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01.電子書籍だとっ?
❦・02-02・❦
しおりを挟む「可愛いパジャマだね」
「かわいい?」
黒のブラトップに短パンなど、かわいらしさと色気の欠片もない最低限のルームウェアだ。眠る前の、誰に見せるものでもないものだから、この二年はほんとうに適当だ。
対する淫魔は、マンガの冒頭で出てきたように、体格にピッタリなスーツを着ていた。
彼がゆっくりと起き上がる。スーツの陰影が男性的だ。
(か……っ……こよっ! わたしの夢、グッジョブ! できがいい)
マンガのなかの淫魔男子よりも、千綾の好みのドンピシャだ。むしろ、理想がここにいる。最高の夢だ。
「召喚者さん、名前は?」
(顔も声もバリバリよい……。夢が、都合よくて、最高では? 伝説級のイケボがすぎる。好みの声優さんの声をフルチョイスしたらこんな破壊力では? わたしの語彙力どこいった?)
「……安城、千綾です」
夢のなかで照れながら自己紹介とはこれ如何に。
「俺はウェイン。よろしくね。千綾って呼んでもいい?」
艶のあるバリトンに乞われて、千綾は熱くなりつつある(酔いもある)頬を押さえながら頷く。馴れ馴れしいというよりも、フレンドリーな距離感がいい。
癒し系な笑顔が眩しくて、つい、「よろしくお願いします」と返事をしてしまった。
「話がわかる子って、好きだな」
ウェインのスラリとした男らしい手が伸びて、基礎化粧品しかつけていない千綾の頬を撫でる。
拒絶しないのは、夢だから。だってこんな夢、めったに拝めそうもない。
「ね、千綾。そのうるうるの唇にキスしてもいい? それとも、いきなりは、だめかな?」
頷きかけて、止まる。
キスをしたらセックスになる、と思う。そういう体験もしてきたし、そういう流れのマンガをたくさん読んだし、夢なので容易にそういう流れになるだろう。それなら──
「だめって言ったらどうするの?」
「うん。どうしようかな。この大人シンプルなネイルにキスをして、指から手に、腕や首筋にもいっぱいキスして、千綾が唇のキスをおねだりするように、仕向けようか」
千綾を見つめているウェインが微笑む。スーツの癒し系2.5次元男子万歳。黒いツノが生えているけど、淫魔だからOK! むしろ淫魔にツノがなくてどうする!
(色気すごすぎ~。わたしの夢、えっちすぎる! 夢がえろすぎじゃなくてわたしがえろすぎなんだよ~。欲求不満が肥大化してる~)
「じゃ、……いきなりのキスは、だめ」
「ふふっ。いいよ。千綾のお望みとあらば」
ウェインは千綾の爪先にキスをし、片手の指を、その整った指でもてあそぶ。
「恋人つなぎ、だね」
恋人つなぎ。いつ以来の甘酸っぱい言葉の響きだろうか。
恋人つなぎに気を取られていると、ウェインがつないでいない手の甲にキスをする。金髪青眼の2.5次元的イケメンがすると、かっこいい。いや、イケメンがするならなんだってかっこいい。
「千綾の腕、白いね。それに、すべすべだ」
先週、ストレス発散でエステに行ったばかりでよかった。
「花みたいな香り。いい匂い」
「そ、それは、お風呂に、入ったから……で」
小娘のように照れて恥ずかしくなり、声が小さくなっていく。かわりに、鼓動が大きくなる。
仕事で部下がアホミスをし、上司に叱られる以外でいつ鼓動が大きくなった? というか、それは真逆のテンポだから、ノーカンだ。
元カレとの付き合いたての頃はときめいていたから、五年以上ぶりになる、ときめきだ。でも、もっと、こう……、学生時代に先輩に憧れていた純粋なときめきに近い。イケメンには浄化作用があると聞くが、その通りだ。魂が浄化されていく気がする。
「ボディソープとクリームの優しい香りだけじゃないよ。千綾の魂から匂い立ってる。甘くて、スパイシーで、官能的。つまり、俺にとって、刺激的でおいしそうってことだよ」
前腕の柔らかな内側にキスをしたウェインは、肘の内側に軽く歯を立てる。
(牙? 大きな八重歯? 好みの、マンガ歯。夢の精度が高い……)
「……んっ。くすぐったい……」
柔らかな肘の内側に大きな犬歯──牙を立てられたのは初めてだ。
「そうさせてるからね」
二の腕にもキスをされているあいだ、片手は恋人つなぎのまま。ときおり、ウェインの長い指が千綾の手の甲を愛撫するかのようにソフトに撫でる。
キスは肩に。ぴくんっと反応してしまう。
彼は大きく口を開けて、首筋をれろんと舐め上げた。たったそれだけなのに、息が上がる。
「ふ……っ」
「柔らかくてきれいな肌。しかも、敏感で嬉しいな」
優しくて熱っぽいバリトンが耳のそばで鼓膜を響かせると、腰のあたりがゾクゾクとする。
(わぁー! えっち! ウェインさん、えっち! 最高! ありがとう、夢! ありがとう、寝る前に読んだえっちなマンガ!)
