上 下
32 / 53
第二章 アウゼフ王国義勇軍編

第三十二話 魔王軍襲来

しおりを挟む
訓練開始から数日。
カイル隊の面々は午前中は軍の訓練を行い、
午後はカイル隊単独での訓練をする毎日を過ごしていた。

軍の訓練に関しては行軍中の野営の張り方や総指揮を任されているチェスター大隊長の合図で突撃をするという練習を行っている。
小太りで髭を生やした男が発する少し甲高い声の「突撃」の掛け声はなんとも頼りない感じがして、なぜこの人が大隊長というポジションにいるのか不思議でならない。

それから更に数日後のある朝。

「カンカンカンカン!カンカンカンカン!」

激しい鐘の音でカイルは目が覚めた。
いつもとは違う様子の朝。テントから外に出ると、同様に皆がテントから出てきてざわついている。

「大変だ!敵襲らしいぞ!街で鐘を慣らしながら敵襲って大騒ぎだ!」

ランドルが慌てた様子でカイル達の元にやってきて街の様子を伝えてきた。

「敵に先を越されたか。」

そばにいたルーカスがその報せを聞いて呟いた。

「ジェイク!みんなに指示を出して!とりあえず北門に集まろう!」

カイルが素早くジェイクに指示を出す。ジェイクもわかったと返事をしすぐに動き出す。
慌ただしく準備を進め、一同は北門へと向かった。

北門に到着すると既に義勇軍の面々が集まり出していた。急遽集められているという様子でざわざわと騒然としている。

そうこうしていると、軍兵のチェスター大隊長が北門の前に立った。

「皆のもの!静まれっ!!」
チェスター大隊長の甲高い声が門前に響く。

「現在、ラシュタール北方向より、魔王軍の侵攻を確認している。その数およそ1万。あと約1里の距離まで迫っている。偵察からの報告では、軍の統率具合から指揮官がいると想定されるということだ。」

敵の数がこちらの倍はあり、更には統率する指揮官までいるという報告をまるで他人事のように話すチェスター大隊長。その説明を聞き募集兵達が騒ぎ出した。

「鎮まれっ!よいか、我々はこのラシュタールを守り通さねばならない。今から、街の前にて敵を迎え撃つ!まずは陣を敷く。各々、死力を尽くせっ!」

「「おぉぉぉ!!」」
チェスター大隊長の呼びかけに主に軍兵達が応じる。流石訓練を積んできている軍兵達は統率が取れており、誰も不満を漏らすものなどいない。

一方募集兵達は気合十分な顔つきの者もいるが、顔が青ざめている者や騒ぎ出す者などでまとまりの無い状態だ。

ザッザッザッと軍兵達が足並みを揃えて進軍し、陣形を取り出した。ついで募集兵達が訓練通りの位置へと進み出す。カイル達も募集兵として陣に参加している。

「突然大変なことになったね。まさか逆に攻められるとは思ってなかったよ。」

カイルが隣にいるバロウに話しかける。

「あぁ、1万とか言ってたな。俺達の倍じゃねーか。流石にやばくないか?」

バロウは軍の戦闘に参加するのは初めてだった。流石に少し不安な様子を見せる。

「1人当たりが2人倒せばいいだけだろ。そう考えていつも通りにやれよ」

シルビアはこの状況においても冷静だった。そんなシルビアが少し頼もしく見えてくる。

「そうだな!ちょっと雰囲気に飲まれてたみたいだ。」

シルビアの言葉にバロウが落ち着きを取り戻したようでニシシといつもの笑顔を見せる。

「指揮官がいるって言ってたけど魔王軍の指揮官ってどんな感じなんだろう?」

カイルはチェスター大隊長の言っていた指揮官の話をふと思い出し呟く。

「魔獣は通常は統制が効かないものだ。ただ魔獣の群れが押し寄せてくる場合はスタンピードとか言ったりするな。今回のは魔王軍としての行軍だ。これはしっかりと統制がとれていて、魔族が指揮官としてつくのさ。」

ルーカスがカイルの疑問に答える。

「なるほどね。逆を言えば指揮官を討てば魔獣の統制は崩れるってことか!」

「鋭いな。だが、魔族は強いぞ。主だった精鋭はみんな魔族にやられたと聞く。無茶はするなよ。」

舐めてかかると痛い目を見る相手だと言う事をルーカスは知っていた。今からそんな相手と戦うことになるのだと改めてカイルも気を引き締めた。

そろそろ魔王軍がいつ来てもおかしくない頃合いになっている。静寂が流れる中、義勇軍は陣を敷いたまま敵が迫るのを待っている。

「来るぞ。」
シルビアが呟いた。
シルビアにはもうすでに見えているようだ。

目を凝らしながらしばらく見つめていると大軍がこちらに押し寄せて来ているのがカイルにも見えてきた。まだどんな魔獣かもわからない。

カイルは一万の軍勢というものを初めて見る。
それはまるで黒い塊が迫って来ているようだ。

こちらに大量に向けられてくる殺気と威圧感。
纏わりつくような嫌な感覚と軍勢が押し寄せてくる地響きのような音。
スキルを持っていなかったらと考えると逃げ出したくなる気持ちがわかる気がした。
そんな事を考えていたら、ものすごく喉が渇いていることに気がついた。
知らない間に雰囲気に呑まれていたみたいだ。

