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4 文化祭実行委員会
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放課後、指定された教室に向かった七緒は、教室の中に入ろうとしたことで、肩に手をかけ、呼び止められた。
「おい! 水無! 」
声の主に気づいた七緒の口元から、思わず、ため息が漏れる。
「……本郷、なに?」
振り返ると、本郷圭太が下唇を突き出して立っていた。
「先に行くなよ。」
「なんで?」
どうせここに来るのだ。別に揃って仲良しこよししながら、歩いてくる必要はないでしょうよ。
「いや、終令の後、さっさと教室出ていったから……」
「なに? まさか、私が、サボって帰ったと思った?」
「いや、忘れてるのかと……。サボりはしないだろ、水無は。」
確かにサボりはしない。
単に真面目というだけではなく、自分に与えられた役目を投げ出す勇気は、七緒にはないからだ。
「……ちょっと図書室に寄ってただけ。ちゃんと覚えてるよ。朝も念押しされたし。不本意だからって、そこまで無責任じゃない。」
「そう……だよな。ごめん。」
本郷は、手の甲で額を拭う仕草をした。薄っすらと汗が滲んでいる。ひょっとして、帰ったと思って、七緒を探していたのかもしれない。
だとしたら、ちょっと強く言い過ぎたかな………。
「悪かった。教室に入ろう。」
「うん。」
座席はクラス毎で座ることになっていて、3年5組の七緒たちは、廊下側の前から5列目に並んで座った。
席がだいたい埋まった頃に、文化祭実行委員会の担当教諭、糸川とサブ担当の篠宮エリカが入ってきた。
糸川は線の細い痩せた男で、美術の担当。
頭頂から斜め下に向かって真っ直ぐ伸びた前髪には、半分くらい白髪が混じっている。
一方、篠宮は若い女性教諭で、英語の担当。
去年赴任したばかりで、七緒たち3年生は、受け持ってもらったことがないが、生徒たちから、「エリカちゃん」、「エリカ先生」と、親しみを込めて呼ばれるような、可愛らしい先生だ。
「じゃあ、文化祭実行委員の仕事を説明します。」
糸川は、教壇に立つと、手慣れた様子で、話し始めた。
文化祭といっても、公立中学だ。飲食はないし、金銭の授受を伴うような模擬店も禁止されている。
基本は部活やクラブ、有志による音楽、劇、展示などがメインで、文化祭実行委員の仕事は、各クラスに日程やスケジュールの伝達、有志で参加したい人たちへの案内、それから前日の設営と当日の運営をすること。
第一回目となる今日の委員会は、委員への日程の確認と、有志で出し物をしたい人たちへの募集案内を各クラスにお知らせすることがメインテーマ。
糸川が一通り説明を終えると、
「何か、質問や意見がある人はいますか?」
授業のときと同じように、静かな口調で尋ねた。
糸川はここ何年か連続で文化祭を担当しているらしく、説明は明瞭で、疑問点は何もない。
予定より早く終わりそうだなと思った、その時。
「先生っ!」
さっきまで大人しく座っていた隣の席の本郷が、前のめりに腰を半ば浮かしながら手を上げた。
「はい、本郷くん。」
「この、有志の企画というのは、僕らも参加できますか?」
「委員が、ですか…? 展示するだけのものであれば、勿論問題ありません。ステージのものは……希望は、できるだけ叶えてあげたいのですが、当番などの調整もあるので、どういうものをやりたいのか、出来るだけ早めに教えてほしいですね。」
糸川は、さほど迷うことなく、答えた。
しかし本郷は、
「あ、いえ……展示は展示なんですけど、皆にもっと文化祭を楽しんでもらえるような企画を、文化祭実行委員の立場でできないか、ということです。」
糸川は一瞬戸惑うような表情をみせた。
「それは、つまり、文化祭実行委員として、何か主体的な企画をやりたい、ということですか?」
「はい、そうです。」
糸川が顎手を当て、少し考えるようなそぶりをする。
「本郷くんは、具体的に、どういうことをやりたいのですか?」
予め考えてあったのだろう。本郷は、迷うことなく言った。
「謎解きを絡めたスタンプラリーのようなことをやりたい、と考えています。」
その言葉に、七緒は、弾かれたように本郷の横顔を見あげた。
(謎解き……?)
