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5.番外編③

63-12.きみをどんなに好きか(舜太郎視点)⑤

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 翠信と他愛ない話をしながら仕事場を片付ける。ここはごちゃっとしているようで、舜太郎が作業しやすいように片付いているから、大晦日だろうと年中変わらない景色だ。
 作業がひと段落して、お茶を啜っていると翠信のスマホが鳴動した。

「アラームだ。時間だよ、舜くん」

「時間?」

「ナビゲーターなんだ、俺」

 翠信に押されて玄関へ向かう。すると、畠山が車の前で待っていた。なにごとか?

「さあ行こう」

「藍が帰ってない」

「いーからいーから」



 着いたのは商店街だった。一時停止した車から降りて、正月ムードが最高潮のアーケードを歩く。昨年は暗く重い気持ちでこの商店街にいた。たった一年前なのに、藍との日々が濃密だからか、遠い昔のように感じる。
 翠信が向かう先は〈パンののぞえ〉だ。
 正月飾りのある店のドア前には、今日はややラフなスーツを着た七瀬が娘を抱っこしていた。

「しゅんたろうちゃん!」

「舞衣ちゃん?」

 七瀬の腕のなかでニコニコしている舞衣は、可愛らしい暖かそうなケープをはおっている。
 ここに七瀬と舞衣と翠信が集まる理由がわからない。

「舜太郎。入って」

 仕事オフモードの七瀬が〈パンののぞえ〉のドアを開ける。カラランコロロロンのカウベルと──

「お誕生日おめでとう!」

 大勢の声とクラッカーが弾ける音。後ろから翠信もクラッカーを鳴らしたせいで、耳が痛いし飛んだ紙吹雪が頭からハラハラ落ちてくる。

「舜太郎さん!」

 藍の笑顔が目に飛び込むと、義理の両親やのぞえの店員、舜太郎の事務所の事務員、祖父母が笑顔でいるのが見えた。
 店内はいつものようにパンが並んでおらず、大きなテーブルにパーティメニューやドリンクが並んでいる。それに、店内のラッピングは、手作りガーランドとバースデーの文字になったバルーンが飾られている。

「……これ、は?」

「また忘れてたの? 誕生日」

「舜太郎さんらしいわね」

 翠信が呆れると、シャンパングラスを持ってきてくれた弓香が笑う。
 シャンパンを持たされて、弘行から〈お誕生日の主役〉と書かれたタスキをかけられても、舜太郎は呆然としていた。

(は? 誕生日? 僕の? ……大晦日だ、今日)

 祝われるのは、幼い舞衣ではなく、三十七歳になったいいおじさんだ。

「ようこそ」

 ニコニコ笑顔の妻が、舜太郎の好物ばかりががのった取り皿を渡す。
 藍のことで悩んでいて、元々忘れやすかった自分の誕生日を思い出す暇がなかった。

「誕生日をサプライズでしたくってナイショにしていたんです」

 くすくすと愛らしく笑う藍を思いっきり抱きしめたいけれど、さすがに義理の両親の前では。と、遅れてやってきた嬉しさが込み上げる。

「舜太郎さんの欲しいものが思いつかなくて。君島さんと彩葉いろはさん、両親と相談をして。じゃあ、みんなでサプライズしようって話になったんです」

「避けていたのは?」

「……喋っちゃいそうだったので……避けるかたちになってしまいました。そこはごめんなさい」

「しゅんたろうちゃん、まいもつくったのよ」

 舞衣が持っているトレイには、いびつだが美味しそうに焼きあがったメロンパンが乗っている。
 メロンパンを受け取ると、舞衣が画用紙で描いてくれた舜太郎と藍の似顔絵をくれた。

「お誕生日のプレゼントはひとり三千円までなんだよ」

 七瀬がフレームレス眼鏡を手で直して、三千円分の駄菓子が詰まった大きな袋をくれた。その妻の彩葉からは、小さな花束を。翠信は「ひとりの時に開けて。大人のおひとり様グッズだから」と、笑えないジョークグッズをもらった。
 のぞえの従業員たちからは、みんなで三千円の枠で作ってくれたみんな分の寄せ書き。
 事務員の森高と緒方からは、事務所用の保温マグカップ。市販のマグカップなのだが、芸大の設備と廃材を使ってわざわざ木の箱を作ってくれていた。
 花蓮と流は「特別祝ってやれてなくて悪かった」と、ふたり合わせて買ってくれた水彩色鉛筆セット。これは小学生の頃にほしかった物だ。

「私たちはこれね」

 弓香からは茶碗蒸しとちらし寿司、大きな寒鰤の刺身と鰤しゃぶ鍋。弘行はローストビーフとミートローフ、ベタ惚れした弘行秘伝の唐揚げ。このふたりは三千円以上だと思ったら「材料費はうちの事務所が経費で落としましたから」と、七瀬が笑う。

「わたしは……ケーキを」

 大きな四角い誕生日ケーキ。苺とラズベリーがてんこ盛りになっている。プロ顔負けの大きなケーキは作るのが大変だったろう。

「こんなに大きなケーキを焼いたことがなくて、アンジェリクさん……商店街のケーキ屋さんで教わったんです」

「それで三時間ほどいなかったんですか?」

「その時間は普通にケーキ屋さんのお手伝いです。教わっていた時間は、舜太郎さんが起きる前に仕込みをしながら、ですね」

「よかったですね、舜太郎さま。朝がゆっくりで」

 ほほほと笑う聖子は、夫の畠山とともに作ったドライフルーツとハーブのリース。しばらく飾ったら、入浴剤にしましょうねと、話す。
 じんわりと熱くなる目頭を誤魔化すのも変だし、みんな身近な人なのだからみっともないところを見せてもかまわない。
 藍と結婚してから、人の心のあたたかさに気づかされてばかりだ。
 素敵なプレゼントばかりだ。
 舜太郎はテーブルにお皿を置いて、藍を抱きしめた。翠信以外は「ヒュー!」「あら!」などと温かい言葉で茶化す。

「え、舜太郎さん」

 愛しいひとを抱きしめて、悩んでいたことなど欠片も思い出さずに、柔和な頬にキスをした。

「こんなに心があたたまる誕生日は初めてです。ありがとうございます」

 嬉しくて少し涙声になっていたが、気にしなかった。



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