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Chapter1

27 浅黄いずみ

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「ダンジョン攻略お疲れ様ー!」
「イエーイお疲れー!」
「我らが神の勝利に!」

 樽型の木製ジョッキをガツンと合わせて乾杯する。
 ダンジョンをクリアできたし! みんなレベルが一気に上がったし! アイテムもゴールドも沢山ゲットできたので! 俺たちは昨晩と同じ店で、ささやかな祝勝会を開いていた。

「ほんと勝ててよかった~、時間ギリギリだったけど最後ビシッと決まってめたくそアガった~」
「はい、素晴らしい勝利でしたね! 功りと慈愛に満ちたニーナの御心、確かに届いておりました。ああ……あの得も言われぬ幸福感……まさに神のお導き……」
「えっ、そんなにエモかった?」
「そうそう! アレは凄かったよな、ニーナと繋がってる感じ! まじで神だったわ」
「ほぉ~ん、ハオシェンはまだ俺のこと疑ってたん? 我、神ぞ!?」
「いやなんつーの、改めて惚れ直した的な? こういう場合なんていうの? 信仰し直した?」
「知らん。だが同感だ」

 激闘を振り返りながら骨付き肉にかぶりつく。ああ~樽型ジョッキも骨付き肉も密かに夢だったな~! なんの肉かわかんないけど、外はカリカリに焼けて中は程よくレアで、肉汁がジュワ~っとしてめたくそ美味い! 異世界最高!

 こうやってみんなで賑やかに飯を食えるのも勝てたおかげだし、近隣の村の人たちも救えたから本当に良かったんだけど。元の世界に帰るヒントは見つけられなかったな。

 水道橋での戦いの後、同盟のページにあった「ダンジョンに挑む」というボタンは消えていた。攻略したダンジョンはどうなるのかリュカに聞いたら、「悪しき者共が活性化しないよう厳重に封印される」とのことだった。つまり水道橋にはもう行けないっていう。

 トリファンのチャットだけは俺がいた世界と繋がっていた。思い切って「トリファンの世界に入り込んでしまった」って書き込んでみたら、当然のごとく信じてもらえなかった。まあそうですよね。逆の立場だったら「かまちょうぜー」って思うもん。

 ――それにしても、リリア姐さんたちが水道橋のことを知らないっていうのはやっぱりおかしいよな。
 ググっても出てこないというのが特に意味わからん。同盟の人たちが結託して俺を騙そうとしてる……ってのはありえない。むしろ俺の方が異世界に入り込んだとか意味の分からんことを言ってるわけだし。

 でもひとりだけ、ケンゾーという人が水道橋のことを知っていた。正確な位置を知っていたから、あてずっぽうで話をあわせてるわけじゃなさそうなのが心強い。ケンゾーさんには水道橋についてもっと詳しく聞かせてほしくて、個別にメッセージを送っておいた。返事がもらえるといいんだけど。

「ニーナ。神の世界に帰る手がかりを得られなかったのはとても残念でしたね」

 リュカに声をかけられて、はっと我に返る。つい考え込んでしまっていたみたいで、隣に座っていたリュカが俺を心配そうに見ていた。

「あっ、うん。でも帰れないのは仕方ないから……これからしばらく、みんなと一緒にいさせてもらっていい?」
「はい、勿論です! 僭越ではございますが、この身が果てようとも全力でお世話させていただきます!」
「う~ん! ほどほどでお願いします!」

 すっごくありがたいけどね!? リュカの「全力」はマジの全力投球だからなあ!

 とりあえずこの世界で暮らしていけそうでよかった。頼もしい仲間がいるし、住む場所もあって食事にも困らないし、ゲーム内通貨も俺の世界のお金もあるわけだし。まあ……チャージしたお金については悪い事をして手に入れたっていうのがね……。
 ポケットの中に突っ込んだスマホをチラッと見ると、スマホは疲れたのかぐうぐう寝ていた。疲労という概念がスマホにあるのかは謎だけど。

「俺はニーナがずっと現世にいてくれたらいいのにって思うけど、このまま帰れないとニーナはどうなんの? やっぱまずいことになったりすんの?」
「――それな」

 ハオシェンに尋ねられて、俺は真顔になって声のトーンを落とした。

「帰れないと……留年する」

 俺の言葉に、三人とも神妙な顔をして姿勢を正した。

「なんと……『りゅうねん』とは、それほどに恐ろしいものなのですか……?」

 そら恐ろしいですよ。俺みたいな何の能力も才能もない奴が一度「普通」のレールから取りこぼされたら人生が終わりかねない。しかも行方不明になって警察沙汰になったら大変なことになる。世間に迷惑をかけたことをあらゆる方面から詰られ責められネットに顔写真と本名が出回って一生消えないんですよ! ってみんなに言っても仕方ないしなあ……。

「まあ大丈夫! なんとかならぁよ! ガハハハハ!!!!」

 笑っとけアハハハ!
 なんでだろう、暗いことを考えていたはずなのに、不思議と陽気な気持ちが消えない。頭がふわふわして体があったかくて気持ちがいいなあと思いながらジョッキを傾ける。この少し苦くてコクのある炭酸の飲み物おいしい! 焼いた肉とすごくよく合う! これなんだろうなー!