七緒は、今朝見た夢を思い出す。まるでこのことを予感していたように。
「謎解きを絡めた……スタンプラリーですか?」
糸川が「ええっと……」と、カリコリと、こめかみを掻いた。
「どういうものか、もう少し詳しく説明してください。」
「はい。」
本郷が、手振りを交えながら、自分の考えた企画をプレゼンする。
簡単に言うと、本郷の企画は、各展示室等に簡単な謎解きやクイズの問題を用意して、その問題を解くと、次に行く部屋が指示されるというものだ。
そうして、部屋ごとに問題とスタンプを用意して、生徒や来場者が楽しみながら、いろんな部屋を見て回れるように工夫したいのだと言う。
「どうしても、派手なステージや音楽室に生徒が集まりがちですが、スタンプラリーにすることで、いろんな展示に足を運んでもらいたいんです。」
本郷の企画は、七緒が聞く限り、意義のあるものに思えた。そして、同時に手間がかかりそうだ、とも。
他の委員たちが、ざわざわと騒ぎ出す。面白そうという好意的な反応もあれば、忙しいのにという戸惑いの声。それに、「謎解きってなに? テレビでやってるやつ?」、「クイズ?」「いや、違うだろ。」と話す声。
それを聞いた本郷が、
「先生、黒板を使ってもいいですか?」
「どうぞ。」
本郷は教壇に立つと、白いチョークで何かを書き始めた。
ーーーーーーーーーーーーー
蘭 → 国
的 → 野菜
目 → 動物
サビ → 調味料
ーーーーーーーーーーーーー
チョークをポンッと置いて、こちらを振り向く。
「これが、謎解き。ちなみに、この答え、分かる人いますか?」
七緒は、黒板に書かれた白い文字をジッと眺めた。
(蘭……は花よね? でも、国なら…オランダだっけ?)
周りの人たちも考え始めたのか、ブツブツと呟いている。
「2つ目って、的?それとも……?」
誰かのヒソヒソ声に本郷が、
「あ、ちなみに2つ目は、『マト』です。これ、めっちゃヒント。」
七緒は、文字を手のひらのうえで、ひらがなにしたり、英語に変えたりしなか、考えていた。
「ちなみに、センセ、わかりますか?」
端で見ていた糸川と篠崎エリカに向かって、ニヤリと笑う本郷。「えぇーっと……」と戸惑う篠崎と対象的に、糸川は肩をすくめた。
「ご指名は私、かな?」
糸川がツカツカと教壇に歩み寄ると、本郷の置いたチョークを手に取った。
そして、本郷の書いた問題の横に、平仮名を書き足す。
ーーーーーーーーーーーーー
蘭 → 国 らん
的 → 野菜 まと
目 → 動物 め
サビ → 調味料 さび
ーーーーーーーーーーーーー
それから、チョークを赤色に持ち替えて、更に書き加える。
『らん』の前に『い』、『まと』のまえに『と』、『め』の前に『か』、『さび』の前に『わ』。
「頭に文字を足すことで、左の言葉が、矢印の先で指示している言葉に変わる。」
ーーーーーーーーーーーーー
国 『い』らん
野菜 『と』まと
動物 『か』め
調味料 『わ』さび
ーーーーーーーーーーーーー
「足した文字を縦から読むと、『イトカワ』。私の名だ。」
本郷が、「おぉっ!」と、両眉をあげた。
「先生、流石です。」
「得意なので。」
いつも通りの淡々とした口調で言った。皆がまた、ザワザワと口々に感想を言い合っていると、糸川が、
「この問題は、本郷くんが考えたものですね?」
「はい。みんなにイメージしてもらいやすいかと。」
「だとすると、ちょっと難しいかな。」
「………?」
「得意な人は、簡単に解けるだろうが、この手の問題に慣れていないと、解くのに時間がかかりすぎる。本郷くんの考えている企画の趣旨からすると、良問とはいえない。」
確かに、と納得してしまう。こんな問題を考えるなんて、すごいなと思う一方で、解くのに時間がかかれば、各展示を巡ってもらうスタンプラリーの意味がない。
