氷の貴婦人

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結婚初日の違和感

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 いつの間にかアトレーの邸にいて、私は夜着に着替え、一人になっていた。
 今まで何をしていたのか覚えていなかったが、今から何をするのか思い出した。

 逃げようと思いドアに向かったところで、アトレーと鉢合わせてしまった。

「待ちくたびれたかい。ソフィ。
 遅くなってごめんね。悪友達がなかなか離してくれなくて。皆、君が綺麗だからやっかんでいるんだ。困った奴らだよ」

 そう言いながら私を抱き上げ、ベッドに運んだ。

 逃げようとしたが、軽く転がされ、のしかかられた。

 アトレーは笑っていた。おととい見た姉との姿が頭に浮かび、叫びそうになったが、その口も塞がれてしまった。

 体を這う手が気持ち悪く、泣いて抗おうとする私を弄ぶようにアトレーが勝手な事をする。

 やっと終わったようでホッとしたら、また手を伸ばしてきたので、逃げようとしたら、強く引っ張られた。その内、眠ったか、気絶したらしい。気が付いたら朝になっていた。
 
 朝遅くなってから、侍女がやって来て、身じまいを整え、朝食を持って来てくれた。
 以前から仲良くしている侍女で、探るように私を見ている。

 何も言う気が起らず、黙って出されたものをつついた。お茶だけをいっぱい飲んで、ずっとカップを見つめていた。

「ソフィ様、お茶のお代わりをお持ちしましょうか?」

「ありがとう。お願いするわ」

「アトレー様は王宮からの呼び出しがあり、朝早くにお出かけになっています」

 ソフィは無言だった。アトレー様の話になると、いつも嬉しそうに話をしたがるのに、何も言わないのはおかしい。いぶかしく思いながら続けた。

「今夜のディナーはお祝いです。早目に着替えていただきますので、夕方にお伺いしますね」

「ありがとう。お願いするわ」

 侍女のベスは、淡々と言うソフィの様子に違和感を覚えたが、疲れているのだろうと思い、そっと部屋を後にした。

 他の使用人達から、どんな様子だったと聞かれたので、疲れてるようで、ちょっとぼんやりしている感じだったわ、と答えた。

 皆、キャー激しかったのね、と喜んでいた。ベスは少し違和感を覚えていたが、いつもは快活な方だけど、やはりこういう時は疲れがたまるものなのか、と思っただけだった。
 少ししてお茶を持っていき、夕方にまたお伺いします、と言ったらまた同じ言葉が返って来た。

「ありがとう。お願いするわ」

 ちょっと気になり、言葉を添えた。

「何かしてほしい事がありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」

 すると、ベスが居るのに初めて気が付いたような顔をした。

「私、家に帰るわ」

「ソフィ様、どうかしたのですか。落ち着いてください。昨日から、ここがあなたの家です」

「ああ、そうだったわね。私、結婚したのだったわ」

「ええ、昨日が結婚式で、お二人共とても素敵で、幸せそうでしたわ」

 ソフィが、目を見張ってベスの顔を見た。その目から、また光が消えた。

「ありがとう。お願いするわ」

 なんだか怖い気がして、ベスは早々に部屋から退出した。


 夕方になってベスが部屋を訪れると、ソフィはカップを持ったままぼうっとしていた。

「お支度を始めさせていただきますね」

 声を掛けると、それなりに動いて反応するが、どうにもその反応が薄い。いつものソフィとは全く違う人間のようだった。結婚したばかりで疲れているとはいえ、これはおかしすぎた。
 ベスは努めて明るい口調で話し掛けた。

「昨晩は、以前から用意していたナイトウエアのどちらを着たのですか?」

「ナイトウエア?」

「以前見せてくださったじゃありませんか。一日目にどっちを着るか、一緒に考えましたよね」

「さあ。何か着ていたと思うわ。ありがとう」

 本当に、何かがおかしかった。べスは急いで支度を仕上げ、部屋を後にした。
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