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アトレーの家族たち
突然の訪問者
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両親はしばらく黙っていたが、家で引き取りましょうかと言い始めた。
「その状態で、外国に連れて行くのはかわいそうよ。あなたの庶子として家で育てるわよ。その場合、サウザン子爵家には一切のかかわりを断つと約束させてね」
アトレーは約束した。きっちりと念書も取る。
「大体あのザカリーは優しくていい人なのだろうけど、甘いし優柔不断なのよ。この件に関しては、甘い対応は許しません。いいわね。アトレー」
久しぶりに以前のような怖い母親復活だった。こちらに帰って来て叱られてばかりだが、今までのように腫物扱いでないのがうれしかった。
着任式が無事に終わり、その数日後からレグノ国についての勉強が始まった。
言語は母国語と近く、貴族なら大抵習っている言語なので、不自由はない。
国の歴史や風習、近隣諸国との現在の関係などを学ぶのが中心になる。
レグノ国大使館の大使との面談は現地に行ってからになるが、上司に当たる一等書記官が国に戻ってきていたので、先に挨拶することが出来た。
現地の様子や問題点などを教えてもらうことが出来たので、だいぶ心積りが出来て助かった。
そうして着々と準備は進んでいった。
休暇で帰って来たキースと会ったのは、3週間ほどたって生活が落ち着いてきた頃だった。
「お父様、お久しぶりです。この度は任官おめでとうございます」
きっちりと大人らしい挨拶をしてにっこり笑うキースは、もう子供ではなく少年になっていた。ついこの間まで子供子供していたのに、早いものだ。
「ありがとう。学園はどうだ。楽しいかい」
「はい。とっても楽しいです。友人もいっぱいできて、いっつも騒がしいけど面白い事がいっぱいです」
思わず笑みが漏れた。かわいい。こんなに生き生きした子だったんだな、と思った。
今まであまり見ないようにしていたから、見えていなかったのだろうか。ソフィの面影がほの見え、懐かしい気持ちになった。
そして、今までよりずっと自然に接することが出来ているのに気付いた。
「お父様。今日はいつもと違いますね。ちゃんと僕の事を見ている」
「すまない。今まではお前の目が見れなかったんだ。母親にそっくりなので」
ふ~ん、という感じで俺の目を見ながら言った。
「じゃあ、お父様も、もう大丈夫になったってことですね。お母様と同じように。
よかったですね」
ああ、俺は息子に慰められているのかな? それも、親戚の叔父さんに対するくらいの距離感で。でも、悪い気分じゃあない。
いい子に育っているようでうれしいと思った。
両親も含め、今度は四人で、以前話した内容をキースにも聞かせた。
ゲート家の爵位も財産も、キースに直接渡るように書類を作成する。
兄弟であるマックスは、自分と一緒にレグノ国で暮らし、将来はアトレーが受け取る予定の子爵家の爵位と、自分が今から築く財産を譲ることになる。
キースはその話を聞いてしばらく考え、両親の顔を順番に見つめてから言った。
「それがいいと三人が言うなら、僕もそれに従います」
両親が、それに追加した。
「キースが大きくなるまで、後見人の役目をニコラス・モートンに頼んだらどうかしら。しっかりしているし、キースに好意的だから、引き受けてくれると思うの」
アトレーも賛成した。その依頼はゲート伯爵からしてもらうことになった。
久しぶりに親子三代で仲良く食事をし、食後のお茶を飲みながら、今度はグレッグも呼ぼうという話をしていた時、侍従長がドアをノックした。
「伯爵様、来客がございます。少々よろしいでしょうか」
予定にない来客、しかも夜なので、戸惑いながら伯爵が席を立ち、侍従長と小声で話をしている。
そして戻って来て、アトレーに小声で耳打ちした。
「マーシャと子供達がこの屋敷にやって来たようだ」
なぜ突然と驚くアトレーに、伯爵夫人が言った。
「また突撃ね。本当に、自分の都合しか考えない端迷惑な人ね。
すぐに追い返して」
伯爵が、おいおい、夜中だぞと夫人を抑えるが、決然として言う。
「許したら図々しく入り込むに決まっているわ。追い出しなさい。あの人には甘い顔をしたら絶対に駄目」
侍従長がアトレーに近寄り、ホテルを手配いたしましょうか、と尋ねた。
「ありがとう、よろしく頼むよ。それと馬車の用意を頼む。それまでロビー横の部屋に通して、お茶でも出してやってくれ。俺が、今から会いに行って話をするから」
夫人がアトレーに、追い返しなさい。明日馬車を用意してすぐにと言う。
キースは見たことも無い剣幕の夫人に驚いていた。
伯爵が、キースを手招きして近くに呼び、説明した。
「アトレーの今の妻のマーシャが、勝手に領地の屋敷を留守にして、勝手に我が家にやって来たようなんだ。
貴族としての礼儀や常識をわきまえない行為だし、夫との約束を破っているし、私達ゲート伯爵家に対しても非常に無礼な行動だ。だが、それがわからない人なんだよ」
キースは呆れたように言った。
「僕でもわかる、とても問題のある人物ですね。お父様、良く全てと引き換えに、そんな人を取りましたね」
うっと声が詰まった。返す言葉が無い。子供と大人の中間の年齢の者だけが言える、情け容赦のないまっとうで正直な意見だな。
「お前は間違えないようにな。キース」
「はい。お父様」
すごく素直にそう言われて気が抜けた。
溜息が漏れた。