本郷は、さっきの得意げな顔を引っ込め、自分の書いた問題をジッと眺めた。
「わかりました。難易度はもう少し検討します。」
「問題は、それだけではない」
「……と、いうのは?」
「君の提案の意図は、理解した。しかし、文化祭委員は、皆、そういった業務を想定して、ここに来てはいない、ということです。」
確かに糸川の言うとおりで、本郷の言葉に、集まった委員たちの何名かの顔が不安げに曇っている。
しかし、本郷はその指摘は、想定内だったらしい。落ち着いている。
「勿論そのとおりです。僕も全員に企画に参加してほしいと言うわけでは、ありません。興味のある人は積極的に手伝って欲しいですが、全員参加を強制するつもりはないのです。ただ……」
「ただ?」
「展示室を横断的に繋ぐ企画、というのは、文化祭実行委員の立場でないと出来ないと思いました。また、委員であれば、やる意義もある。だから、僕はこの委員に立候補しました。」
「……確かに。」
「なので、僕としては、文化祭実行委員の有志として、企画に応募することを認めていただきたいのです。」
本郷の喋り方には、引き込まれるような熱意があった。糸川が頷く。
「本郷くんの主張は分かった。有志の企画は、公序良俗に反するものや、禁止されているものでなければ、誰でも応募できます。」
本郷の顔が、ホッと緩んだ。
先生相手に、打てば響くように、自分の意見をいう姿は、引き込まれる凄味があった。若い篠宮エリカが、メモを取る手を止めて、感心したように本郷を見ている。
その場にいるものは、皆、少なからず、本郷に魅了されていた。この企画に巻き飲まれるかもしれない、という不安を抱えていたにも関わらず。
「この場で、すぐに可と判断するのは難しいが、他の皆と同じように、申込み書を書いて、期限までに……できれば、期限より早めに提出してください。」
「はい! ありがとうございます!!」
糸川は、きちんと本郷の主張を受け止めた。その姿勢は、七緒には、とても誠実に見えた。
委員会終了後、男の子が二人、本郷のところに駆け寄ってきた。
「本郷センパイ……あの」
二人は1年生の委員らしく、それぞれが名乗ると、恥ずかしげに互いに顔を見合わせた。発言を譲り合うような仕草をしてから、そのうちの一人が、意を決して、
「あの……企画、もしやるなら、僕らも協力したいです。」
もう一人も頷く。
「文化祭って、小学校にはなかったから、僕ら、凄く楽しみにしていて……だから、やれるといいなって……な?」
「うん。是非、やりたいです。」
本郷が、ドンっと胸を叩く仕草をした。
「任せとけ。俺が必ず企画を通す。」
「そんな、安請け合いして大丈夫?」
横で聞いていた七緒が、見かねて口を挟むと、
「大丈夫、大丈夫…………たぶん。」
ほんの少しだけの不安を覗かせながら、笑った。
「言いたいことは言ったし、糸川先生の感触は悪くなかった。」
自分のやりたいことがあって、それをみんなの前で発言して、実現のために頑張る。
言葉にするのは、簡単だが、なかなか勇気と強い意志のいることだと思う。
そうか、本郷って、こんなヤツなんだ。
今まで、人の気持ちも考えない、強引な人だとは思っていたけど……でも、それだけじゃない。
本郷圭太という人間の意外な一面を見た気がした。
◇ ◇ ◇
それにしても、今朝見た、あの夢は、やっぱり、どこか予知夢じみていただろうか。
七緒は、家に帰って制服を脱ぐと、本棚から一冊のノートを取り出した。
どこにでもあるごく普通のノートで、黄色いチェック柄の表紙には、「じゆうちょう」の文字。
中は罫線のない真っ白な紙で、そこにクイズや迷路が手書きで書いてある。
