上 下
3 / 26

3 本郷圭太の策略

しおりを挟む

 そもそも、ひたすら地味な七緒が、なぜ『文化祭実行委員』などという、全く縁遠いものに選ばれてしまったのか。

 それには、深い理由がある。

 七緒は、1年生も2年生も、図書委員だった。
 3年生でも当然そうするつもりだったし、それは、本郷も分かっていたはずだ。

 2年生のときは、クラスこそ違うが、本郷も図書委員だった。初めて本郷と口をきいたのも、その時だった。
 七緒は、委員の仕事で何度か顔を合わせているうちに、本郷に、「図書委員の仕事が好きだから、3年生もやりたい」と言う話をしていた。

 にも関わらず、今の七緒は、文化祭実行委員だ。



 話は、年度頭、クラスのホームルームで、委員決めをしたときに遡る。

 担任の先生が委員会の一覧をズラーっと黒板に列挙して言った。

「お前ら、希望の委員のところに自分の名前かけよー。希望者が多いときは、話し合いかジャンケンな!」

 その言葉に、生徒たちが一斉に立ち上がり、黒板に向かう。完全に出遅れた七緒は、みんなの背中越しに、右往左往していた。


 でも、別に焦っては、いない。放課後、定期的に残らないといけない図書委員なんて、人気があるものでもないし、先着で決まるわけでもないのだから。

 悠然と構えていた七緒に、

「水無、まだ書いてないの?」

 唐突に声をかけられ、振り向くと、本郷圭太が立っていた。

「本郷くん……」

 昨年、一緒に図書委員をやっていたから、顔見知りではある。

「出遅れちゃって……」
「水無は、どうせ図書委員だろ? 俺がついでに書いてきてやるよ。」
「うん。でも……」
「いいって、いいって。どうせ、ついでだから。俺、背もまぁまぁ高いし、グイグイ入っていくの、得意だからさ。水無は、席に座って待っとけよ。」

 本郷が、七緒の肩をつかんで、くるりと180度回転させた。

「大船に乗ったつもりで。」
「あっ……あの?!」

 断る間もなく、本郷は黒板に向かって突進していって、宣言通りに、みんなの間をグイグイかき分けていく。

 七緒は、どうしようかと一瞬、躊躇ったが、せっかくの好意を無駄にするのも悪い気がして、席に戻った。

 今思えば、あのとき、無駄なお人好しを発揮してしまったことが、すべての元凶だ。

 好意なんて無駄にしても、良かったのに!!

「書いておいたぜ。」

 席に戻ってきた本郷が告げた言葉に、七緒は驚愕して固まった。

「図書委員はもう、他に書いているやつがいたから、隣の空いている委員のところに。」
「えっ!?」

 書き終えて戻る生徒たちの隙間から見える黒板に、自分の名前を見つけて、七緒は、顔面蒼白になった。


 文化祭実行委員  本郷、水無


 白いチョークで、力強く書いてある名前は、何度、凝視ししても、やはり見間違いではない。


「なんてことっ!!」


 よりによって、文化祭実行委員って!!
 全然、興味ない! キャラでもない!!


 隣の図書委員の欄には、『堺屋湊さかいや みなと』、『宮迫一花みやさこ いちか』と、ご丁寧にフルネームで書いてある。どちらも、本郷の力強い角ばった字とは対象的に、綺麗で読みやすい字。

