12 / 70
2、八千代15歳、菊華21歳─冬
12.ライオンハート④
しおりを挟む
八千代にまだ暗い内に起こされて、眠たい目を擦っているのに露天風呂に閉じ込められた。
歯がガタガタするほど寒かったのに、湯気が煙のように立ち上る湯船に身を沈めてしまえば、身体がジンジン温かくなってくる。
贅沢に温泉が木枠から掛けっぱなしだ。ヒノキ造りの湯船に新鮮な湯が流れ菊華を温めては、ヒノキのヘリからザァと流れ出ていく。
こじんまりとした広さの露天風呂は貸切だろうかと、辺りをを窺っていると湯気に人影が現れた。こんな時に旅先の怖い話をパッと思い出してしまい、喉から悲鳴が出そうだった──が、なんのことはない、八千代だった。
貸切露天風呂で混浴だったんだ。よかった……よくないー!
タオルを巻いているわけではないから、隠すべきところ隠せない。
菊華は身を縮めて浴槽の端で固まってしまった。胸を張ってさらけ出せるほど、ナイスボディではない。俯いてしまいたかったのだが、八千代の下半身を知らない身として好奇心でチラッと見てしまう。
昔より広くなった肩、スラリと長い腕、バスケで鍛えられた程よい筋肉の胸と腹筋。その下の小さく引き締まった腰は競泳水着で太ももまで覆われて、長い膝下が続いている。
イマドキの子って手足長いよね……あれ?
静かに八千代が湯船に長い足から浸かり始めた。とてつもない違和感が菊華に残る。
ここは温泉だ。貸切露天風呂だとしても、マナーがある。タオルを湯船に入れてはいけないとか、水着で入ってはいけないとか。
「水着!?」
浮力のせいで、簡単に八千代に引き寄せられた菊華は、水着の八千代のすぐ隣。お湯よりひんやりとした肌に触れて、ぶわりと熱が身体の芯から沸き上がった。
「ここの露天風呂、水着や湯浴み着着用OKなの、知らないの?」
耳のすぐ横で、クスクス笑う八千代の声が落ちる。
「ちゃんと教えてよ」
やられた! と思っても、すでに時遅し。八千代の手が菊華の腰を掴んで、更に密着する。自分だけ裸なのがより恥ずかしい。
「見て、空が赤くなった」
菊華が群青色の空を見ると、赤い絵の具を滲ませたように水平線から暖系色が上に伸びている。雲すらも赤く染め上げる朝焼けが始まろうとしていた。
「キッカ。明けましておめでとう、今年もよろしく」
明け始めの陽の光が、八千代の輪郭を浮かび上がらせる。シルエットにはほとんど少年らしさが残っていない。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくね、やっくん」
空の赤から朱色が伸びてオレンジ色と群青色の境目をなくす。大人と子供の境がなくなりつつある八千代みたいだと、変わりゆく朝焼けを見て菊華は思う。
お互いの手をぎゅっと絡めて、今年初めてのキスを交わす。
八千代が朝日を見ながらキスがしたかったのぐらい、ぽやぽやしている菊華にだって分かっていた。
初日の出を見ながら……えっちするのかな。
朝日が昇ってもキスだけだった。繋いだ手が解かれても菊華の身体を触ることもなく。お湯でピンク色に火照った身体は全裸なのに。
朝食もチェックアウトもすませて、ワンボックスのレンタカーに乗り込んだ。
菊華の隣で八千代は、親の前でも隠すことなく手を繋ぐ。機嫌だっていい。
悶々としているのは菊華だけだ。
八千代なりの節度を守った行動は、菊華を悩ませる。
やっぱり魅力がないのかな。えっちが嫌いとか……? でも、キスするよね? 私が言えないことがあるから? 待ってくれるって言ったのに? それはそれこれはこれ?
レンタカーが着いたのは初詣先になる神社だ。人の波に揉まれてたどり着いた拝殿の前。菊華は八千代と仲良く並んで手を合わせる。
神様っ! 今年はダイエットとバーゲン頑張りますから、やっくんともっと仲良くさせてください! やっくんの受験がうまく行きますように。それから、就活も内定もらえますように! あと、卒論が間に合いますように! それと、コンサートのチケットの先行に漏れませんように!
