17 / 22
17.しからば、ごめん②
しおりを挟む「フィーリー!?」
目を大きくしたセムの前にいるフィーリーは大剣を地に刺し、跪かんばかりだ。青い髪はボサボサ。肌のあちらこちらから血を吹き出して、一部ヤケド跡がある。
フィーリーは目だけでセムの安全を確認すると、口角を上げて笑う。
(そんな余裕、どこにもないでしょう!? 僕を、庇って。……死なないのに)
愕然としているセムを無視して、フィーリーは途切れてしまった魔法詠唱を再開した。半壊しているジャック・オー・ランタン希少種を強く睨む。荒ぶる殺気が熱気となり、熱気になって立ち上る。
詠唱きしると同時に輝いた大剣を残り少ない体力を振り絞って持ち、呪文とともに横っ腹めがけ大剣をちからの限りぶち込んだ。
「うおぉぉおおおおぉっ!!!」
『い、い、いゃぁ~~んっ』
ジャック・オー・ランタン希少種は、ごろごろもんぞり打って自爆する。カッ! と強い光と爆風、カボチャの匂いがふたりを包む。
「くっさ! カボチャくっさ!」
爆風からセムを守るようにフィーリーは防御魔法を張ったが、すでに魔法力はカラッカラだ。爆風が消えると同時にフィーリーは地面に倒れた。
からんっ。ほわほわ光る不思議な色のランタン──ナイトランタンも地に転がる。
「……が、は」
ナイトランタンよりも、抱き起こしてくれたセムの泣き顔が気になる。気になって、切なくて苦しいのに、どこか満たされている。
(……これは、助からない……)
別れる前に自分が召されるのは想定外だった。
「今、今から極大・高等治癒魔法をかけますから!」
「いい、よ。だめ、みたい……だ」
普通に呼吸したいのに、ゼロゼロと息が出る。大きく肩と胸が上下しているのに、満足に呼吸できない。
「それよか……、セム。笑ってよ……」
極大・高等治癒魔法の長い詠唱を中断したセムは、ボロボロ泣く。笑えって言ったのに。
「ナイトランタン、ドロップしたじゃないですかっ。新しい大剣で、冒険するんでしょう!?」
「……そ、だね。無理に、なっちゃった」
もう視界の縁が黒い。寒くて、寒くて、ガタガタ震える。セムを置いて逝くのが残念だ。
(死んだら、天使になれる?)
人間は天使にならない。天使は天使として生まれる。次元が違う。
つくづく思う。神は意地悪だ、と。
愛する人を置いて逝くのは、死んで消滅することより恐ろしい。
身体のあちこちに力が入らない。呼吸もどうでもいい。寒さも。ただ、セムをずっと見られないのが……悲しい。遺憾である。甚だ遺憾である。
(こんなにも、愛しく思ってたんだ。たった、2週間だったのに……。……ごめんね。置いてっちゃう……)
「死なせませんっ。死なせませんから!」
セムは知らない言葉の呪文を紡ぐ。徐々に聴覚も失われつつある耳には、鎮魂歌のように聞こえた。
──さようなら、セム。この2週間、一生のうちで一番楽しかったよ。
フィーリーは重たい瞼を閉ざして────
︰
︰
︰
「…………っは、死んでる場合じゃねぇわ」
がばっとフィーリーは起き上がる。全裸に等しい身体には傷一つなく、白い絹の風呂敷がかけられてあった。
「セム!?」
大切な人の姿を探す──と、隣にいた。淡く光っていて、光輪も翼も白と黒が入り乱れている。どういうことだ?
「よかった。目覚めて」
「セム、なにしたんだよ?」
「僕のすべての力をフィーリーに押し付けたんです」
言いながら、セムの身体の端からぽわぽわと光の粒になっていく。
「最後のお願いです。フィーリー、僕を好きになってください」
「なに言ってん……」
フィーリーは、ようやく気がついた。
セムが言わなかった目的。近づいた理由。
「好きになってもらうのが目的だったんだな……」
セムは笑顔のままだ。肯定だ。
相思相愛になり、天使に戻る。一昨日もセムは『好きになって』『好きです』と戯言を並べていたが、本心だったのだ。
セックス中以外で言葉と態度であらわしてくれていたら、鈍いフィーリーでも気づいた。はずだ。たぶん。
「愛して、います。フィーリー。あなたの幸せが、僕の幸せです」
見返りのない献身。愛したら、愛されたいだろうに。
ぎゅっと握ってくれている、セムの手のひらが消えていく。
消えてしまう。逝ってしまう。
フィーリーは涙をボロボロ零した。誰かのために泣くのは生まれて初めてだ。
「いやだ、セム。置いていくな……」
その姿が消えかかっている。涙で溺れていても、消えかかっているのがわかる。
好きなのに。好きだって返してないのに。気持ちを伝えたいのに。出てくるのは嗚咽だ。
「さよならは、言いませんから」
最後まで笑った顔だったが、フィーリーの涙で滲んだ世界では、消えかけのセムはゆらゆら揺らいでいた。
「わたしも言わない。……だから。だから、また会おう」
「はい。また……。愛して……います」
消えてしまったセムの光の粒を慌ててかき集めて抱きしめる。
苦しい。切ない。悲しくて、哀しくて。涙と感情が止められない。
セム。セム。セム!
また会えるから。最後じゃないから。待ってるから。待ってて。
たちまち周囲が光に包まれて──かたちをグニャリと変えて──消滅する。
いつの間にか日付が変わっていた。11月1日0時。無情にもハロウィン限定特別フィールドは消失し、深夜のただの草原に冒険者たちは残された。
もちろん、フィーリーも。
フィーリーは全裸に白い絹の風呂敷を巻き付ける。そして、拳を強く握る。
そして、祭りが終わった秋の夜空の睨む。
神さまなんて大嫌い。
(こんな、露出魔みたいな姿で残しやがって)
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。
普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。
※課長の脳内は変態です。
なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

旦那様が素敵すぎて困ります
秋風からこ
恋愛
私には重大な秘密があります。実は…大学一のイケメンが旦那様なのです!
ドジで間抜けな奥様×クールでイケメン、だけどヤキモチ妬きな旦那様のいちゃラブストーリー。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

婚約内定を白紙撤回された公爵令嬢と堅物辺境伯のマスカレード
三矢由巳
恋愛
16歳の誕生日を前にバートリイ公爵家の四女は第三王子エドガーとの婚約内定を白紙撤回されてしまう。国益のためと諦めた彼女は新たな生き方を見つける。
数年後、ランバート辺境伯ロバート・アルバート・マカダムは隣国の侵略から国土を守るため、辺境伯家の家訓を守って領地を治めていた。
軽佻浮薄な王都の流行を嫌うロバートの耳に入って来たのは都で流行している万聖節(ハロウィン)の祭での仮装。ロバートは隣国の間諜(スパイ)が変装して侵入したら危険極まりないという理由で触れを出す。
「10月31日に仮装して領内を練り歩く者は逮捕する」
これに怒ったのは城下の菓子屋で働く若き見習い職人アデル。
お触れの撤回を直訴するため城に向かったアデルは偶然ロバートを狙撃から助けることに。
けれど二人の間の溝は深い。
態度の大きな上腕二頭筋の発達した女職人と頑固な割れ顎の辺境伯は果たして理解し合えるのか。
なお、この作品は他サイトで発表した作品を増補改訂したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる