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しおりを挟む帰宅したフェリスは、媚薬入り小瓶──見た目はミニボトルウイスキー──をどうしたらいいかわからなくて、とりあえず居室のローテーブルに置いた。
(どうしよう。自分の部屋で隠していて……もしもメルヴィルさまに見つかったら)
『こんな淫らなものを隠しておくなんて離婚だ!』と、嫌悪あらわに怒鳴られてしまうのだろうか? いや、中身がわからなければ大丈夫だ。美しい小瓶なのだから、ウイスキーの瓶を並べているチェストに並べて隠せばいい。木の葉を隠すなら森というではないか。
(だめよ。メルヴィルさまが間違えて飲んでしまったらいけないわ。そこに居合わせたのが別の人だったら? ……媚薬が本物かわからないけれども)
メルヴィルの客人が飲んでしまったら、それこそ大事件になりかねない。
どうしたらいいのか。
「ああ、フェリス。ここにいたのか」
メルヴィルが珍しく顔を見せた。今日の彼もフェリスに言わせれば『とってもかっこいい』。
黒髪をふわりとオールバックにして、理知的な青い目は眼鏡の向こう。クールな顔も昔から好きであるもの、その恵まれた容姿だけでなく真面目で紳士的な性格が大好きなのである。恋して八年。年季が入っている。
が、結婚してからは一緒に暮らしているのに、ほとんど別居状態で、かなり寂しい。
望まれて結婚をしたはずだが、第二王女だったから断りきれなくて結婚したのかもしれない。だから、結婚してから二年もほっとかれているのでは? また悪い考えが浮かぶ。
(こんな考え……したくないわ)
「はい。どうしましたの?」
(そうよ。メルヴィルさまから会いに来てくださったのだもの。もっと喜ばなくちゃ。……って、子供じみた態度は取れないわ)
フェリスは立ち上がり、スカートをつまんでお辞儀をする。夫婦らしくない距離感のお辞儀だが、結婚式のときだって頬にしかキスをくれなかったのだから、どうしたらいいのかわからない。
「ああ。半年後に結婚記念日があるだろう?」
(まあっ! 昨年も結婚記念日をお祝いしてくださったわ! 今年は相談をしてくださるのかしら? それとも、結婚記念日に……お出かけしていない、とか?)
メルヴィルは領主の仕事だけでなく、フェリスの兄・ジュードの貿易の手伝いをしており、蒸気船で海外へ向かうため長期的に家を空けるときもある。
誕生日と結婚記念日以外は、新年と聖降臨祭に実家や聖堂へ夫婦揃って行くくらいがふたりでの外出だ。もっと一緒にいたいのがフェリスの本心だ。
「今年は……きみが行きたい外国へ旅行しようと思っている。希望の国や行きたい場所があれば参考にしたい」
「ええっ! いいのですか?」
「遠慮なく」
「う、嬉しいですっ」
メルヴィルが考えてくれていた。これだけでフェリスを浮上させる。
自分でも単純だと思うが、こうして会いにきてくれているのも嬉しい。
「座っても?」
「あ、はいっ。あの、お茶はいかがですか? すぐに用意いたしますからっ」
「ありがとう。珍しいウイスキーだな。瓶が美しくカットされている」
「ええ。養老院でいただいたものなのです」
「へえ」
メルヴィルは手にした美しい小瓶の蓋を開けて、疑いなく匂いを嗅ぐ。
「とてもいい香りだ。お茶ではなくこのウイスキーをもらおうか」
「え?」
老婆から強力な媚薬だと言われた謎の液体を、フェリスが止める間もなく、メルヴィルがひと口飲んでしまった。
「なんておいしいんだ。神々が飲むという神酒みたいな味だな」
「旦那さまは神酒をお飲みになったことが?」
「ははっ。いいや、ないよ。それほどおいしいっていうたとえだ」
昔のように笑ったメルヴィルは、ジュースのようにぐびぐびと飲んでしまった。媚薬を。ウイスキーだと信じて。
フェリスだってそれが媚薬だとは信じてない。いや、半信半疑というか。
メルヴィルは目元と頬を赤くさせた。
(メルヴィルさまが酔うのを初めて見たわ)
メルヴィルは酒が強いのか、ワインをどれだけ飲んでも酔わないし、赤くならない。フェリスはワイン一杯でぐでぐでになってしまうから、メルヴィルから禁酒を言い渡されている。
「……なんだか熱いな」
「そうですか? 窓を開けましょうか?」
立っていたフェリスは窓辺に寄ろうとする。その手をメルヴィルに掴まえられた。
「いや。フェリス。きみは座っていなさい」
と、メルヴィルはフェリスを膝の上に座らせた。
(はいいいいい???)
まだ無邪気な少女時代、嫌がるメルヴィルの膝に座ったことがあるが。それ以来の出来事だ。
「お、重いですからっ」
「重くない。これからはフェリスの席は私の膝にしよう」
(きゃぁっ。バリトンボイスがっ! 耳元にっ!)
落ち着いていられようか。長年の片想いの相手の声がこんなにも近い。
「フェリス。愛らしい、我が妻」
(き、聞き間違いかしら?)
メルヴィルは恭しくフェリスの手を取り、レースの手袋を外してしまうと、ぴかぴかの爪の先に、手の甲に、手のひらにキスを続ける。
(王子さま……。メルヴィルさまはやっぱりわたくしの王子さまだわ)
フェリスはふわふわしている。寝る前の都合のいい夢想のようだ。
「フェリス、私を見て」
「……は、い」
大好きな人の顔が超至近距離にあって、フェリスは胸を高鳴らせた。結婚式だってもっと距離があった。
「フェリスの美しい青い瞳に私が映っている」
(メルヴィルさまの深い海色の瞳にもわたくしが映っています~)
彼の眼鏡に映る自分の顔は、みっともないくらいに真っ赤だったし、なによりメルヴィルに見つめられているのが恥ずかしくて目をぎゅっと瞑った。
「そんな可愛らしい無防備な顔をされると、キスをしてしまうよ?」
(きす? きすって、キス? え? キス?)
フェリスがパニックになっていると、唇に優しいぬくもりがあたった。ファーストキスだった。彼は一回で終わらず、何度もキスを繰り返す。唇にメルヴィルのぬくもりが当たってない場所がないほどに。
あっ。と思ったときには、彼から大人のキスを教えられた。侵入してきた厚めの舌が、フェリスの咥内をくすぐり、逃げる女の薄い舌を追いかけて絡めとる。
ほのかなウイスキーの芳醇な香りのする唾液が、フェリスの咥内に溢れる。
「……ふ」
「フェリスは大人のキスは初めてだな。鼻でゆっくり息をするんだ」
喋られると唇を甘く噛まれて、なぜか腰がジンジンとする。
ぴちゃぴちゃと唾液と咥内をかき混ぜるキスに翻弄されて、フェリスの息と熱は上がるばかりだ。
(メルヴィルさまが、大人のキスを……教えてくださっている、のね。……なんて、甘美なのかしら……)
「は……ぁ、ぁ」
うっとりとしてしまう。
と、彼の手がフェリスの胸に。
夫婦になって二年も経っているのだから、夫が妻の胸を触るのはなんらおかしくない。が、二年も放置しておいて、なぜ今頃?
(媚薬は本物だった、の?)
応援ありがとうございます!
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