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序話
吉宗と良顕
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時は八代将軍・徳川吉宗の御世である。
旗本二五〇〇石の幕臣・跡部良顕良顕は平伏して将軍の御成りを待っていた。
「上様の御成りー」
江戸城大広間に元服前の十二、三歳ほどの小姓の未だ高い声が響き渡る。
「跡部民部、面を上げられよ」
「ははーっ」
良顕が顔を上げると、壮年の将軍の姿が目に入ってきた。もうすぐ還暦を迎える良顕は元服してから、吉宗を含め五人もの将軍に仕えてきたが、吉宗が一番健康そうで威厳と自信に満ちていた。
学者でもある良顕は今日、この将軍に講義をするべく参上したのだった。
*
打ち解けてくると、吉宗は重い口を開くようにして言った。
「一つ悩みの種があるのだ」
「よろしければ、この爺にお聞かせ願えますかな」
息子のような歳の将軍に良顕は訊ねる。
「大奥のことじゃ」
「大奥、にございますか」
「うむ」
将軍は顔を曇らせる。
「実は我が母も大奥に出仕していたことがありまする」
「何と。それはいつの話じゃ」
吉宗は身を乗り出した。
「明暦の大火の少し前――跡部の家に嫁ぐ少し前のことでございましたが」
「時に、民部よ。その方の母はかの柳生新陰流の柳生家の息女であったとか」
「いかにも。わたくしの母は柳生藩二代藩主・宗冬の娘でございましたが、実の父は宗冬の兄・十兵衛三厳でございました」
吉宗の頬に紅みが差した。
「ほう、あの柳生十兵衛の息女か。じゃあ、そなたの祖父は柳生十兵衛なのだな」
吉宗は一息ついた。
「なぁ民部、その話、詳しく聞かせてはくれぬか」
「長い話になりまするが……」
「構わぬ、構わぬ。存分に話されよ」
「では、爺が母から聞いた昔話にお付き合いくだされ」
良顕はごほん、と学者らしい咳払いをする。その仕草が、吉宗が紀州時代に師事していた老学者にどことなく似ていた。
そして、良顕は遠くを見据えるようにして語りはじめた。
旗本二五〇〇石の幕臣・跡部良顕良顕は平伏して将軍の御成りを待っていた。
「上様の御成りー」
江戸城大広間に元服前の十二、三歳ほどの小姓の未だ高い声が響き渡る。
「跡部民部、面を上げられよ」
「ははーっ」
良顕が顔を上げると、壮年の将軍の姿が目に入ってきた。もうすぐ還暦を迎える良顕は元服してから、吉宗を含め五人もの将軍に仕えてきたが、吉宗が一番健康そうで威厳と自信に満ちていた。
学者でもある良顕は今日、この将軍に講義をするべく参上したのだった。
*
打ち解けてくると、吉宗は重い口を開くようにして言った。
「一つ悩みの種があるのだ」
「よろしければ、この爺にお聞かせ願えますかな」
息子のような歳の将軍に良顕は訊ねる。
「大奥のことじゃ」
「大奥、にございますか」
「うむ」
将軍は顔を曇らせる。
「実は我が母も大奥に出仕していたことがありまする」
「何と。それはいつの話じゃ」
吉宗は身を乗り出した。
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「時に、民部よ。その方の母はかの柳生新陰流の柳生家の息女であったとか」
「いかにも。わたくしの母は柳生藩二代藩主・宗冬の娘でございましたが、実の父は宗冬の兄・十兵衛三厳でございました」
吉宗の頬に紅みが差した。
「ほう、あの柳生十兵衛の息女か。じゃあ、そなたの祖父は柳生十兵衛なのだな」
吉宗は一息ついた。
「なぁ民部、その話、詳しく聞かせてはくれぬか」
「長い話になりまするが……」
「構わぬ、構わぬ。存分に話されよ」
「では、爺が母から聞いた昔話にお付き合いくだされ」
良顕はごほん、と学者らしい咳払いをする。その仕草が、吉宗が紀州時代に師事していた老学者にどことなく似ていた。
そして、良顕は遠くを見据えるようにして語りはじめた。
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