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3-06.結婚しました! ①

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 それから、三か月ほど普通に恋人としてオタ友として付き合ったふたりは、一緒に暮らす部屋を探していた。恋人同士ができるだけ一緒にいたい気持ちがそうさせた。
 お互いなるべく通勤しやすい場所。互いにプライベートを守れる部屋があるのが好ましい。
 家賃光熱費すべて折半だから、少し贅沢してセキュリティなどもしっかりした賃貸マンションを選んだ。
 お互いの年収が似ていたのも暮らしやすい理由だった。
 彩葉がアニメオタクのように、七瀬もゲームオタクだ。オタク同士、お互いの絶対的な領域に踏み込まないのもいい。その年のイベントの売り子をテキパキしてくれたときは、マジ七瀬さま! と拝んだ。

 半年後。
 七瀬の両親はすでに鬼籍に入っていたので、東京郊外にあるお寺へ行って一緒に挨拶をした。育ての親である養祖父母とは会えなかったが、兄弟同然に育った親友で、今は雇い主になっている日本画家の湖月舜太郎を紹介してもらった。
 雑誌やネット記事で見ていたときはパーフェクトなイケメンだと思っていたが、実物はそれ以上に落ち着いた和服美形で、空気が浄化されていた。なんだか、幻獣にでも会ったような気さえした。不思議な雰囲気の舜太郎だから、七瀬と合うのだろう。

 その後の休日に彩葉の実家へ行き、両親に会ってもらった。
『付き合ってる人なんだ』と彩葉が言う前に

「結婚を前提に、真剣に付き合っています」

 そう、七瀬に切り出されて、彩葉は嬉しくて大泣きをした。
 両親は、彩葉のことをフラフラとした頼りない娘だと考えていたので、堅物そうに見える七瀬を歓迎していた。歓迎のあまり、先に入籍させようとしたくらいだった。

 一年後の結婚式は、オタクらしい趣向を凝らしたものになった。コミケ風に席を決めて、使用する音楽はゲームとアニメ縛りにした。某アニメをイメージしたドレスとタキシードから、本格的な某ゲームのコスプレをした。
 そのときの七瀬は騎士さながらでかっこよくて、歳をとっても忘れない。そう、心に刻んだし、スマホのカメラロールのお気に入りにして、何度も何度も見ては、夫の姿に惚れ惚れにやにやしたし、している。
 新婚旅行はフランスとドイツ。欧州のオタク文化を満喫した甘やかな旅行になった。

 結婚を機に、七瀬からの勧めもあり、彩葉はフリーランスのプログラマになった。会社とは個人契約で付き合うだけで、やることはほとんど変わらない。
 勤めていると、たまに長い時間拘束されるので、七瀬との楽しい生活が減るのが嫌だったし、通勤時間も苦だったから、在宅勤務になって正解だった。スキマ時間で二次創作できるのもいい。
 舜太郎たっての希望で、君島の勤務先である、湖月舜日(画家名)事務所・アートワークスB.W.DreamのWeb担当にも就任した。以前に、展示会のWebページを作成したのを気に入ってくれたらしい。しかも、Web担当の平均年収よりもはるかに高い年棒での契約。おいしすぎる。

 新居は区外で、七瀬が仕事をしやすい街にした。なにより、福祉系……とくに子育て支援に厚い街なのがいい。この街からなら、区内の私立小学校や私立中学、塾に通えそうなのもよかった。
 セキュリティがしっかりしたマンションの中層階。駅直結のマンションではないけれど、コンビニもスーパーも病院も近い。マンションの前は広く明るい公園になっていて、交番が公園入り口の真正面にあるのもいい。

 彩葉は将来を見ていたのだけれど、七瀬に聞くのが怖かった。
 七瀬は両親が早世してしまい、友人の家で育った。子供の頃は引っ越しが多かったが、同じ年齢の舜太郎とは親友だし、兄弟同様に育ったから、寂しくはなかったらしい。
 でも、それと、子供を持つのは別ではないのかと考える。
 〈親ガチャ〉というスラングをよく目にする。いわゆる毒親に育てられた人は〈親ガチャ〉運がなかったという。彩葉は(生まれた国ガチャに成功してんだからいいじゃん)と思えるくらい、家族と仲がいい。ごく普通のサラリーマンの父と保育士の母、子供の頃はよくケンカした弟は、今では頼りがいある警察官だ。家族はSNSでつながっているし、母がマメな人なのでよく連絡し合う。

(ななくんはどう思ってるのかなぁ~。するときにゴム使うし……ってことは、そういうことなんだよねぇぇぇ! でも結婚して半年経つしぃぃぃぃ!!)

 彩葉は悶々とした悩みを二次創作にぶつけるようにキーボードを叩く。
 ずっと好きな小説〈メリィGOラウンド〉も〈猟犬の輪舞曲〉もいいが、最近ハマったアニメオリジナルの〈トリガーロック〉のクールな騎士団長とワンコ騎士隊長が三度の飯よりうまい。ワンコは受けがよい。異論は認める。

(うーん。団長のフィニッシュはどう表現するかなぁ)

 創作メモをぱらぱら捲り、それまでの自作をざっと読み返して、同じ表現を使わないようにしているのに、なぜか同じような表現になるのが悩みだった。もうひとつ悩みがある。〈トリガーロック〉は若い年齢のファンも多い。それだけに、二次創作小説の神同人作家が年下なことが多々あり、嫉妬やら賞賛やら正負の感情が入り交じる。

(うげっ。扇風機さんの新刊サンプルのイイネが多い~~。そりゃ、おもしろいもんね! わかるよ! わかっちゃいるけどぐああああ!!)

