氷の貴婦人

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第二章 キースの寄宿学校生活

祖父母からの話2

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 僕は不思議に思って聞いてみた。

「なぜ、結婚式の日にできたってわかるの?」

 これには祖父が答えてくれた。

「隠し事は無しにしよう。知れ渡っているから。
 結婚して三日目から、アトレーに触られると、ソフィは吐くようになったんだ。だから、それから二人は一度も手も繋いでいないんだよ。エスコートもダンスも、手を近付けるだけのエア状態だ」

 それほど嫌なんだ。それで、正気なら僕を産まないって言ったんだ。いや、よく産んでくれたなと思った。そして、祖母の言葉を理解した。

「洗礼式の日を境に、アトレーとマーシャは貴族社会から摘まみだされた。アトレーは仕事も解雇された。あるはずだった輝かしい未来を全て失ったので、私達がマーシャとマックスと共に領地に引かせたんだ」

 僕が8歳になった頃から、年に1度、誕生日に父が一人でこちらにやって来る。

 特に何の感情も動かないが、よく似ているな、とは思っている。
 父も、僕にはあっさりした態度で、プレゼントを渡して帰っていく。慣れ慣れしくされたり、妙に親ぶったりされるよりずっといいので、僕としては大歓迎だ。
 父は誰とも会わず出掛けずで、一日屋敷に居るだけなので、わざわざ来なくてもいいのにと思う。
 
「父には友達もいないのですか?」

「ソフィの兄と、王太子殿下が一番の友人だったんだ。ソフィの兄には殴られた。王太子殿下には仕事を取り上げられた。二人共、その時に失ったんだよ」

 ぞっとした。そこまで人生を棒に振るなんて、なんてことだ。

「そんなに危険なのに我慢できないほど、マーシャという人を好きだったのですか?」

「いいや。ただ世の中を舐めていただけだよ。たぶん再婚した頃には、大嫌いになっていただろうね」

 うわ~怖すぎる。なんだか、お尻がもぞもぞして来た。
「お祖父様、僕怖いです。そんなことになったら、生きていける気がしません」

「そうだな、是非、そうならないように生きて行ってくれよ。きっと、お前は大丈夫だよ。ソフィの子だ。賢いはずだよ」

 僕、疲れました、と言ったら頭を撫でてくれた。そして、そうだな、私達もこの話は疲れるよと言って軽く笑った。
 でも、お前が学校に、つまり社会に出て行く前に、これまでの事を全て話しておかないといけないんだよ。もう少しだけ続けていいかい、と聞く。

「ちょっと、待ってくださいね。エクレアを食べて元気の補充をします」

 そう言ってから、エクレアを二個食べた。う~ん、おいしい。ついでにマドレーヌも一個食べた。元気の補充完了だ。

「もう大丈夫です。お祖父様達も食べてください。疲れたでしょう」

 はははっと笑って、祖父がエクレアを一個食べた。祖母も、そうね、と言って一個食べた。なんとなく皆で笑っていたら、少し気が軽くなった。

「じゃあ、今度はソフィの事だ。彼女はお前を産んで社交界に復帰した頃から、全く様子が変わって 『氷の貴婦人』 と呼ばれるようになった。
 医者が言うには、感情が一部麻痺したような状態だったそうだ。独特な雰囲気を持っていて魅力的だったし、その頃から花が開くようにきれいになっていったから、男達が群がっていたなあ」

 祖父は昔を思い出すような目をしている。

「だから、離婚した直後から争奪戦は凄かった。彼女の信奉者達が必死でなあ。
 ついこの間まで我が家の嫁だった女性だ、複雑な気分だった。だが実際のところ、結婚と同時に離婚していたようなものだと思うと、余計に情けなかった」

 溜息をついて次の言葉を繋ぐ。

「その内の一人が彼女を落とした。モートン侯爵家の嫡男ニコラスだ。彼女より2つ年下だけど、じっくりと落ち着いた、いい男だ。彼と再婚して、その後にまず双子の女の子、その翌年に男の子を産んだ。お前の異父妹弟になるな」

 今日見た三人の姿が目に浮かぶ。僕とはあまり似ていない。妹弟と言われても、ちょっと考えにくい。

「今日見た彼らは楽しそうで、幸せそうでした。僕には似ていないけど」

 祖母が泣き始めた。

「本当なら、お前も同じように幸せに暮らせていたはずなのに、ごめんなさいね」

 困った。泣かれると困る。お祖父さまを見ると、同じように困っていた。何とかしてよと思うが、困っているだけだ。

「お祖母様。僕は全然大丈夫です。今、幸せだし、父はいらないし、母も……いなくてもいいです」

 祖父が話を締めくくった。

「今から行く学園で、そういう話がきっと出るだろう。それらはお前のせいでは絶対にない。だから卑屈にならず、でも慎重に対応していってくれ。そして困ったことがあれば、すぐに連絡してくるように」

 祖父母の配慮に感謝した。僕は、これからの生活が結構ハードなものになることを、この場で覚悟した。

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