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妹が真の聖女で、私は幽閉されるようです
しおりを挟む「この国に聖女は二人もいらない。姉のお前は、死ぬまで東の塔に幽閉する!」
王様の残酷な鶴の一声で、私は膝から崩れ落ちた。
真の聖女として選ばれた妹は、地に臥して泣いた私を、笑って見ていた。
その後すぐに、私は銀の枷を手足につけられて、誰にもお別れすら言えぬまま。
城の外れの、一番東の小さな塔に閉じ込められて、一人ぼっちで生きることになった。
――それが、私が最後に外の世界を見た時の話。もう、100年も前の記憶だ。
私の名前はミレーユ。ここは、私が住んでいる東の塔。
いや、住んでいるなんて言ったら上品すぎるかもしれない。
実際は、小さな窓が一つしかない狭い部屋に手脚を枷で繋がれて、身動きもろくにできないまま生きてるだけの存在だから。
閉じ込められた日から日付を数えて、今日でちょうど100年が経つ。
普通だったら寿命で死ぬか、生きていてもしわくちゃのお婆ちゃんだけれど、私の体は16歳の時からほとんど変わっていない。
私はいらない子として捨てられたけれど、聖女の力は本物だったようだ。
本当は困った人々を救うために聖女の力を使って、普通の人と同じように歳をとるはずだったのに。
こうして閉じ込められたせいで、聖女の力は少しも減らず、ただ私の肉体を若々しいまま保っている。
食事を与えられなくても、凍える雪の日でも、植物のツタで体が覆われても――
聖女の力のおかげで私の意識ははっきりとして、力尽きて死ぬことだってできなかった。
――ああ、寂しい。
――もう、私を楽にして。
――誰か、私を殺してよ。
泣きたくても涙は枯れて、もう一滴も流れなかった。
「ここだ!」
その時、塔の外で大きな声が聞こえた。
――だれ?
この東の塔には、ほとんど人は寄り付かないはずなのに。
ばたばたと塔の階段を駆け上がる音が聞こえて、錆びた鉄格子の扉が勢いよく開いた。
真っ先に私の目に飛び込んできたのは、背の高い銀髪の青年。彼は、何人かの兵士らしき男たちを従えている。
それは、100年ぶりに見た自分以外の人間だった。
「見つけたぞ。囚われた真の聖女よ」
この美しい青年は、私を殺しに来た死神?
それとも、天国へお迎えに来た天使の使い?
私にとっては、どっちだって救世主に違いない。だから、祈るような目で彼を見た。
「殿下、彼女が本当の聖女なのでしょうか?」
「ああ、おそらくは。それよりも、早く枷を外してやらなくては」
殿下と呼ばれた銀髪の男は、私の手にはまっていた枷を外し、体に巻き付いた植物のツタをはらってくれた。
小汚い自分と、身なりの綺麗な彼の対比が恥ずかしかったけれど、彼は自分の手が汚れるのもいとわずに私を介抱してくれた。
そして全ての枷が外れて、ついに私は自由になった。
100年も繋がれていたのに、外れるときはこんなにあっけないものなのか。
「わたし……ここから出られる……の?」
かすれた声で、つぶやいた。
久しぶりに自分の足でちゃんと立った地面は、なんだかふわふわしているように感じて、うまく歩けない。
よろよろしていたら、彼はぼろぼろな私の体に白い布を巻いてくれて、それからお姫様にするみたいに大事そうに抱え上げた。
「ふゃっ」
びっくりして、裏返った悲鳴が出てしまった。どきんどきんと、心臓が早鐘を打っている。
人との会話だって久々すぎてハードルが高いのに、殿方に抱き上げられるなんて、私には刺激が強すぎる。
「私の名前はアルベルト。ノクル王国の王子だ。陛下の命により、悪の聖女プリシラを討伐にきた者だ」
「アルベルト……さま?」
いったん落ち着いたら、思ったよりしっかりと話すことができた。暇なときはよく歌ったり、喋ったりして自分の心を慰めていたおかげだ。
しかし、なぜ隣国の王太子がこんなとこにいるんだろう。しかも、妹のプリシラを討伐って、一体どういうこと?
