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02.オバケちゃん、おもてなしをする
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ダンジョンの最上階は暗く、時間の感覚がないが、食糧的に三日がたった。
最上階のモンスターとアンデッドは、たったひとりぼっちの上級狩人の魔力では太刀打ちができない。薬草もなく傷が熱を持ち身体が重い。そして腹も減った。もうとっくに食料は底をつき、飲み水もない。明かりのための燃料すらなく、勘を頼りに暗闇を岩の壁伝いに歩いていた。
本格的にやばい。とにかく寝て魔力を回復させてから救助なりを呼ばないと死ぬ。死んでここのアンデッドの一員になってしまう。
笑顔の絶えない職場はもう間に合っている。
パーティーはどうしただろう。今頃は勇者もアンデッドになっているかもしれない。相棒のロジャーももしかしたら……。
絶望に駆られているのに焦る気持ちがなかった。死を覚悟したわけではない。ロジャーの結婚式にも出席したいし、来年生まれるという四人目の姉の子供──姪っ子か甥っ子を見てみたい。
なによりおのれの幸せをいつか掴むために、死ぬわけにはいかない。
時折戦闘をし、思考を止めることなくひたすら歩いていると、闇夜にぽつんと小さな明かりが見えた。近づくにつれ、それが小さな窓から漏れる明かりだとわかり、安堵の息が自然とこぼれた。
「こんばんは、誰かいませんか?」
簡素な木製のドアをドンドンと叩く。あまり大きな音を立てればアンデッドたちに襲われそうだが、もう気にしていられなかった。こんな所の一軒家だ。アンデッド対策を練ってあるに違いない。という考えもなきにしもあらず。
塔の最上階にある一軒家ってなんだよ。ちらりと思ったが、休められればなんでもよかった。
少し開けられたドアから覗いたのは、あのシーツゴーストの少女だった。丸い水晶の目を大きくさせて、急な来訪者の大男アッシュを見上げている。
「ここはオバケちゃんのお家ですよ」
通常のアンデッドの声は耳障りなのだが、オバケちゃんと名乗ったシーツゴーストの声は可愛らしくて耳に馴染みやすい。
「なにか食い物を恵んでくれないか。その後で、どこでもいいから少し寝かせてほしい。食料はなく魔力がわずかなんだ」
人としてなっていない性急な物の言い方だと承知していたが、アッシュは死にそうだったので、回復したら詫びようと心に決めた。
「わかりましたですよ」
アッシュはオバケちゃんに手を取られ、家の中に招かれた。アンデッドの少女の手はひんやりと冷えているが、不思議と嫌な気がしなかった。
簡素な居室の簡素なイスにアッシュを座らせると、オバケちゃんはテーブルの上に大釜をドンッとのせる。そして、歌をうたいながら、なにも入っていない大釜をぐるぐるかき混ぜはじめた。
ふっくらとしたパンケーキを何枚も大釜から取り出し、その後ですぐに野菜と肉のごった煮を大釜からよそった。
湯気とよい匂いをほこほこと立てる食事は不思議だったが、食欲に忠実になったアッシュは驚かなかった。
「さあ、召し上がるです」
「ああ、遠慮なく食わせてもらう」
アッシュは毒入りだとも調べずにパンケーキとシチューを貪った。久しぶりの温かな食事だ。なんだってありがたい。
不思議なことに食べれば食べるほど、戦闘でこさえた傷が癒え、気力どころか体力すら徐々に満ちてきた。しかも、ふっくらとしたパンケーキは甘くなく、味が濃いめのシチューと相性が良くて何度もおかわりをした。おかわりもオバケちゃんは朗らかな笑顔で何度も皿いっぱいよそってくれる。
大釜から注がれたホットワインをぐびぐび飲めば、血が減って冷えていた身体が温まり血行がよくなって指先までぽかぽか温かい。
後は寝させてもらえれば魔力が回復する。魔力さえあれば、霊獣なり魔獣なり召喚して、このダンジョンから逃げ出せる。逃げるのは不名誉だが命あっての物種だ。
アッシュは戦士や騎士ではない。将来は〈森の守護人〉を経て、最上級職の〈自然の守護者〉になりたい上級狩人だ。不名誉で死ぬことはない。たぶん。
アッシュは腹と気力が充分に満たされて苦しくなりひと息ついた。空腹と傷が癒えたのもありがたいが、久々に温かな食事にありつけたのが、独身男の心を充足させた。
「おにいさん、こっちに来るですよ」
「ん?」
武骨な手をオバケちゃんが再び握られ、手を引かれるままアッシュは居室を後にした。
…✮…♱…✮…
今度は奥の部屋──小さな明かり石が浮かんでいる小部屋に案内された。簡単なベッドと小さな暖炉しかなく、装飾品のたぐいがない。窓はあるが薄布のカーテンしかかかっていない。
山小屋の方がまだ飾りっけがある部屋だが、埃やカビの嫌な匂いはまったくしない。手入れが行き届いた民宿のようなぬくもりと清潔感がある。
なるほど。よそ者だからなにもない部屋に泊まらせるのか。危機管理ができているオバケちゃんは、あほっぽいだけかもしれない。……物置の片隅でもよかったが、ベッドで寝かせてもらえるのはありがたい。
アッシュは実に都合よくとらえた。ちなみに、勇者のパーティーはよその家に入ると家探しをして、金目のものを持っていくのを許されている。ほかの職業の者がやれば牢獄行きだ。世界は勇者に優しくできているのである。
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