 …………これって。もしや。

「これはビールですか?」
「はい、エイブラームのケルタエ地方で作られたビールです」
「アーッ!? やっぱそうなんだー!?」

 リュカが説明してくれたけどやっぱビールなんすね! 適当に注文してってお願いしたのは俺だけども! 火事場泥棒に建築物損壊、さらに未成年飲酒の罪が追加されてしまったじゃないかよお!!

「この世界ってお酒は二十歳からとかそういう決まりはないの!?」
「そうですね……地域差はありますが、十五歳で成人とみなされますので、飲酒も十五歳前後から、各家庭や個人の裁量で判断しているかと」

 あっ、じゃあ俺この世界では成人じゃん。それなら問題ない……問題ないのか!?

「教団によっては飲酒も肉食も禁じられている」

 アルシュがぽそりと呟く。

「あ。そーなんだ……普通に肉とか食っちゃったなあ……」

 テーブルに並んでいるのはほとんど肉料理だ。どれもこれもめちゃくちゃおいしいけど、神様的にはよくなかったのか。
 フォークを皿に置いた俺を見て、ハオシェンは戦闘中でさえ見せなかった切迫した眼差しで俺を見つめた。

「……勿論神がダメだと言えばその言葉に従うけど……俺たちの神はそんなこと言わない気がするな……」
「ハオシェン。神に要求してはなりませんよ」
「今のはギリ要求じゃないっしょ!?」
「そうだな、要求ではなく脅迫に近い」
「アルシュまで!」

 へえ、神に要求しちゃいけないっていうルールがあるのか。これも掟のひとつか? そういえば名前を教えちゃいけないとか、他の教団に接触したらいけないとか、色々あるんだな。

 リュカとアルシュにたしなめられたハオシェンは、捨てられた仔犬のような目で俺を見つめている。仔犬とヤンキーの振れ幅すごくない?

 とりあえず飲食についての戒律的なものは俺が決めていいんだよな! 神だし!

「じゃあチョココロニー教団ではお酒もお肉も禁止しないことにします! モリモリ食べてビシバシ戦おう!」

 やっぱ肉をがっつり食わなきゃ力が出ねえよ!

「イエーイやった! さすが俺たちのニーナ! おっちゃん、ビール樽ごと持ってきて!」
「いや樽ごとはどうかな!? でもおかわりお願いしま~す!」

 俺とハオシェンは肩を組んでジョッキを掲げた。
 要は飲みすぎなければいいんですよ! 酒なんてたかが飲み物ですよ! 自制しつつ楽しめばいいんでしょ?
 掟のこととか気になるけど、今はいいや。楽しいし気分がいいし、細かいことは後で考えよ~! ビールおいし~! やっぱ樽ごといっちゃう!? ワハハハハ!!!!!


 ――そう考えていた昨日の自分をぶん殴ってやりたい。
 翌朝、人生ではじめての二日酔いを経験した俺は、拠点のベッドでもだえていた。
 ぬぅうおおおお! 頭痛い気持ち悪いうぇええええええん! 酒! よくない! 悪! 二度と飲まない! バカ!!!!

「ニーナ、お水を置いておきますね。もし食べられそうでしたら朝食にフルーツを用意いたしましたので」
「ありがとほ……」

 昨日の宣言通り、リュカがかいがいしく世話を焼いてくれる。

「ニーナ、これアルシュから二日酔いの薬。なんか食った後に飲んでな」
「うぐぅ……」

 ハオシェンは俺より飲んでたくせに普通に元気だ。なんなの? お前の肝臓は超合金でできてんの?

 二人が部屋から出て行ってから、スマホをつついてみる。なぜかスマホも枕元でぐったりとしていた。こいつ……俺の体調と連動しているのだろうか……なんか操作画面も「デロンッ」って感じで出てくる……。

 チャットはいつも通り攻略の相談や雑談で、昨日のログは流れていた。ケンゾーさんからも返事はない。そのうち反応してもらえるといいんだけど。

 結局、元の世界に帰る手がかりは見つけられなかった。このゲームをクリアしたら元の世界に帰れるとか? ソシャゲにクリアとかあんのか?
 でも正直、元の世界に帰れるかどうかの心配より、この世界を冒険したいっていう気持ちの方がずっと大きい。急にいなくなって両親には迷惑かけるだろうけど、帰るための努力は一応したし。

 まあ冒険するにしても明日からだけど……今日は休み……オエッ……。

「あっ、そういえば……」

 寝転んだままベッドの脇に手を伸ばし、リュックの外ポケットをあさる。そこに、昨日拾った学生証をしまっていた。引っ張り出して、目の前に掲げてみる。
 紺色のストラップに、プラスチックのケース。そこに収められているのは、どこからどう見ても普通の学生証だけれど。スマホが見つけて気にしていたということは、もしかしたら何らかのヒントなのかもしれない。

 中等部の一年A組。出席番号二番。浅黄いずみ。

「浅黄いずみ……って、誰だ?」
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