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第二章 アウゼフ王国義勇軍編

第二十六話 賢者の子孫

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「よー!ルーカスさん、この間の薬草助かったぜ!ありがとな!」

「いえ、お大事に」 

すれ違い様に声をかけられ笑顔で返答する。
背中には草を結って作られた籠を背負い、その籠には山で拾ってきた山菜や薬草が山盛りになっている。

「あら、ルーカス。また山菜たくさんとってきたのね。また後で野菜と交換しましょうね。」

「はい、お願いします」

「おっ、ルーカスさん!」

「ルーカスのお兄ちゃーん!」

村の中を歩けば色々な人が声をかけてくれる。
誰もあの呼び名は使ってこない。しっかりとルーカスとして接してくれているのがとても心地いい。

村の中にある簡易的に作られた小屋の扉をあけ、中に入ると背負っていた籠を下ろす。
机に椅子、そして寝床があるだけのなんとも質素な造りの小屋にルーカスは仮住まいをしている。

この村にきて、1ヶ月くらいになるだろうか。
ふーっと一息つくように椅子に座り込み、物思いにふけっている。

(あぁ、この村はいい。何もかも忘れ、やりたいことだけをやっていられる。)

少し精神的に疲れている様子だが、この村の居心地の良さがルーカスにとって癒しとなっているようだ。

ドンドンドンッ!

誰かが小屋の扉を叩いている。
はて、誰だろうかと立ち上がろうとした。

「すいませーん、賢者の子孫の方はいますか?」

ピタッとルーカスの動きが止まった。
小屋の外から子供のような若い声がする。
ルーカスはあの呼び名で呼ばれたことにイラつきを覚えた。この呼び名を使うのは村人ではない。外部から噂を聞いてやってきたに違いなかった。

(くそっ!こんな場所にまで来るなんて。俺に休まる場所はないのか!)

ルーカスは改めて座り直し、無視をすることにした。こんな気分で合っても嫌味を言ってしまいそうだったからだ。

「おい、寝てんじゃねーのか?よし、俺に任せとけ!」

先程とは別の声がする。複数人いるようだ。話の内容的に嫌な予感がしている。

「おーーい!!賢者の子孫さーん!いますかー!!」

小屋の前で大声で叫んでいる。
正直、その呼び名のことをあまり村人に認識してほしくない。折角の居心地の良さが台無しだ。

「誰だ!静かにしろ!」

思わず怒鳴ると小屋の外の騒がしさがピタッと止まりしばらく静寂が流れる。

「すいませーん、お話を聞いてもらえませんか~」

小声でこちらを伺うように声をかけてくる。どうやらこのまま立ち去る気はないようだ。
ため息をつき、うざったい気持ちを抱えながらも中に入れと返答した。

「お邪魔しまーす」

バツが悪そうにしながら小屋に入ってきたのは3人の少年だ。青年というにはまだ若い。

「見ての通り狭い小屋なんでね。適当に座ってくれ。」

少しぶっきらぼうな対応する。気を使うつもりなどなかった。3人はそれぞれにその場にあぐらをかき座り込む。

「それで?何の用だ。」

「あの!賢者の子孫がここにいると聞いて、それで俺達の仲間になって欲しいと思って来たんだ。」

「はっ、はっはっはっ!何を言い出すのかと思ったら私を仲間にしたいだと?」

なんとも滑稽な話だ。呼び名だけでここまでやってきてどんな人物かも知らないのに仲間にしたいと言う。この子達もまた肩書きしか見ていないようだ。

「何で笑うんだ。俺たちは真剣だ!」

ゴーグルをかけた少年が怒り出している。
怒りたいのはこっちの方なのだ。

「すまない、改めて名乗ろう。賢者の子孫で間違いないよ。ルーカスだ。そして、私についてるもう一つの呼び名を君たちは知らないのかい?」

皮肉めいた言い方をした。だが、それはある意味自分を皮肉ってもいる。

「うん、聞いたよ。能無しでしょ。」

「えっ?なんだそのあだ名。賢者なのにか?」

なるほど、私を仲間にしたいと考えたのはこの
茶色い髪の少年かと察した。目つきが真剣だ。他の2人は深くは知らされていないようだ。
能無しと呼ばれている事を知った上で尚、誘いたいと思って来たらしい。
ルーカスはこの少年に興味を持ち始めていた。

「私がなぜ能無しと呼ばれていると思う?」

何を考えているのか知りたくなり、ちょっと意地悪な言い方をした。
少年は少し考え、そして静かに口を開く。

「たぶんスキルを持っていないから」

この答えにルーカスは驚きを隠せなかった。

「誰かにそこまで聞いたのか?」

少しだけ身を乗り出し思わず確認を取ってしまう。だが、少年は自分なりに考えた事だという。

「うん、その通りだよ。かつて賢者と呼ばれていたご先祖様は魔導を極めていたと言われている。だが、俺は産まれた時からスキルを保有していなかった。そして、その事を知った奴らは皆俺のことを能無しと呼びだしたんだ。」

