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8 本郷なら

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 『文化祭実行委員会・有志の会』が開催されたのは、期末テストが終った日だった。


 事前に、文化祭委員会担当教諭の糸川が、各クラスの委員に連絡と参加の意向を確認してくれている。
 糸川は、企画の概要と今後の予定を記したプリントを渡し、各委員には、「参加は強制ではないこと」も、きちんと説明している。

「今日、どれくらい来るかな?」

 放課後、当然のごとく参加者にカウントされている七緒に、本郷が少しだけ不安そうに聞いた。

「糸川先生は、なんて?」
「さっき聞きに行ったんだけど、職員室にいなかった。」
「テストの後だから、忙しいのかもね。行ってからのお楽しみ、だね。」
「おう。」

 二人が連れ立って教室を出たところで、くりっとした瞳の女の子が、本郷を呼び止めた。

「圭太。」

 甘い声の女の子は、本郷圭太以上の有名人。

「あ、城崎しろさきか。久しぶり。」

 彼女の名は、城崎杏奈しろさき あんな

 少しだけ色素の薄い髪と瞳は、お祖父さんがイギリス人のクォーターだかららしいと、1年のときに、噂になっていた。
 ただ単に、日本人離れしているというだけではなく、人形のように整った顔で、何でも入学直後に、上級生たちが1年生のクラスに覗きにきたほどだという。

 その城崎杏奈が、本郷の側に来て、

「少し話がしたいんだけど……いい?」

 杏奈は、一瞬だけ七緒に視線を巡らせてから、すぐに本郷を上目遣いで見つめた。

「いま? 俺ちょっと、これから用事が……」

 今度は、本郷が七緒の方をチラッと見た。

「いいよ。私は先に行くから。まだ時間あるし。」
「あら、そう? ありがとう。」

 本郷が口を開くより先に、杏奈がお礼を言ってくる。

「ちょっと圭太に相談したいことがあったから。圭太借りるわね。」

 杏奈の白く華奢な指が、さっと本郷の腕に添えられる。七緒は、反射的に目を逸らした。

「じゃあ……本郷、あとでね。」
「あっ、おい……」

「ね、圭太、行こう。」

 何か言いかけた本郷の腕を、杏奈がさっと引いて連れて行った。


◇  ◇  ◇


 本郷が教室に入ってきたのは、委員会が始まる少し前、糸川が教室に入ってきた直後だった。

「スミマセン、遅れました!」

 糸川に謝り、さっと七緒の隣の席に座ろうとすると、

「本郷くんは、そこじゃないでショ?」

 夏川が、教壇をポンポンと叩く。

「え? 」
「今日は司会。前に立って。有志企画は、あくまで、本郷が主催。文化祭実行委員会はサポートの立場だから、あくまで、そのつもりで。」

 それだけ言うと糸川は、手近な椅子を一つ、窓際に持っていって、そこに腰掛けた。

 代わりに本郷が教壇に立つ。

「えぇーっと…それでは、文化祭実行委員会の……有志企画実行委員会を始めます。」

 最初は固かった本郷だったが、話し始めると、すぐに興に乗ってきたようで、委員会は、つつがなく進行した。

 有志企画の参加者は、委員全体の7割程度。予想より、ずっと多い。

「基本的には、事前準備…スタンプラリーの問題を作り、それを紙に書いたり、お客さん用の台紙を作ったり、あとは、当日の受付係などをしてもらいます。」

 事前に、糸川が、企画内容や仕事の大筋をプリントにまとめて、皆に配布してくれているおかげで、本郷の説明もスムーズだった。

「もし謎解きの問題を作ってみたいという人がいたら、挑戦してください。夏休み明けの委員会で持ち寄って、いい問題を選びましょう。」

 糸川が、各展示や企画で使用する予定の教室や、そこで展示する内容などを補足する。

「例えば調理室は、毎年、料理部が展示をするが、あまり足を運んでもらえなくて、残念だと、顧問の先生も言っています。この企画で、そういうところに来てもらえる人の流れを作れればいいと、私も思う。」