「ああ、君の名前は?」
「私は……ミレーユです」
「そうか、ミレーユ。こんなところに閉じ込められて辛かっただろう。痛いところはないか? まずは体を洗って、すぐに食事を――」
「あの、大丈夫ですので、おろしてくださいっ……」
アルベルトは私を気遣ってくれているようだけれど、この状態で会話を続けるのは恥ずかしすぎて耐えられない。
それに、見た目だけなら私の方がずっと幼く見えるけど、実際の年齢は何倍も違うはずだ。過剰に子ども扱いされるのは違う気がする。
「ああ、すまない。いきなり歩かせるほうが、悪いと思ったんだが……」
アルベルトは私を抱えたまま塔から出ると、そっと優しく地面に降ろしてくれた。
裸足のままの足の裏に、ひんやりとした地面の感覚が気持ちいい。今日は晴れていて、よく澄んだ青空にまばらに雲が出ている。天気すら、塔の中からは分からなかった。
風も、太陽の光も、またこうやって肌で感じることができるなんて、思ってもみなかった。
「うっ……ううぅ……」
自然と、枯れたはずの涙があふれだしてきた。
死にたいと思っても泣けなかったのに、感動したら人はこんなに容易く涙が流れるんだ。
「やはり、どこか痛いのか? 困ったな、どうすれば――」
あわてたアルベルトが私の涙を拭おうと、伸びっぱなしで顔を隠していた前髪を横に分けてくれて、私の顔があらわになった。
前髪越しじゃない外の世界は、やけにまぶしくて、輝いている。
「……っ、ミレーユ、君は……」
私の顔を見て、アルベルトの頬にほのかに朱が差した。
私の瞳には、聖女の証の虹色の虹彩が出ているから、珍しかったのだろうか。そういえば昔からたまに、こういう反応をされることがあった気がする。
「あの、どこも痛くはないので、大丈夫です。本当に外に出られたのだと、感極まってしまって……」
私は彼を安心させるために、にっこりと笑って見せた。
ぎこちない笑顔だったかもしれないけれど、私の精一杯の感謝の気持ちだ。
「ならば、よかった。お前が笑顔だと、私も嬉しい」
アルベルトも安心したように笑って、私の手を優しく握ってくれた。
指先ごしに温かい体温が伝わってきて、私の100年の孤独を溶かしていく。
なんだか心までぽかぽかと温かくなっていくみたいだった。
「殿下――! 見つけました! 離宮の隠し部屋に一人で籠っていました。確かにこの女です」
私がささやかな感動に浸っていたら、少し離れたところから兵士の呼ぶ声が聞こえた。
何があったのだろうか、声のしたほうが騒がしい。
「やっと捕まえたぞ! ほら、しっかり歩け!」
その兵士は、50代くらいの豪華な身なりをした女を、乱暴に私とアルベルトの前に引きずってきた。
「ちょっと! 離しなさいよ!」
何度も頭の中で再生した、聞き覚えのある声。
まさか、この人は――
「もしかして……プリシラ?」
50代くらいに見える女の顔は、憎悪で醜く歪んでおり、綺麗に化粧で飾っていても美しいとは言えない様子だ。自分の記憶の中の妹とは、だいぶ違っていた。
彼女は、この国の聖女で、妹のプリシラだ。
プリシラは私を見て心当たりがなさそうにしていたが、少しの逡巡の後、思い出したように叫んだ。
「あんた、まさかミレーユ?!」
「ええ。プリシラ、なぜ貴女が捕まっているの? それに普通ならとっくに寿命が尽きているでしょうに、そんなに若い姿で……一体なぜ?」
「何よ、あんた。私が生きてちゃ悪いっていうの?!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てたプリシラを、アルベルトは心の底から軽蔑するような目で見た。
「この女は、若さを失うのを恐れ、聖女の力をろくに使わなかった。その影響で食物は実らず、病は流行り、酷いありさまだ。我が国にまで影響が出始めているんだ」
「ええっ?! プリシラ、本当なの? あなた、一体なんてことを……!」
プリシラは、真の聖女は自分だと主張して、私を塔に閉じ込めるに至った張本人でもある。それなのに、聖女の役目を果たさなかったなんて、一体私の100年はなんだったのだろう。
あまりのショックに、眩暈がしてしまった。
「こんな紛い物の聖女を守るために戦った、この国の兵士達が気の毒でならない」
「私は聖女なのよ? 私のために戦って死ぬのは当たり前でしょう?!」
プリシラがヒステリーに叫んだ。その様子は醜くて、とても聖女には見えない。
「この、下衆が……ッ! お前に聖女を名乗る資格はない。そんなに歳をとるのが嫌なら、お前が東の塔に行くといい。……この女を連れて行け!」
アルベルトが号令をかけると、数名の兵士たちが、プリシラを取り押さえた。
