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04.粘土の板から機械の板へ
♤・05-27・♤
しおりを挟む世界各国のニュースから株式市場などの金融の変動、最先端の技術から歴史や地理、物理や哲学、天文学までわかる。
人類は地球を飛び出して月まで行き、太陽系の外に人類の情報を出そうとしている。その方や、宗教の信仰心は残っていて、信心深い人間から無宗教の人間がいるのも知った。
映画やビデオは特権階級者のものではなく、タブレットで簡単に観られる。映画やテレビ番組から、個人が配信している世界各国の動画サイト。もちろん、そこには人間の性欲を満たす性的な映画や動画も満載だ。女の悦ばせ方、男の悦ばせ方、同性でのまぐわい方。
チェスやカードゲームはオンラインというもので世界中の人間と遊べるし、他にもウェインが知らない娯楽ゲームが大量にある。
寝ていたのが悔しくなるくらいだ。
「まさに叡智の書だね」
ウェインはタブレットPCに夢中になった。あまりにも夢中になったので、三カ月も飲まず食わずで氾濫する情報を飲み込んでいた。
「あれから飲まず食わずの寝ずで、ネット漬けか。現代の一般的な水準を知りたきゃ、人間の心や脳を覗けばいいさ」
「それもそうだね。これまでそうしてきたんだし。精気搾取するときに流れてくるけれど……。ソファの上で大学のアーカイブにアクセスできるも、美術館の展示物も見れるのは楽しいよ」
特権階級者や支配者階級が作らせた美術品や工芸品は、現地に行かなければ見られなかったし、オペラやバレエ、交響曲から庶民が続けた伝統音楽は、記憶のものより洗練されており、タブレットPCさえあれば鑑賞できる。
世界中を巻き込んだ大戦後にもネオンや電気、ラジオなどあったが、百年も経たないうちにウェインの想像をはるか超えて、特権階級しか持たなかった技術が一般的になっていた。人間の知識への貪欲さには目を見張るものがある。
とはいえ、ウェインはそれらを詳しく知りたいとは思わないが。広く浅くでいい。
「……人間の科学の進化はすごいと思うけど、根底は変わっていないね。欲だらけだ」
「昔に比べりゃ欲望は強くどろっどろしてるぜ」
「おまえはよく召還されてるんだっけか」
「カジノオーナーやにな。オレだけの要塞にいる、騎士団長を渡り歩くって古臭い言い方もできるが。カジノ街だけじゃなくて、違う国で召喚されることもあるな。黄金や金に対する欲望は人間が進化するごとに深くなっているのがたまらんよ。性欲の塊の人間だって昔より溢れてるさ」
「ふぅん」
「それに、投資先も増えたぞ。貿易や保険、製鉄、造船だけじゃないからな。インターネットやインフラ整備会社も。いくつか影と名前を使って運用している。昔、おまえが言ったとおりに人間により溶け込んでいるから、おれは奥さんと子供たちと地上にいられる」
シュレヒターはぶ厚い胸を張る。
「……で、いつ奥さんに会わせてくれるんだい?」
いたずらめいて言えば、シュレヒターが大声で笑ったあとで、べぇっと舌を出す。
「やだね。奥さんと子供たちは俺のものだし、おまえに会わせると……」
「俺に惚れちゃうかもって心配してるんだ。笑える」
今度は、厳のような男の太い眉が困らせたように下がる。
「きみの奥さんは、仲間を裏切ってきみを選んだんだ。淫魔なんかの薄っぺらい美貌なんかに惹かれないよ」
淫魔が真に惚れる人間など存在しないし、人間が真に惚れる淫魔など存在しない。素材や料理に惚れ込むのことはあっても。それに、シュレヒターの妻は、同族を裏切ってシュレヒターのために堕天したのだから、その愛は不変だ。
「で、おまえはいつ現代の魔導書に名前を刻むんだ?」
タブレットで得た知識によると、召喚用の魔導書も進化していた。こういう話は、以前なら秘密結社なり隠秘学者や錬金術師、魔術師たちが密やかに暗号で伝えてきたのだが、現在はインターネット掲示板やSNSという場で話されている。もちろん、普通の人間にはただの雑談に見える暗号文として、意見交換や議論されていた。
それによると、かなり媒体が増えている。
たとえば紙の本。これは新聞や雑誌、小説のようなかたちだったり、コミックスというかたちだったりする。実物の本は、昔と変わらず波長の合う人間にしか見えないし手に取れない。