 飲食の提供ができないから、料理部は、どうしても活動報告やレシピの掲示がメインになってしまう。

 七緒も昨年、見に行ったがが、料理や食材の豆知識を模造紙に書いて展示したり、手作りのレシピ本を配ったりと工夫していた。
 せっかくだから、いろんな人に見てもらえるといいのになと思った。

 糸川の補足が終わると本郷が、

「何か質問がある人はいますか?」

 七緒たちと同じ3年生の男子が手を上げた。

「圭太には悪いんだけど、俺ら、塾もあるし、あんまり手伝えなくて……当日の係とか、それくらいでもいいの?」

 質問した男子生徒は本郷と顔見知りらしい。本郷も、「もちろん」と、気安く答える。

「みんなが出来る範囲で! 生徒やお客さんにも楽しんでもらって、展示や活動をしている生徒も満足してもらえて、俺らも楽しめる。そういう……ええっとwin-winじゃなくて、なんて言うんだっけ、こういう時の日本語の言葉……。」

 七緒は、誰にも聞こえないほど、小さな声で「三方良し」と呟いた。 
 呟いた瞬間、あぁ、私も、結構楽しみにしているんだなぁと自覚する。

「ともかく、俺は、みんな楽しくやりたいってことです。」

 本郷と糸川の仕切りが良く、委員会は、短時間でお開きとなった。

 帰り際、七緒は、本郷に呼び止められた。

「あのさ、水無……」
「本郷、お疲れさま。」

「ありがとう。それで、あー……えっと……夏休み、会えないかな?」
「夏休み?」

「あっ、だから、えっと……ホラ、問題作るの、手伝ってくれないかなって」
「え?わたし?」

「そう。やっぱ塾とかで忙しい…? 俺も一応、部活あるんだけど、出来るだけ、水無の予定に合わせるから。」
「まぁ、塾はあるけど……」

 一応、受験生だから、近所の塾の夏期講習を申し込んでいる。ただ、夏期講習は二週間だから、その期間を除けば、時間がとれないわけではない。

「でも私、謎解きの問題なんて作ったことないよ?」

 作ったこと無いし、解くのが得意というわけでもない。

「この前の本郷の問題も解けなかったし。全然、力になれそうにないんだけど…?」

「文章を整えたり、言い回しを考えたり…あと、問題のレベルを調整するために、水無に見てほしいんだよ。」

 本郷が、顔の前で拝むように、両手の平をこすり合わせた。

「あ、そういえば、国語は苦手なんだっけ?」
「あ、うん……まぁ。」
「うーん。まぁ、そういうことなら……」

 あんまりすぐに返せないかもしれないけどと、携帯の番号を、紙に書いて渡した。塾で遅くなる日があるから心配だと、3年生になって、親が持たせてくれたものだ。

 親との約束で使用できる場所や時間は限られているけれど、予定を決めるくらいなら、差し支えない。

「ここに、ショートメールくれれば。」
「了解。」

 本郷は、爽やかな顔に弾けるような笑みを浮かべて、嬉しそうに答えた。

「絶対、連絡するからッ!!」

 またな、と手を振り去っていく本郷の後ろ姿を見ながら、そんなに頼りにされているのかと思うと、悪い気はしなかった。



◇  ◇  ◇


 家に帰った七緒は、あのノートを手に取った。
 作問を手伝ってくれと言われたわけではないけれど、何か力になるためのヒントが、あるかもしれないと思ったからだ。


 七緒は、一番最初のページを開いた。

 第一問目は、物の名前をあてる、クイズのようなもの。





 その下に、①~④まで、4つの問題。ちなみに、そちらには、『○』や『△』の装飾はない。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 ①番
 ・じぶんより おおきな ものを
  もちあげるよ
 ・じめんの したに あなを ほって
  くらしているよ
 ・10ひき あつまると おれいをいうよ!