(なるほど、これが噂に聞く戦場の圧迫感というやつか。)

深呼吸をし、心を落ち着かせ水を飲む。
水を飲みながら、ふとまわりを見る。

みんな大軍を凝視し緊張をしているようだった。

「前進ー!!」
突然チェスター大隊長の掛け声が発せられ、軍兵がゆっくりと前進する。街に被害が出ないように少し距離を取るのだろう。募集兵達も後を追うように前進を開始する。

距離がだんだん近づいてきて魔獣の様子が見えてくる。ゴブリンだ。
魔王軍は大量のゴブリンで構成された軍勢だった。ゴブリン達はこちらに向かって走って来ている。1万の軍勢が走ってこちらに迫る姿は不気味な迫力がある。

「敵はゴブリンだ!1匹1匹は大した強さではない!臆するな!捻り潰すのだっ!」

チェスター大隊長が軍を鼓舞する。
それに呼応するように「オォォォ!!」と軍兵が掛け声を上げた。

いよいよ戦闘が始まろうとしている。

「カイル!打ち合わせの通りだ。まずは軍の指示があるまで待機になるだろう。俺達の本番は突撃の合図が出てからだ!」

「うん、わかった!」

ルーカスがカイルに作戦は変わらないことを伝える。

「盾兵ー!構えっ!」

チェスター大隊長の合図と共に前衛1000人の大盾兵が「オォッ!」と掛け声と共に一斉に盾を地面に突き刺し、横一列に盾の壁ができる。

「弓兵ー!構えっ!」
同じく両翼の弓兵が「オォッ!」と掛け声を出し一斉に弓を引く。

その状態で待機を続け、ついにゴブリンの軍勢が弓の射程に入った。

「放てぇー!」

チェスター大隊長の合図で矢が一斉に放たれ、戦いの火蓋がきられた。

矢は弓なりに曲線を描き、中央に集中する。
ゴブリンがバタバタと倒れていくが、後続のゴブリンは構わず踏みつけ進軍を続けている。
ここら辺の魔獣の容赦の無さは恐ろしいものがある。

ゴブリンの軍勢はそのまま塊となって迫り、盾兵に激しくぶつかった。激しい衝突音が鳴り響いたが、盾兵はゴブリンの勢いを食い止ることに成功すり。

「騎士兵!かかれぇー!」

チェスター大隊長の合図と共に騎士兵が攻撃を開始する。

魔王軍と義勇軍との激しいぶつかり合いが始まった。

5千の義勇軍に対して魔王軍は1万いる。
前衛の盾兵1000人では流石に全てを抑えることができず、両翼の弓兵をゴブリン達が包囲するように迫り乱戦に突入した。

「予想した通り、弓兵が完全に敵に囲まれだしたね。」

カイル達はまだ突撃指示がないため後方で待機を続けている。募集兵達がいる後方からは弓兵が乱戦に巻き込まれていく様子がよく見えた。

「早く指示を出せ!弓兵が壊滅するぞ!」

ルーカスが苛立った様子でチェスター大隊長を睨むように見つめている。

前衛の盾兵と騎士兵は連携をとり善戦しているが、両翼は完全に混乱状態となっておりかなりきつそうだ。

ハラハラしていると大隊長がついに手を挙げた。
突撃の合図を出そうとしている。
チェスター大隊長が叫ぶために息を大きく吸い込んだ。

「全軍とつ、、」  ドンッ!!

その声を遮るように目の前の大盾兵が吹き飛ばされた。戦場を見渡すと、横に広がった盾の壁の各所で盾兵が吹き飛ばされている。

オークだった。

ざっとオークだけで2000体はいるように見える。
オークが随所で盾を吹き飛ばしながら進んでいるのだ。

チェスター大隊長は腰を抜かしてしまっている。
尻餅をつきながらも慌てて叫んだ。

「ぜ、全軍突撃ー!!」

しかし、その声に反応するものはいなかった。

チェスター大隊長は、あまりの反応の無さに後ろを振り返る。後方があまりにも静かすぎるのだ。

「あ、あぁ、無理だろ。こんなの。。」

募集兵達はその多くが足がすくんでおり動きだそうとしなかった。カイル達も一応足並みは揃えるつもりだったため周りの様子を見ており動き出せずにいる。

「何をしている!戦うのだっ!突撃だー!」

チェスター大隊長の甲高い檄が飛ぶ。
もはや状況は最悪に近い。

「みんな、もう歩調を合わせてなんかいられない。俺達だけでなんとかしよう!とりあえず俺が先に前に出るよ!」

カイルがこの状況をみて前に出る決断をする。

「カイル!今後のために俺達の存在を軍に知らしめる必要がある。盛大に目立ってこい!」

前に出ようとしたカイルの背中にむかってルーカスがすかさず声をかけた。

「目立ってこいか。了解だ!軍師様!」

ルーカスの指示にカイルが笑いながら答える。

「いくぞ!白光一閃!」

すぐに真剣な顔つきに戻り、カイルは白光状態となり飛び出した。
しおりを挟む

処理中です...