氷の貴婦人

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第四章 マックスの学園生活

マックスの新生活

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 部屋に戻ったマックスは、窓の外を眺めて、ぼんやりと過ごしていた。

 午後からの授業の終わり頃に先生が呼びに来て、教室で自己紹介をした。
 一学年は二クラスなので、こちらのクラスにはジョンがいる。

 生徒たちは全員が驚いたような顔で、僕を見つめている。似ているとは聞いていても、ここまでとは思わなかったのだろう。僕達は嫌になるほど似ている。

 ジョンだけが冷静だ。

「早く学園に馴染みたいです。よろしく」

 挨拶を終えると、大きな拍手が返って来た。

 部屋に戻り、同室の生徒を待つ。彼らからキースとの関係を改めて聞かれたので、母親の違う兄弟だと答えた。
 聞きたいことがたくさんありそうだったが、さっさと切り上げ、夕食は?と聞いた。

 廊下に出ると他の部屋からも生徒たちが出て来ていた。数人が話しかけて来て、結構な人数で食堂に行くことになった。

 十人ほどと、うるさい中で食事を済ませ、部屋に戻ると、すぐに別室の生徒が数人やってきた。
 ここにはプライバシーとか、一人になれる場所はないのだろうか。

 皆の目当ては僕だ。
 なにせ、僕はスキャンダルまみれだもの。皆、好奇心で一杯だろう。
 質問が相次いだ。

 まずは、名前がゲートでないのは何故か?
 勉強はどこで?
 今、どこに住んでいるの?

 その辺りの、軽い質問がいくつも飛び交った。

「父が子爵位を継いだので、その姓に変わったんだ。今は母の生家のランス伯爵家に住んでいるよ」


 お茶をルームメイトのマーキスが出してくれて、皆で飲みながら一息ついた頃には、少し踏み込んだ質問が出始めていた。

 じゃあ、ゲート伯爵家は誰が? 嫡男が別の爵位を継ぐって珍しいよね、等々。
「キースが継ぐことになっているよ」

 君が長男だって聞いたことがあるけど? あれっ、僕はキースが長男だって聞いたよ?
「ほんの数日ね。でもキースが正妻だった人の長男だから妥当だよ」

 そいうのって、なんだかモヤッとしないもの?
「したってしょうがないよ。僕は大人が決めたことに従うだけさ」

 へえー。

 十三歳。そろそろ大人の世界が見え始め、自分にはどんな未来が用意されているかが分かる年頃だ。やはり、そういう話は気になるようだ。

 ちょっと、ため息をついてみた。

 みんなが何かを納得したような様子で僕を見る。

「子爵位でも貰えるだけで嬉しいよ。だって、爵位無しの可能性が高かったもの」

 その言葉への反応は大きかった。

 急にざわざわモゾモゾし始める。他人事ではないからだ。

 嫡男でない者は結婚で爵位を得るか、騎士爵を目指すか、無爵での生活方法を考えるか、何らかの努力をしないといけない。嫡男以外の方が多いので、共感する者は多いのだ。

「キースはいいよな。裕福なゲート伯爵家嫡男か。うらやましい」

 そういうボヤキが上がり始める。いい感じだ。恵まれすぎた奴への反発は絶対にあるんだ。

「王女が降嫁したら、公爵位をもらえるだろ。キースには伯爵位なんて要らないじゃないか」

 うん、うんと皆が頷く。

「え、それどういうこと?」

 思わず、身を乗り出して、素で聞いてしまった。

「王女がキースにぞっこんなの、知らない?」

「うん。聞いていないよ」

「初めて会った時に、一目ぼれしたそうだよ。
 イベントがあるたび、キースにくっついて回って、今ではそれが当たり前みたいになっているんだ。どう転んでも、彼はハッピーだな。さすがハッピー」

