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03.あんしんモードでまったりと

 ❦・04-20・❦ 

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  ・・・✦・✧︎・✦・・・
  
  
 翌日は、昼過ぎに起きてしまった。昨晩から今朝未明まで、二連続と休憩を挟んで何度もした。性欲の塊である千綾でも、二度も射精した以降のウェインに合わせるのはさすがにキツい。治癒効果? とやらで疲れはないし、デリケートな場所が痛むこともないし、あまり寝なくても深く寝たあとみたいにスッキリしている。
  
「おはよ。……俺も寝過ぎちゃった……ふぁ」
  
 ウェインがむくりと起きる。ボサボサだった髪を鬱陶しそうにかき上げる仕草がキュンとさせる。寝起きだろうとなんだろうと、ウェインの圧倒的美貌は崩れることを知らない。
  
「ちいとした朝って朝立ちしないんだよね」
  
「そんなところ見てないよ!」
  
「えっち」
  
「えっちじゃないし」
  
「すけべだったね」
  
 ぽかぽかとウェインの胸を叩く。明け方まで続いた情交が色濃く残っているのは千綾だけ。胸周りだけでなく、お腹や太腿の内側にもキスマークや歯型がついている。
  
「ね、見て」
  
 ウェインが肩を見せる。逞しい筋肉には、手形と爪痕。
  
「ちいに刻まれちゃったね。そんなによかった?」
  
「……よ、よかったよ? その、脳イキ? したし……お尻に……その」
  
「お尻の淫紋のが気持ちいいの? へぇ。小さいから感度が高いのかな? 触っていい?」
  
「だめ……。は、恥ずかしい……」
  
 今さらであるが、お尻を見せると後ろの窄まりまで見られてしまう。いや、セックス中は見られているだろうけど、シラフでは無理だ。明るい場所ならなおさら無理だ。千綾の尊厳的に無理だ。
  
  
  
 デートしよっ。と誘われて、出かける準備をした。
 そのときに、姿見鏡と手鏡を使いお尻──尾てい骨に刻まれた小さなハートマークの淫紋があるのを確認してしまった。
 スマホで撮影して確認も考えた。が、自動バックアップが恐ろしいから、古来からの手法の合わせ鏡にした。
  
(淫紋だけじゃなくて、身体のあちこちにウェインのキスマークと牙の痕が……)
  
 おかげで胸元が大きく開いた服やオフショルダーの服が着られない。
 ウェインは淫魔なのに、露出多めの服を千綾が着るのをあんまりいい顔をしない。独占欲ならいいなと、ポジティブにとらえているし、千綾が好むファッションがそもそも露出少なめなので不都合はない。
 露出多めの服やちょっと過激な下着(ただのベビードール)はウェインの前だけ。ウェインだけに見てもらいたい。
 とはいえ、腕や首、胸元周りのどうしても見えてしまう場所に鬱血痕を残されると困るので、それはやめてと頼んだ。
 季節柄、シンプルなカットソーにロングプリーツスカート。アウターはやや厚手のカーディガン。

(我ながら地味、かなぁ)

 プレゼントしてもらったサファイアのネックレスをして、鏡をよく見る。主役はこのネックレスだから、ファッションセンスは横に置いておこう。
  
(これで、いいかな)
  
 着替えてメイクをし、髪をまとめて前髪チェック。ぶら下がり系ピアスがきらきら輝く。
 おうちでまったりデートもいいが、軽めのランチかスイーツを外で食べるデートに誘ってくれたのが嬉しくて、気分が盛り上がってくる。
 電車移動ではなく、タクシーでデート先へ向かう。今日のウェインはジャケットスタイル。だが、千綾とは違い、ハイブランド品である。ウェインが着ていると嫌味が欠片もない。むしろ、品がいい。
  
「代官山って久しぶりかも」
  
「えーと、会社の反対の方面なんだっけ?」
  
 土地勘のないウェインが首を傾げると、金色の髪がサラッと動く。
  
「そう。だいたい反対かな。今の会社のほうが通勤は楽になったんだよ」

 それに、デートスポットをソロで行動するにはやや虚しい。代官山だけでなく、カップルがいれば、そこは立派なデートスポットだ。
  
「……もっと通勤楽にしない?」
  
「ん?」
  
  
   ・・・✦・✧︎・✦・・・


 やってきたのは、富裕層向けの不動産会社だった。セレブ向けの不動産会社は予約がなければ受付すらされない。ウェインと店員とのやり取りを見ていると、前もって予約をしていたらしいのがわかる。日中、暇が過ぎるのだ。
  
(あのっ! わたしは超庶民で! ウェインは淫魔っていうファンタジーな世界の住民なのですがっ!)
  
「セルヴァンスさま、こちらへ」
  
(へ? セルヴァンスさま?)
  
