2週間と200余年と。出会って変わったふたりの始まり。~ハロウィンダンションで

なかむ楽

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17.しからば、ごめん②

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「フィーリー!?」

 目を大きくしたセムの前にいるフィーリーは大剣を地に刺し、跪かんばかりだ。青い髪はボサボサ。肌のあちらこちらから血を吹き出して、一部ヤケド跡がある。
 フィーリーは目だけでセムの安全を確認すると、口角を上げて笑う。

(そんな余裕、どこにもないでしょう!? 僕を、庇って。……死なないのに)

 愕然としているセムを無視して、フィーリーは途切れてしまった魔法詠唱を再開した。半壊しているジャック・オー・ランタン希少種を強く睨む。荒ぶる殺気が熱気となり、熱気になって立ち上る。
 詠唱きしると同時に輝いた大剣を残り少ない体力を振り絞って持ち、呪文とともに横っ腹めがけ大剣をちからの限りぶち込んだ。

「うおぉぉおおおおぉっ!!!」

『い、い、いゃぁ~~んっ』

 ジャック・オー・ランタン希少種は、ごろごろもんぞり打って自爆する。カッ! と強い光と爆風、カボチャの匂いがふたりを包む。

「くっさ! カボチャくっさ!」

 爆風からセムを守るようにフィーリーは防御魔法を張ったが、すでに魔法力はカラッカラだ。爆風が消えると同時にフィーリーは地面に倒れた。
 からんっ。ほわほわ光る不思議な色のランタン──ナイトランタンも地に転がる。

「……が、は」

 ナイトランタンよりも、抱き起こしてくれたセムの泣き顔が気になる。気になって、切なくて苦しいのに、どこか満たされている。

(……これは、助からない……) 

 別れる前に自分が召されるのは想定外だった。

「今、今から極大・高等治癒魔法グランド・ハイヒーリングをかけますから!」

「いい、よ。だめ、みたい……だ」

 普通に呼吸したいのに、ゼロゼロと息が出る。大きく肩と胸が上下しているのに、満足に呼吸できない。

「それよか……、セム。笑ってよ……」

 極大・高等治癒魔法の長い詠唱を中断したセムは、ボロボロ泣く。笑えって言ったのに。

「ナイトランタン、ドロップしたじゃないですかっ。新しい大剣で、冒険するんでしょう!?」

「……そ、だね。無理に、なっちゃった」

 もう視界の縁が黒い。寒くて、寒くて、ガタガタ震える。セムを置いて逝くのが残念だ。

(死んだら、天使になれる?)

 人間は天使にならない。天使は天使として生まれる。次元が違う。
 つくづく思う。神は意地悪だ、と。
 愛する人を置いて逝くのは、死んで消滅することより恐ろしい。
 身体のあちこちに力が入らない。呼吸もどうでもいい。寒さも。ただ、セムをずっと見られないのが……悲しい。遺憾である。甚だ遺憾である。

(こんなにも、愛しく思ってたんだ。たった、2週間だったのに……。……ごめんね。置いてっちゃう……)

「死なせませんっ。死なせませんから!」

 セムは知らない言葉の呪文を紡ぐ。徐々に聴覚も失われつつある耳には、鎮魂歌のように聞こえた。
 ──さようなら、セム。この2週間、一生のうちで一番楽しかったよ。
 フィーリーは重たい瞼を閉ざして────

 ︰

 ︰

 ︰

「…………っは、死んでる場合じゃねぇわ」

 がばっとフィーリーは起き上がる。全裸に等しい身体には傷一つなく、白い絹の風呂敷マルチクロスがかけられてあった。

「セム!?」

 大切な人の姿を探す──と、隣にいた。淡く光っていて、光輪も翼も白と黒が入り乱れている。どういうことだ?

「よかった。目覚めて」

「セム、なにしたんだよ?」

「僕のすべての力をフィーリーに押し付けたんです」

 言いながら、セムの身体の端からぽわぽわと光の粒になっていく。

「最後のお願いです。フィーリー、僕を好きになってください」

「なに言ってん……」

 フィーリーは、ようやく気がついた。
 セムが言わなかった目的。近づいた理由。

「好きになってもらうのが目的だったんだな……」

 セムは笑顔のままだ。肯定だ。
 相思相愛になり、天使に戻る。一昨日もセムは『好きになって』『好きです』と戯言を並べていたが、本心だったのだ。
 セックス中以外で言葉と態度であらわしてくれていたら、鈍いフィーリーでも気づいた。はずだ。たぶん。

「愛して、います。フィーリー。あなたの幸せが、僕の幸せです」

 見返りのない献身。愛したら、愛されたいだろうに。
 ぎゅっと握ってくれている、セムの手のひらが消えていく。
 消えてしまう。逝ってしまう。
 フィーリーは涙をボロボロ零した。誰かのために泣くのは生まれて初めてだ。

「いやだ、セム。置いていくな……」

 その姿が消えかかっている。涙で溺れていても、消えかかっているのがわかる。
 好きなのに。好きだって返してないのに。気持ちを伝えたいのに。出てくるのは嗚咽だ。

「さよならは、言いませんから」

 最後まで笑った顔だったが、フィーリーの涙で滲んだ世界では、消えかけのセムはゆらゆら揺らいでいた。

「わたしも言わない。……だから。だから、また会おう」

「はい。また……。愛して……います」

 消えてしまったセムの光の粒を慌ててかき集めて抱きしめる。
 苦しい。切ない。悲しくて、哀しくて。涙と感情が止められない。
 セム。セム。セム!
 また会えるから。最後じゃないから。待ってるから。待ってて。

 たちまち周囲が光に包まれて──かたちをグニャリと変えて──消滅する。
 いつの間にか日付が変わっていた。11月1日0時。無情にもハロウィン限定特別フィールドは消失し、深夜のただの草原に冒険者たちは残された。
 もちろん、フィーリーも。
 フィーリーは全裸に白い絹の風呂敷マルチクロスを巻き付ける。そして、拳を強く握る。
 そして、祭りが終わった秋の夜空の睨む。
 神さまなんて大嫌い。

(こんな、露出魔みたいな姿で残しやがって)



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