上 下
19 / 22

第十九話 不敵で怖いもの知らず

しおりを挟む
 子龍との面談にて不適な態度をとり、あろうことか攻撃まで仕掛けてきたアゼル。だが、アゼルからは殺気は感じられずそれがただの脅しである事を見抜いた子龍はアゼルを懲らしめてやると宣言したのだった。

「へぇ、俺を懲らしめるってのか。えらい自信があるんだな。そんなに俺は弱そうに見えるかい?」

 アゼルはゆっくり立ち上がると余裕のある顔つきで子龍を眺めている。その佇まいは隙だらけのように見えて、相手を誘う罠であるかのようにも見える。

 たまにこういう手合いの者がいる。定石に則らず、天性の感覚で戦う人種だろう。

「まぁ、お前はそれなりに強いのだろう。だが、私には及ばんよ。今度はそのナイフを本当に刺すつもりでかかってくるがいい」

 子龍は表情を変えず、そして構えをとる訳でもなくアゼルが仕掛けてくるのを待っている。

「ふ~ん……」

 ナイフをクルクルと回転させながら、ポンポンと遊ぶように軽く上に投げては掴みを繰り返しつつも、アゼルの目はずっと子龍を捉えている。

 次の瞬間、アゼルが突如動き出す。ナイフを子龍目掛けて投げつけた。――子龍はそのナイフを見つめたまま微動だにしない。

 そのナイフはそのまま子龍の右頬を掠めていき、小屋の壁に突き刺さる。

 これもただの脅し。刺さる軌道ではない。そう見切ったからこそ掴むこともせず動かなかった。ただ子龍が動かなかったのはそれだけが理由ではない。

 アゼルの次の行動を予測していたからだ。――そして、案の定アゼルはナイフを投げたと同時に仕掛けてきていた。

 蹴り上げられた机が宙を舞い、子龍とアゼルの間に割り込まれている。アゼルの姿が見えなくなってしまっている。

 だが、それも何てことはない。落ち着いて足元を見れば左右どちらに移動したかなど見抜くのは造作もないこと。

 しかし、見つめているアゼルの足は左右のどちらにも動く気配がない。それどころか不意に足が見えなくなった。飛んだのか?――まずいっ。

 何かを察知した子龍は手の甲を前に添えながら、一歩横に躱すように芯をずらした。

 そして、机が勢いよく子龍の居た場所目掛けて飛んでくる。机ごと両脚で蹴り飛ばすつもりだったようだ。

 その机は子龍が添えていた手には当たったものの、芯をずらしていたおかげで、そのまま横に回転しながら小屋の壁にぶち当たる。

 そして、子龍はアゼルの姿を視認する。やはり空中で机を蹴った体勢になっている。

 すかさず子龍は一歩踏み込むと、着地しようとしているアゼルの顔面目掛けて拳を叩き込みにいく。

「――カイル様っ!」

 そんな中、慌てた様子でロブが小屋に入ってきた。そのロブの声に反応して子龍の拳はアゼルの顔面スレスレでピタリと止まった。

「――まじかよ。やるねぇ」

 流石に冷や汗をかくアゼル。だが、その表情はどこか笑っているようにも見える。一方の子龍の方は案外腕が痛かったために腹が立ったのか鬼の形相になっていた。

 そんな子龍とアゼルの様子を見て、すぐにただ事ではないと判断したロブ。

「――警備兵、何をしておる。早くあやつを捕まえるのだ」

「やべっ!」

 すぐに警備兵を呼ぶロブであったが、その事に流石にまずいと感じたアゼルは即座に小屋から飛び出すとそのまま走り去って行く。その判断は驚くほど早かった。なんとも逃げ足の素早いことだろうか。

「大丈夫でしたか?カイル様」

 心配そうな様子でこちらを見るロブ。

「あぁ、すまないな。――ロブ、あの男はあれ以上追わなくていいぞ」

 腕を払うように振りながら子龍は席に戻ると、ロブにそう告げる。やはり腕は痛かったようだ。

「――畏まりました」

 ロブもそれ以上追求することはなく、もう大丈夫そうだと判断し小屋を後にした。

 やれやれ、面白そうなやつではあったがとんだじゃじゃ馬だ。あれは飼い慣らそうとすればするほど逃げるだろうな。――子龍はアゼルに興味こそ持ったものの無理に追うことはやめておこうとそう決めたのだった。

