たなばたのいと

永瀬 史乃

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道場破りはお静かに

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 今年二十五になる跡部良隆あとべよしたかは、十二歳にして旗本二五〇〇石の当主となった若き殿様である。
 和歌に精通し、京の公卿を師としている。その縁で松も跡部の師匠に師事させてもらっていた。
 松は、幼い頃から見知っている跡部との婚礼は待ち望んでいるものの、跡部は自分の妹よりも年の若い松を妻として見てくれるのだろうか、と時々心配になった。
 
「六丸殿ですか?」
「薫子殿、お久しゅうございます」
 義仙を幼名で呼んだのは、今は尼君となっている松の母・薫子である。
「寺はどうしたのですか」
「寺からは今しがた書状が届いておりましたが、どうやら六丸は寺を追い出されたそうにございます」
 宗冬が愕然として続けた。
「六丸、そなた、お父上からのお言いつけを忘れたのですか」
「だから、六丸六丸と呼ぶのはやめて下され。私はもう二十一になるのです」
「自分の役目を放り出し、寺や親兄弟に迷惑を掛ける者を一人前扱いすることはできぬ」
 
 宗冬と義仙には、二十四歳もの年の差があった。もちろん、母親は違う。宗冬と長兄の十兵衛の母は父・宗矩の正室であり、末っ子の義仙の母は側室の於藤の方であった。
 於藤の方は元々、江戸柳生藩邸の女中であったが、美少女であったために宗矩の寵愛を受けた。松にとっては義理の祖母にあたるわけだが、義仙を産んですぐに亡くなっていた。
 
「六丸叔父上……?」
「於松、久しいな。今は列堂義仙と名乗っておる」
 義仙は笠を外し、待ちかねたように言った。
「叔父上、その髪は……」
 松は髪の伸びきっている義仙を見て驚いて言う。
「髪か。髪と言えば、今日はそなたの鬢削ぎだそうな」
「ええ、そうですが、叔父上の髪はどうしたのです?」
「還俗した」
「はい!?」
「嘘だ」
「叔父上、なぜ急に江戸へ帰ってきたのですか」
「真相を探りに来たのだ。兄上の秘密を――松、聞いて驚くなよ」
 そう言うと、義仙はひと呼吸置いて続けた。
 
 
「儂は、本当はそなたの兄なのかもしれん」
 
 
「叔父上、どういうことにございますか。それは」
 松は愕然とした。この若い叔父は、父が祖父の妾に手を付けたとでも言いたいのか。
「三厳兄上ではない」
 松は一旦安堵するが、義仙は続けた。
「たぶん、宗冬兄上が儂の本当の父親なのだ。だから我らは兄妹だ」
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