上 下
35 / 56
Chapter2

08 トリニティ・ファンタジア

しおりを挟む
 私が呆然としているうちに謁見は終わった。
 謁見といっても、司祭のような服装の女性に「御言葉を賜りたい」と言われたので「よろしくお願いします」と頭を下げただけなんだけれど。たったそれだけで、広間に集まった使徒たちはわあっと盛り上がり、私に惜しみのない喝采を送った。泣いている人までいた。

「はぁ……」

 寝室に戻ってから、私は溜息ばかりついていた。
 私は神様じゃない。嘘をつくつもりはなかったけれど、あの場の空気と熱気に気圧されてつい曖昧な態度を取ってしまって、誤解を訂正できなかったから……嘘をついたも同然だ……。

「はぁあ……」

 何度もため息を繰り返している間に、フェアルさんはてきぱきとお茶や夜食の用意を整えてくれている。支度を済ませると、気を落とした私の様子に少し心配そうな顔をしながらも「いつでもお呼びください」と言い残して退室した。気遣いがありがたい。

 情報がほしいのに謎が増えるばかりだ。
 窓際に寄って、カーテンをめくって外を見る。このお城は山に囲まれた土地に建っているらしく、遠くに稜線が見える。空には相変わらず月が三つ。いくつもの星が瞬いているけれど、知っている星座は一つも見つけられない。

 ――あの空が本物なら、ここは地球じゃない。

 怪物がいて、角の生えた人たちがいて、中学生ぐらいの女の子を神と崇め、鎧やドレスを着てお城で暮らすような世界。記憶はなくても違和感がある。まだ「後楽園」の方が馴染みのある土地のように思えたのだけれど。

 これからどうなるんだろう。
 私は家に帰れるのだろうか。家族が心配してたりするのかな。そもそも私には家があるのかな。家族がいるのかな。
 項垂れていたら、部屋の中を飛び回っていたタブレットが躾のいい犬みたいに私の傍へやってきた。

「……励ましてくれてるの?」

 タブレットは頷くように、縦に筐体を傾けた。

 そういえば、このタブレットを見た使徒の人たちは、驚いたり、怪しんだりしていなかった。あの人たちにとっては、タブレットとはこういうものなのだろうか。
 私の知っているタブレットには、羽は生えていないし勝手に動いたりはしない。意思の疎通もできない。

 ――でも。音声認識なら使えたはずだ。アシスタントAIの名前は、確か……。

「ハロー、アイク」

 タブレットに向かって話しかける。
 アシスタントAIのIke。各種検索、アラームの設定、スケジュール調整、音楽やストリーミングの再生。一通りのことができる。
 反応を待っていたら、画面が強い光を放った。

「――っ!」

 この光には、覚えがある。私が最初に怪物に襲われて、食べられかけた時。こんな風に光った後に、レイラさんが姿を現した。
 ということは、またレイラさんを呼んでしまう?
 どきどきしながら見守っていたら、光が収まり、合成音声が聞こえてきた。

『ハロー。ご用件をどうぞ』
「……アイク」

 ただのアシスタントAIのはずなのに、懐かしい友達に会ったような気持ちになる。
 これでやっと、私の名前がわかるかもしれない。

「アイク、『設定』を開いて」

 設定に持ち主の名前が登録されているはず。もし私のものではないとしても、自分のことを思い出すきっかけになるかもしれない。
 でも、期待はあっさりと裏切られてしまった。

『申し訳ございません、ヨミ様。その命令は実行できません』
「……ヨミ様とは誰のこと?」
『私の目の前にいらっしゃるあなた様のことです。まあ、私には目がありませんけどね』

 レイラさんやフェアルさんの言う通り、それが私の名前なのか。
 よみ。ヨミ。代美。黄泉。
 どれもしっくりこない。そもそもヨミとは名前なのだろうか。苗字や役職名の可能性もあるけど、やっぱり馴染みがないように感じる。

 この際、名前のことは後回しだ。

「アイク、外部と連絡を取る手段を教えて」
『そこのベルを鳴らすとフェアル・シェオルがやってきますよ。またはレイラを召喚することも可能ですが、実行しますか?』
「……実行しないでください」

 今のは私の言い方が悪かった。

「アイク、通話アプリを起動して」
『そのご命令は実行できません』
「メール」
『心苦しいのですが実行不能です』
「緊急連絡」
『レイラを召喚しますか?』
「しません」

 ……私の言い方が悪い。相手はAIなんだから、使う側に問題があれば正しく機能しないのは当然だ。

「アイク、使える機能の一覧を示して」
『と言いますと?』
「検索、アラーム、カレンダー、メモ帳、電子書籍リーダー、写真、アルバム、音楽、天気、地図」

 タブレットで使えそうなアプリを思いつくだけ言ってみる。
 今のところ、画面にあるのは「トリファン」のアイコンがひとつだけ。でもアシスタントAIを起動できたのだし、試してみる価値はある。