そうだ、仕方がない。自分が全てと引き換えに掴んでしまったものだ。責任を取って、追い返しに行かねば。
「その状態で、外国に連れて行くのはかわいそうよ。あなたの庶子として家で育てるわよ。その場合、サウザン子爵家には一切のかかわりを断つと約束させてね」
アトレーは約束した。きっちりと念書も取る。
「大体あのザカリーは優しくていい人なのだろうけど、甘いし優柔不断なのよ。この件に関しては、甘い対応は許しません。いいわね。アトレー」
久しぶりに以前のような怖い母親復活だった。こちらに帰って来て叱られてばかりだが、今までのように腫物扱いでないのがうれしかった。
着任式が無事に終わり、その数日後からレグノ国についての勉強が始まった。
言語は母国語と近く、貴族なら大抵習っている言語なので、不自由はない。
国の歴史や風習、近隣諸国との現在の関係などを学ぶのが中心になる。
レグノ国大使館の大使との面談は現地に行ってからになるが、上司に当たる一等書記官が国に戻ってきていたので、先に挨拶することが出来た。
現地の様子や問題点などを教えてもらうことが出来たので、だいぶ心積りが出来て助かった。
そうして着々と準備は進んでいった。
休暇で帰って来たキースと会ったのは、3週間ほどたって生活が落ち着いてきた頃だった。
「お父様、お久しぶりです。この度は任官おめでとうございます」
きっちりと大人らしい挨拶をしてにっこり笑うキースは、もう子供ではなく少年になっていた。ついこの間まで子供子供していたのに、早いものだ。
「ありがとう。学園はどうだ。楽しいかい」
「はい。とっても楽しいです。友人もいっぱいできて、いっつも騒がしいけど面白い事がいっぱいです」
思わず笑みが漏れた。かわいい。こんなに生き生きした子だったんだな、と思った。
今まであまり見ないようにしていたから、見えていなかったのだろうか。ソフィの面影がほの見え、懐かしい気持ちになった。
そして、今までよりずっと自然に接することが出来ているのに気付いた。
「お父様。今日はいつもと違いますね。ちゃんと僕の事を見ている」
「すまない。今まではお前の目が見れなかったんだ。母親にそっくりなので」
ふ~ん、という感じで俺の目を見ながら言った。
「じゃあ、お父様も、もう大丈夫になったってことですね。お母様と同じように。
よかったですね」
ああ、俺は息子に慰められているのかな? それも、親戚の叔父さんに対するくらいの距離感で。でも、悪い気分じゃあない。
いい子に育っているようでうれしいと思った。
両親も含め、今度は四人で、以前話した内容をキースにも聞かせた。
ゲート家の爵位も財産も、キースに直接渡るように書類を作成する。
兄弟であるマックスは、自分と一緒にレグノ国で暮らし、将来はアトレーが受け取る予定の子爵家の爵位と、自分が今から築く財産を譲ることになる。
キースはその話を聞いてしばらく考え、両親の顔を順番に見つめてから言った。
「それがいいと三人が言うなら、僕もそれに従います」
両親が、それに追加した。
「キースが大きくなるまで、後見人の役目をニコラス・モートンに頼んだらどうかしら。しっかりしているし、キースに好意的だから、引き受けてくれると思うの」
アトレーも賛成した。その依頼はゲート伯爵からしてもらうことになった。
久しぶりに親子三代で仲良く食事をし、食後のお茶を飲みながら、今度はグレッグも呼ぼうという話をしていた時、侍従長がドアをノックした。
「伯爵様、来客がございます。少々よろしいでしょうか」
予定にない来客、しかも夜なので、戸惑いながら伯爵が席を立ち、侍従長と小声で話をしている。
そして戻って来て、アトレーに小声で耳打ちした。
「マーシャと子供達がこの屋敷にやって来たようだ」
なぜ突然と驚くアトレーに、伯爵夫人が言った。
「また突撃ね。本当に、自分の都合しか考えない端迷惑な人ね。
すぐに追い返して」
伯爵が、おいおい、夜中だぞと夫人を抑えるが、決然として言う。
「許したら図々しく入り込むに決まっているわ。追い出しなさい。あの人には甘い顔をしたら絶対に駄目」
侍従長がアトレーに近寄り、ホテルを手配いたしましょうか、と尋ねた。
「ありがとう、よろしく頼むよ。それと馬車の用意を頼む。それまでロビー横の部屋に通して、お茶でも出してやってくれ。俺が、今から会いに行って話をするから」
夫人がアトレーに、追い返しなさい。明日馬車を用意してすぐにと言う。
キースは見たことも無い剣幕の夫人に驚いていた。
伯爵が、キースを手招きして近くに呼び、説明した。
「アトレーの今の妻のマーシャが、勝手に領地の屋敷を留守にして、勝手に我が家にやって来たようなんだ。
貴族としての礼儀や常識をわきまえない行為だし、夫との約束を破っているし、私達ゲート伯爵家に対しても非常に無礼な行動だ。だが、それがわからない人なんだよ」
キースは呆れたように言った。
「僕でもわかる、とても問題のある人物ですね。お父様、良く全てと引き換えに、そんな人を取りましたね」
うっと声が詰まった。返す言葉が無い。子供と大人の中間の年齢の者だけが言える、情け容赦のないまっとうで正直な意見だな。
「お前は間違えないようにな。キース」
「はい。お父様」
すごく素直にそう言われて気が抜けた。
溜息が漏れた。
そうだ、仕方がない。自分が全てと引き換えに掴んでしまったものだ。責任を取って、追い返しに行かねば。
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