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6-12.こんなところでっ!? ①

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 ハロウィンも終わって、街がクリスマスでディスプレイされるころのある日。
 彩葉はデパートへ向かった。冬物の買い物のついでに、舜太郎が大好きな(たいていの食べ物は好物だが)秋限定のバウムクーヘンの詰め合わせを手土産に、湖月邸を訪れた。ついでに、このブランドの焼き菓子が舞衣の好物なので、家用にも焼き菓子のセットを買った。

 和モダンな豪邸は閑散としていて、彩葉は居心地が悪く感じていた。いくら、花や観葉植物を飾っていても、生活感がなくてモデルルームみたいだからだ。
 離れのアトリエみたいに、いろんなフィギュアや自作品を飾ればいいのに。と、思いながら、豪邸の脇をとおり抜け、離れのアトリエに向かい引き戸を開ける。

「こんにちはー! 舜太郎くん、近くに来たから寄っ……わぁお」

 入ってすぐの談話室にあるパソコンの前に座る舜太郎は、髪はボサボサ、髭は伸びっぱなし、作務衣もだらしなく着ている。

(これはあかん。あきませんわ~。堕ちてるわ~)

 彩葉は、舜太郎を麒麟かユニコーンだと思ってた。世俗と真逆のところにいて、邪気というものを知らない。ローマ彫刻の原寸大リアルフィギュアみたいだなと。
 それが、人に零落していた。髭もボッサボサなっさんだ、これは。芳しいイケメンはどこにいった?
 動作も緩慢で、のそっと動く。あれ、あれだ、カ○ナシみたいだ。

「ああ、彩葉さん。お久しぶりです」

 目の下にくまを作った舜太郎の頬がこけている。

(あー! あー! 鑑賞的美形が台無しじゃぁ! カムバック、イケメン~!)

 彩葉の顔に感情のすべてが出ているが、声はつとめて普通に徹した。感情的に話したら、堕ちた舜太郎をさらに追い詰めそうだった。
 人を殺すのに武器はいらない。視線と言葉の刃で人は簡単に死んでしまう。

「えーと、舜太郎くんは、なにしてたんです?」

「アニメの配信を見てました。ガ○ダムを初代から。今は0080を観終えたところです」

「嘘だと言って」

「タイトルですね」

(いやいや、あんたの状況がだよ。まあ、アニメ見る気力まで回復したのか、な? というか、寝てなさそう。……舜太郎くんは独り身だしなぁ。いくらスーパーベテラン家政婦さんがいても、ヒキコモリしてたらこうなるよねぇ。鑑賞的美形も人の子かぁ。そりゃそうか)

「……あの、彩葉さん」

「なんです?」

 彩葉は手土産のバウムクーヘンの包装紙を取り、「はい」と舜太郎に渡す。みんな大好きプレーン味。そして、彩葉は勝手にチョコレート味を食べ始める。しっとりとした生地に大人のチョコレートの風味がとっても合う。さすが、ブランドバウムクーヘン。とってもおいしい。

(秋限定の栗味とさつまいも味も楽しみ。うんうん。現実から逃避したい)

「七瀬まで巻き込んでしまって……すみませんでした」

 舜太郎が頭を下げようとしたので、彩葉は「頭、下げないでくださいよ」と制した。

「主人から話は聞いてます。でも、主人も舜太郎くんも悪くないって、あたしは解釈してます」

 解釈。二次創作の民は──いいや、すべてのオタクは解釈と分析が好きで得意だ。それで作品で語られない隙間を妄想で埋める。もちろん、作品で語られていないぶん、個人個人の解釈や分析が違うことがままあり、スレバトル、リアル殴り合いに発展することもある。実際にリアルイベントで殴り合いがあった伝説もある。それくらいに解釈というのは繊細だ。
 ジャンルの母数が多ければ大手カプが増えるぶん、マイナーカプやニッチ嗜好が埋没する。大手カプだって、原作沿いかアニメ沿い、パロで微妙に解釈が違う。二次創作だとて、自分の世界がある。
 唯一の平穏は、奇跡の解釈の一致である。

「解釈、ですか?」

「あたし、お師匠先生の気持ちもわかるんですよね。知ってると思うんですけど、二次創作を長いことしてるじゃないですか、あたし。最近は、どんどん年下の、若くて、フレッシュな才能がじゃんじゃん出てきて、追い越されて打ちのめされて。作品が好きって気持ちは勝ち負けじゃないのに。
 仲間内でも、自分だけイイネが少ないとあたしってダメなんじゃないか、あたしの表現や作風は古いんじゃないか、解釈がみんなと違うんじゃないかって……思って、悩んで、苦しんで、嫉妬して、何度も何度もつらくなって、二次創作をやめたくなったことも何度も何度もありました。舜太郎くんの絵は仕事だから、二次創作と土俵が違うってわかってるけど」

「先生は、僕に嫉妬しないですよ。先生に先生にしか描けないものがあって、僕には僕の世界が、あった、のかもしれません」

「そーゆーところですよ。舜太郎くんはさ、負の感情を悪いものだと思って表面化や言語化しないの。んで、溜め込んじゃって解放できない」

「負の感情は悪いものでしょう?」

「悪くない。ちっとも。生きてたら当たり前に出てくる感情なんですよ。子供だってそう。あの子ができるのに自分ができなくてぶちギレたり、保育士さんに振り向いてほしくてギャン泣きすることもあるんです。
 舜太郎くんは大人だし、特殊な環境で育ってるのも知ってます。ストイックでひたむきで善良。だからくさっちゃうんだよ。主人もそう。基本的に善良だから、人を悪く言わない。言えない。そんなの、ストレス溜まる一方だよ」

