【R18】電子書籍から淫魔男子を召喚したアラサー女子がおいしく食べられて溺愛されて幸せになる話

なかむ楽

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04.粘土の板から機械の板へ

 ♤・01-23・♤ 

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  ・・・✦・✧︎・✦・・・
  
  
 コーヒーという新しい嗜好品は、甘い香りでも味でもないが、ウェインは好ましく味わっていた。
 時代が新しくなるにつれ、なくなっていったものが多いが、変わらないものもある。
 コーヒーやその他人間の嗜好品は、新たな技術が加わるたびに洗練されたもののひとつで、現代のコーヒーは過去のものと比べ物にならないくらい好ましくなった。
 そもそも、淫魔の食事は人間の精気なのだから、人間やその他動物のように食事は必要ない。人間の食べる物や嗜好品を摂取するのは、趣味のようなものだ。

 丁寧にハンドドリップをしたコーヒーを朝食がのるテーブルに置く。褐色の水面が朝の陽射しを反射させていた。
 千綾はそわそわとしつつ、興味津々だとばかりの目を向けてくる。可愛い。小さなノウザギのように可愛い。
  
「ウェインって何歳なの?」
  
 朝の陽射しのなかだと千綾はきらめいていて、その美しい魂から光を放っているように思える。
 眩しさに目を細めたウェインは、コーヒーをテーブルに置き、うーんと唸る。
 千綾にならなんでも打ち明けられる。彼女を知りたく、魂に触れて過去を知ったように。彼女に自分のことを知ってもらいたい。が、過去を語るよりも、現在と未来の自分を知ってもらいたい。
 でも、ウェインは千綾の過去を勝手に知ってしまった。千綾が生まれてから現在に至るまで。過去失敗と成功。初恋や処女喪失、恋人の数などの過去の恋愛。彼女が語らなかった数々の歩み。語らなければ、不公平だ。これまでなら無視できたが、千綾とは公平でいたい。
  
「自分語りしていいの?」
  
「聞きたい」
  
 前のめりに詰め寄られ、ウェインは降参した。このために会社を休んだ彼女に応えるのも、恋人とやらのつとめだ。なにをしたら恋人らしいのか、いまいちウェインにはわからない感覚なのだが。気に入って、好きになって、恋をして、愛とやらを育むのは、千綾との付き合いでわかった。
 恋愛とは、無償でも見返りを求めないことではない。双方の歩み寄りと相互理解だと、ウェインは思う。
  
「長くなるけど……」
  
「うん。言いたくないことは言わなくていいからね」
  
「優しいね、千綾は。……じゃあ、ご飯を食べたあとでね」

「うん」

 千綾は、ぱりっとクロワッサンサンドを口にする。生ハムとアボカド。ウェイン手作りソースでしっかりまとまったそれを咀嚼した彼女は、「ん~っ」と、おいしいのだと高い声をあげる。

(いいな。ちいの笑顔とおいしさを味わってくれる表情とエネルギー。知らなかった、味わいだ)



 一緒に片付けると千綾が言ってくれたが、ウェインは魔術でパパッと終わらせた。使い魔でもいればたいていのめんどうごとを押しつけられるのだが、この家の──千綾と共有する空間のなかでは使い魔も邪魔な存在だ。
 ウェインは千綾の肩を抱き、寝室へエスコートする。