たとえばインターネット。革新的な技術で作られた電子の蜘蛛の糸、あるいは仮想の海の世界のなか、らしい。いまだに、ウェインにはピンとこない話だ。
「うーん。もう少し先にしようかな。ニューヨークの美術館にも行きたいし、パリの美術館にも行きたいから」
「そうか。それなら相談に乗ってくれないか。今度はレアメタル採掘か製薬会社に投資しようと思っているのだが」
「レアメタルなら、きみを召喚した人間に見つけさせたほうがリスクは少ないんじゃないか? 投資するなら製薬会社だね。製薬会社だって研究するのに金はいくらでもほしいんじゃないかな? 世界的に高水準な会社や新しい組織……高レベルの大学と連携しているところがいいかもね。あと、キナ臭い国がある」
「こんなのどこにでもあるだろ」
人間の技術や科学が発展すれば、それだけ人間が人間を屠るための技術が発展している。
便利な世の中の平和と戦争は表裏一体ともいえる。インターネットも軍事目的の技術だったらしいとウェインは知った。
「……そうだね。そういうのが好きな悪魔もいるしね。そういうやつらからしたら、現代はご馳走だらけだ」
ウェインはニューヨークから出発して、欧州を旅して、美術館とクラシックコンサート、オペラ、ミュージカルを楽しんだ。それから、ライブハウスや映画館も。
やはり、実際に見て感じるものは違うし、大きな戦争の爪痕は博物館というかたちで残されていた。
新技術搭載の自動車やバイクにも乗り、運転してみた。風脈に乗り移動するほうが速いし楽だが、自動車やバイクにはそれなりの面白みがあった。電車やトラムにも乗った。昔の汽車とは比べ物にならない速度で移動できるし、イスの座り心地が違う。
身分よりも金。金のない貴族より金のある平民のほうがいい生活を送り、持ち上げられている。
移動するあいだに、過去にシュレヒターと作った会社や投資した会社も巡っていた。そのもののかたちやシステムは違えど、根底は変わっていない。人間社会に溶け込みやすく、祓魔師に目をつけられにくいための防波堤の機能はしている。
(それに、この手型が役に立つのはわかった)
黒い本革のフラグメントケースごとシュレヒターがくれた。昔はもっと大きかったし、そのはるか昔は金貨を入れる袋だった。
悪魔や淫魔には通貨は不必要だが、祓魔師をより欺くには通貨が必要だ。
一度、シュレヒターのいるホテルに戻った。電子という世界にその名を刻むためには、媒体となるパソコンなりタブレットPCが必要だからだ。やり方とパソコンなりを買えばいいのだろうが、契約という言葉がウェインを躊躇わせた。
「よぉ、兄弟。早い戻りだったな」
一年。ウェインたちの時間感覚では、一日のような感覚だ。
「まあね。インターネットに名前を刻もうと思って」
呪符や魔導書に名前を刻むのと同じ要領だった。媒体は変わっても本質は変わらない。
召喚の魔導書は、召喚者が好むかたちに自動的に変換されるのだから、あとは召喚されるまで待てばいい。
ウェインはシュレヒターのホテルでタブレットPCやテレビを観る隠遁生活をしていた。
(買わなきゃいけないってわかってても、寝転がってると、つい魔術でビール出しちゃうな)
無から有にはならない。ウェインの手のなかにある瓶ビールは、どこかの倉庫か小売店店頭から消えている。
インターネット通販というのも気になったので、何度か利用して現代のアダルトグッズを購入して動かし方を知ってから、シュレヒターに押しつけた。ほかにも、ジャパンのコミックスも取り寄せた。ジャパンのコミックスでは悪魔や淫魔は敵ではなく、仲間や味方である文化の違いに驚いた。
シュレヒターの話では、祓魔師が少ない国のひとつで、シュレヒターの子供たちの好きな国らしい。
イギリスの南西地の屋敷に戻り、これからどうやって暇をつぶそうかと考えていた。
そんなある日だった。新聞を読み終えたばかりのとき、身体を魔力が満ちた光と文字が足元から立ち上った。
(これは……召喚だ)
眠りにつく前から百年以上の召喚だ。選り好みが激しく、グルメなウェインに合う人間がウェブの大海の向こうにいた。
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☽・:*
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