この世界に来てから書いている、私の日記だ。
 今日の出来事を時系列順に箇条書きで記す。ネリちゃん、リゼロッテと面談。一応レイラの行動も書き留めておく。そして私の所感。

 入力を終えてからもう一つのノートを開く。これは調査レポート。今までにこの世界について調べて、知り得たことを書き連ねている。

 まずは使徒たちについて。
 使徒は神の為に身を捧げ、「悪しきもの共」を打ち滅ぼす使命を帯びた者だという。通常の人とは違い、死亡しても生き返ることができる。神が存在する限り不死である。不眠不休で活動可能。食事も必要としないが、嗜好品として楽しむこともある。

 そして私もまた、通常の人とは異なっている。
 私はこの世界に来てから、最初に気絶した時を除けば、一睡もしていない。食事もしていない。最初は空腹を感じたけれど、今は特に何も感じない。体調に異変はない。
 水を飲まなくとも唾液は出る。湯船に浸かれば発汗する。排泄もしていない。生物であるかどうか疑わしい。
 体内に血が流れていることを確認しようと思って指先に剃刀の刃をあてたけれど、傷をつけられなかった。指先だけではなく、体のどの場所にも。爪と髪は切ることができたが、その他には一切の傷をつけられない。

 痛みは感じる。試しに左手の小指を折ってみようと思ったのだけれど、ハンマーで打ち付けても私の指は折れなかった。痣になるどころか赤くもならない。軽くぶつけた程度の痛み。一定以上の痛覚を遮断されているような感覚。

 以上をふまえた仮説。

 ①夢を見ている
 ②死後の世界
 ③ゲームをしている最中
 ④私自身もゲーム内に登場する作られた存在である
 ⑤それ以外

 まず①について。私の体が現実に生きた状態で、意識だけが長い夢に囚われている。「一炊の夢」という故事のような体験であるのならば、私にできるのは目覚めを待つことだけだ。

 ②。私の体は現実で死に、意識だけが生存していた時と変わらず働いている。天国か地獄に落ちた、または生まれ変わった、という表現もできる。検証するにはこの世界でも死んでみるしかないが、今のところ私の体に致命傷を与える手段が見つからない。それになるべくなら死にたくはない。

 ③。極端にリアルな仮想世界に娯楽として訪れている。何らかのミスで記憶が欠落した。あるいは、そういう設定でゲームを開始し、自分がどのように行動するかの実験をしているのかもしれない。「私」を疑う必要があるので検証が難しい。

 そして④。リゼロッテやネリちゃんと同じく、私自身もこの「トリニティ・ファンタジア」の登場人物として作られた存在である。他のキャラクターと設定が違いすぎるけれど、考えられない話でもない。

 今のところ有力なのは③だろうか。リゼロッテたちに質問した後でプロフィールの情報が追加されたのは、プレイヤーである私がゲームシステムにリクエストをした為だと考えると筋が通る。ログにないことについて質問した時、答えるまでにほんの一瞬間が空いたのも説明がつく。記憶をたどっているのではなく、追加の情報を受信している。

 ただ、この世界が私の為に用意されている、もしくは私が私の為に用意したとすると――あまりに趣味が合わない。
 リゼロッテや、他の使徒たちの話を聞いて思うのは、この世界の「神」という存在と、私の思考とのかみ合わなさ。
 彼らの背景はそれぞれ違っているけれど、誰もが理不尽な脅威に晒されていた。だからこそ定められた運命から救ってくれた神に心酔する。ただそれは、理不尽な世界から救い出されたのではなく、神という存在に新たな支配を受けるのも同然なのでは、と私は思う。

 娯楽として消費される美談に文句はないけれど、少なくとも私の趣味ではない。
 記憶はないけれど、なんとなくそう感じる。

『ヨミ様。退屈でしたら私と共にメインクエストを進めましょう。第256章クリアで新たな使徒が加入します』
「今はいい」

 アイクのナビゲートをキャンセルする。
 勧めに従ってトリニティ・ファンタジアの物語を進めてみれば、新しい発見があるかもしれない。
 でもその前に。

 ――⑤それ以外

 私に思いつけないことは、私以外の誰かにしか思いつけない。となれば、あの時後楽園にいた人。
 私と同じような状況にあると思われる、学生服の人。

 もう一度、後楽園に行って調べる必要がある。
 私について。あの人について。
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