・・・・・・・・・・・・・・・・

 ちなみに、答えは「蟻」。

 知識問題かと思いきや、「ありがとう(10)」なんていう古典的なギャグを混ぜて、作ったヒントは、保育園児が考えたにしては、よく出来ている。

 これと似たような問題が、あと3問続いている。


 いずれも難しくはない。
 2問目の答えは「メロン」。「丸くて緑色」、「迷路みたいな模様」が手がかりで簡単に分かる。
 同じ調子で、3問目は、「りんご」、最後は、「カラス」だ。


 全て幼い七緒の字で、ノートに書き込んだ答えは、全て正解。


 それにしても、改めて見ると、この答えも何とも統一感がない。

 果物だったり、動物だったり。七緒の好きなものなのかと思ったが、メロンや、りんごは好きでも、蟻やカラスを好きだった記憶はない。


「このノートをくれた子が好きだったもの………なのかなぁ?」

 そんな子、いただろうか?
 一生懸命思い出そうとしてみても、保育園の友だちの好きなものなんて、全く思い出せない

 いや、保育園児が考えたものだから、やっぱり、実際には、たいして意味などないかもしれない。


 七緒は再び、ノートのページを捲る。

 物の名前クイズの次は、4つのアイテムを集める迷路。


 さらに、その次のページには、定規で引いた方眼模様。マスの中には、ランダムに数字が書かれている。


 そして、問題文は、




 解き方は簡単で、方眼の中の3の数字が書いてあるマス目だけを塗りつぶせば良い。


 四角い方眼には、オレンジ色の色鉛筆で、「70」の文字が浮かびあがっている。


 「3」を塗りつぶした答えが「70」になるのも、よくわからない。


 七緒は、さらに次のページを捲った。

 今度も迷路。ただし、普通の迷路ではない。

 さっきよりも大きな方眼模様の中に、野菜や果物の絵が書いてある。

 問題文の指示は、





 人参の前に、わざわざ付け足すように、「赤い」とついているのは、絵だけでは、人参なのか、大根なのか、はたまた茄子なのか、よく分からかいから、わざわざ「赤いところだよ」と教えてくれているのだろう。


 ここに至るまで、殆どの問題は、ノートを貰って早々に解いはずだ。


 七緒が解けないのは、唯一つ。
 最後の問題だけ。


 七緒は、ノートの一番最後のページを開いた。

 しばらく空白が続いたあとの、最後の最後に、その問題は載っている。


 未だに解けない、あの問題。






 改めて見ても、やっぱり分からない。

 そもそも、「最後の問題」だと、わざわざ書がなければ、問題なのかどうかさえ、疑っただろう。


 これだけでは解けるはずがないから、それより前のページにヒントがあるのかもしれない。


 七緒はまた、ペラペラと前のページを捲った。

 気になるのは、問題文に施された装飾。この最後の問題を除き、すべての問題文に、丸や三角、四角、星が散りばめられている。


 かつて、このマークの意味を考えたことがあった。


 小学校6年生のときだ。

 学校の図書館で、子供向けのシャーロックホームズ・シリーズの「おどる人形」を借りて読んで、もしかして、このマークも何かの暗号になっているのではないかと考えたのだ。
 その閃きを確かめようとマークと文字を表にしてみたこともあったけど、結局、すぐに行き詰まった。

 もし暗号だったとしても、とても七緒には解けなさそうだ。


 小学校6年生の七緒に解けない暗号を本当に保育園児の子が作ったのだろうか。
 そう思うと、やはりこれは、暗号でも何でもない、ただの無邪気な模様なのではないかとも思える。


 そうして、それっきり閉じられたノートは、ついこの前、あの夢を見て、3年ぶりに開かれるまで、ずっと、本棚の中で眠っていた。



ーーーこの謎が解けたなら………


 9年経った七緒には、未だ、この謎が解けない。


 もしかして……


「コレ、本郷なら、解けるのかな…?」


 七緒はノートの表面をそっと撫でて、呟いた。


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