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きらきら光る①
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ドアがノックされ、幼馴染みが顔を出した。
「キレイねぇ」
「プロにしてもらったんだもの。当たり前よ」
「メイクじゃなくて、美晴がキレイってことよ」
「今日ぐらいはね」
笑うと幼馴染みも「今日はあんたが主役だもんね」と笑った。
「美晴の雨女っぷりは健在だわね」
「ふふんっ。羨ましいでしょ?」
「全然思わないわよ。美晴だって、昔は嫌がってたのに」
ドアを開けて促してもらって、私は幼馴染みに従う。
「そうね。でも、好かれてるんだからしょうがないのよ」
考えが変わったのは、彼と付き合って一年経つ頃だ。
車を買った彼と、一泊のドライブ旅行をした。
陽射しは強くてなにもしてなくても汗が噴き出す、真夏日だった。
目的地に着くなり、雨が降ってきた。わかっていても、残念で仕方なかった。
「さすが美晴」
天気とは真逆で、カラリとして彼が笑う。私は彼のように笑えなかった。
「どうせ雨を降らせますよ」
「拗ねるなって。ここの神社って、雨の神様なんだぜ」
「カッパなの?」
「なんで妖怪が神様なんだよ」
それにしても、雨が降ると蒸し暑さに拍車がかかる。付け加えて、参拝道は木々に囲まれていて鬱蒼としている。
時々、傘にばたたたと高い位置の緑の先から雨粒が落ちてくる。
「日本は農耕だろ。雨が降らなきゃ成り立たない。だから、雨の神様も祀るんだよ。知らねーの?」
「あいにく無知で申し訳ありませんね」
当時は、興味の無いことにはまったく見向きもしなかった。もったいない生き方だが、小娘なんてそんなものだと思う。社会に出てから、興味ないことでも広く浅く知ることを学んだ。
「参拝に雨が降るって、良い事なんだってよ。天の恵みが降り立つ、的な?」
「そうなの?」
「美晴、気にしてたろ? 雨の事。だからさ、詳しいヤツに聞いたんだ」
そんなことを気にかけてくれていたのが、素直に嬉しかった。
「ありがと……」
「まぁね。どうせなら、プラスに考えないとさ。もったいないだろ。こっちに来るついでに、神社にも行ってみよーかなって」
「興味ないのに?」
「美晴に関係あることは興味あるよ」
臆面もなく言う彼に、とくんと胸が高鳴った。彼のそういう所も好きな理由だ。
「雨ってさ、俺、好きなんだよね」
「そうなの? 私も嫌いじゃないけどね。小さい頃は雨でもないのに長靴で幼稚園に行ったりとか、未だに覚えてる」
「雨の日グッズもだけどさ。雨の日のしっとりした空気を胸いっぱいに吸い込むと、リラックスするし。それに、雨の日の俺の打率は高い」
「万年6番バッターなのに?」
中学生の時打順は6番目で、今の草野球チームでも六番目だ。そのこと笑うと、彼は拗ねたように笑った。
「6番打者は、時としてチームの要なんだぞ」
雨の中、傘をバットに見立てて振られ、私の方にまで飛沫が飛んできた。
付き合って1年と少しの期間で、些細なことで笑い、ちっぽけなことで言い合いもした。
参拝を終えると、タイミング良く雨が上がった。参道の木々の水滴がキラキラと陽射しを反射させている。眩しさに目を細めた。今までの中で一番の雨上がりのような気がした。
それもこれも、彼から『雨は天の恵み』の言葉が降ってきたからだ。
もしも雨が降らなければ、こんな雨上がりにも出会えなかった。気づくことも難しかった。
嫌いではないと言うのは、少しなりとも嫌いが含まれているのだ。好きなら、嫌いなんて言葉は選ばない。
好意は白か黒で表すものではないが、嫌いではないという言葉よりも、やや好きの方がプラス思考だ。
彼といるとプラスにものを見る機会が増える。
だから、もっと一緒にいたい。大学を卒業して、社会人になって道が変わっても傍にいたい。
そう強く思った。
