氷の貴婦人

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洗礼式での醜聞

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 二人の顔を見て、サイラスはすぐに悟った。この二人はアトレーの子供だ。
 もう一人はいったい誰が産んだのだ? しかも同い年。しかもほぼ同じ誕生日。こんな事をしておいて、何も覚えがないとよく言えたな、と腹が立った。

 洗礼を受ける子供の家族の方を見るとソフィがいた。冷静な顔でこちらを見ている。彼女は知っていたのだ。その子の母親とアトレーが関係していることを。
 だからおかしくなり、そして変わった。

 アトレーはと見ると、そっちは青い顔をしている。知らなかったのか。全く馬鹿だとしか言いようがない。

 そして子供達が、貰ったお土産を手に、各々の親の元に戻って行く。
 例の子供が戻った先は、ソフィの姉のマーシャの元だった。

 最悪だ。王太子は、顔を覆った。

 

 キースが戻って来て、ゲート伯爵夫妻が微笑んで孫を迎えた。アトレーは誰かを探しに、どこかへ行ってしまった。
 ソフィは相変わらず、子供に興味がないようだが、今日は珍しく、少し口元が笑っている。
 其処にキースによく似た子供を連れた年配の夫妻が近付いてきた。マーシャの嫁ぎ先のサウザン子爵夫妻だった。

「ソフィ様、お久しぶりですね。あなたのお子様と家の孫がそっくりで、驚いて居ましたのよ。お子様のお顔を見せてくださいな」

 そう言ってマックスを前に出した。

 子供の顔を見てぎょっとしたのはゲート伯爵夫妻だった。キースにそっくりだ。そしてアトレーの小さい頃にもそっくりだった。

 二人共血の気が引いて行った。

「最近、この子の髪の色が茶色から金色に変わって来て、目の色も、我が家の血筋にはないものだったので驚いたのだけど、ランス伯爵家の遺伝なのね。マーシャからそう聞いてはいたけど、マーシャも金髪ではないし、不思議に思っていたの」

 にこにこしているサウザン子爵夫人に、ソフィも薄く微笑んで答えた。

「ランス伯爵家の髪の毛は茶色で、瞳も茶色ですわ。姉も私もそうだし、両親もそうなのです」

 言葉を理解するまでしばらく掛かったようで、ぽかんとした顔のまま目を見張っている。

 そこにアトレーが戻って来た。マーシャが見つからなかったようで一人だった。
 その顔と、金髪と緑の目を見た夫妻は、一気に結論まで到達したらしい。
 まじまじとアトレーを見つめる二人が動いたのは、姉の夫のザカリーがやって来た時だった。

「ザカリー、ここを出て戻りましょう。早く」

 せかされて、ザカリーは面食らったように周囲を見て、キースに目を向けた。

「やあ、従弟同士そっくりだなあ。血は争えないね」

 空気が更に凍てついたが、まだアトレーに目を向けておらず、嬉しそうに続ける。

「産まれた日もほとんど一緒だし、双子みたいだね。ソフィ嬢のお子さんは結婚してすぐにできたんだよね。僕達のところはなかなか授からなかったから、君の結婚にあやかれたのかな」

「そうですね。私の結婚式のおかげかもしれないですね」

「本当だよ。ありがとう」

 シンとした沈黙が流れた。

 異様な緊張感を感じ取ったザカリーが、不審気に周囲を見回し、アトレーに目を留めた。

 無言のまま顔が赤くなり、拳がキツく握り締められていく。

 均衡を破ったのはソフィの笑い声だった。楽しそうに小さくふふふっと笑っている。

 皆が呆然と見つめる中で、彼女は、軽やかに言った。

「こんなことってあるのね」

 面白そうに無邪気な顔で、口元を扇子で覆ってふふふと笑う。

 周囲の目はこの集団に向けられていた。それこそ一目瞭然だ。何がいつ行われたか、丸わかりだった。
 疑う余地が全くないので、取り繕うことも、言い訳も無理だ。

 そして氷の貴婦人が楽しそうに笑っている。最近の冷たく妖艶な雰囲気を脱ぎ捨てたかのような、可愛らしい表情をして軽やかに笑っている。

 ソフィの友人、知人や、最近の彼女の崇拝者達は皆悟った。彼女は、夫が姉と不貞を働いていたのを知っていたのだ。
 変わってしまったのは、そのせいだったのか。

 兄のグレッグがアトレーの肩を乱暴に掴んだ。無言でそのまま外へ引っ張って行ってしまった。


「私、実家に帰りますね。今までお世話になりました」

 笑顔のままそう言って軽く頭を下げ、両親の腕を取り、ソフィも外に出ていこうとした。両親は硬い顔をしているが、ソフィに引かれるままぎくしゃくと歩き始めた。

 それをランス伯爵夫人が引き止めた。

「この子は、キースはどうするの」

「間違いなくアトレー様の子供ですわ。お好きにどうぞ」

 そしてそのまま行ってしまった。
 そっくりの子供達は、きょとんとして大人たちの顔を、見回していた。
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