 バウムクーヘンをもぐもぐしながら言うと、舜太郎は少し顔を悲しそうに歪める。だって、彩葉の持論で自論は、一方的で暴力的とも取れる。

「んとですね。人の悪口を吹聴して歩くのとは違ってて。心のガス抜きに、溜まった毒を出さなきゃなんですよ。あいつがどうだ、こいつがこうだった。生きてたら嫉妬や妬みはあるんです。長じて、憎たらしくなったり、アンチになったりもするんですよ。それを止めるのが理性や正しい心。正しい心を保つためには、負のガスを少しずつ抜かなきゃだめなんです。
 あたしなんか、仲がよくてなんでも打ち明けられる友達にめっちゃグチりますよ。グチってるとき、グチったあと、あたしってクッソクズでダメ人間だなぁって賢者タイムで猛反省しますけど。でも、定期的にそうやって抜かなきゃなんです。負の感情は」

 言ってて特大ブーメランが刺さるが、それはそれ、これはこれ。よそはよそうちはうちと母親がよく言ったものだ。

「二次創作を何度も何度もやめかけて、だけど、続けて来られたのは、ひとつの悪意よりも、ひとつの優しい感想や、待ってくれる人がいるから、がんばろうって前を向けるんです。その人その人の性格もあるんだと思うんですけど、あたしは図太いし、ななくんがいてくれるから。アンチさん、嫌な思いをしてまで読んでくれてサンキューくらいに思うときだってあります。もちろん、開き直る前はガチでへこみますよ。だって、才能ないもん。
 それよりもなによりも、作品が好きだから。好きだから、続けられるんです。創作活動が好きだからなんですよね。もちろん、舜太郎くんと同じだって、語っちゃいけないとわかってるんですけど。でも、待ってる人がいるのを忘れないでって伝えたい」

「彩葉さんが言いたいこと、理解はできるんですます。……でも」

 七瀬よりも背が高く、恵まれた体格の大人の男が子供のように肩を落とす。善良もここまでくれば、卑屈だ。舜太郎でなければ、蹴り上げるところだ。

「舜太郎くんは、絵が嫌いになりましたか?」

 正面を見て言うと、舜太郎は目を背けて悩む。
 しばらく考えたあと、髭に囲まれた口を動かす。彼らしくなく、もごもごと。

「……そうですね。今はまだ」

 彩葉は思う。
 彼は悪意に打ちのめされただけでなく、七瀬を傷つけた自分を悪く感じているのでないか、と。

「たぶん、舜太郎くんは自分が嫌いになっちゃてるんじゃないです?」

 彩葉はバウムクーヘンの栗味のパッケージを開けて、舜太郎に手渡す。舜太郎じゃなかったら、口にねじ込んでまで食べさせるところだ。炭水化物と糖分を摂れ。
 舜太郎は、やはり彼らしくなく、小さく口を開けて、モソモソとバウムクーヘンを食べ始めた。ので、彩葉はさつまいも味のバウムクーヘンをもぐもぐ食べる。細かな干し芋が入っていて美味である。

「……かもしれませんね。だから。だから、七瀬は関係ないんです」

「君島が落ち込んでるのを見るのもつらいんですね」

 二人三脚だから。兄弟のように育った親友を傷つけてしまったとお互いが思っている。話し合えばいいのに、こういうときだからこそ話し合えない。
 心が通じているから。だけど、兄弟だろうと親友だろうと夫婦だろうと他人なのだから、話し合わなければ伝わらない。

「そうだと思います。七瀬はヒキコモリの僕の代わりに六越デパートで開催される打ち合わせもしてくれていますし、言葉で励ます代わりに見守ってくれているんです。その負担が、彩葉さんにもかかっていて、心の底から感謝と謝罪を」

 謝りたい気持ちもわかる。そうやって気持ちを少しでも軽くしたいのが人間だ。怒り続けるより、謝った方が良心も疼かないし、省エネだ。でも、それは逃げではないか?
 師匠に酷評されて、否定されたら怒ればいい。感情を爆発させて『おめーなんか嫌いだよ、バーカ!』と罵り返したほうが、メンタル的にいい。
 愛されて育ち、自分の世界がしっかりしていて、上品な善良の民だから、怒れないで自分ばかり責めてしまう。自暴自棄になって腐りたいのもわかる。
 七瀬は表立っているぶん、ここまで堕ちていない。忙しくしているほうが心が軽くなる。心が亡くなると書いて忙しい、誰だったかが言っていたとおりだ。七瀬は七瀬で心をうしなわせようとしている。真逆のような見た目なのに、似た者親友で、兄弟だ。
 彩葉がそうできないのは、しっかり現実で生きているからだ。メンタル的にも女の方が丈夫にできている。

「だから、謝らないでくださいって。舜太郎くんと君島は、そういう変な間柄じゃないっしょ。……まずは。デパートの展示会までに時間がありますし、もっとバウムクーヘン食べません? ここのバウムクーヘン、好きだったよね? 流し借りますよ。カフェオレくらいあるでしょ」

 それに、来秋には十周年記念個展がある。いつまでもこの状態でいられない。子供じゃないんだから、しっかり落ち込んだら浮上してほしいものだ。
 鬱病だと診断されたら、すべてを丸投げして逃げてしまえばいい。それで心の平穏が保てるなら、社会的地位なんて必要ない。
 舜太郎は一時的なショックで腐ってしまっているんだと、わかっている。
 責任感が強くて、期待されていたものが大きい重圧のなかで育ったのだから。七瀬とともに。
 彼は、脱却できる。七瀬がいるのだから。


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