旅館では浴衣の種類が選べたのも、旅行の一つの楽しみだった。
薄い青色の地に、花を散らしたモダンな物にした。帯は小花の色に合わせてピンクと紫色のリバーシブルの物だ。私の持っている浴衣は、大人しめのデザインが多いので、どうせならと持っていないデザインのにした。
彼と別れて大浴場を満喫して、浴衣に袖を通して、持ってきたシンプルなコームで髪を上げた。着るものが変わるだけで気分も楽しくなる。
グレーの市松模様の浴衣を着た彼が、待ち合わせの待ち合わせ場所にしていたミニゲームコーナにいた。
男の人の和装と言うのは、普段とガラリと違っていて男が上がって見えるから不思議だ。本当に着るものによって変わるから困ってしまう。
今でもそうだが、道で着流しや和装の男性を見かけると目で追ってしまう。
彼は特別で、いつもよりもかっこよく見えてしまった。身体付きに恵まれているから余計に浴衣が似合っていた。
「ごめんね、待たせちゃって」
浴衣に時間が食ったのではない。大浴場の温泉が楽しくて、ついのんびりしてしまったのだ。
「……いや。ううん。ぜんぜん」
「言葉がへんだけど?」
口元を押さえて私を見つめる彼は、明らかにニヤついている。喜んでくれるなら素直に笑ってほしいものだ。たぶん、ニヤついているのを隠したかったのだろう。
「似合わないかな?」
「ぜんぜんおかしくない。つーか、似合ってる。かわいい」
勢いよく言った後、急に彼はしゃがんでしまった。
彼から褒められた身としては、謎の行動だった。
「どうしたの?」
「だあああっ。なんでもないからっ」
前髪をクシャリと掻いて、耳まで真っ赤にしてる。
男の人の照れを隠す素振りは、擽ったい気持ちになる。いや、彼だからそう思えるのだ。
「照れですか?」
「照れ……てます」
「待ってる間、他の人を見てもなんともなかったのに」ぼそりと零したのが聞こえて、私は上機嫌になった。
「ねぇ、今年は夏祭りも行こうね」
そしたらお気に入りの浴衣も見せてあげられる。私も袖を通したいし、彼が喜んでくれるなら一石二鳥だ。
「キレイねぇ」
「プロにしてもらったんだもの。当たり前よ」
「メイクじゃなくて、美晴がキレイってことよ」
「今日ぐらいはね」
笑うと幼馴染みも「今日はあんたが主役だもんね」と笑った。
「美晴の雨女っぷりは健在だわね」
「ふふんっ。羨ましいでしょ?」
「全然思わないわよ。美晴だって、昔は嫌がってたのに」
ドアを開けて促してもらって、私は幼馴染みに従う。
「そうね。でも、好かれてるんだからしょうがないのよ」
考えが変わったのは、彼と付き合って一年経つ頃だ。
車を買った彼と、一泊のドライブ旅行をした。
陽射しは強くてなにもしてなくても汗が噴き出す、真夏日だった。
目的地に着くなり、雨が降ってきた。わかっていても、残念で仕方なかった。
「さすが美晴」
天気とは真逆で、カラリとして彼が笑う。私は彼のように笑えなかった。
「どうせ雨を降らせますよ」
「拗ねるなって。ここの神社って、雨の神様なんだぜ」
「カッパなの?」
「なんで妖怪が神様なんだよ」
それにしても、雨が降ると蒸し暑さに拍車がかかる。付け加えて、参拝道は木々に囲まれていて鬱蒼としている。
時々、傘にばたたたと高い位置の緑の先から雨粒が落ちてくる。
「日本は農耕だろ。雨が降らなきゃ成り立たない。だから、雨の神様も祀るんだよ。知らねーの?」
「あいにく無知で申し訳ありませんね」
当時は、興味の無いことにはまったく見向きもしなかった。もったいない生き方だが、小娘なんてそんなものだと思う。社会に出てから、興味ないことでも広く浅く知ることを学んだ。
「参拝に雨が降るって、良い事なんだってよ。天の恵みが降り立つ、的な?」
「そうなの?」
「美晴、気にしてたろ? 雨の事。だからさ、詳しいヤツに聞いたんだ」
そんなことを気にかけてくれていたのが、素直に嬉しかった。
「ありがと……」
