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04.粘土の板から機械の板へ
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世界を揺るがす戦争の大きな火は消えたが、あちこちで小さな火火種となり世界中に蔓延っている。
活気があったロンドンの街並みは、爆撃で瓦礫で溢れていた。大勢が死んだ。人間を殺すのはいつだって人間だ。
一応、保険会社や製薬会社は存続していたので、機能する程度の金額を融資した。筆頭株主として、会社には存続してもらわないといけない。めんどうだが、人間の社会に溶け込み祓魔師に狙われないようにするにはこれが最善策だ。
このご時世、湖水地方は寒々しく感じ、気まぐれに南西地に買ってあった屋敷に足を向けた。
自分が損をしない程度の細工をして、人を雇い、さも家主がいるようにし、ウェインは静かな主寝室で眠りについた。
目が覚めたのは、新世紀から二十年以上も過ぎたのちだった。
目覚めたウェインは、シュレヒターからの大量の手紙を一瞥して、彼が作った城塞都市へ──欲望の街へ向かった。風脈に乗る昔ながらの移動方法で。
辿り着いた街は、想像よりも派手派手しく騒々しい。巨大な富裕層向けホテルから一攫千金を狙った層向けの宿まである。カジノだけではなく、娯楽にも凝っていて賭博目的ではない人間も多いと、再会したシュレヒターが話した。
彼はカジノ街だけでなく、全米にホテルやリゾート地を開拓していた不動産王にもなっていた。もちろん、初めの契約である売り上げ金の折半は、ウェインが眠りについていても守られていた。悪魔や淫魔の契約とは、絶対なのである。
彼は街の一等地にある富裕層向けのホテルの一室──フロアぶち抜きのエグゼクティブルームで、ウェインを歓迎してくれた。
なんと、妻子がおり、眷属にしてしまったと照れながら話した。
「出会っちまったんだよ。愛に、な」
頭がおかしくなったんじゃないのか? ウェインは極上のワインを飲みながら呆れた。
「うちの奥さん、元・天の使いなんだわ」
「堕天させたんだ。罪なやつだな」
「罪なのはうちの奥さんの美貌と慈悲深さだ」
召喚先のイタリアで祓魔師に追いやられたときに、天敵である天の使いである彼女と出会った。彼女は別の悪魔との戦いに負けて大ケガを負っていた。シュレヒターが悪魔だとも見抜いていた。
消えかけていた彼女は、シュレヒターを追いかけてきた祓魔師を光の彼方へ追い払った。そんな体力や法力など残ってないだろうし、仲間のようなものではないのか。
『なぜ助けた?』
『あなたからは、友を思う心が見えました。それくらい、御使いの私にもわかるんですよ。あなたは大悪魔のようですが、人を殺した気配も感じられません。人を誑かし堕落させ殺すのは悪魔じゃないんですよね』
世界を巻き込んだ戦争を見てきたと彼女は涙を流した。
『なにが正しくて悪いのか、もうわかりません』
シュレヒターは自分の治癒よりも彼女の治癒を優先させた。身体が勝手に動いた。シュレヒターの魔力で彼女が消えずに癒えたのは、シュレヒターが元がゲルマンで発生した大神だったからだ。もうどんな名前で呼ばれていたのか覚えてない。人間からはヴァプラという名で呼ばれている時間があまりにも長すぎた。
『……どうして、私を治癒したのですか? 法力が使えるようになったら、私はあなたを祓うかもしれないんですよ?』
『だが、あんたは祓魔師からオレを庇った。その返礼だ。……それに、オレには友がいるのは間違いじゃねぇ』
『変わった悪魔なのですね』
悪魔たちは元各地にいた神や精霊だと、彼女は知らなかったようだ。
『元気になったらオレを祓いに来たらいい』
「ねぇ。その話、長い?」
「こっからがいいところだろ」
「しばらく滞在するから、おいおい話してくれればいいよ。俺が聞きたいのは、現代の人間のことかな。魔導書は?」
「今は変わったぞ。書物だけじゃない」
「というと?」
「実際に見るといい。簡単なメシでもどうだ? 見た目は悪いが、このままじゃ餓死するだろ」
(そういえば、昔、腹を空かせすぎて、やらかしたこともあったな)
シュレヒターが用意してくれた簡易的な食事の場は、大勢の男女が乱交する秘密クラブだった。
赤くも薄暗い照明の元で、下品な音楽がスピーカーから大音量で流れている。男女が出す興奮した獣のような合唱と音楽の不協和音は、悪魔なら居心地がいいのかもしれないが、ウェインには耳障りだった。
ふたりは、性欲に任せてまぐわう大勢の男女を見下ろせる、中二階に設けられた豪勢なVIP席にいる。嫁に一途になってしまったシュレヒターとグルメなウェインが、この乱交に興じることはない。
