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05.公私の区別
❦・02-30・❦
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ウェインと仲がピリピリしたままの金曜日は、英国本部へ提出する報告書にミスがあった。普段の千綾ならしない小さなミスだ。機械チェックも何度もしたし、何度も読み返した。
(もしかして、書き換えられてる?)
チーム全員で共有しているメールに添付してある報告書。書き込み履歴を見たが、履歴の最終更新者は千綾だった。が、テンプレコピペなビジネス文を間違えるものだろうか。
その日は、コピー機はいうことを聞いてくれなかったし、社員証を何度か当てないとキーロックが解除されなかった。
前にウェインから聞いたことがある。
『悪魔や淫魔、幽霊なんかは電気系統に影響を及ぼすんだよ。それを祓う力のある祓魔師にも、似たような影響を起こせちゃうんだ。霊的磁場? よくわかんないけど。超能力か……血液サラサラじゃない帯電質なんじゃない?』
わかるようでわからない説明だった。
もしかしての可能性。ウェインの敵であるフェデリコからの嫌がらせ。
(現象や可能性はどうであれ、業務に支障きたす嫌がらせって、ほんっと、頭きちゃうっ)
それから。遅いランチを取るために、休憩室に行った。十四時近くの中途半端な時間は、広々明るい休憩室がガランとしている。
ランチボックスを開けると、海苔文字で『お疲れさま』と日本語で書かれていた。魔術で切ったにしては、ちょっと不格好だから、ウェインが苦心して切ってくれたのだとわかる。
ジンと目頭が熱くなった。
(……ウェイン。ありがと。ごめんね。ろくに話をしなくなっちゃって)
休みになったら、きちんと話をして、くだらないことで笑おう。行きたがっていた遊郭跡地巡りをして、水上バスに乗って……、楽しいデートにしたい。
(ウェインのことを考えると、疲れも吹き飛んじゃう)
「おや、アンジョマネージャー。奇遇ですね。今からランチですか?」
嫌なヤツの声が聞こえて、千綾の気分が急速に下降した。
向かいに座ったフェデリコは、ジッパー付き袋から半透明のタッパーを取り出す。青い蓋を開けるとキッシュと大きくカットされたチーズ、適当に切ったトマトが入っていた。別の袋からは、バナナと小ぶりのリンゴ。美食の国イタリアでも、お弁当の文化は適当らしい。
そういえば、海外は外へ食べに行くか、食事を配達してもらう文化のほうが多い気がするな、と、フェデリコを見ないで考える。
お通夜のように黙々としたランチタイムを先に切りあげたのは、フェデリコだった。早く去ればいいものを、コーヒーマシンでエスプレッソを淹れて、戻ってきた。なぜ再び対面に座った?
「安城マネージャーは仕事に向いてないんじゃないですか? 淫魔を滅したら、さっさと結婚をして家庭に入るといい。それが女性の幸せですよ」
「男尊女卑ですか? セクハラ、パワハラ発言になりますよ」
露骨に嫌悪を露わにすると、フェデリコは鼻でせせら笑う。
「今のは祓魔師としての意見ですよ。あなた個人としてはオーバーワークじゃないでしょうか。言いたいこと、わかりますか? あなたは、チームをまとめきれていない」
「報告書のミスはわたしのミスですが、チームをまとめきれてないとは思っていません。それに、新プロジェクトのほうもタイムスケジュールを修正しました」
「淫魔に取り憑かれている尻軽女がチームの先頭にいるのが問題なのでは?」
「それと業務になにが関係あるんですか。私的なことを仕事に持ち込まないでください。迷惑です」
「あなたは日本人なのにハッキリものを言うんですね」
「今度は人種差別ですか」
「差別? ただの事実ですよ」
「そうですか。では、わたしは仕事に戻りますので」
ムカムカしたままの千綾は、空になったお弁当を保冷バッグにしまい、感情任せに立ち上がろうとして──、思いとどまる。ここで感情任せの態度をあらわにしたら、フェデリコに嫌味の餌を与えるようなものだ。考えを改めて、淑やかに立ち上がる。
そして、フェデリコを見ずに退室した。
(このタイミングで……来ちゃった……)
今日あたりに来るであろうと予想していたから、あらかじめナプキンをしていたからよかった。が、このところのイライラは生理前だったからだろうか?
