Rainy Days & You

なかむ楽

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After The Rain①

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「濡れた服、クリーニングに出すからさ、風呂入っておいでよ」
 
 部屋に入るなり、彼が浴室を開けた。
 急に男女を意識してしまい、緊張が舞い戻ってしまった。

 なんと、彼とは友達期間があったのに、したことなかったのだ。
  彼を待たせている気もしていたし、その時の流れでどうにかなると思っていたら、3ヶ月だ。

 思い返せば、彼には気の毒なことをさせた。

「先に朔也が入りなよ」
「美晴が風邪ひくだろ? 俺は野球で慣れてるし、後でいいよ」

 厚手のバスタオルとパイル地のナイトウェアを手渡されて、浴室に向かわされた。

「そうそう。脱いだものはこっちの袋な。下着とかも出せよ。っと、これあげる」

 コンビニの袋から投げて寄越されたのは、クラフトラベルにえんじ色の文字で<Tシャツ・S〉と〈婦人用ショーツ・M〉と書かれた、小さな二つの半透明のボックスだった。
 カレシに下着を買ってきてもらう彼女がいるだろうかと、私はまた情けなくなった。

「あ、ありがと」

 男の人がコンビニで女性用の下着を買うのは、成人向けの本を買うよりも勇気のいることに違いないと思う。

 当時の私に男性用下着をコンビニで買うことが出来ただろうか? きっとできないだろう。

 彼の心遣いが温かくて、キュンとっ胸が鳴った。

 何があってもいいように、彼と会う日は下着は可愛い揃いの物のにしていた。この日もそうだ。
 ブラとショーツが可愛いだけで、女の子というのは気分が違うのだ。
 それが、色気のないグレーの無地のショーツと、黒のTシャツなんかになってしまった。
 若い時は質より見た目が大切だ。

 それに、ノーブラというのは心許なかった。
 入れ替わりで彼が入浴している間、どう胸を隠そうかと試行錯誤していた。
 自慢できるような胸なら堂々としていたかもしれないが、残念なことに普通サイズでは自慢はできない。

 セックス自体は初めてでもないのに、いやに緊張をした。彼とのセックスは初めてだから、ある意味では初体験だ。
 部屋は特に狭いとは思わなかった。ベッドが二つ並んでいて、なぜだか見ないようにしてしまった。
 今の私ならツインであることを恨めしく思うだろう。この変わりようには我ながら笑ってしまう。

 ソファに座って、無意味に二つ折りの携帯電話を開けたり閉じたりしていると、彼がパンフレットを持ってきた。
 その格好はナイトウェアのズボンだけ穿いて、上半身は裸だ。
 私の弟も、入浴後はトランクスだけでリビングで寛いでいるので、男は気楽だと思ったし、今でもそう思う。

「朔也、髪の毛ちゃんと 乾かした?」
「タオルで拭いたよ」

 海やプールでも見た姿なのに、顔が熱くなるのを感じ、頭を拭いてあげようとした腕を下ろした。 

「美晴。なんか食べようよ」
「あ、ええと。……うん」
「ルームサービスだし、あんまり期待出来ないかも。ピザなんかないだろーしさ……」

 へら、と笑ったのを見逃さなかった。気不味いことがあるとへらりと笑うのだ。

「なにか隠してるんでしょ?」
「……美晴、大人になるってのは、秘密の数が増えるってことだよ」

 私の知らない5年間で、ホテルでピザを頼んだ経験があるのだ。
 きっとカノジョはいたんだと思う。私ですら男の子と付き合った経験はあるのだ。それを打ち明けるのは私もしないから、お互い様だ。
 付き合ったカノジョと比べられてやしないかと思うと、いい気持ちはしない。逆を言えば、彼もそうなのだ。
 

  私たちは、お互いを知っていた期間があっただけに、知らない期間を話題にするのを避けていた。


「美晴……。言いにくいんだけどさ」

 ギクリとした。過去のことを言うのかと思ったからだ。

「行きたいって言ってた店さ、夜メシにって予約してたんだけど……。一緒に行くの、ずいぶん先になるかも」

 彼には何気ない一言だったのだろうが、私を一気に浮上させた。

「覚えててくれたの?」

 それに、『一緒に行くのはずいぶん先』だと、まだ来ない時間を考えてくれているのだ。
 思わず抱きついた。

「キャンセルがそんなに嬉しいのかよ」
「違うってば。私が言ってたの覚えててくれてさ。……朔也も記念日にしたかったんだなって思うと嬉しくて」

 彼が抱き返してくれた。見た目通り鍛えられた腕が、私の身体も心も締めつける。

「朔也、大好き」
「俺も」

 誘われるようにキスを交わした。触れるだけのキスは、なだらかに深く大胆になっていく。彼の手が私の頬を包み、私は彼の首に手を回した。
 遊ぶように舌を絡ませあって、上がる息とともに快感を知ろうとして求め、キスが貪欲に官能的になる。
 一旦キスが止み、鼻先に、瞼に、頬に何度もキスが降りるのにうっとりした。
 耳に唇を寄せられた時、背筋にピリリと快感が走った。
 私は耳が弱いのだ。

「んぅ、……耳、だめ」
「へえ。いいんだ」

 低めの声が鼓膜を震わせた。それだけで、ゾクゾクとしたものが腰のあたりを擽った。
 耳を舐められ、食まれ、ぴちゃぴちゃと音がするたびに背筋も腰も震えた。
 自分から、鼻から抜けるような声が出たのも恥ずかしかった。

「美晴、かわいい」

 彼の手が腰に回り、胸元に顔を埋められた。
 そして、私のお腹が盛大に鳴ってしまった。
 恥ずかしさに慌てていると、彼が盛大に笑った。その彼のお腹も盛大に鳴ったので、2人して笑った。


 ルームサービスの食事を初めて食べた。なにを食べたのか忘れてしまったが、すぐにお腹他膨れてしまったのを覚えている。

 食器も片付けてもらって、テレビを見ていると内線が鳴った。クリーニングに出した服が返ってくるのだ。ホテルに着いてから時間が駆け足のように経っていた。

「こんな時間だし、家に着くのが遅くなるって連絡しなよ」
「あ、うん……」

 帰るな、と言われなくて内心ガッカリした。手をつないでテレビを見ていたいとか思うのは私だけだろうか。
 もっと一緒にいたい。
 彼はそうではないのか。

「……帰らなきゃダメかな? ホテル代は払うから……さ」

 彼は頭を抱えてしまった。

「だから、そんなの心配しなくていいよ。あのな……帰らせたいって、本気で思ってるの?」

 つないでいた手を強く握られた。

「美晴の家族が心配するから言ってんの。それに、一緒に泊まったら何されるか想像つくでしょ?」
「……うん。家族は……弟に……メールしとくし」

 付き合ってますます彼が好きになった。彼の優しさ、かわいらしさ、かっこよさは友達の時では気づけなかっただろう。
  会える時の喜び、帰る間際の寂しさ。伝えれる言葉と伝わらない思い。
  彼も同じならいいのにと思った。

「……美晴を大切にしたいんだ」

 なにをどうしたら大切なのか。それは彼しかわからない。
 だけど、好きの気持ちはその照れた顔から伝わってきて嬉しかった。
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