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感情が麻痺してしまった花嫁
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言うべき言葉が無かった。
両親も、これは、物慣れないから、とかのレベルではないと驚いていた。
しかも、助けを呼ぶ声に、ドアの前まで行っておきながら、無視してしまった。なんだか、すごい罪悪感を感じる。
「食事をこの二日間、まともにとっていない。とにかく何か食べなさい」
そう言われてソフィは素直にスプーンを手にし、スープを飲み始めた。
「君の気持に気付かず、無理をさせてしまい悪かった」
そう言いながら、アトレーが優しく彼女のほほを擦った途端、ソフィが吐いた。
使用人たちは悟った。本当に吐くほど嫌なのだ。物のたとえとか、嫌味で吐き気がすると言ったのではないのだ。
そう感じ取り、罪悪感にかられた使用人達の動きは素早い。タオルやバケツが持ち込まれ、食卓は瞬く間にきれいに片付けられた。
そして侍従長が、伯爵夫妻と、アトレーに、医者を呼ぶかどうかを訪ねた。
診察をした後、医者は三人に言った。
「強いストレスを抱えているようですね。よほどショックな事があったのでしょう。今は現実を受け止め切れていない状況だと思います。しばらく、静養させた方がいいでしょう。ストレスの元に心辺りは有りますか?」
あ~、とか、う~ん、とか言いながらも、言葉が出なかった。
アトレーが答えた。
「私が触ると吐き気がするそうです。何で急にそうなったのか、全くわかりません。今日は結婚して、たった二日目です」
医師はしばらく何かを考えていたが、少し言いにくそうにこう言った。
「意に染まぬ結婚で、うつ状態になる女性はいます。そういう結婚だったのであれば、慎重に様子を見て行かないと、自殺まで進む場合もあります」
三人共、そんなはずはない、彼女もこの結婚を楽しみにしていたのだと口々に力説した。言いながらも、死にたいと言っていた言葉が頭の隅をかすめる。
「それでしたら、こんな状態にはならないはずなのですがね。
では、様子を見るしかありません。アトレー様に触られると吐き気がするなら、落ち着くまでは、顔を合わせないようにしてください」
そんな、と情けない顔で言うアトレーを医師は慰めた。
一週間後にまた来ます。一時のものであれば、そのころには普通の状態に戻っているでしょう。結婚式の疲れも取れているはずですからね。そう言って、帰って行った。
アトレーは呆然としていた。
今まで女性に拒まれたことが無かったし、それも吐くほど嫌だとは。
彼は初夜にソフィを抱き、彼女の初々しさと、抗うかわいらしい姿に、すっかり虜になっていた。体も思っていたよりずっと豊満で、抱き心地がよく、自分でも驚くほど彼女におぼれていたのだ。
昨晩、逃げたソフィを捕まえるのも興奮した。彼女が本気で嫌がっているなどと考えもしなかったので、刺激的で楽しいとさえ思っていたのだ。
たった二日間でお預けをくらうのは、彼女を知らなかった時よりもずっときつかった。何がいけなかったのだろう、と考え込んでしまった。
結局一週間しても状態は変わらず、医師からは、感情が麻痺している状態だと告げられた。なにか、大きく心が動くことが起これば、元に戻るかもしれないと言う。
そして、アトレーが彼女に接近するのは、勧められないとも言われた。
そんな状態のまま過ごして一か月たった頃、サイラス殿下から、お茶の誘いがあった。新婚の二人の話を聞きたいそうだ。
これがきっかけで、元に戻るかもしれないと思い、誘いを受けた。
当日は良い天気だったので、庭園のパーゴラでのお茶会になった。暖かく、花が咲き乱れ、蝶が舞っている。
パーゴラの日陰で飲むお茶は美味しかった。
「結婚前のお茶会から二か月ほどかな。ソフィ嬢はソフィ夫人になって雰囲気が変わったね。なんだかすごく落ち着いたね」
「ありがとうございます」
サイラスは、ソフィの変わりようを不思議に思っていた。いくら結婚して落ち着いたからと言って、これはおかしいだろう。あの朗らかでかわいらしい性格の女性が、こんなに静かな冷たい雰囲気を纏うようになるなんて。
ローラ妃も同感だった。いったい何があったのだろう。
アトレーの事が大好きで、彼の話を熱心に聞き、じっと見つめていた女性が、今はカップしか見ていない。私達二人に関しても、ほとんど関心が無いように見える。
いくら何でも、変わりすぎだ。
サイラスがローラに、庭を案内してあげてと言って、二人を庭園の散歩に送り出した。
そして、アトレーに聞いた。
「一体何があったんだ」
「それが、私にもわからないのです。
結婚式の次の日から、ああなってしまって。ストレスで感情が希薄になっているそうです。何か感動するようなことがあれば、戻るかもしれないと言われているので、本日はそれを期待していました。前回はすごく楽しそうでしたから、それを思い出してくれるかと」
「それは、大変なことだが、ストレスとは一体何の?」