子どもの文字なので、一文字一文字が大きい。余白も、星や丸、三角で装飾してある。
すべて、このノートを七緒にくれた男の子が手書きで書いたものだ。
だから、七緒は、一生懸命書いてくれたこのノートを、たとえその子の顔を思い出せなくても、未だにとってあるのだ。
七緒は、久しぶりにノートをペラペラと開いてみた。
途中のページで手を止める。そこには見開き一面、迷路が書いてあった。
子どもの書いたものだ。そんなに複雑ではないし、道の太さも、広かったり狭かったりとまちまち。
それでも一生懸命、丁寧に書こうと努めたのだろう。鉛筆の下書き線に、消しゴムをかけた凹みの跡が残っている。
迷路には、指示通り、落ち葉、四葉のクローバー、メガネが落ちていて、そこを通るように、幼い七緒が描いたピンクの色鉛筆の線が残っていた。
これを解いたのは、いつ頃だったかな。多分、ノートをもらって、すぐだった。
「それにしても、落ち葉と四葉のクローバーとメガネって……」
落ち葉とクローバーはまだしも、そこにメガネが混ざると、途端に統一感がなくなる。
これを考えた子は、どうして、こんな変なアイテムを選んだんだろう。
七緒は、また、別のページを開いた。
今度は、なぞなぞ。
「さようなら」と「はじめまして」の季節。
中学生の自分が表現するなら、「出会いと別れの季節」とでも、言うだろうか。
問題の下に、幼い七緒の字で「はる」と書いてある。
あの男の子が去っていったのも、また、春だった。濃紺の車に桜の花びら。
あのシーンこそ、七緒にとっての「さようならの季節」の情景だな、と思う。
それから、七緒は、久しぶりに、ノートの最後のページに手をかけた。丁寧に、ゆっくりとページを捲る。
そこには、このノートの中で唯一、未だ解けていない謎が記されていた。
「おい! 水無! 」
声の主に気づいた七緒の口元から、思わず、ため息が漏れる。
「……本郷、なに?」
振り返ると、本郷圭太が下唇を突き出して立っていた。
「先に行くなよ。」
「なんで?」
どうせここに来るのだ。別に揃って仲良しこよししながら、歩いてくる必要はないでしょうよ。
「いや、終令の後、さっさと教室出ていったから……」
「なに? まさか、私が、サボって帰ったと思った?」
「いや、忘れてるのかと……。サボりはしないだろ、水無は。」
確かにサボりはしない。
単に真面目というだけではなく、自分に与えられた役目を投げ出す勇気は、七緒にはないからだ。
「……ちょっと図書室に寄ってただけ。ちゃんと覚えてるよ。朝も念押しされたし。不本意だからって、そこまで無責任じゃない。」
「そう……だよな。ごめん。」
本郷は、手の甲で額を拭う仕草をした。薄っすらと汗が滲んでいる。ひょっとして、帰ったと思って、七緒を探していたのかもしれない。
だとしたら、ちょっと強く言い過ぎたかな………。
「悪かった。教室に入ろう。」
「うん。」
座席はクラス毎で座ることになっていて、3年5組の七緒たちは、廊下側の前から5列目に並んで座った。
席がだいたい埋まった頃に、文化祭実行委員会の担当教諭、糸川とサブ担当の篠宮エリカが入ってきた。
糸川は線の細い痩せた男で、美術の担当。
頭頂から斜め下に向かって真っ直ぐ伸びた前髪には、半分くらい白髪が混じっている。
一方、篠宮は若い女性教諭で、英語の担当。
去年赴任したばかりで、七緒たち3年生は、受け持ってもらったことがないが、生徒たちから、「エリカちゃん」、「エリカ先生」と、親しみを込めて呼ばれるような、可愛らしい先生だ。
「じゃあ、文化祭実行委員の仕事を説明します。」
糸川は、教壇に立つと、手慣れた様子で、話し始めた。
文化祭といっても、公立中学だ。飲食はないし、金銭の授受を伴うような模擬店も禁止されている。