「まぁね。どうせなら、プラスに考えないとさ。もったいないだろ。こっちに来るついでに、神社にも行ってみよーかなって」
「興味ないのに?」
「美晴に関係あることは興味あるよ」
臆面もなく言う彼に、とくんと胸が高鳴った。彼のそういう所も好きな理由だ。
「雨ってさ、俺、好きなんだよね」
「そうなの? 私も嫌いじゃないけどね。小さい頃は雨でもないのに長靴で幼稚園に行ったりとか、未だに覚えてる」
「雨の日グッズもだけどさ。雨の日のしっとりした空気を胸いっぱいに吸い込むと、リラックスするし。それに、雨の日の俺の打率は高い」
「万年6番バッターなのに?」
中学生の時打順は6番目で、今の草野球チームでも六番目だ。そのこと笑うと、彼は拗ねたように笑った。
「6番打者は、時としてチームの要なんだぞ」
雨の中、傘をバットに見立てて振られ、私の方にまで飛沫が飛んできた。
付き合って1年と少しの期間で、些細なことで笑い、ちっぽけなことで言い合いもした。
参拝を終えると、タイミング良く雨が上がった。参道の木々の水滴がキラキラと陽射しを反射させている。眩しさに目を細めた。今までの中で一番の雨上がりのような気がした。
それもこれも、彼から『雨は天の恵み』の言葉が降ってきたからだ。
もしも雨が降らなければ、こんな雨上がりにも出会えなかった。気づくことも難しかった。
嫌いではないと言うのは、少しなりとも嫌いが含まれているのだ。好きなら、嫌いなんて言葉は選ばない。
好意は白か黒で表すものではないが、嫌いではないという言葉よりも、やや好きの方がプラス思考だ。
彼といるとプラスにものを見る機会が増える。
だから、もっと一緒にいたい。大学を卒業して、社会人になって道が変わっても傍にいたい。
そう強く思った。
旅館では浴衣の種類が選べたのも、旅行の一つの楽しみだった。
薄い青色の地に、花を散らしたモダンな物にした。帯は小花の色に合わせてピンクと紫色のリバーシブルの物だ。私の持っている浴衣は、大人しめのデザインが多いので、どうせならと持っていないデザインのにした。
彼と別れて大浴場を満喫して、浴衣に袖を通して、持ってきたシンプルなコームで髪を上げた。着るものが変わるだけで気分も楽しくなる。
グレーの市松模様の浴衣を着た彼が、待ち合わせの待ち合わせ場所にしていたミニゲームコーナにいた。
男の人の和装と言うのは、普段とガラリと違っていて男が上がって見えるから不思議だ。本当に着るものによって変わるから困ってしまう。
今でもそうだが、道で着流しや和装の男性を見かけると目で追ってしまう。
彼は特別で、いつもよりもかっこよく見えてしまった。身体付きに恵まれているから余計に浴衣が似合っていた。
「ごめんね、待たせちゃって」
浴衣に時間が食ったのではない。大浴場の温泉が楽しくて、ついのんびりしてしまったのだ。
「……いや。ううん。ぜんぜん」
「言葉がへんだけど?」
口元を押さえて私を見つめる彼は、明らかにニヤついている。喜んでくれるなら素直に笑ってほしいものだ。たぶん、ニヤついているのを隠したかったのだろう。
「似合わないかな?」
「ぜんぜんおかしくない。つーか、似合ってる。かわいい」
勢いよく言った後、急に彼はしゃがんでしまった。
彼から褒められた身としては、謎の行動だった。
「どうしたの?」
「だあああっ。なんでもないからっ」
前髪をクシャリと掻いて、耳まで真っ赤にしてる。
男の人の照れを隠す素振りは、擽ったい気持ちになる。いや、彼だからそう思えるのだ。
「照れですか?」
「照れ……てます」
「待ってる間、他の人を見てもなんともなかったのに」ぼそりと零したのが聞こえて、私は上機嫌になった。
「ねぇ、今年は夏祭りも行こうね」
そしたらお気に入りの浴衣も見せてあげられる。私も袖を通したいし、彼が喜んでくれるなら一石二鳥だ。
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