「ね、千綾。耳が弱い子って、スケベなんだよ」
(いきなりスケベって言葉はダメでしょ。せめて、えっちって言ってよぉ~! わたしの夢のなかのイケメンの語彙がド直球~。悪くない~)
「んっ、んぅっ。すけべ、じゃ、ない……ん」
耳朶を丁寧に舐められ、歯や牙を軽く立てられる。ぴちゃぴちゃと跳ねる彼の唾液の音を聞くだけで、触られてもいない乳嘴がぴりぴりと反応し始めた。
ウェインのキスは頬に、前髪に、額に、鼻先に。知らずに彼の唇をおいかけるよう、千綾の唇が動く。
「千綾はスケベだよ。電子書籍はね、淫魔と波長が合う性欲が強い人間にしか見えないんだ」
(さすが夢。とんでもなく突拍子のない設定ぶっ込んできた)
「男の人が、見たら?」
「その人の好みのサキュバスものが選ばれて、読んでもらって、召喚するんだよ。千綾がそうしたようにね」
(お手軽~。コンビニ飯みたいにお手軽な召喚~。まあ、夢だけど)
「俺は千綾に召喚してもらってよかったよ」
幻想的な夜を思わせる美しい青い瞳に見つめられ、ドキッとした。
(ルッキズムの頂点なイケメンの夢が見れたんだし、明日は仕事も頑張ろう)
「おいしそうな精気がたっぷりありそうっていう前提がなくても。千綾はスキンケアだけじゃなくて、いろいろと努力してる魂が好きだな。仕事も。そういう頑張りが魂から滲み出てるよ」
「え、仕事……?」
突然、現実を持ってこられ、千綾は目をぱちくりさせる。
「千綾は完璧に業務をしているのに、クソ営業担当から理不尽に舌打ちされたり、クレーム対応までしたり。今週は部下の子がありえない失敗して、怒り心頭だった課長に頭を下げたのは千綾だったよね。たいへんだったね」
ウェインが頭を優しく撫でてくれる。ねぎらうように、いたわるように。
(やっぱり夢だわ。……当たってるもの。営業の山本さんは当たりが強くてネチネチしてるし、斎藤さんは気に食わないとすぐ舌打ちして高圧的で。アシスタントのことを見下してる。なのに、飲み会ではセクハラギリギリのことを平気でしてくる。
チームの鈴本さんは配属されて三年も経つのに小さなミスか多くて、見直しが甘いから、発注数を大きく間違えて……。職場でわんわん泣いてた。二十五歳のいい大人がみっともない。チーム主任のわたしのチェックが甘かったのもあるけど。前に取引先を間違えて別の会社のファイルを添付するミスをした。とんでもないトラブルから小さなミスまで直そうとする気がない。
今日だって、みんなが見ている前でわたしだけ課長から一時間近く感情的なお叱り受けてさ。鈴本さんは、全然反省してないし。業務が残っていてもおとなしい原さんに全部押し付けて帰っちゃったから、ふたりで残業して尻拭いだよ。わたし、ちっともチームをまとめられない……。胃が、キリキリする)
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