 そうこうしていると、なにで悩んでいたのかわからなっていく。

「……現実逃避の業火があたしを焼く……」

 ううっと泣くふりをしながら、オタク祭壇にある〈トリガーロック〉の騎士隊長のフィギュアを抱きしめる。団長は来月発売なのだ。推しカプを祭壇に並べる日が待ち遠しい。
 妄想に浸っていると、ドアをコンコンと控えめにノックをした主が顔を出した。
 本日も眼鏡とスーツが神がかってる大好きな夫だ。

「ただいま」

「あ、おかえり、ななくん」

 ななくん。いつの間にかそう呼ぶようになっていたし、彼は彩葉をイロと呼ぶようになっていた。

「……おじゃまだった?」

「ううん。グッドタイミングだったよ! 深みにつまずいてて、切り替えがほしかったところだったんだ。ねぇ、推しカプ語っていい? オタクのクソデカ感情を解き放ってもいい?」

「キワどくなく、重たくなれば」

「うーん。それなら今度聞いてね。……軽く食べる?」

「ありがと。今日はいいよ。太りそうだから」

 手洗いとうがいをすでに済ませている七瀬が彩葉にキスをした。

「まあ、舜太郎くんに付き合えば危ういよね」

 完璧イケメン舜太郎は超健啖家だ。ビュッフェで元を取れるんじゃないか? くらいには、食べる。カフェコラボの時にフードファイトをしてくれたら全グッズ制覇できるのではなかろうか。浮世離れしたあの舜太郎がオタ活に付き合ってくれるとは思わないが。

「ジム通いする時間でゲームしたい」

「ポケかウォークしてるんだし、運動してる範囲なんじゃない?」

「本日のバトルで伝説ゲットだぜ!」

 スマホをかざして乏しい表情のままピースする。そんな夫すらかっこいいと思えるのは、妻フィルターか?

「俺、子供の頃にさ、トレーナーになりたかったんだよね」

「図鑑埋めるのに大変じゃん?」

「今苦労してる。昨今の携帯ゲーム機が大きくて、仕事のスキマ時間にできないのも苦労のひとつだよ。ストーリー終わってもやり込み要素まで追いつけない。それに、位置ゲーでいくら歩いても、基礎的な筋力がないと脂肪の燃焼率悪いだろ」

 リビングまでついて行き、スーツのジャケットを預かりながら、今日も夫がネクタイを緩める仕草をじっくり観察してはニヤニヤによによしつつ、ジャケットの匂いをクンカクンカ嗅ぐ。癒されるひとときである。

(ンッッッ! 今日も優勝。私の旦那さん、世界一かっこいいのでは? 宇宙一かっこいいのでは? 天下〇武道会で優勝するかっこよさでは? ワールドカップ優勝するかっこよさだよね! 今日もビジュがいい)

「あ、また見てる」

「ふひ。ふひひ? 見てないよ? 心のなかで拝んでるだけだもん」

「……まあ、気持ちはわかる」

「なん?」

 七瀬が彩葉のタンクトップを引っ張る。在宅ワークをいいことに、この季節は家から出なければブラトップと短パンでいることが多い。置き配を取りに行くときに、七瀬のパーカーをはおるくらいだ。
 ぽろりと小ぶりの乳房が出てしまい、彩葉は慌ててサッと隠す。

「真顔でなにすんじゃい」

「だから、気持ちわかるって言ったんだって。毎日毎日襲ってください服着てるじゃん」

「おー? おー? 襲ってください服ぅぅ??」

 なんじゃそりゃ。ネーミングセンス死んどるぞ。と、思うもの、夫がかわいい。キュン死すると思うのだから彩葉の思考は今日も七瀬に全方向に向いている。

「同棲してたときから常々思っておりました」

「えー? えー? えっちぃな! 私の旦那さん、えっちぃな!」

 七瀬はダイニングへ行き、冷蔵庫を開けて、缶レモネードを取り出した。カシュッ! いい音を立てた炭酸飲料をごくごく飲みながら彩葉を眺める。上から下までジロジロ見られる彩葉は真っ赤だ。

「今日、してもいい?」

「いいけど……」

(真顔で聞かないでよぉ!)

 どれだけ月日を重ねようが、真顔で誘われると照れてしまう。推しの圧が強い。

「てぇてぇ」

「ささやかなものでございますが、ご査収ください」

 七瀬に抱っこされて、ソファに座る。よく冷えた缶レモネードを持っているのは、彩葉だ。

「……仕事中とまったく違いません?」

 オールバックとフレームレス眼鏡。かっちりスーツを着こなし、サクサク雑務をこなす。喋り口調は『ですます調』で表情の変化が乏しい。新入りの事務員くんに『アンドロイドかと思った』と笑われたくらいには、機械的だ。

「イロの前で仮面かぶりたくない」

 へーんしんとポーズをとった七瀬が彩葉のタンクトップをぺろんと脱がし、小ぶりの胸に顔を埋める。

「はー。実家のような安心感」

「おかえり」

「僕には帰るところがあるんだ」

 ちゅっちゅっと胸元にキスを繰り返されて、彩葉はすっかり発情する。片手の缶レモネードを口に含んで、キスで七瀬に飲ませる。すぐに消えたレモネードをねだるように七瀬の舌が彩葉の小さな口内をいっぱいにして、舌同士を擦り合わせ、唾液を混ぜる。


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