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1章.嘘つきたちの想い。

03.非英雄は砂漠をゆく

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  ✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。



 昨夜の天変地異およびカオスについて、わたしはひとつ大いなる覚悟をした。
 その覚悟を、ベランダでタバコを吸っているセキに打ち明けた。

「セキ、こうなったら一緒にお兄ちゃんを犯そう!」

 セキはぶはっとタバコの煙を吐き出したあと、盛大にため息をついた。チキン野郎め。

 お婿さんに行けない身体にしてやるにしろ、犯すにしろ、大きな肉体を持つお兄ちゃんを拘束するのは一般人には高難易度だ。
 ヤマトタケルがクマソを倒した時と同じく酔わせるにしろ、お兄ちゃんはザルを超えてワクである。うわばみであるヤマタノオロチのほうが可愛いのではないかとすら思う。
 ヤマトタケルやスサノオ──わたしは英雄ではない。それゆえ、大きなお兄ちゃんをひとりで拘束するのは至難の業だ。譲歩をし、わけまえ(後ろの穴)をあげるからと提案したのだが、彼は乗り気ではなかった。

「身体だけが欲しいわけじゃないでしょ」
「そりゃあ、そうだけど。好きな人に幸せになってほしいなんて綺麗事だよ」
「綺麗事でも抜かさなきゃ、自分を慰めても納得できないでしょ」

 わたしとセキは精神も身体も満たされない片思いをしていた。
 わたしは実兄に。セキは同性の親友に。好きだと一言でも伝えられない相手。虚しいとわかっていても、好きなのは好きなのだから仕方がない。
 それが禁忌としても。いいや、人はタブーであるからこそ破りたくなるのだ。見るなのタブーと言うではないか。やはり犯すしかない、お兄ちゃんを。

「綺麗事なんて言わないよ。だって、ずっと好きだったもん。一晩でも夢を見たい」
「俺らには夢でも、譲にとっちゃ地獄だよ。親友と実の妹に犯されちゃうってさ。一生モノの傷を付けるような愛し方は俺のスタンスじゃない」

 上品でキレイな顔のセキ。そうやってお上品な優等生をしてるから、ホモセクシャルにもなれない。愛は戦争だ。とはいえ、タブーを破れない非英雄のわたしになにが言えようか。

「地獄に落ちるなら諸共だよ。万が一妊娠してもわたしは平気。お兄ちゃんとの子供を永劫に愛していくもん」
「はいはい。若さゆえの無謀無策。現実を見ていないからだよ、キユチャン」
「うっさいな。わたしだって」
「ダイガクセーはモラトリアムの中で夢を見てなさい」
「すでに未来はデストピアだよ。世紀末だよ。世も末だ。だって、お兄ちゃんが、結婚する……うっ、うぇっ……うぇええんっ」

 お兄ちゃんの結婚を聞いてから目玉が溶けるくらい泣いたのに、わたしは鼻の奥をツンと痛くさせて涙をボロボロ零した。
 ああ、涙雨というもので地上を浄化してやりたい。75日間は雨を止めずに……あれ? 1年以上だったかな? とにかく、この世を儚んでおうおう泣いていると、セキがタバコを灰皿で揉み消してわたしを抱きしめた。

「はいはい。泣け泣け」

 タバコ臭くて、ナントカっていう香水に包まれて、わたしは大変ご機嫌が悪くなり、涙雨は雷をともなった。

「セキのばかー。あほ。おたんちん。なんであんたがお兄ちゃんじゃないんだー」
「そうだね。俺からすれば……キユはきゆでよかったと思ってるよ」
「なにそれ」

 わたしがわたし? 哲学であれば大いなる主題・命題である。が、理数能のセキが哲学なんてへそで茶が沸くわ。ちゃんちゃらおかしい。

「……慰めてほしい? 代替のセックスしたい? それとも擬似セックスがいい?」
「……それ、いつもやってるやつじゃん」

 あれ? オナニーって言わないな。へんなの。愛がない、お互い好きな人のことを思いながらするから、これはセックスじゃないって、セキはずっと言っていたのに。

「じゃあ、キユ。セックスしようか。うんといいやつ。おしっこ漏らしちゃうくらいの」
「それは次の日身体がしんどいからいいよ。むしゃくしゃしてるから乱暴なのがいいな」

 タバコとセキくさいカットソーに顔をぐりぐりしてやって、涙を拭いた。

「俺は優しくしたい気分なのですよ」
「じゃんけんしよ。勝ったほうのやりたいコースで」
「お手軽だなぁ」

 セキは困ったように笑って、わたしを抱きしめたまま、器用にタバコを吸った。


 じゃんけんの結果、わたしが勝った。セキはいつもチョキを出すから、初動はグーだ。まれにアイコになるのが憎たらしい。

「いつもみたいにお互いお兄ちゃんの服を着よう。今日はわたしに目隠しをして。優しくしないで。絶対だよ」
「はいはい。わかりましたよ」

 人はこれをイメージプレイと呼ぶかもしれない。
 お兄ちゃんを想像しながら、別の人間で気持ちよくなる。何も満たされることがない、底抜けのコップに水を汲む労力の虚しさたるや。
 でもその時だけは、いい。
 絶頂へ向かう中、わたしはお兄ちゃんに愛されて。セキはお兄ちゃんを愛する幻想と妄想を満たす。
 底抜けのコップの下は砂漠だから、すぐに乾いて愛をほしがる。
 砂漠よりもカラカラ。蜃気楼を抱いて幻の都・楼蘭ロウランで眠る。結局それは、夜の街でおねーさんに夢と幻想を見るオッサンと同じ。
 見えないもので満たされないから、満たされようと繰り返す。
 キャバクラのポイントカードが貯まるのと同じなのである。



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