少しだけ饒舌になっているのが自分でも分かる。
だが、語り出すと溜まっていた思いが溢れそうになってきている。3人の少年は静かに話を聞いている。

「たまに来るんだよ。君達のように賢者の子孫がいると尋ねてくる者がね。皆、一様に私が魔導の力どころかスキルさえ持っていないことを知るとそのまま去っていくのさ。ひどい時には唾を吐いて呆れたように出ていく奴もいた。一体私が何をしたというのだ!」

その時の悔しさを思い出してしまい、思わず椅子を叩いた。この子達に怒りをぶつけてもしょうがないとも思うがどうしても怒りを抑えられないでいた。

「最初は私も自分の出生に誇りを持ち、私なりに努力もしたよ。だが、気づいてしまった。誰しもがスキルのことしか見ていないということにね。この世はスキルが全てなんだよ。今では自分の運命を呪ってさえいる。」

ひとしきり話すと怒りが段々と薄れていき、今度は虚しさが込み上げてきた。自分は何をこんなに語っているのだと急に恥ずかしくなり器の小ささを痛感してしまう。

「さぁ、私の話はこれで終わりだ。私は聞いての通り能無しなんだ。君達の力にはなれないよ。」

仲間になって欲しいという申し出に対して断りを入れたつもりで話を終わらせた。

今日はお酒を飲んでしまいそうだと思いながら3人が出ていくのを待っているが、なぜか動く様子がない。

茶色の髪の少年はこちらをじっと見つめており、ゴーグルの少年は何かに怒っているような雰囲気で座っている。物静かな少年は腕を組みながら目を閉じており動向を見守っているようだ。

「まったく失礼なやつばっかりいたもんだな!でも、そんな奴らと俺らを一緒にすんじゃねーよ!
俺はあんたがスキルを持って無かろうが関係ない。俺はそんな言葉じゃ出て行かねーぞ!」

ゴーグルをつけた少年の怒りの理由が分かると、残りの2人が笑い出した。
思わずこちらも苦笑いをしてしまう。
仲間にしたいからではなく、嫌な奴らと一緒にされたくないから出て行かないと言っているからだ。

「それで?ずっとここに居座るつもりか?」

呆れた感じで言ったが、なんとなくこの3人は嫌いじゃないと思えた。気の済むまで別に居ればいいとも思っている。

「ルーカスさんにちょっと聞いてもいい?」

茶色髪の少年が口を開く。さっきまでの真剣な顔つきからだいぶ和らいだ表情になっている。

「歳のことは気にするな。ルーカスでいいぞ。お前達の名前は?」

「俺はカイル」「俺はバロウだ」「シルビアだ。」

「わかった。それで、カイルは何を聞きたいんだ」

バロウのおかげだろうか。さっきまでの怒りや虚しさは無くなっており、今は素直な気持ちで質問に答えるつもりでいる。

「この世界の状況をどう考えてる?」

カイルの質問に思わずピクッとなり動きが止まってしまった。

(えらく抽象的な質問だな。俺を試しているのか?)

「この世界は正直詰んでいると思うよ。カイルはこの国と言わず、この世界と言ったね。他国も含めてこの危機的状況はどこも同じだ。まぁ、竜人族だけは踏ん張っているようだがね。」

ルーカスはその独自のルートで世界の情報を掴んでいた。それらの情報から見ても詰んでいると言わざるを得ない。

「じゃあ、ここから勝つには何が必要かな?」

カイルの質問は続く。

「他国の事は別として、この国に足りなかったものなら分かるよ。ーーーそれは戦術だ。
スキル任せな戦いばかりしたせいでこんなにもボロボロになったのは明白だ。かつての賢者も魔導スキルばかり目立っているがその本質は戦術の巧みさにあったんだ。それは子孫である私が言うのだから間違いない。」

「じゃあ、戦術を補えれば挽回できる?」

カイルの質問は止まらない。まるで自問自答をさせられているかのような気分になってくる。

「今の状況だとスキル持ちが足りないだろう。結局大事なのはスキルだ。戦術だけでは補えない火力を時にスキルは出してくるからね。」

自分の中の結論も結局スキルに行き着くというのはなんとも皮肉なものだった。

「じゃあ、スキルと戦術が合わされば勝てる可能性があるってことだ」

ニコニコしながらカイルが言う。
それができないから詰んでいると言っているのに何を笑っているんだと眉をひそめた。

「それを解決するスキルは俺が持っている!」

自信満々な様子で言うカイルにルーカスだけでなく、バロウとシルビアも驚いた様子でカイルを見つめていた。
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