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2章.嘘つきたちの現実。
08.現実よ、どうか嘘だと言ってくれ。
しおりを挟むわたしはセキみたいに、好きな人をホイっと乗り換えるような、気が多い薄情者じゃない。……お兄ちゃんの代わりにカレシを作ってた過去があるにせよ、セキから代理品の提案があってから、心はお兄ちゃんにだけずっと向けていた。満たされない身体はセキで満たしていた。
それは一途とは言えないけれど、お兄ちゃんと結ばれない未来がわかっていたからだ。絶滅へ向かっていく思い。一生、セキと共にお兄ちゃんに片想いをしていくんだと信じていた。
「正式に離婚が受理されるまで時間がかかったんだ」
「お祝いの席で詳しく聞かないほうがいいかな? こうして和やかな食事会をするまでに、譲と曽我さん──明日香さんって呼んでもいいかな? ふたりに紆余曲折あったってことはわかったよ。改めておめでとう、譲。それから明日香さん」
「世基から言われると面映ゆいな。頼みたいことがあるんだが……、俺の友人を代表してスピーチをしてくれないか?」
「半年後に結婚式だっけ? 譲の男をあげて、明日香とのこれからの幸せを願うスピーチ、考えとくよ」
「おう。頼んだぜ」
一方、わたしは。ソフトなクリ責めをされ続けていた。その仕上げとばかりに、ぬるぬるでビンっと勃った敏感なそれを強めにぎゅうっと抓られ──、わたしは耐えかね声を飲み込んで達してしまった。
絶対におかしいって思われる。こんな。うそ。
お兄ちゃんと、お嫁さんの目の前で。こんなことされて感じちゃうなんて。
快楽に弱い自分が嫌になるし、こんなド淫乱な現実は、この食事会よりも受け入れたくない。
どうしてこんな場で、こんなことするんだ、セキ!
「季結、顔も赤いぞ。もう酔っ払ったのか?」
「レポートがどうのって忙しかったみたいだしね」
今週なかばまでレポート作業をしていて死ぬほど忙しかったけれど、おおむね楽しく都市伝説の伝播と年代というテーマをレポートにまとめた。セキに聞きながらパワポのデータも必要ないのに作成した。
セキのこの指さえなければ、お嫁さんから根掘り葉掘り事細かに漏らさず聞いて、イビリの材料を探してやったものを。
だけど、明日香さんの気持ちも分かる。
だって、お兄ちゃんは見た目こそゴリラみたいだけど、誰よりも素敵でかっこよくて自慢のお兄ちゃんなんだから。守られて、話をして、その心に触れて、惚れないほうがどうかしてる。一時は男であるセキまでも魅了したガチムチなのだ。
「きゆ、大丈夫?」
ぐず濡れの場所からセキの指が離れていく。ホッとしたのと、物足りなさで、わたしはすぐ上のシャープな顎を睨めつけた。
「……大丈夫じゃない」
あっ。つい、本音が洩れてしまったではないか。
「そうか。……それなら、悪いが世基。部屋で休ませてやってくれ」
お兄ちゃんが懐からカードキー的なカードを取り出し、テーブルに置く。今ようやくお肉料理が下げられ、残るは大事なデザートである。
わたしはセキのせいで、ほとんどお肉を食べられなかった。飛騨牛! 憧れの飛騨! さるぼぼと白川郷、両面宿儺の伝説のあるとても魅力的な土地だ。その土地で育まれた牛のお肉!
デザートだけは食べたい。高級ホテルの一流パティシエ作の美と味の饗宴を味わいたい。
「ああ、大丈夫だよ、譲。実はもう取ってあるんだ」
なん……だと…………!?
謀ったな! すべてセキの手のひらの上か! ぐぬぬ。おまえが天才軍師竹中半兵衛か! 知らぬ顔の半兵衛か!
心中は嵐で、身体は火照って役に立たない。抱えられるように退出したわたしは、すべての文句をエレベーターの中でぶちまけた。
こんなの絶対に誤解される。セキの嘘と悪質な冗談に引っ掻き回されるのはごめんだ。デザートが食べたかった! エトセトラ……言い終わる前にご利用の高層階に着いてしまい、セキを追いかけながら文句を言いまくった。
だがそれもセキの手のひらの上だった。
気がついたらわたしは、深緑色のワンピースをひん剥かれて、セキとのキスに興じて、高級なだだっ広いベッドの上で、下になり上になり、淫乱よろしくしっかり声を出して喘いでいた。
欲しかったものはすべてセキが与えてくれた。肉欲、食欲、睡眠欲。子供を諭すように、女を落すように、人を堕落させるように。
異教の神・プリアポス。人を堕落させる魔に零落した神。……ありていに言って、それは悪魔。
セキは悪魔のような男だ。ほぼ悪魔といっても過言ではない。
わたしの意志とは関係なく。わたしを堕落させる。
こんなセキ、大っ嫌いだ。
< 続 >
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