基本は部活やクラブ、有志による音楽、劇、展示などがメインで、文化祭実行委員の仕事は、各クラスに日程やスケジュールの伝達、有志で参加したい人たちへの案内、それから前日の設営と当日の運営をすること。
第一回目となる今日の委員会は、委員への日程の確認と、有志で出し物をしたい人たちへの募集案内を各クラスにお知らせすることがメインテーマ。
糸川が一通り説明を終えると、
「何か、質問や意見がある人はいますか?」
授業のときと同じように、静かな口調で尋ねた。
糸川はここ何年か連続で文化祭を担当しているらしく、説明は明瞭で、疑問点は何もない。
予定より早く終わりそうだなと思った、その時。
「先生っ!」
さっきまで大人しく座っていた隣の席の本郷が、前のめりに腰を半ば浮かしながら手を上げた。
「はい、本郷くん。」
「この、有志の企画というのは、僕らも参加できますか?」
「委員が、ですか…? 展示するだけのものであれば、勿論問題ありません。ステージのものは……希望は、できるだけ叶えてあげたいのですが、当番などの調整もあるので、どういうものをやりたいのか、出来るだけ早めに教えてほしいですね。」
糸川は、さほど迷うことなく、答えた。
しかし本郷は、
「あ、いえ……展示は展示なんですけど、皆にもっと文化祭を楽しんでもらえるような企画を、文化祭実行委員の立場でできないか、ということです。」
糸川は一瞬戸惑うような表情をみせた。
「それは、つまり、文化祭実行委員として、何か主体的な企画をやりたい、ということですか?」
「はい、そうです。」
糸川が顎手を当て、少し考えるようなそぶりをする。
「本郷くんは、具体的に、どういうことをやりたいのですか?」
予め考えてあったのだろう。本郷は、迷うことなく言った。
「謎解きを絡めたスタンプラリーのようなことをやりたい、と考えています。」
その言葉に、七緒は、弾かれたように本郷の横顔を見あげた。
(謎解き……?)
七緒は、今朝見た夢を思い出す。まるでこのことを予感していたように。
「謎解きを絡めた……スタンプラリーですか?」
糸川が「ええっと……」と、カリコリと、こめかみを掻いた。
「どういうものか、もう少し詳しく説明してください。」
「はい。」
本郷が、手振りを交えながら、自分の考えた企画をプレゼンする。
簡単に言うと、本郷の企画は、各展示室等に簡単な謎解きやクイズの問題を用意して、その問題を解くと、次に行く部屋が指示されるというものだ。
そうして、部屋ごとに問題とスタンプを用意して、生徒や来場者が楽しみながら、いろんな部屋を見て回れるように工夫したいのだと言う。
「どうしても、派手なステージや音楽室に生徒が集まりがちですが、スタンプラリーにすることで、いろんな展示に足を運んでもらいたいんです。」
本郷の企画は、七緒が聞く限り、意義のあるものに思えた。そして、同時に手間がかかりそうだ、とも。
他の委員たちが、ざわざわと騒ぎ出す。面白そうという好意的な反応もあれば、忙しいのにという戸惑いの声。それに、「謎解きってなに? テレビでやってるやつ?」、「クイズ?」「いや、違うだろ。」と話す声。
それを聞いた本郷が、
「先生、黒板を使ってもいいですか?」
「どうぞ。」
本郷は教壇に立つと、白いチョークで何かを書き始めた。
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蘭 → 国
的 → 野菜
目 → 動物
サビ → 調味料
ーーーーーーーーーーーーー
チョークをポンッと置いて、こちらを振り向く。
「これが、謎解き。ちなみに、この答え、分かる人いますか?」
七緒は、黒板に書かれた白い文字をジッと眺めた。
(蘭……は花よね? でも、国なら…オランダだっけ?)
