交際0日。湖月夫婦の恋愛模様

なかむ楽

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4.番外編②

50-11.紅茶にミルクとお砂糖と幸せを①

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 晩秋の憂鬱な気分を和らげてくれる、ミルクティーにお砂糖を少し。
 憂鬱な日は、ロイヤルミルクティーやキャラメルフレーバーでもいいけれど、温めたミルクを入れる、後味がさっぱりとしたミルクティーがいい。茶葉はアッサムかウバ。アールグレイは憂鬱な日には合わない気がする。ふくよかで力強いアッサムの香りとまろやかなミルクのコクが口のなかいっぱいに広がると喉をゆっくり落ち、お腹からじんわりと温めてくれる。
 けれども、いっこうに気が晴れない。

 藍は悩んでいた。

 新婚で妊活中でもある。が、時間を持て余してしまう。オタ活がきっかけで心友になった君島の妻の彩葉いろはとランチをすることがあっても、毎週誘えない。彼女は妊娠五か月でもあり、仕事を持つ在宅プログラマだからだ。
 ほかにもSNSでやり取りをする友人はいるが、誰かに依存しているように感じる。それが舜太郎相手でも、誰かに寄りかかっているのには変わりない。
 仕事をしたいが妊活中だから……と考えて、理解ある職場を求めるか、妊娠するまでの短期派遣にするか。
 だけど。働きながら舜太郎を支えられるだろうか?

 溜め息のかわりに、少しぬるくなったミルクティーをスプーンでかき混ぜた。


 .+:┄┄┄┄:+.


「なにを悩む必要があるの?」

 悩みを打ち明けた相手を間違えたと、眉を下げた藍は、自宅オフィスチェアをキイッと回した弓香を見返す。

「有名画家を支えるのは大任でしょ? 有閑マダムみたいに遊んでるわけじゃないし、なんの不満があるの? 働かないで豊かに暮らせるならそれでいいじゃない」

「そうなのかな?」

「そうよ。それでもあんたが働きたいってなら、うちの配達を手伝ってよ。ネットでのクチコミが広まっちゃって、配達が増えたのよ」

「宅配業者さんに取りに来てもらってるんでしょ」

「隣の商業区のカフェでもうちのパンを使うところが増えたのよ。スーパーに出す分はしばらく増やせないの。私立幼稚園や保育園はどうしても優先したいし」

 再開発されて栄えている隣の臨海地区は、高層マンションや新興高級住宅地、それに合わせた商業施設が多い。小規模カフェ・レストランから大手チェーンカフェも多く、飲食店に困らないほどひしめき合っている。
 藍が高校生の頃は、新しく綺麗な駅と複合商業施設が二箇所くらいあった記憶だ。

「売り込まくてもよくなったのね」

「おかげさまでね。食パンが増えたから、朝と夜の仕込みが大変なのよ。広夢くんがいてようやく回ってるの。でも、広夢くんはまだ半年もならないでしょ。だから、仕込みと焼きはヒロくんの仕事なのよ」

 広夢とは、七か月ほど前から〈パンののぞえ〉で修業している二十四歳の元気な青年だ。

「わたしだって仕込みはわからないわよ。イーストや発酵時間もお天気や気温で変えてるでしょ」

 初代からのレシピノートはあるもの、弘行の長年の勘に頼る部分がかなり多い。

「事務を手伝ってくれてもいいのよ」

「会計経理なんて柄じゃないわ」

「会計経理じゃなくても、顧客管理もあるの。季節のお便りも出さなきゃだし、ネット注文のお客さんにはメッセージしなきゃだし。忙しいのよ」

 弓香はステンレスポットからコーヒーを注いで飲む。

「小麦粉類やバター類の値上がりがネックなのよね。他にも紙製品も値上がりしちゃったし。仕方がないんだけど、採算が取れない商品は廃盤にしてかなきゃなのよ。そのへんがヒロくんはわからないから、説得すると落ち込んじゃうのよね」

「職人だもんねぇ」

 もしも弓香になにかあれば、弘行ひとりでは事務ができない。保険になるバックアップの人材は家族経営だと厳しい。
 それに〈パンののぞえ〉には、味を受け継ぐ後継者がいない。修行中の広夢は弘行の知人のパン屋のせがれだから、のぞえの跡継ぎではない。
 パン屋と事務、どちらが難しいかといえば、パン屋だ。

(もしも、お店がなくなったら……)

 〈パンののぞえ〉は、育った場所であり、舜太郎と出会った場所だ。そして舜太郎は、弘行が焼くパンの熱狂的なファンである。
 〈パンののぞえ〉のパンは、舜太郎にとって絵を描く時に欠かせないアイテムだ。とくに、こしあんパンとクリームパンが。その味がいつかなくなるのは……。まだ考えたくないと、藍は首を振る。

「あたしよりも舜太郎さんに相談なさいよ。舜太郎さんだって事務所をかまえてるんだから、家族なら従業員にした方が得じゃない」

「相談したのよ。真っ先に。迷っているなら現状維持でって返されたの。事務所の社員になるのも」

「……ふぅん。そのうち子供ができたら働くことが大変になるわよ」

 そのうちが近いような、遠いような。排卵期間以外は濃厚な彼の愛を心身ともに受け取っているが、コウノトリはまだ赤ちゃんを運んでくれる気がないようだ。

「そんなことより、挙式の準備はどうなってるの?」

(そんなこと、じゃないもん)と、心のなかで唇を尖らせながら、藍はスマホを操作して、結婚式場や教会、神社のサイトに目を落とす。

「わたしはホテルの式場でいいって言ってるんだけど、舜太郎さんが神社か教会がいいって。ほら、予算の天井を知らないから」

「いいじゃない。教会も神社も」

「わたし、子供の頃に従姉るかちゃんが挙げたガーデンに……憧れてて」

「正直に言えばいいじゃない」

「言ったら、絶対に、舜太郎さんはわたしの意見や希望を優先するもの」

「結婚式の主役は花嫁よ。あたしも自分がしたいことゴリゴリに突っ込んで予算ギリギリにしたもの」

「時代が違うわよ」

 憧れの挙式は、色とりどりのバラが咲きこぼれるガーデンがいい。従姉が使ったホテルは、すでに庭園がなくなっていたから候補にならない。
 それに、舜太郎の家柄を考慮すると、ホテル格が跳ね上がる。

「ガーデンで前撮りすればいいんじゃないの? 旧家を借りたり、いい日取りに神社で前撮りするカップルもいるんだから」

「あっ、そうか。前撮りでいいんだ」

 いいヒントをもらって、目からうろこが落ちた。
 でも、弓香はしっかりとアイブロウでしっかりり書き込んだ眉根を寄せる。

「今からの予約で花が咲く時期に間に合うの? いい腕の写真家さんやいいフォトスタジオなんか半年以上待つってテレビで見たわよ」

「バラの時期って五月か秋よね?」

「断然桜がいいわよ」

「お母さんは前撮りに来ないでしょ。わたしはバラのガーデンがいいの」



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