 一呼吸ほど間を開けて、タブレットが再び発光する。強い光が収まるのを待って目を開けると、薄いフィルムのような画面が空中に浮かび、私を取り囲んでいた。

「わ……すごい! 極薄の液晶……じゃない、物質じゃなくて……光!? でも指でタップして操作できる……へえ……端の方を押さえるとウィンドウを移動できて……あっ、なるほど、こうすると反転もできるんだ! へえ……!」

 私の知ってるタブレットにはない機能。それとも、私が知らないだけで最新機種はみんなこう?
 使い方がわからないまま、なんとなく触って操作方法を習得する。

 慣れてきたところで、一番手前に出ていたカレンダーと時計のウィンドウを確認してみる。今は20XX年10月28日、月曜日。22:18。日付と時間がわかっただけで、とても心強い気持ちになる。わかることが増えるのが純粋に嬉しい。

 わくわくしながら地図アプリらしいウィンドウを手前に引き寄せる。ピンで示されているのが現在地かな。

『楽しんでいただけて光栄です』

 タブレットがぐいぐいと私の前に出てくる。

「うん、ありがとうアイク」

 タブレットを横によけて、地図を確認する。現在地には「シェオル城」と表示されている。ピンチしてスケールを変えていくと、島のような場所にいることがわかった。見覚えがない形。でもさっきまで「後楽園」にいたのだから――。

 もっと詳しく調べようとしたのに、タブレットの黒い羽が光のウィンドウにばさばさと重なる。とても邪魔。
 もう一度タブレットを押し退けようとしたら、画面に時計やカレンダー、地図などのアプリのアイコンが増えていた。使えるアプリが増えて良かった……良かったんだけど。何回よけてもタブレットが間に入ってくる。

「……なに?」
『私はアシスタントAIのアイク。トリニティ・ファンタジアの世界に降臨なさったヨミ様のナビゲーターをつとめさせていただきます。さあ、アイコンをタップして冒険を始めましょう』

 トリファンのアイコンが光る。「トリファン」というのは「トリニティ・ファンタジア」の略ってことなのかな。

「うん、後でね」

 トリニティ・ファンタジアも重要なアプリなんだろうけど、今は他のアプリを優先的に調べたい。特に地図はすごく大事。今後どうなるにしても地理を頭に入れておいて無駄ということはない。

 それに、この光のウィンドウ自体もすごく気になる。マップを頭の中に叩き込みながら、光のウィンドウについても考える。これってどういう原理? 物質のような振る舞いをするけれど、光で構成されているようにも見える。レイラさんが使っていた魔法陣のような光と同じ技術が使われているのかな? 魔法? 科学? 魔法と科学の違いって何?

『それでは「トリファンを始める」というスケジュールを作成し、一分後に通知しますか?』
「しないでいいよ」

 ソファにごろんと寝そべると、光のウィンドウも私が操作しやすい位置に追従する。ソファの下にもぐってみると、やはり自動でついてきて画面のコントラストとサイズが調整された。今度はバスルームに移動してお湯をかけてみる。問題なく使える。湯気で乱反射することもない。

「すごい……水が透過するのに映像が揺らがない……空気抵抗はどうかな……」
『ヨミ様、トリファンもすごいですよ。ファンタジックでエキサイティングな体験をあなたに。そう、トリファンならね』
「うん、あとでね。ちょっと離れてみてくれる?」

 タブレット本体と光のウィンドウは、距離が離れても使えるのかな。検証したいことがいっぱいだ。

 ――検証といいつつ、これは現実逃避。この光のウィンドウについて考えている間は楽しくて不安がどこかへ行ってしまう。
 でも、現実の方が私を置き去りにしてどこかへ行ってしまったような状況なんだし。ちょっとぐらい横道に逸れたっていいよね。

 その後、私がトリニティ・ファンタジアのアイコンをタップしたのは、明け方近くになってからだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。

破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。 小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。 本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。 お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。 その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。 次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。 本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

異世界トリップしたら女神(見習い)でしたが一般人として自由に生きていこうと思います

瑞多美音
ファンタジー
 【第8章完結しました/第9章不定期更新中です】  「あなた、女神様見習いになったからぁ。じゃあよろしくね~」    大学生の葉月衣奈(はづきえな)  大学に向かう途中だったのに突然異世界で女神見習いとして降臨ですか!?    え? 元の世界に戻れるかは不明?  ……神様って他にも降臨するの!?  こうなったら、まったりのんびり自由に生きてやるんだから!  のんびり生活しようと頑張っても何故かせっせと働いてしまう……そんなお話になる予定です。       ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  投稿初心者です。つたない部分もあると思いますが温かい目で見ていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。  ※1話約2000〜4000字程度です。  ※R15は念のためです。

処理中です...