「すぐ直してくる。」

 先生は、希望が被ったら、話し合いかジャンケンで決めるといった。
 体育委員以外に男女の縛りもない。

 宮迫一花は、同じクラスは初めてだけど、七緒と同じく1年から図書委員で、よく知っている。今回も、立候補するとは思っていた。

 しかし、堺屋湊が図書委員を希望するとは思わなかった。

 堺屋は1年生のときに同じクラスだったが、特にこだわりのないタイプで、「余った委員をやるから、何でもいい」と言って、何にも立候補しなかった。

 今年はてっきり、自分と一花で図書委員をやるものだとばっかり思っていたのにーーー。

 すぐに直さないと。そして、堺屋にお願いして、譲ってもらおう。
 そう思い、立ち上がりかけるとの同時に、先生が教壇の真ん中に移動した。

「よし、全員書いたな?」

 それを合図に、まだ黒板周りにいた生徒たちも自席に戻り始めた。

「あっ………」

 七緒は、完全にタイミングを逸していた。

 本郷は、「じゃ……じゃあな。」と、逃げるように自分の席に戻っていった。直後、先生が定員数ピッタリの委員の上にパッ、パッ、パッと赤いチョークで丸を付していく。

 あっという間に、図書委員の上にも、文化祭実行委員の上にも赤い丸が打たれた。

 話題は、定員超過と定員割れした委員に移り、今更、決定済みの図書委員と文化祭委員の2つを破談にしたいとは、言い出せない雰囲気になっている。

 七緒は、振り返って、窓際の一番うしろに座る本郷を睨みつけた。

 本郷は、七緒に睨まれていることを分かっているのか、大きな身体を小さく縮めて、窓の外を見ている。


 そんなに気まずそうにするなら、なんでこんなことをしたのか。


 七緒は、大きくため息をついた。

 すぐ後ろの席の宮迫一花が、ちょんちょんと七緒の背中をつついた。

「ねぇ、ナナちゃん。」

 七緒が振り向くと耳元に手を当てて、コソコソと小声で、

「ナナちゃん、文化祭実行委員やるの? 図書委員じゃないの?」
「本郷に勝手に書かれた。」
「えぇっ!」

 一花は、一瞬だけ後ろを振り返って本郷を確認した。

「な……なんで?」
「わかんない。でも、後で堺屋にお願いして変わってもらうつもり。」

 二者の間での交換なら誰にも迷惑かけない。堺屋は、前も「別に何の委員でもいい」と言っていたから、頼めば変わってくれるだろう。

「そうだね。私もナナちゃんと一緒がいいんだけど。」


 しかし、休み時間に話しかけた堺屋は、予想に反して、すげなく言った。

「僕、文化祭実際委員と体育委員はお断りなんだよね。」
「えっ……なんで? 前はどれでも言いっていってたのに……」
「1年のときはね。」

 堺屋が、スッと鼻頭のメガネを押し上げた。

「それぞれの委員が、どういうことやっているのか、どれくらいの負担感があるのか、イマイチ分からなかったし、割と時間にも余裕があったから、まぁ、何でもやってみればいいかなって思ったんだけど。」

「今年は駄目なの?」

「行事系の仕事は、自分には向いてないって分かった。それに今年は、受験があるからね。合わない委員で無駄な神経使いたくない。」


 堺屋は、成績上位の常連。
 愛想は良くないが、別に失礼な態度を取るわけではなく、物事を極めて合理的に考える。こういう男の子を、俗に「クール」と表現するんだろうな、と思う。


 体育委員は、普段の体育の授業以外に体育祭の運営がある。文化祭実行委員は、その名の通り、文化祭が主な仕事。この両者は、所謂、行事系の委員だ。

 公立中学の行事だから、そう複雑な活動内容ではないが、それでも向き不向きはあるし、堺屋の「向いていない。」というのも、本音だろう。

 しかし、それを言うなら、七緒だって行事系は向いていない。

「水無もさ、嫌なら、決まる前に言えばよかったんだよ。」
「う……まぁ、そうなんだけど………」

 暗に、「今更言うなよ」と匂わされ、その通り過ぎて、反論できない。

「それに、別に、大丈夫だと思うよ?」
「大丈夫って……?」

 堺屋が、軽く小首をかしげた。励ましてくれるつもりなのか? メガネの奥の瞳は、意外との優しいかも。………と、思った自分は間違いだった。

「水無って結構、責任感強いし、ちゃんとやれると思う。」

 つまり、諦めろということか………。

 もうっ!!

 七緒は、もう一度、窓際の最後列、相変わらず逃げるように身体を縮めている本郷圭太を睨みつけた。


 こうなった責任とって、本郷には、きっちり働いてもらうから!!


 という気持ちを、込めて。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...