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Chapter3

10 アスリナとリゼロッテ

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「リゼロッテはお役に立てそうですか」
「あっ、はい! 即戦力で大活躍してくれました。でっかい虫型のモンスター相手に一歩も怯まず」

 お世辞も誇張もない俺の賛辞に、村長は「それはようございました」と優しく頷いた。昨日リゼロッテちゃんをきつくなじっていたのが嘘みたいだ。あの時はクソババアかよって思ってしまったけど、やっぱりリゼロッテちゃんのことが大事なんだな。言い方はちょっとどうなのって感じだけども。

 穏やかな沈黙が続く。一緒に討伐に行ったはずの俺が村に残っている状況が一方的に気まずくて、説明を求められたわけじゃないけど自分から白状する。

「……俺は、その、虫が苦手で。みっともないんですけど、俺だけ撤退したんすよね。でもリュカたちは強いから討伐の方は問題ないですけど」

 村長にはなんとなく嘘をつけなくて、正直に話す。俺はへらりと笑いながら軽く言ったつもりだったけれど、村長は不思議そうに俺を見た。

「なぜ、みっともないのですか?」
「なぜって、男は強くないといけないのに、虫なんかが苦手だとか弱音を吐いたらいかんな~っていうか……」
「――なるほど。そのようにお考えなのですね」

 村長は目を伏せ、少し考え込むような表情をした。なんか緊張する。

「恐れ多いのですが、私の昔語りにお付き合いいただけませんか」
「はい、俺でよければ。あと敬語じゃなくて、普通に、村の子供たちと話すみたいにしてください。俺の方が年下だし」
「そうですか。ならそうさせてもらうよ」

 全然いいんだけど、この世界の人たちは基本的に無駄な遠慮をしないのな?

「私とリゼロッテが本当の親子ではない、ということはもう知っているね?」
「あっ、はい……なんとなく」

 昨日集会所でケンカしている時に聞いた感じ、そうなんだろうなとは思った。それ以前に、ぱっと見で親子に見えない。顔立ちどころか、肌の色や眼の色、髪の色、角の形に至るまで、外見的特徴が一致しない。
 この村の人たちの大多数は村長と同じく、キャラメル色の肌をしている。リゼロッテちゃんや一部の人たちはミルク色。子供たちにはその間ぐらいの子もいた。

「あの子の本当の母親は、エリザベスといってね。強く、賢い人だった」

 物語を朗読するように、村長はエリザベスさんとの出会いについて語る。

 村長がまだスーリエ村の長ではなく、アスリナという名のひとりの少女だった頃。巡礼の旅の途中だったエリザベスさんが村にやってきて、森に巣食ったモンスターを退治して結界を張ってくれたのだという。自分の魔力を自覚したばかりのアスリナさんはエリザベスさんに憧れ、弟子入りするような形でエリザベスさんと巡礼の旅をすることになったそうだ。

「私たちは神の使徒として召抱えていただけるよう、二人で各地を旅して、悪しきもの共を退治して回った。私たちの旅は十年ほど続いた。そして……エリザベスはある男と恋に落ちて、旅をやめた。残り少ない人生なのだから、愛する人と共に平穏に過ごしたいと言ってね。そんなエリザベスを、私はどうしても許せなかった」

 深く息を吐いて、アスリナさんはうつむいた。旅をやめるということは――エリザベスさんは、魔力のせいで早死にしてしまうということだ。

「旅を続ければ、エリザベスは神の使徒になることができたはずだ。清い心を持ち、慈愛に溢れ、誰よりも強い魔力を持ったエリザベスが神の意に沿わぬならば、他の誰が使徒になれるだろうか。それなのに諦めて逃げ出すのか。あなたはそんな弱い人じゃないはずだ。そう責めた私に、エリザベスは悲しそうに首を振るだけだった」

 アスリナさんは顔を上げ、木洩れ日に目を細めた。まるでそこにエリザベスさんがいるみたいに。

「その後、私は一人で旅して回った。数年後――エリザベスの住む街が悪しきもの共の襲撃を受けたという報せが舞い込んだ」

 アスリナさんは急いで駆けつけたが、もう何もかも終わった後だった。エリザベスさんはすべての魔力を使い果たし、命と引き換えにモンスターを倒したが、街は壊滅してしまった。
 エリザベスさんの夫――リゼロッテちゃんのお父さんは、まだ三歳だったリゼロッテちゃんを庇って亡くなった。

 汚染されて住めなくなった街を捨て、アスリナさんは生き残った人々をこの村に連れ帰った。エリザベスさんに代わってリゼロッテちゃんを育てると決めたアスリナさんの旅はそこで終わり、やがてアスリナさんは村長になった。

「不思議なことなのだけれどね。エリザベスと旅をしている時よりも、リゼロッテを育てている時の方が、よりエリザベスを身近に感じるようになった。エリザベスは逃げたのではなく、自分の運命を受け入れ、自らの人生を選び取ったのだと、そう思うようになった」

 それまで淡々と語っていたアスリナさんは、苦いものを口にしてしまったように表情を影らせた。

「強さというのは一面的に測れるものではない。彼女はけして弱い人ではなかった。そう理解したはずなのに――結局私は、リゼロッテに対しても同じような間違いを犯している。母親そっくりの、優しく穏やかな強さを持ったあの子を追い詰めて、巡礼の旅に出るようけしかけているのだからね」
「でも、それは、リゼロッテさんのためを想って、ですよね」
「そうだね……しかしそれもまた、私の身勝手に過ぎない。神に仕えるべきだという理由をつけて、本心ではただ生き長らえてもらいたいと思っている。私は――エリザベスとリゼロッテに対してだけは、冷静さを欠いてしまう。そういう執着を捨てられないから、私は使徒として召し上げられることもなかったんだろう」

 何か励ましたかったけど、結局何も言えなかった。中途半端な気休めすら思いつかない。
 アスリナさんは姿勢を正して、俺を真直ぐに見た。

「リゼロッテが望んだ時には、どうか使徒様方にお供させてやってください。自分の未来を決めてしまうには、あの子はまだ若すぎる」
「――もちろんです! リゼロッテさんのことは俺たちに任せてください!」

 俺がアスリナさんを励ませるとしたらこれぐらいしかない。胸を張って答えると、アスリナさんは安心したように微笑んで、背もたれに体を預けた。

「それから、リゼロッテに――」

 言葉を途切れさせて、アスリナさんが苦しげに咳き込む。勝手口で様子を見守っていたお手伝いさんがすっ飛んできて、水タバコのようなものを吸わせると、すぐに落ち着いた。でも顔色がさっきより悪くなっている。長く話し込んだのが良くなかったのかもしれない。

「長話につき合わせて悪かったね」
「いえ全然! 俺こそムリさせてすいませんでした」

 アスリナさんの態度がしっかりしているからつい忘れてしまうけれど、この人は体が弱っていて寝たきりだったのだ。首元にまで広がった魔力痕が痛々しい。

「ささ、村長、風も出てまいりました。どうかもう家の中でお休みになってください」

 お手伝いさんに支えられて、アスリナさんは立ち上がる。俺に会釈をして、最後に山の方向を名残惜しそうに眺めてから家の中に戻っていった。
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