 千綾はウェインを見上げる。
 2.5次元イケメンで背が高くて、スラリと手足が長い。さらさらの金髪、かっこいいかたちの目には魅力的な青い瞳。魅力的な声だが語彙力がない。
 今は隠しているけれど、黒いツノを持つ淫魔。なのに、黒いカードを持っている。でも、スマホは持っていなかった。家事はエキスパート級で、えっちが丁寧ですごい。
 優しくて、思いやり深い。話し上手で聞き上手。いつも穏やかで、怒ることからは無縁に見えるし、一緒に暮らして十カ月近くになるが、ケンカをしたことがない。
  
(わたしって、ウルトラスパダリ・ウェインのこと、なにも知らないんじゃ……)
  
 好きな人なのに。恋人なのに。淫魔だからという理由で片付けていた。
 自分の生活と人生に必要不可欠な、大切なウェインの過去や身の回りのことをなにも知らない。聞いてなかったし、ウェインは淫魔だから──
  
(……いつか、いなくなっちゃうんだって……わたし……)
  
 考えたくもなかった〈別れ〉が、必ず来る。
 彼は淫魔で、新たな召喚者ができたら、そちらへ向かうだろう。それに、千綾に興味を失えば、千綾の知らない場所へ帰ってしまう。
 ──どこか、遠い場所へ。
  
(考えたくなかった。この関係がずっと続くわけないのに……。前に別れを考えなくていいって言われてたけど……)
  
 ずぅんと重くのしかかるネガティブな感情。まあいいかで済まされないそれは、千綾に冷や汗をかかせ、指先を冷やさせる。
  
(ウェイン……、別の場所で暮らすの? わたしの家に飽きちゃった? 狭い? 不便をかけてた?)
  
 彼は、店員が熱心に見せるタブレットを覗き込んで話をしている。今の千綾に彼らの会話が上滑りする。
 ホテルのような、高級賃貸タワマンに着いても、千綾はネガティブさを隠すので手一杯でどんな場所だったのか、ウェインはどんな表情だったのかわからなかった。
  
「ちい。暗い顔してる」
  
 夕食は、ウェインが予約してくれていた銀座のお寿司屋さんだった。
 おいしいはずの高級魚介類の味がよくわからない。一緒にデートを楽しんで、心配をかけさせないようにするのも、千綾には難しかった。
  
「……そんなことないよ」
  
「帰ろう?」
  
 彼はバーの席の予約もしてあると言ったが、アプリでキャンセルをして帰宅することになった。
 そのタクシーのなかで、手を握ってくれているウェインに顔を覗き込まれた。しかし、千綾は青い瞳から逃げるように、ふいっと窓の外へ目をやった。
  
(ウェインは淫魔で。わたしにはもったいないくらいの美形で……)
  
 街を歩けば女性の視線を集める。淫魔だからという理由を除いても、ビジュ最高峰である。
 千綾は黙ったまま。ウェインは心配そうなまま。沈黙したまま。タクシーはなんの変哲もない普通のマンション前に停車した。
 先に玄関ドアを開けた彼に背を押されて千綾は広くない玄関に入る。それからウェインが入り、鍵とチェーンをかける。
  
「ただいま。ちい、おかえり」
  
「うん。……ただいま。ウェインもおかえり」
  
 玄関でぎゅっと抱きしめ合ってキスをする。このやり取りはあと何回なんだろうか。
 室内に上がる前に、ウェインが優しく心配そうにまろやかなバリトンを耳元に落とす。
  
「……ちい。なに考えてるのか教えてくれないと、怒るよ? 俺はケンカしたくないし、険悪なムードもいやだよ。俺の願いと望みはちいの幸せだよ」
  
 幸せ。
 そう。きっと。それが問題なのだ。
  
「わたし、幸せだよ。幸せすぎて怖いくらい、ウェインと毎日過ごせて幸せなの」
  
 泣きたくない。泣けば、ウェインが心配する。だけど、熱くなった目から流れる涙が止められない。
 恋をしていけない人に、恋をしてしまった。
  
「うん。どうしてそんなにつらそうにして泣くの?」
  
 胸が痛い。つらい。泣きたくないのに。勝手に溢れる涙と負の感情。
 ウェインは心が読める。だから、言わせずに心を読めばいいのに、千綾から醜い感情を吐き出させようとする。
 黙って泣いていても、彼を困らせるだけだ。聞いてくれるのは、彼も話す気があるから。千綾は人間だから、ウェインの思考がわからない。話してくれるのを信じるしかない。
  
「つらいよ……。好きすぎて、つらいの。こんなにも、言葉が見つからないくらい、好きになるなんて、思わなかったから……。いつか、来る、別れが、切ないの」
  
「うん。それは、別れるのが怖いっていう感情?」
  
 しゃくりあげる千綾は頷く。ぱたぱたと玄関の床に涙が落ちる。
 みっともない。いい歳の大人が子供みたいに泣いて。泣くしかできなくて。わがままを言って。



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