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Chapter3

17 神対応

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 盗賊の監視を自警団の人たちに引き継いで、村の中心部に向かう。
 戦闘の行われた広場付近はひどい有様だった。教会や集会所は半焼。広場に近い家も被害を受けていた。
 それでも村人から怪我人や死者は出ず、子供たちも無事に取り戻せた。畑や家畜も無事。なにより村長が死の淵から蘇ったことが人々の表情を明るくさせていた。

 教会の影から様子を窺っていると、瓦礫の撤去を手伝っていたリュカが気付いて俺たちの方にやってきた。

「ニーナ、お戻りでしたか」
「うん、お疲れさま! 一気に片付いたね」

 恐れ入ります、と答えたリュカは申し訳なさそうな顔をしていた。
 リュカは広場で必殺技を放ち、建物への被害を拡大させてしまったことをまだ気にしているらしい。モンスターと盗賊が悪いんだから仕方ないのだけれど、復旧作業を手伝う方がリュカの心の負担が減りそうなので俺からもお願いしていた。鎧を脱いで、地面を平らにならすための農具を手にしていてもまぶしい。農協のCMに出てるアイドルか?

「お疲れになられたでしょう。よろしければ診療所でお休みになっていてください。食事もお運びいたしますので」
「いや、俺は全然大丈夫……」

 ふわりと美味しそうな匂いが鼻先をくすぐる。匂いにつられて集会場の方を見ると、お年寄りたちが手分けして炊き出しの準備を進めていた。あ~めっちゃ腹減ってきたけど、被災した村の食料を俺たちがもらったらいかんよな。なんて考えつつも未練がましく見つめていたら、率先して働いていたリゼロッテちゃんとばっちり目が合ってしまった。

「ニーナ・チョココロニー様!」

 しまった、と後悔しても遅い。俺を見つけたリゼロッテちゃんがすっ飛んでくる。

「ニーナ・チョココロニー様。我らが村をお救い下さり、誠にありがとうございました! それに、母の……村長の命を救ってくださって、私までも……ああ、こんな奇跡が起こるなんて! 私、なんてお礼を言ったらいいのか……!」
「あっ、いや、もう本当に、充分すぎるぐらい感謝してもらったから大丈夫です!」

 ほんとマジで充分なんですよ。なにせリゼロッテちゃんにひざまずかれてお礼を言われるのはもう五回目なので。
 村長代理のリゼロッテちゃんが俺にお礼を言うたびに、村人たちも作業の手を止めて集まり、俺を拝んでしまうので申し訳ないんだよな。俺の存在が作業効率を下げているっていうこのいたたまれない状況よ。
 子供たちも最初はキラッキラの笑顔で感謝を示してくれていたけど、今や朝礼で校長の長話に耐えている時の学生と同じ顔をしている。その気持ちわかりすぎる。

「いえ、けして充分ではございません! 我らスーリエ村の者は生涯感謝を忘れることはないでしょう! 子々孫々に至るまでニーナ・チョココロニー様の奇跡を伝え、永久に信仰を捧げます!」

 うーん信仰心篤すぎ! 神バレしたらモテるかもとか思ってたけど、むしろ心理的な距離がぐぐっと開いてしまったみたいだった。

「あの、ほんと気持ちはすごく伝わってるから……俺のことはどうか、他の使徒と同じように接してもらえると嬉しいんだけど」
「――あっ! 申し訳ありません、先ほども同じように仰られていたのに、私ったらつい……。どうかお許しいただけますか……?」
「そんなん全然許すよぉ?」

 美少女にうるうるした大きな瞳で見つめられたら内容問わず秒で許してしまう俗な神でゴメンな。

「まあ、ニーナ様はなんとお優しいのでしょう」
「寛大で謙虚でいらっしゃる……」
「まことに善きお方だわな」

 わいわいと俺を褒め称えているのは信心深いお年寄りたちである。わ~い、おじいとおばあにモテまくって嬉しいな……なんかめっちゃなでなでされるし飴とかいっぱいくれる……。
 結局ご飯もいただいてしまい、俺たちは三日間村に滞在して復興作業の手伝いに励んだのだった。