(ほんとうに見た目が悪いな。シュレヒターには悪いから言わないけれども)
淫魔の食事といえば、人間の性欲と精気だからと、彼が用意してくれたのだが、室内を充満する炊かれた淫靡な香に大量の精気が満ちている。が、雑味が多くてウェインの好む味ではない。目覚めの食事がこれというのはなんとも味気ない。が、召喚されていないのだから、精気搾取はしたくない。
「書物だけじゃない話は?」
シュレヒターとの会話のためだけに、聞こえる音を調整する。人間も雑踏にいても聞きたい声を聞き分けられるが、人間よりも高度に調節できる。シュレヒターもそうしているだろう。
「酒を飲む前にそれか」
「死活問題だからね」
シュレヒターから説明されるのは、なんだか釈然としないが、ウェインは情報にも飢えていた。
「電子の魔導書は召喚者が望むかたちに姿を変える。たとえば、動画やSNS、小説、コミックス……。召喚者に合わせたカテゴリーに勝手に変わるんだ」
電子。動画。SNS。コミックス。初めて聞く言葉だ。このあたりは、情報を豊富に持っていそうな人間の夢のなかで脳内でも覗けばいい。
「勝手に変わる?」
「詳しくは知らん。オレたちの情報はひとつでいい。言語もなにもいじらなくても、召喚者に合わせて言語やカテゴリーが変わる。読まれただけで呪文も不必要だ」
「ふぅん。実感がないな」
「ほれ。実際に使った方がおまえは利害が早いだろ」
手渡されたのは、両手に乗る板のようなものだった。はるか大昔、粘土の板の魔導板があったのを思い出した。
しかし、この板は粘土板に比べればずっと軽くて薄く、黒くてなにも書かれていない。
「なに、これ」
「ああ、これをこう」
シュレヒターが板の端を押すと、鮮やかな絵が魔術のように飛び出してきた。これにはウェインも目を大きくさせた。
それから簡単な使い方を教わっただけで、直感的に操作できた。
(すごいな。それに、好奇心をくすぐられる)
「あまり精気が気に入らないようだな。修道女やお堅い女が好みか? 次はそういう趣向でもてなそう」
「そういう女もいたけれど、普通の女でも波長が合えばいいかな。波長が合えば、俺の好みなんだし」
「こういうビュッフェはだめか」
「フィッシュアンドチップスだよ、これは。適当に過ごせる程度のエネルギーはあるから、気を使わなくていいよ。寝起きのフィッシュアンドチップスだってお腹は膨れるからね」
「ファーストフードか。なら、次に召喚されたら盛大なご馳走になるな」
「……かもね」
「おっと、奥さんから電話だ」
シュレヒターはジャケットの懐からタブレットPCの手のひら版を取り出して、耳に当てる。
「……電話?」
知っている電話とは違う。線がない。驚きだ。
話し終えたシュレヒターは手のひらサイズのタブレットPCをドヤ顔でウェインにひけらかす。
「あれ? 見せてなかった? タブレットなんかデカくて持ち歩きにくいだろ。こいつぁ、同じブツの持ち歩き版だな。こいつから進化したのがタブレットっつー話もあるが。用途によって使い分けるんだよ」
「電話なのに線がないのはどうしてなんだ?」
「詳しくは知らん。塔からの電波だとか衛星からの電波だとかって話で、仕組みは知らんぞ。ググれ」
「ググ……?」
「自分でタブレットなりスマートフォンで調べろってこと」
「スマートフォン……。そんなに小さな叡智の書を持ち歩いているのか」
「叡智だとかなんだって言うのは、おまえくらいじゃないか。これはもう人間にとって当たり前のもので、生活に欠かせないものなんだよ」
「へぇ。……でも、まあ、今の俺には必要ないかな」
「契約する必要があるからな。……ああ、そうだ。これをやるよ」
渡されたのは黒いカードだった。
「現代の手形みたいなもんさ。どんだけ使っても使い足りない金を世界中どこでもこれ一枚で使える。前に石油と天然ガスを発掘してからバカみたいに金が入る」
石油と天然ガスの重要性と価値は、ウェインが眠る前よりも、人間の生活に欠かせない素材のひとつになっている。
黄金に対する人間の欲望を糧にしているシュレヒターは、以前から数え切れない程の金鉱や銀鉱、宝石の鉱山を持っていた。今は、油田や天然ガスの鉱脈、その採掘権を数多に所有していた。ウェインと契約後のものなので、権利などの半分はウェインのもあるという。
「俺がいなくなってから、シュレヒターのほうが商売がうまくなってんじゃない?」
「そうでもないさ。おまえならどうするかっていうのがオレの選択の指標だ」
「丸くなったね。奥さんに感化されすぎじゃないのか?」
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