などと、神様が頼まれても困る願いをする欲張りな菊華だった。
歯がガタガタするほど寒かったのに、湯気が煙のように立ち上る湯船に身を沈めてしまえば、身体がジンジン温かくなってくる。
贅沢に温泉が木枠から掛けっぱなしだ。ヒノキ造りの湯船に新鮮な湯が流れ菊華を温めては、ヒノキのヘリからザァと流れ出ていく。
こじんまりとした広さの露天風呂は貸切だろうかと、辺りをを窺っていると湯気に人影が現れた。こんな時に旅先の怖い話をパッと思い出してしまい、喉から悲鳴が出そうだった──が、なんのことはない、八千代だった。
貸切露天風呂で混浴だったんだ。よかった……よくないー!
タオルを巻いているわけではないから、隠すべきところ隠せない。
菊華は身を縮めて浴槽の端で固まってしまった。胸を張ってさらけ出せるほど、ナイスボディではない。俯いてしまいたかったのだが、八千代の下半身を知らない身として好奇心でチラッと見てしまう。
昔より広くなった肩、スラリと長い腕、バスケで鍛えられた程よい筋肉の胸と腹筋。その下の小さく引き締まった腰は競泳水着で太ももまで覆われて、長い膝下が続いている。
イマドキの子って手足長いよね……あれ?
静かに八千代が湯船に長い足から浸かり始めた。とてつもない違和感が菊華に残る。
ここは温泉だ。貸切露天風呂だとしても、マナーがある。タオルを湯船に入れてはいけないとか、水着で入ってはいけないとか。
「水着!?」
浮力のせいで、簡単に八千代に引き寄せられた菊華は、水着の八千代のすぐ隣。お湯よりひんやりとした肌に触れて、ぶわりと熱が身体の芯から沸き上がった。
「ここの露天風呂、水着や湯浴み着着用OKなの、知らないの?」
耳のすぐ横で、クスクス笑う八千代の声が落ちる。
「ちゃんと教えてよ」
やられた! と思っても、すでに時遅し。八千代の手が菊華の腰を掴んで、更に密着する。自分だけ裸なのがより恥ずかしい。
「見て、空が赤くなった」
菊華が群青色の空を見ると、赤い絵の具を滲ませたように水平線から暖系色が上に伸びている。雲すらも赤く染め上げる朝焼けが始まろうとしていた。
「キッカ。明けましておめでとう、今年もよろしく」
明け始めの陽の光が、八千代の輪郭を浮かび上がらせる。シルエットにはほとんど少年らしさが残っていない。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくね、やっくん」
空の赤から朱色が伸びてオレンジ色と群青色の境目をなくす。大人と子供の境がなくなりつつある八千代みたいだと、変わりゆく朝焼けを見て菊華は思う。
お互いの手をぎゅっと絡めて、今年初めてのキスを交わす。
八千代が朝日を見ながらキスがしたかったのぐらい、ぽやぽやしている菊華にだって分かっていた。
初日の出を見ながら……えっちするのかな。
朝日が昇ってもキスだけだった。繋いだ手が解かれても菊華の身体を触ることもなく。お湯でピンク色に火照った身体は全裸なのに。
朝食もチェックアウトもすませて、ワンボックスのレンタカーに乗り込んだ。
菊華の隣で八千代は、親の前でも隠すことなく手を繋ぐ。機嫌だっていい。
悶々としているのは菊華だけだ。
八千代なりの節度を守った行動は、菊華を悩ませる。
やっぱり魅力がないのかな。えっちが嫌いとか……? でも、キスするよね? 私が言えないことがあるから? 待ってくれるって言ったのに? それはそれこれはこれ?
レンタカーが着いたのは初詣先になる神社だ。人の波に揉まれてたどり着いた拝殿の前。菊華は八千代と仲良く並んで手を合わせる。
神様っ! 今年はダイエットとバーゲン頑張りますから、やっくんともっと仲良くさせてください! やっくんの受験がうまく行きますように。それから、就活も内定もらえますように! あと、卒論が間に合いますように! それと、コンサートのチケットの先行に漏れませんように!
などと、神様が頼まれても困る願いをする欲張りな菊華だった。
0
お気に入りに追加
287
あなたにおすすめの小説

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる