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9.ロゼッタとマシューの正体

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「お父さまが招待状を送った方なので、お友達でも知り合いでもありませんの。ごめんなさい」

「……そう、でしたか。いえ、そうですよね」

「伯爵はその後のお手紙に金の細工の貝殻をつけて寄こしてくれましたが、丁重にお返しいたしました。のぼせた男がグレイシアさまにプレゼントを贈ることは珍しくありませんでしたから」

 ギルバートの補足にメリッサなのかマーガレットなのかわからないが、さっき喋らなかったほうが口を開く。

「三日に一回はお花を届けてくださいますが、お嬢さまがもらう謂れはありませんので、そのままお返ししています。手紙でもつければ口実にもなりかねません」

「珍しくないんですよ、そういうのは」

 見目良いメリッサとマーガレットの二人は、ねー、と仲良く顔を合わせる。

「わたくしではなく、家名やお父さまに取り入りたい方なのでしょうね。わたくしに贈り物をしてくるのは、将を射んと欲すればまず馬を射よ、ということでしょうね」

「と、いうと?」

「気難しいお父さまが怖いのですよ。わたくしに取り入って、お友達──あわよくば結婚相手の候補になれば、お父さまを懐柔できますもの」

「なるほど……」

 こうは考えれないか?
 公爵家と接点を持ったライアードは、公爵に取り入るよりもグレイシアに取り入り、結婚相手の候補者になろうとした。
 それには、イメリアが邪魔だから、別れ話を持ち出したが、なかなか別れようとしなかったから殺してしまおうとした。殺害したのを疑われないようにパーティに出席するため、魔導具ランタンのティールの火災事故を利用した。

(できすぎ、じゃないでしょうか? 粘着気質で周到で狡猾だから、できた、のでしょうか? そんな男の何所がいいのかさっぱりわかりません。猫をかぶっていたにしても)

 ロゼッタが考え込んでいると、グレイシアはリスの子のように可愛らしく首を傾げる。

「シア、お茶会はどうだ?」

「あら、お兄さま。お久しぶりですわね」

 アデラード卿の子息の登場でメイドたちの背筋が伸びた。ロゼッタは席を立って挨拶をすべきか、お茶の途中で席を立ってもいいのかわからなくて、中途半端に腰を浮かして、グレイシアの頰にキスをする、を見つめた。

(…………はい?)

 いつもよりも上等なコートを着て、トップハットをつけた美丈夫は、琥珀色の長い髪を後で結った─、

(マシューさん? はい? お兄さま?)

 ロゼッタは丸メガネをかけ直してまばたきを繰り返して、グレイシアの隣に立ったマシューをよく観察する。

(……どういうこと、なんですか?)



 それから三人でお茶を飲むことになった。グレイシアはすっかりライアードのことを忘れたように兄マシューに甘えて近況を話した。

「お兄さまったら。いらっしゃるならそうと教えてくださってもよかったのに」

 さっきよりも可憐にグレイシアが笑うのは、リラックスしているからだ。隣にいるマシューは「驚かせようとしたんだ」とロゼッタに笑いかける。が、ロゼッタ曖昧に濁した返事をした。

「グレイシアの兄・マティアスです。魔術省内務部局に出仕しています」

「あら、おふたりはお知り合いではなかったの?」

「あー、と……。知り合ったばかりで、その、アデラードさまの勤務先とか聞いてなかったんですよ。そうですよね?」

 目配せをすると、マシューはグレイシアに兄らしい優しい笑顔を向ける。

「そうなんだ。……密命でね。調査をしているんだ」

 グレイシアは「まあ!」と声をあげて、小さく「探偵小説みたいですわ」と零した。

「そうでしたの。知的で美しい方を紹介いただいたので、わたくし……」

 ふふっとグレイシアが意味深な笑みをもらす。

「だぁって、お兄さまが女の人を紹介してくださったのよ? そうなのかしら? って思うじゃない?」

 なにが『そうなのかしら?』なのかわからないが、グレイシアは少女のように──実際まだ少女だが──唇を尖らせている。そんな表情でも可愛らしいとロゼッタは美少女をしっかり鑑賞していた。

「お兄さまの下心なんて、名探偵シアはお見通しですのよ」

「変なことをどこで覚えてきたんだ、シア。ロゼッタ嬢はずいぶん前の陛下のお誕生日会で見て──一方的に知っていたんだ。ボールドウィン卿は師の師だから、兄弟子のようなものだからな」

 魔術の勉強をしていたのも初耳だ。だが、彼が魔術を使える心当たりがある。
 フリューズ家の書斎で水晶を動かして隠し扉を開けたこと、おとぎ話の月影の扉の話。イメリアの日記に魔術が施されていたのも、クレアの首に巻かれていた口封じの糸を発見したのも彼だ。
 なによりも、初めてエレクシルの話をしたとき、彼はロゼッタの話を信じてくれた。
 他にも思い当たる節が多々ある。

「そういうことにしてあげますわね。……そうだわ、わたくしの新しいお友達をお兄さまとロゼッタさまに紹介します。少しお待ちください」

 グレイシアは立ち上がり、メイドたちを連れて屋敷へ歩いていく。その後ろ姿を見ず、マシューは立ち上がるとロゼッタに手を向ける。

「庭のバラを見ながら少し歩きませんか?」

 似合わない爽やかな笑顔がロゼッタを及び腰にさせる。メイドたちの目もあるから大きな声も出せない。

(……マシューさんらしくないですよう!)

 そっと手を重ねると、ロゼッタが立ち上がりやすいように支えてくれる。細やかな配慮のエスコートはいつもと同じだ。いや、なぜ不思議に思わなかったのだろうか? 完璧なエスコートができる身分だったのだと。

「ギルバート、おまえはここに」

 言い方は優しいが有無をいわさない声に命令され、ギルバートは静かに頭を下げた。



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