「ベッドで横になりながら話そっか。……えっちなことしないよ。話し終わるまではね」
  
 ふたりで寝転び、側臥位のままウェインは千綾の背中を抱いて、その柔らかなお腹に手を当て、指先を下腹部へ向かわせる。服の上からそぅっと淫紋に触れる。
  
「ちょ、どこさわっ……」
  
「話し終えるまでいたずらしないよ。こうして話すほうがイメージも伝わるからさ。ね? ……えーと、何歳なのかなぁ」
  
  
  ・・・✦・✧︎・✦・・・
  
  
 ウェインには両親がいない。彼は自然発生したものだった。それを人々が豊穣を司る牧神として崇めたため、擬人化されて、人間と同じ姿を得た。
 勝手に牧神として勝手に崇められたウェイン──当時はその名ではなかったけれど──は、生来より人間の精気を吸って気ままに生きていた。
 初めは、近くに住む人間の前に姿を現して精気を獲ていた。この時代の精気搾取の方法は性行為ではなく、手を繋ぐだけで人間からエネルギーが流れ込んできた。その時代の人間はいわゆる霊感が強かったため、神々や半神半人とともに難もなく暮らせていた。
 ある日、とんでもなく精気を搾取できる相手と出会った。波長が合う人間とであれば、ちまちまと精気を吸わなくてもいいし、自分の好みから外れた精気を渋りながら吸わなくてもいい。
 そのことに気づいたウェインは、仲が良かった酒の神から呪符の存在を教わり、召喚の呪符を作成した。
 そして、人間が他の地域の人間と交わり行動範囲が広まるのに合わせるように、呪符も広まっていった。
  
 その頃、別の天界からやってきた傲慢な神の使いと地上にいた数多の神々と全面戦争が勃発した。負けた地上の神々は別の天界の神が作った負の吹き溜まりに──魔界に封じられた。
 負や悪意に汚染された神々は、やがて姿かたちが変わり、人間たちから悪魔だのと呼ばれる存在になってしまった。人間から精気を獲て、豊穣の手伝いをする神々は、いつしか淫魔と呼ばれるようになった。
 生来楽観的で、平和主義者が多い牧神たちのほとんどは、神々の戦争に参加しておらず、魔界に堕とされたのもごく一部だった。
 戦争に不参加だったウェインは、人間の世界に溶け込んで暮らしていた。牧神から淫魔と呼ばれる存在になっていた。牧神だの、淫魔だの、発生したときから人間がつけた区別だったので、気にならなかった。地上で暮らすほとんどの悪魔や淫魔、その他の魔族も同様の考えだった。悪魔は七つの種類に分けられ、淫魔は悪魔の下位の存在に据えられていた。本性は神々との戦いの以前からなにも変わらない。
 困ったときの神頼み。人間は、傲慢な神の下僕になっても、ほかの神を頼る。

 ウェインは一度だけ、好奇心で魔界とやらに行ったことがある。果てのない闇と雨のように降り注ぐ悪意。
 すぐに引き返そうとしたが、蟻地獄のように入るのは簡単だが出るのは至難だった。しかし、ウェインが魔界から出られたのはすぐだった。人間たちに広まった呪符のおかげで召喚されたのだった。が、生命力に直結する魔力──人間にないからわからない感覚だろうが──が、枯渇していた。
 波長が合った召喚者をたちまち廃人にしてしまったのは、初めてのことで、ウェインは戸惑った。
 もったいないことをした。
 もしも、魔界からの召喚でなければ、この人間から自分好みの精気をふんだんに搾取できたのに。
  
 それ以来、ウェインは魔界に行っていない。
 以前のように地上で、人間の社会に溶け込んで暮らすようになっていた。
 召喚されていないときは、魔術で操作をして権力者の側にいた。召喚されれば、召喚者から自分好みの精気を存分に搾取できるよう育成して、廃人にしないようにしていた。飽きたら召喚者の前から消える。それを繰り返す生き方。
 いつ召喚されるかわからないから、なるべく魔力は使わないようにするすべも覚えた。
 いつの時代にも革命というのが存在する。
 中世と呼ばれる時代に、魔導書というものが人間の手で生まれた。悪魔を召喚し、命と引き換えに知恵を得たり、運命を変える、というものだ。実際、悪魔が人間を殺すのは稀だ。人間を殺すのはいつだって人間だ。
 その魔導書は大航海時代と呼ばれる時風に乗って世界に拡散された。
  
 光があれば闇がある。光にすがる者がいるように闇にすがる者もいる。
 いつだって、魔を召喚する魔導書は人とともにあった。



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