 ▽     ▲     ▽

 翌日の早朝。

 稽古場に行くと、なんとそこにアゼルの姿がある。まさか、こんなに直ぐにまた会うことになろうとは。これには子龍も驚きを隠せなかった。

「カイルっ!!――すまねぇ!」

 開口一番、土下座をするように謝ってきたのはルディだ。

「おいっ、よせ。お前が謝ることではないだろう」

 すぐに子龍はルディを嗜めたが、ルディは自分に責任を感じているようだ。そして、当のアゼルは無理矢理ルディに連れ出されてきたのかバツが悪そうな顔をしている。

「こいつは俺がガキの頃から一緒につるんでたやつだ。旅に出るって言ったっきり音沙汰無かったくせにふらっと帰って来やがった」

 なるほど。ルディとアゼルは幼馴染みたいなものらしい。そして子龍が一度も見かけなかったのは最近帰って来たからだったということか。

「俺がカイルの配下になったって話をしたら興味を持っちまったみたいで……まさか、カイルに手を出すなんて予想もつかなかったんだ。すまねぇ、こいつを許してやってくれぇ!――おいっ、アゼル!テメーも謝りやがれっ!」

「す、すまねぇ。調子にのりすぎちまった」

 必死に弁明するルディ。そしてルディに怒鳴られ仕方なく謝ってくるアゼル。必死なルディの様子を見ていると怒る気にもならなくなってくる。

「アゼルは追う必要はないと昨日の時点で話してある。警備兵が捕まえにくるなんてことはないから安心しろ」

 その言葉を聞いたルディは心底安心したといった様子であった。どうやらアゼルから話を聞いたルディの方が肝を冷やしたみたいだ。

「アゼル、昨日の事は水に流そう。――それで今日はこのまま帰るのか?どうせなら一緒に鍛錬でもしていくがいい」

 そう言いながら子龍は木刀をアゼルに投げ渡す。それを片手で受け取ると、初めて見る木刀が珍しかったのか色んな角度から眺めている。

「ふーん。よくわかんねーけど、ルディがうるせーからやっとくか」

 特段乗り気ではないらしいが一応はやるみたいだ。だが、そのアゼルの相変わらずの態度に珍しくここまで静かだったあの男が我慢の限界を迎えたようであった。

「カイル。こいつの態度ムカつくんだが、ぶちのめしていいか?」

 アゼルを指差し、そう言ってきたのはもちろんボッツである。

「あぁ?――なんだこのデカブツが。この俺とやろうってのか?」

 早速、ボッツに対して反応し言いかえすアゼル。どこかでみたようなやりとり。またこれか。まったく、なぜこうも同じような輩ばかりが集まるのだろうか。
 
「ボッツ、いい機会だ。戦ってみるがいい。アゼルもいいか?」

 子龍も実は二人の戦いに若干興味が湧いていた。

「別に構わねーよ。ぶちのめすのは俺だから」

「へへへ。そうこなくっちゃな」

 やる気満々のアゼルとボッツ。その横には気が気じゃない様子でルディが一人焦っている。

「おいおいおい、なんでこうなっちまうんだよ……」

 普段威勢のいいルディであったが、今回ばかりはもう問題を起こしてくれるなとアゼルとボッツを祈るような目で見守るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

異世界でスキルを奪います ~技能奪取は最強のチート~

星天
ファンタジー
 幼馴染を庇って死んでしまった翔。でも、それは神様のミスだった!  創造神という女の子から交渉を受ける。そして、二つの【特殊技能】を貰って、異世界に飛び立つ。  『創り出す力』と『奪う力』を持って、異世界で技能を奪って、どんどん強くなっていく  はたして、翔は異世界でうまくやっていけるのだろうか!!!

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

処理中です...