周りの人たちも考え始めたのか、ブツブツと呟いている。
「2つ目って、的?それとも……?」
誰かのヒソヒソ声に本郷が、
「あ、ちなみに2つ目は、『マト』です。これ、めっちゃヒント。」
七緒は、文字を手のひらのうえで、ひらがなにしたり、英語に変えたりしなか、考えていた。
「ちなみに、センセ、わかりますか?」
端で見ていた糸川と篠崎エリカに向かって、ニヤリと笑う本郷。「えぇーっと……」と戸惑う篠崎と対象的に、糸川は肩をすくめた。
「ご指名は私、かな?」
糸川がツカツカと教壇に歩み寄ると、本郷の置いたチョークを手に取った。
そして、本郷の書いた問題の横に、平仮名を書き足す。
ーーーーーーーーーーーーー
蘭 → 国 らん
的 → 野菜 まと
目 → 動物 め
サビ → 調味料 さび
ーーーーーーーーーーーーー
それから、チョークを赤色に持ち替えて、更に書き加える。
『らん』の前に『い』、『まと』のまえに『と』、『め』の前に『か』、『さび』の前に『わ』。
「頭に文字を足すことで、左の言葉が、矢印の先で指示している言葉に変わる。」
ーーーーーーーーーーーーー
国 『い』らん
野菜 『と』まと
動物 『か』め
調味料 『わ』さび
ーーーーーーーーーーーーー
「足した文字を縦から読むと、『イトカワ』。私の名だ。」
本郷が、「おぉっ!」と、両眉をあげた。
「先生、流石です。」
「得意なので。」
いつも通りの淡々とした口調で言った。皆がまた、ザワザワと口々に感想を言い合っていると、糸川が、
「この問題は、本郷くんが考えたものですね?」
「はい。みんなにイメージしてもらいやすいかと。」
「だとすると、ちょっと難しいかな。」
「………?」
「得意な人は、簡単に解けるだろうが、この手の問題に慣れていないと、解くのに時間がかかりすぎる。本郷くんの考えている企画の趣旨からすると、良問とはいえない。」
確かに、と納得してしまう。こんな問題を考えるなんて、すごいなと思う一方で、解くのに時間がかかれば、各展示を巡ってもらうスタンプラリーの意味がない。
本郷は、さっきの得意げな顔を引っ込め、自分の書いた問題をジッと眺めた。
「わかりました。難易度はもう少し検討します。」
「問題は、それだけではない」
「……と、いうのは?」
「君の提案の意図は、理解した。しかし、文化祭委員は、皆、そういった業務を想定して、ここに来てはいない、ということです。」
確かに糸川の言うとおりで、本郷の言葉に、集まった委員たちの何名かの顔が不安げに曇っている。
しかし、本郷はその指摘は、想定内だったらしい。落ち着いている。
「勿論そのとおりです。僕も全員に企画に参加してほしいと言うわけでは、ありません。興味のある人は積極的に手伝って欲しいですが、全員参加を強制するつもりはないのです。ただ……」
「ただ?」
「展示室を横断的に繋ぐ企画、というのは、文化祭実行委員の立場でないと出来ないと思いました。また、委員であれば、やる意義もある。だから、僕はこの委員に立候補しました。」
「……確かに。」
「なので、僕としては、文化祭実行委員の有志として、企画に応募することを認めていただきたいのです。」
本郷の喋り方には、引き込まれるような熱意があった。糸川が頷く。
「本郷くんの主張は分かった。有志の企画は、公序良俗に反するものや、禁止されているものでなければ、誰でも応募できます。」
本郷の顔が、ホッと緩んだ。
先生相手に、打てば響くように、自分の意見をいう姿は、引き込まれる凄味があった。若い篠宮エリカが、メモを取る手を止めて、感心したように本郷を見ている。
その場にいるものは、皆、少なからず、本郷に魅了されていた。この企画に巻き飲まれるかもしれない、という不安を抱えていたにも関わらず。