ごんごん痛む腰を抱えて仕事をしたくなくて、給湯室で痛み止めを飲む。
(ウェインとえっちするようになって、生理痛も生理も軽くなったと思ってたのになぁ)
下腹を押さえる。淫紋もやや緑色になっていた。こんなときに。身体は正直にウェインを欲している。身体が、ではなく、メンタルが、というところか。
ウェインに甘えたい。仕事を忘れてデートをして、あまいちゃにすごしたい。
せっかくの土日。だったのだけど。仕事のメールが入ると、ウェインの機嫌が斜めになる。表面上では、ウェインは普通に接してくれる。でも、空気感で伝わってくる。これまでは、そんなことなかったのに。
こんなときも2LDKは便利だ。顔を合わせなくてもすごせるのだから。
千綾はマンガやリモート用の作業スペースのある部屋に。ウェインはリビングにいる。
(寂しい……)
一緒に寝ているのに、背中合わせなのが、とっても悲しくてやるせない。
ウェインはどう思っているのだろうか。これが原因で別れる、なんて可能性も捨てきれない。ウェインにとって、セックスはただの性欲発散ではなく、必要不可欠な食事だ。
(わたしが折れたらよかったんだよね。へんな意地を張らなきゃよかった……。ウェイン、お腹空かせてないのかな?)
寝返りを打って、ウェインの背中に手を伸ばし、すうすうと寝息を立てる動きに安心と寂しさを感じ──そのまま寝てしまった。
そうして、スレ違いと生理の憂鬱な一週間がすぎた次の月曜日。いつもどおり仕事だった。が、千綾をささやかに喜ばせたのは、フェデリコがリモートワークの週だったことだ。
ストレスの元凶からの言葉も圧を感じないだけで、とっても仕事がしやすい。しかも、昨日には生理も終わったので動きやすい。
(今日か明日にはウェインと仲直りするんだ)
デパ地下でおいしそうなケーキを買おう。
決意を新たに、トイレの個室に入った千綾は、ドキドキしながら、生理用品が入っていたポーチを取り出す。
(買っちゃった……)
ポーチから取り出したのは、膣トレ器具と小分け瓶に入れたローション。
以前より、会社にある自分用のイスのクッションは骨盤底筋サポートにしている。そして、膝を閉じて足を揃えて座るのを意識している。階段を使い、余裕があるときは、ひと駅歩くようにしている。
健康のためではなく、すべてはウェインに気持ちよくなってもらいたいがため。インナーマッスルを強化するのだ。
(膣トレボールを使うのは初めて……)
よく調べて、初心者向けの小さな器具を選び、ウェインに内緒にしたくてコンビニ受け取りで購入した。ローションは時々ウェインに玩具攻めされるので、それをコソッと小分けしたものである。
家で膣トレしていたらウェインに見つかってしまう。恥ずかしいし、絶対にえっちされる。
長時間いるのは会社だし、誰も昼休憩中に膣トレ器具を使っているとは思うまい。膣トレ器具を使うのは一時間程度だから、休憩時間がベストだ。
(ウェインのため。わたしのためなんだから)
トイレから戻った千綾は、いつもどおり、休憩室でウェインお手製のお弁当をおいしく食べた。今日も彩りと栄養バランスを考えてくれている優しいお弁当。今夜はスイーツを買って帰ろう。
食後に温かいお茶を飲んでいると、社内メールの通知がスマホのロック画面で確認できた。日本支社長の神官からだった。
なにかやらかしたのか、それとも、フェデリコがないことばかり吹聴して……。と、怪しみながらメールを開く。
要約すると、昼食後ただちに支社長室へ来なさい。というものだった。
日本支社・東京支社長は、いうなれば、ほぼほぼゼネラルマネージャーでプレジデントだ。ちょっと気が動転しているので、千綾の頭が回っていない。
その上にCEOやらなんやらかんやらの殿上人がいる。その殿上人たちも本社英国の役職よりは下のはず、だ。……と、落ち着いた表面の下ではテンパっている。
お弁当を味わう暇なく早く終わらせて、急いで役員フロアへ向かう。膣トレ器具はあとで取り出せばいい。
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☽・:*
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