 村に行く時は森を通ってきたけれど、帰りは村の教会で転送魔法陣を使うことができた。村人たちに華々しく見送られて戻ってきた拠点は、たった三日留守にしただけなのになんだか懐かしく思える。

「ニーナ、御立派でございました! 悪しきもの共の討伐だけではなく、復興にまで手を尽くされるとは、なんと慈悲深い……!」

 村にいた時は無表情に勤めていたリュカは、拠点に着くなりぱあっと笑顔になって俺を褒め称えまくった。
 でも今俺は転送酔いをするという前提で用意しておいた洗面器にベロベロ吐いてる最中なんですよね。リュカは俺の背中をさすりながらまだまだ褒めまくる。嬉しいけどゲロってる最中に褒められるの初めてだな。

「…………ありがとうリュカ。みんなお疲れ様、ちょっと休んでから飯食いに行こ!」

 やっぱクエストクリアしたら打ち上げだよね。
 ハオシェンが「ウェーイ! 酒! 肉!」と声をあげる。アルシュも耳をぴるぴるさせた。スマホもなぜか飛び跳ねている。お前は飯食わねえだろ。


 洗面所で口をゆすいで顔を洗ってから、俺は自分の部屋のベッドに寝転がって枕に顔をうずめた。

 ――できることは全部やった。

 リゼロッテちゃんからの依頼通り、山に巣食ったモンスターを倒して、原因を特定した。
 さらに村の復興にも手を貸し、モンスターが現れたせいで遅れていた麦の収穫も手伝った。盗賊が誘拐した子供を魔人教団に引き渡す約束をしていた場所にも念のため様子を見に行った。アルシュによると「誰かが待機していた痕跡はある」とのことだったけれど、逃げた先までは特定できなかった。

 盗賊の生き残りは後日「中央庁」というところからやってくる調査団に引き渡すそうだ。この世界の警察みたいな組織なので、魔人教団について調査してもらえる。もし魔人教団の尻尾をつかめたら、改めて俺たちの教団に依頼があるかもしれない。

 最初から何が起こるか分かってたら村に被害を出さず、もっとスマートに解決できたかもしんないけど、わからないなりによくやったんじゃない? 結構な神対応なんじゃない?

 ――それなのに。

「リゼロッテちゃんは仲間にならんのかい!!!!」

 俺は枕に顔をうずめたままモゴモゴと叫んだ。

 そう。俺はアスリナさんを復活させただけではなく、アスリナさんとリゼロッテちゃんの体を蝕んでいた魔力痕まで綺麗さっぱり消してしまったのだ。二人が魔力のせいで苦しんだり、早死にすることは多分もうない。
 それ自体は全然いい。喜ばしいことなんだけども。それはつまり、リゼロッテちゃんが村を出て使徒を目指さなければならない理由がなくなったわけで。

 アスリナさんは「もう憂いはなくなったのだから、見聞を広める為にも使徒様方に同行させていただいてはどうだ」とリゼロッテちゃんに提案していた。ナイスアスリナさん! しかしリゼロッテちゃんに「お母さんは、私がいない方がいい……?」と潤んだ目で見つめられたアスリナさんは「そんなわけはないよ?」と秒で陥落した。アスリナさん……!

 多分俺が仲間になってくれって頼んだら一緒に来てくれるだろうけど、神にバチクソ感謝しまくってるリゼロッテちゃんに俺からそれを言ったらほぼ命令みたいなものだし。「これからも村のために尽力します! 母と一緒に幸せに暮らします!」って明るく笑うリゼロッテちゃんにそんなこと言えなくない?

 魔人教団のこととか、俺の祈りが誰に届いたのか、とか。その辺の疑問もちょっとあるけどリゼロッテちゃんが仲間にならない悲しみの前では大体のことがどうでもいい。泣いてないけど。べつに全然泣いてないですけど。

 小一時間後、俺は目を腫らしながら仲間たちといつもの店で打ち上げをしたのだった。
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