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04.粘土の板から機械の板へ
♤・03-25・♤
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紆余曲折があり、商会の本社は独立戦争後のアメリカのボストンに置かれた。
シュレヒターは人間の会社を買収し、吸収し、商会を大きくしては、分断させていた。ウェインには、どの会社がどう運営されているかわからない。かろうじて、創業当時から残っている保険や貿易会社だけ把握している。
軍需産業で儲かっているシュレヒターは、ピタリと会社の買収をやめて、紙の金の大半を金の延べ棒や砂金、貴金属・宝石類に変えていた。そして、製鉄・石油産業の会社に巨額の融資をしていた。
その後、アメリカを拠点として世界恐慌が起こる。
その年のニューヨークは寒かった。それでも、シュレヒターはウェインのところにやってきた。
どこかから調達してきた酒を持ってきては、屋敷にいるウェインと杯を交わす。
「前の戦争よりもだいぶよくないことが起こる。それこそ、粛清のように人間が減る」
シュレヒターの先見によると、欧州もアジアもインドも危ないが、アメリカならしばらくは大丈夫。だから、らしい。
アメリカには爵位はないが、人間は人間を上下に分けたがる。でも、この土地はわかりやすい。金さえあれば、人種関係なく上流階級の仲間入りになるのだから。
富豪のウェインとシュレヒターは、アメリカにもいくつかの邸宅を持った。かつてゴールドラッシュで沸いた土地から、砂漠しかない土地。緑多き土地、湖のほとり、海の近く……アメリカの様々な土地に。
ウェインが気に入った場所の近くに、シュレヒターがくっついてくるようになったのもこの頃だ。まったくもって馴れ馴れしい。
シュレヒターはアメリカという風土を気に入っていた。土着の神々が、と言い替えたほうがいいのかもしれない。
ウェインはどこも同じだと思っている。根城も召喚先も。なにがシュレヒターの言う大丈夫が知らないが、シュレヒターが大丈夫だと豪語していたアメリカでも大きな戦争があり、マフィアが暗躍していた。マフィアの暗躍は、人間の倫理観として最悪なものだが悪魔的には歓迎だ。祓魔師の活躍が少なくなるのは歓迎だ。
しばらくあと。シュレヒターの先見どおりになった。世界が大きな戦火の渦に巻き込まれたときに、魔界の門が緩くなったらしく、多くの悪魔や淫魔、その他の種族が地上に舞い戻った。
地上を汚した愚かな人間は、傲慢な神の力も弱めていた。そのおかげか、降りてきた神の使いが少なく、殺された悪魔や淫魔は少なかった。ただ、祓魔師は信仰心とやり口や武器を変えて、猟犬のごとく、悪魔たちを祓い滅した。神の使いよりも、より厄介に育っていた。
祓われるのは、魔界からやってきたばかりの悪魔が中心だった。地上での生活を知らないのだから、逃げ隠れようがない。
ウェインらは人間の社会にうまく溶け込み、姿を変え、名前を変え、これまで生きてきた。
祓魔師が蔓延るようになっても。
その日、ウェインはアメリカのニューヨークにいた。戦火など感じさせないで発展し続ける力強い街と新しい文化と音楽がウェインの暇を潰させていた。
「よお。生きてたか、兄弟」
数年ぶりに顔を見せに来たシュレヒターが言った。長く生きている感覚では、最近も会ったばかりの感覚だ。
勝手に部屋に入ったシュレヒターは、勝手に棚からウィスキーを取り、ラッパ飲みする。
「ヴォルフが殺られたらしい」
「誰?」
「悪魔だよ。いつだったか一緒に会ったろ?」
「一度や二度会った程度じゃ覚えてないよ」
「だわな。おまえは、オレ以外とつるんでないしな」
ずっとそれでよかったし、これからもそれでいい。召喚者も同じだ。食事させさせてくれたらいい。
「オレはしばらくオーストラリアに行く。おまえもどうだ?」
オーストラリアは二回ほど召喚されて赴いた。極彩色の変わった鳥や動物の多いド田舎だったが、空気が澄んでいた。しかも、あの地は祓魔師も少ない。土着の神々が多いのもいい場所だった。
が、人口も少なし、暑い。シュレヒターが行くというのなら、不安定な社会情勢から外れた場所なのだろう。ここアメリカのように。
しかし、経済恐慌から戦争特需で右肩上がりのアメリカを離れるより、祓魔師が入れないようにしたほうが早いかもしれない。
「考え直したらどう? 言ってたよね、もうすぐこの莫迦げた戦争が終わるって。それなら、きみの能力を活かせる召喚者に召喚させるのはどうかな。それで、作るんだよ、きみの要塞都市を。祓魔師が入ってきても、きみに有利に働く城塞都市を作るんだ」
「は?」
シュレヒターは、ぽかんとした。
「欲望の街を作るのさ。黄金……金の欲望だけじゃない、食欲と性欲も満たし、反対に枯渇・渇望させる街さ」
「つまり?」
「賭博と享楽の街。派手で大きく現代的な建物に溢れた、秩序と無秩序が混在する享楽と退廃の街。きみの要塞都市だ。禁酒法で使っているマフィアたちの誰かに召喚させて、その地を探させるんだ」