「この場で、すぐに可と判断するのは難しいが、他の皆と同じように、申込み書を書いて、期限までに……できれば、期限より早めに提出してください。」
「はい! ありがとうございます!!」
糸川は、きちんと本郷の主張を受け止めた。その姿勢は、七緒には、とても誠実に見えた。
委員会終了後、男の子が二人、本郷のところに駆け寄ってきた。
「本郷センパイ……あの」
二人は1年生の委員らしく、それぞれが名乗ると、恥ずかしげに互いに顔を見合わせた。発言を譲り合うような仕草をしてから、そのうちの一人が、意を決して、
「あの……企画、もしやるなら、僕らも協力したいです。」
もう一人も頷く。
「文化祭って、小学校にはなかったから、僕ら、凄く楽しみにしていて……だから、やれるといいなって……な?」
「うん。是非、やりたいです。」
本郷が、ドンっと胸を叩く仕草をした。
「任せとけ。俺が必ず企画を通す。」
「そんな、安請け合いして大丈夫?」
横で聞いていた七緒が、見かねて口を挟むと、
「大丈夫、大丈夫…………たぶん。」
ほんの少しだけの不安を覗かせながら、笑った。
「言いたいことは言ったし、糸川先生の感触は悪くなかった。」
自分のやりたいことがあって、それをみんなの前で発言して、実現のために頑張る。
言葉にするのは、簡単だが、なかなか勇気と強い意志のいることだと思う。
そうか、本郷って、こんなヤツなんだ。
今まで、人の気持ちも考えない、強引な人だとは思っていたけど……でも、それだけじゃない。
本郷圭太という人間の意外な一面を見た気がした。
◇ ◇ ◇
それにしても、今朝見た、あの夢は、やっぱり、どこか予知夢じみていただろうか。
七緒は、家に帰って制服を脱ぐと、本棚から一冊のノートを取り出した。
どこにでもあるごく普通のノートで、黄色いチェック柄の表紙には、「じゆうちょう」の文字。
中は罫線のない真っ白な紙で、そこにクイズや迷路が手書きで書いてある。
子どもの文字なので、一文字一文字が大きい。余白も、星や丸、三角で装飾してある。
すべて、このノートを七緒にくれた男の子が手書きで書いたものだ。
だから、七緒は、一生懸命書いてくれたこのノートを、たとえその子の顔を思い出せなくても、未だにとってあるのだ。
七緒は、久しぶりにノートをペラペラと開いてみた。
途中のページで手を止める。そこには見開き一面、迷路が書いてあった。
子どもの書いたものだ。そんなに複雑ではないし、道の太さも、広かったり狭かったりとまちまち。
それでも一生懸命、丁寧に書こうと努めたのだろう。鉛筆の下書き線に、消しゴムをかけた凹みの跡が残っている。
迷路には、指示通り、落ち葉、四葉のクローバー、メガネが落ちていて、そこを通るように、幼い七緒が描いたピンクの色鉛筆の線が残っていた。
これを解いたのは、いつ頃だったかな。多分、ノートをもらって、すぐだった。
「それにしても、落ち葉と四葉のクローバーとメガネって……」
落ち葉とクローバーはまだしも、そこにメガネが混ざると、途端に統一感がなくなる。
これを考えた子は、どうして、こんな変なアイテムを選んだんだろう。
七緒は、また、別のページを開いた。
今度は、なぞなぞ。
「さようなら」と「はじめまして」の季節。
中学生の自分が表現するなら、「出会いと別れの季節」とでも、言うだろうか。
問題の下に、幼い七緒の字で「はる」と書いてある。
あの男の子が去っていったのも、また、春だった。濃紺の車に桜の花びら。
あのシーンこそ、七緒にとっての「さようならの季節」の情景だな、と思う。
それから、七緒は、久しぶりに、ノートの最後のページに手をかけた。丁寧に、ゆっくりとページを捲る。
そこには、このノートの中で唯一、未だ解けていない謎が記されていた。
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