上 下
3 / 5
第1章

第2話 万葉山

しおりを挟む
『万葉山女児失踪事件』

1999年8月7日
 千葉県西部の万葉山にて、当時4歳の女の子、佐竹朱理ちゃんが両親とハイキングをしている際、両親が目を離した数秒の間に行方が分からなくなった。
 同日の夕方に両親は警察に捜索願いを提出した。千葉県警は当初、事故を前提とした捜査を行なっていたが、半径数キロの捜索をしたにも関わらず一切事故現場が見つからない為、事件性も考慮した捜索に切り替わった。
 隣県の警察、近くの住民らも協力した大規模な捜索が行われたが、朱理ちゃんに関わる痕跡は一切見つかっておらず、2022年現在は捜査が打ち切られている。

___________________



 俺の降りた駅は、一言で言い表すのであれば心地の良い田舎であった。無人で出入り口は一箇所しかなく、その奥にはすぐに田園風景が広がっていた。
 俺はついさっきまで弄っていたまだ冷たいスマホをポケットにしまい込み、少し早歩きで改札を抜けた。

 7月中旬、日本の日差しは針よりも鋭く肌に突き刺さり、外に出るものを拒んでいる様であった。
 でも俺の背筋はまだ冷んやりとしていて、バス停まで歩く為の冷却材としてうまく働いている。でも、やっぱりむず痒い。

 はぁ...少しウキウキしていたのに、なんだか縁起の悪いものを見た気がする。

 バス停は駅からそう遠くはなかった。駅と少し大きな道路を挟んで、簡易な屋根と質素なベンチを携えたその空間は、地元の人が手入れをしているのか、綺麗なものだった。

 座っていると、間もなく大きなバスが現れた。俺はリュックを胸に抱えてバスに乗り込み、1番後ろの席に腰をかけた。
 このバスもクーラーがよく効いている。所々に座っている地元の人と思われるご老人達は、皆んな気持ちよさそうにうたた寝をしていた。

 俺も着くまで寝ようか...

「おい兄ちゃん、旅行かい?」

 斜め前に座っているお爺ちゃんが話しかけてきた。寝ている様な細い目をしているが、口元は緩んでいて優しそうな表情をしていた。

「あぁ、万葉山にハイキングをしに来たんですよ。自然が豊かで綺麗な場所だと聞いたもので」
「そうかい、そうかい」

 お爺ちゃんは同じ優しい表情のまま数回コクコク頷いた。

「熱中症には気をつけなよ。最近危ないからね」
「ありがとうございます。気をつけます」

 俺の周りには優しい人がとても多い気がする。こう言う厚意をしっかり大事にしたいなって、いつも思っている。

「あぁ...それとだね...」
「はい?」
「あまり奥には行っちゃダメだよ、持ってかれちゃうからね。本当は1人で行くのは危ないんだよ」
「え、あぁ...はぁ...」

 そう言うとお爺ちゃんはまた前を向き、振り返ってくることは無かった。



 30分ほどバスに揺られると、俺の目的の場所に着いた。その頃にはバスには俺以外残っておらず、バスが出発すると同時にまた1人になってしまった。
 少し寂しいので、スマホを開いた。案外電波は立っており、困ったらスマホを使えば良いみたいだ。

___________________
<  3  樋口司

(万葉山着いたのか?)13:45   

    14:10   既読  (今着いた、誰もおらん)

(そりゃ平日の昼間だからな
まぁ、良い感じの景色あっ
たら送ってくれよ           )14:10

        14:11  既読 (おけ)

_______________________


 何気に昨日の実験後もコイツは俺のことを心配してくれている。彼女と長続きする理由も段々と分かってきた。
 気遣い出来る男がモテる。メモメモ...

 それにしても人が居ない。山の中だからか他の場所よりも涼しいのだが、なんかじめっとしていて陰鬱な雰囲気である。
 まぁ、体を動かせば気分も乗ってくるのかもしれないが。

 俺は少しずつハイキングコースへ歩みを進めることにした。少し進んだ先には神社があった。この山は神社に管理されていると聞いたのだが、想像よりも立派なものであった。
 本殿はとても大きく厳かで、周りの青々しい木々と融和しており、どこか自然の神秘的な物を感じた。

 でも、なんだかやっぱり陰鬱としている。

 さらにどんどん奥へ進んでいくと、コンクリートだった地面は土へと変わり、本格的な登山になってきた。
 周りの植物の様子にも変化があり、緑の色はより深く、生い茂る勢いはより強いものになっていった。
 寒い。さっきまで涼しいだけだったのに、震えるほど寒い。
 俺はリュックの中に入っていたウィンドブレーカーを取り出し、急いで身につけた。
 大して標高も高くなく、その上麓は死ぬほど暑いと言うのに、こんなことってあるのだろうか。さっきの話の先入観からか、なんだかきみが悪い。

__タ...タン...

 ん、なんだ?

__タ...タンタン...

 足音? 動物かな。
 そう言えば鹿が居るとかなんとか。田舎にはよく居る様だけど、思えば俺は野生の動物は見たことがなかった。
 怖いけど、でもやっぱり少し気になる。友達との話のネタにもなるしな。

_タンタンタンタン

 こっちかな? そんなに急な斜面でもないし、少しくらい道から外れたっていいか。

__タンタンタンタンタンタンタンタン

 音がでかくなってきた。でもこれ、本当に動物の足音か? なんか、無機質な音な気がする...

__タンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタン

「は...? え...? 」

 気がつけば俺は深い森の中にいた。自分の来た方向も分からず、周りにあるのは巨大な枯れかけた木々達だけである。さっきの青々しい景色とは似ても似つかない、不気味な雰囲気になっていた。

「何処だよここ...なんで俺はあんな音に...」

__タンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタン

「あぁ...あぁぁぁ...」

 謎の音は俺のことを囲い始め、どんどんと大きくなっていく。
 すると突然その音達は光へと変わり、俺の四方を塞いだ。それは魔法陣だった。

 その光は瞬く間に強いものになっていき、それと引き換えに俺の意識は遠のいて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...