いつだったか、大昔にヴェネツィアの賭博場よりも賭博場よりも、欲だらけの街に行ったことがある。人間の三大欲求を超えた欲望にまみれて機能しなくなった都市。そういったところは、神への信仰心がごく薄くて居心地も良ければ、祓魔師は寄りつかない。そういう街の衰退は、神による業だと記されてしまう。繁栄と衰退は糾える縄の如しであるのに。
祓魔師が寄りつかないところは別にもある。多神教の国。南アジアや東南アジア、アフリカのどこかだったか、多神教だったりアミニズムが生きているところは祓魔師は寄りつかない。とはいえ、そういう国にも祓魔師に似た神職や僧侶がいる。が、祓魔師に比べれば簡単にやり返せるし、逃げるのも楽だ。悪魔も淫魔も、元が神か精霊の場合に限り。
「きみが今この地を離れると俺が困る。俺にはきみのような力はない。金に対する欲望のおかげで、面倒事なくいられる」
金がなくても誰かを騙して根城を増やすのもいいが、金という縛りで人間を使っているおかげか、ここ二百年ほどは祓魔師に目をつけられていない。
「照れるぜ。褒めるなよ」
「褒めてないよ」
シュレヒターは丸太のような腕を組み、わははと笑う。
「おまえの謀がヘタこいたことはない。オレの城塞都市を作ってやろうじゃねぇか。……で、おまえはどうするんだ」
「ブリテンの湖水地方にでも行こうかな。そのまま寝ちゃうのもいいし。ちょっと前に連続で召喚されて精気もらったから、節減すれば百年くらいは寝ていても平気だよ」
「寝るって……。それも回避策としちゃいい案だが、オレが寂しいんだが?」
寂しいと素直に口にする悪魔は、シュレヒターくらいだと、ウェインは肩を竦めた。
「そんなに眠るつもりはないよ。ちょっと寝るだけ。この街みたいに変わる世界と豊かな音楽、愛らしい動物が見たいからね」
「音楽ねぇ」
「きっと庶民でも気軽に音楽を演奏したり聞けたりする時代が来るよ。ラジオが持ち歩けるようになったりさ、飛行機に楽団を乗せて、とか」
牧神だったころの名残か、音楽が好きだった。これまで、誑かし根城にする相手が支配者階級だったのは、音楽が気軽に聞けたからかもしれない。召喚先でその地の音楽と出会うのも心地よかった。
「それに、これ」
ウェインは新聞や雑誌をシュレヒターに見せる。
「気軽に誰でも紙が買える。本が手に取れる。すごいことだよ」
本は叡智の結晶だ。これまで特権階級しか得られずにいたし、紙は高価だった。出版された本だって、上流階級者や富裕層が買うか、やりくりしたジェントリが買うくらい。
召喚先によっては、本は神職のものだったこともあった。
「ミステリ小説や冒険小説。新聞だって記者によっておもしろおかしく書かれてる。挿絵も最高だよ。俺たちの魔導書も今じゃこうした印刷された紙の本だから、もっと大勢に召喚されるよ」
「忙しいじゃねぇか」
「そうだね。俺はこれまで波長の合う人間に召喚されてきたけど、それでも、お気に入りもできなかった」
愛玩動物がほしいわけではないが、気に入る相手くらい出会いたかった。召喚者は性欲が強く、精気の味が最良なのはわかっている。だが、性格や魂まではわからない。
「ぶさいくばっかり相手してたのか?」
「見た目の美醜は関係ないよ、俺は。俺たち淫魔に勝てる美貌を持つ相手は、美や芸術の女神くらいじゃないのか?」
女神に会ったのははるか大昔だ。酒の神の近くにいた誰か、だった。酒の神もウェインに負けず劣らずの美貌の持ち主だった。今は魔界にいるのだろうか。──というのも、今思い出した。
「……お気に入りを探したいのか、おまえ」
「どうかな」
「どれだけ気に入った酒があっても、底があるのを忘れるなよ」
人間なんてすぐに死ぬ。自分たちの時間もだが、淫魔であるならば、相手の性欲が枯渇したらおしまいだ。
「……前から思ってたんだけどよ、おまえ、淫魔なのに女を孕ませないの、なんでだ?」
なぜだろうか。考えたこともなかった。
「大淫婦のフローはポコポコ同族を産むんだろ? で、インキュバスの……ええっと、ヘインリヒ?」
「ハインリヒ?」
ハインリヒは名前だけ知っている。選り好みせずに人間を食い散らかす大食漢。それでいて狡猾という。ウェインが発生するよりも以前に地上にいたとか。元は、アジアのなんとかという神だったらしい。
(ああ、酒の神から話を聞いたんだっけ。あの神の行動範囲と人脈は広かった、ような。もうあんまり覚えてないな)
「そうそう。そのハインリヒもバコバコ女を孕ませては同族を作るって。オレはそっちの地方に長くいたからよく耳にしてたぜ。淫魔は人間相手じゃなきゃ同族増やせねぇんだろ」
「俺がしなくても誰かが増やすなら不都合ないよね」
「孕ませ童貞か」
「なに、そのイラつく造語」
「オレだって人間の女を孕ませたことあるぞ。暇つぶしと人間のフリすんのに」
「ふぅん」
「あ、ごめん。孕ませ童貞には刺激ある話だったな」
「うるさい。帰れ」
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☽・:*
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