 そういえば、と言ってジョンの話を振ってみた。

「王太子殿下とも仲が良いんだろう? 以前ゲート伯爵家に来ていて、びっくりしたよ」

「そうそう。王女以上にキースにべったりだよ。よく一緒に遊んでいるよ」

「へえ、キースって、結構野心家なんだね」

 その言葉に、一斉に、無い無いと声が返る。

 キース自身は王家に近付きたく無いらしく、避けている様子だったのに、相手側からグイグイ寄り切られて、いつの間にか皇室に近しい立ち位置に居る。周囲はそういった経緯を見てきたので、キースが野心家だとは、考えたこともなかった。

「マックスはキースそっくりだし、もしかしたら王女様はマックスにも一目ぼれするんじゃないか?」

 そうだよとか、そりゃあいいや、とかの声が上がる。面白がっているようだ。
 確かに、それは面白い。王太子殿下とは違う反応を見せてくれるだろうか。

 マーキスが、もう一杯お茶をどう? と聞いたのをきっかけに、話が別の方へ変わった。来月の試験の話題だった。

 食堂でお湯を貰ってきて、お茶を入れている間に、数人がお菓子を手に戻って来た。

「マックスの歓迎会だ。
 隠していたクッキーを提供するよ」

「僕はチョコレート」

 クッキーとチョコレートをかじりながら、熱い紅茶を飲むと、ちょっと気分が柔らかくなる。こういうのは始めてだ。
 今までの僕の生活には、屋敷の使用人と、家庭教師と、妹しかいなかった。

 父も母も社交をしなかったので、同年代の子供に会う機会もめったになかった。

 たまに近所の平民の子供を見かけたが、話をしたこともない。

 もう一人の同室のノバックが、勉強は好きかと聞いてきた。

 はっきり言って勉強は得意だ。

「遊び相手がいなくて勉強ばっかりだったから、結構先まで勉強を終わらせているんだ。だからテストもそこそこいけると思うんだけど」

 わからない所を教えてくれだの、容姿が良くて頭も良いなんて、恵まれすぎだ、とかの声が上がった。

 そうだな、キースと同様に僕も恵まれているんだ。容姿に恵まれ、頭脳に恵まれ、運動神経にも恵まれている。これまでは、人に負けるなんて考えた事が無かった。
 だが、キースには負け続けている気分だ。何が違うのだろう。
 これから色々と試してみよう。


 明日の宿題が持ち込まれ、最後は勉強会になってしまった。
 学校の授業レベルと、進み具合が分かったので、それなりに有意義だった。

 消灯時間までそれが続き、消灯になってやっと静かになった。
 二人とお休みを言い合い、すぐに眠りに落ちた。

 日々は楽しく過ぎていき、試験の結果も上々で、上位を取れた。
 二ヶ月を過ぎる頃には学園に慣れ、品行方正で性格の良い優等生として、立場が確立されていた。
 そのキャラクターで友人を作り、同室の二人とも仲良くしている。キースをまねたのは正解だったようだ。

 キースとは一緒に遊ぶことも多くなった。大勢で遊ぶ時に一緒になることもあるし、個別には彼の方から誘って来ることが多い。ランチだったり、夕食だったり、ゲームだったりするが、高確率でジョン王太子も一緒だ。だが、ジョンとの間にはいつも壁を感じる。非常に感じの良い王室外づらバリアが、親しくなるのを阻んでいる。

 来週、体育祭が行われるため、保護者や一般の人々が学園にやってくる。その時に皇女もやってくるだろう。僕とキースを間違えるかな?

 近くで観察してみて、僕とキースの違いが判るかと思ったけど、やっぱりわからない。だったら、違いは母親だけなのかもしれない。どちらも母親の愛には恵まれていないので、キースを羨ましがったらいいのか、同情したらいいのか悩むところだ。
  
 でも、キースをまねると受けがいいのは確かだ。この調子でキースみたいに人気者になってみよう。この先の生活が楽しみだ。

 




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