「い、嫌よ、それだけは! それだけはやめて下さいッ! いやああぁぁぁああ!」
奇声を上げたプリシラを、数名の兵士達が引きずっていった。事情は違えど、まるで100年前の再現を見ているようだ。
しかし、自分の妹ながら、気の毒とは思わない。自分が真の聖女だと散々言っていたくせに、ほとほと呆れる話だ。
あの塔で100年反省するといい。
それより、気になるのは――
「今の話――傷付いた兵士たちがいるのですか?」
「ああ。プリシラを捕らえるため、この城に攻め入ったのだが、その時に敵も味方も結構な負傷者がでてしまってな」
「なら、私を皆さんの所に連れて行って下さい。何かできることがあるかもしれません」
「しかし、さっきまで幽閉されていたというのに――そんなにすぐ動いて、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。むしろ、良いリハビリになります」
だから、早く連れて行ってください。
私は絶対に譲らない覚悟を決めて、アルベルトの目を見た。
城の中を案内されて負傷兵の待機室に入ると、血と消毒液の匂いが充満していた。そのあまりの空気の悪さに、酔いそうになる。
手の空いている者が甲斐甲斐しく怪我人たちを世話をしているが、薬も人も、あまりに数が足りていないように見えた。
痛い、助けて、と呻く兵士の声。
がんばって、ごめんなさい、とすすり泣く従者や衛生兵たち。
いつだって戦場は残酷で、悲しい。
「こんなこと、酷い……」
人を癒し、大地に実りをあたえるのが聖女のはずなのに、プリシラをめぐってこんなに怪我人が出るなんて、馬鹿げている。
聖女の力は、人の幸せのために使うものだ。
それを私が、証明してみせる。
アルベルトが止めるのもいとわず、私はふらつきながら部屋の真ん中に歩いて行った。そして、突き出した両手にいっぱいの魔力をこめた。
「光の守護者の名において、この者たちを癒したまえ――」
私を中心に溢れ出した白い光の波が、一瞬で部屋全体を満たした。
光は弾けて七色の光の輪となり、傷付いた人たちに降り注ぐ。
そして、自分でも驚くくらいのスピードで、光は傷ついた人を癒していった。
目を失って絶望していた者は瞬く間に視力を取り戻し、深い傷で生死の境を彷徨っていた者は気持ちよさそうにすやすやと寝息をたてはじめた。
「傷が――治っていく!」
「痛くない、全然痛くないぞおっ」
聖女の力は敵味方関係なく平等に行き渡り、先ほどまで殺し合っていたはずの兵士達は、いつの間にか手を取り合って回復を喜んでいる。
ああ、そうだ。
私はずっと、聖女の力を平和のために使いたかったんだ。
「これは……聖女の力とはこんなにも強いものなのか。文献にも、これほどまでとは記されていなかった」
アルベルトは心底驚いたようにそう言って、ふらついた私の腰を支えた。
「自分でも思っていたより、力が強くなっているようです。100年使わなかった分の力が、みなぎっているのを感じます」
「そうだったのか。しかしお前は……プリシラのように歳を重ねるのを恐れたりしないのか?」
私は首を振った。
「時と共に歳をとるのは人間の摂理です。たとえ聖女であっても同じこと。美しさにこだわり、人のために力を使うのをやめるなら――それは、聖女ではなく、ただの魔女でしょう」
さっきまで死んでしまいたいと思っていたくらいなのに、歳をとるのが何だというんだろう。
人の役に立てるなら、いくらだってこの力を使いたい。
「100年も幽閉されて、人を恨んでもおかしくないだろうに……。お前が真に美しいのはその可憐な容姿ではなく、心そのものなのだな」
アルベルトが曇りのない真っ直ぐな目をして言うものだから、恥ずかしくて目を逸らしてしまった。
美しいだなんて、髪も伸びっぱなしの薄汚れた私を見て、本気で言っているんだろうか?
100年ぼっちだった私には、とても信じられない。
「しかし、困った。お前はこの国の聖女なのだから、本来はこの国の再建のために働いてもらうべきなのかもしれないが――」
「しれないが――なんでしょうか?」
アルベルトは言葉を続けるのを躊躇っていたが、私が言葉を促すと、観念したように言った。
「お前を手放すのが惜しくなってしまった。願わくば、ずっと隣に居てほしい。ミレーユ、お前をさらって良いだろうか?」
「……人をさらうのに、許可を取る人がいるでしょうか?」
あんまり幸せな提案に、思わず笑ってしまった私を、アルベルトはぎゅっと強く抱きしめた。
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