言いたくなかったので、お茶を飲む振りをして言葉を濁した。
両親も、これは、物慣れないから、とかのレベルではないと驚いていた。
しかも、助けを呼ぶ声に、ドアの前まで行っておきながら、無視してしまった。なんだか、すごい罪悪感を感じる。
「食事をこの二日間、まともにとっていない。とにかく何か食べなさい」
そう言われてソフィは素直にスプーンを手にし、スープを飲み始めた。
「君の気持に気付かず、無理をさせてしまい悪かった」
そう言いながら、アトレーが優しく彼女のほほを擦った途端、ソフィが吐いた。
使用人たちは悟った。本当に吐くほど嫌なのだ。物のたとえとか、嫌味で吐き気がすると言ったのではないのだ。
そう感じ取り、罪悪感にかられた使用人達の動きは素早い。タオルやバケツが持ち込まれ、食卓は瞬く間にきれいに片付けられた。
そして侍従長が、伯爵夫妻と、アトレーに、医者を呼ぶかどうかを訪ねた。
診察をした後、医者は三人に言った。
「強いストレスを抱えているようですね。よほどショックな事があったのでしょう。今は現実を受け止め切れていない状況だと思います。しばらく、静養させた方がいいでしょう。ストレスの元に心辺りは有りますか?」
あ~、とか、う~ん、とか言いながらも、言葉が出なかった。
アトレーが答えた。
「私が触ると吐き気がするそうです。何で急にそうなったのか、全くわかりません。今日は結婚して、たった二日目です」
医師はしばらく何かを考えていたが、少し言いにくそうにこう言った。
「意に染まぬ結婚で、うつ状態になる女性はいます。そういう結婚だったのであれば、慎重に様子を見て行かないと、自殺まで進む場合もあります」
三人共、そんなはずはない、彼女もこの結婚を楽しみにしていたのだと口々に力説した。言いながらも、死にたいと言っていた言葉が頭の隅をかすめる。
「それでしたら、こんな状態にはならないはずなのですがね。
では、様子を見るしかありません。アトレー様に触られると吐き気がするなら、落ち着くまでは、顔を合わせないようにしてください」
そんな、と情けない顔で言うアトレーを医師は慰めた。
一週間後にまた来ます。一時のものであれば、そのころには普通の状態に戻っているでしょう。結婚式の疲れも取れているはずですからね。そう言って、帰って行った。
アトレーは呆然としていた。
今まで女性に拒まれたことが無かったし、それも吐くほど嫌だとは。
彼は初夜にソフィを抱き、彼女の初々しさと、抗うかわいらしい姿に、すっかり虜になっていた。体も思っていたよりずっと豊満で、抱き心地がよく、自分でも驚くほど彼女におぼれていたのだ。
昨晩、逃げたソフィを捕まえるのも興奮した。彼女が本気で嫌がっているなどと考えもしなかったので、刺激的で楽しいとさえ思っていたのだ。
たった二日間でお預けをくらうのは、彼女を知らなかった時よりもずっときつかった。何がいけなかったのだろう、と考え込んでしまった。
結局一週間しても状態は変わらず、医師からは、感情が麻痺している状態だと告げられた。なにか、大きく心が動くことが起これば、元に戻るかもしれないと言う。
そして、アトレーが彼女に接近するのは、勧められないとも言われた。
そんな状態のまま過ごして一か月たった頃、サイラス殿下から、お茶の誘いがあった。新婚の二人の話を聞きたいそうだ。
これがきっかけで、元に戻るかもしれないと思い、誘いを受けた。
当日は良い天気だったので、庭園のパーゴラでのお茶会になった。暖かく、花が咲き乱れ、蝶が舞っている。
パーゴラの日陰で飲むお茶は美味しかった。
「結婚前のお茶会から二か月ほどかな。ソフィ嬢はソフィ夫人になって雰囲気が変わったね。なんだかすごく落ち着いたね」
「ありがとうございます」
サイラスは、ソフィの変わりようを不思議に思っていた。いくら結婚して落ち着いたからと言って、これはおかしいだろう。あの朗らかでかわいらしい性格の女性が、こんなに静かな冷たい雰囲気を纏うようになるなんて。
ローラ妃も同感だった。いったい何があったのだろう。
アトレーの事が大好きで、彼の話を熱心に聞き、じっと見つめていた女性が、今はカップしか見ていない。私達二人に関しても、ほとんど関心が無いように見える。
いくら何でも、変わりすぎだ。
サイラスがローラに、庭を案内してあげてと言って、二人を庭園の散歩に送り出した。
そして、アトレーに聞いた。
「一体何があったんだ」
「それが、私にもわからないのです。
結婚式の次の日から、ああなってしまって。ストレスで感情が希薄になっているそうです。何か感動するようなことがあれば、戻るかもしれないと言われているので、本日はそれを期待していました。前回はすごく楽しそうでしたから、それを思い出してくれるかと」
「それは、大変なことだが、ストレスとは一体何の?」
言いたくなかったので、お茶を飲む振りをして言葉を濁した。
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