6 / 28
ユレネ編
6.ギルドマスター、ゼガイ。異世界転移者についての報告を受ける。※ゼガイ視点、R18描写なし
しおりを挟む
ギルドマスターのゼガイは、さっきから唸ってばかりだった。40も後半に差し掛かる年齢であるが、未だ衰えの見えない大柄で筋肉質な体をソファにどっかり預けたまま、黒く日焼けした腕を組んで天井を見上げている。銀縁の丸眼鏡の奥に光る視線はかつて冒険者であった現役を退いた今でも鋭く、荒くれ者の多い冒険者をひるませるには十分だ。そのゼガイが、どうしたものかと困り果てていた。バリバリとシルバーブロンドの坊主頭を搔き毟り、正面のソファで素知らぬ顔をして座っている華奢な人物に声をかけた。
「なあ、ミルラ。本物だと思うか」
「さあ、どうでしょうか。異世界転移者を詐称するメリットは……あまりないと思います」
白いシャツに紺色のタイトスカートを履いたその人物は、肩まで伸びたピンク色の髪を耳にかけながら手に持った資料から視線を上げてゼガイに答える。
二人がいるのは、ギルドマスターの部屋だ。ギルドマスターが仕事をする他、少人数の会議や客に応接するための部屋でもあり、執務机と資料棚、応接セットが置かれていた。装飾はあまりなく、事務所に近い。
「そうなんだよなあ……」
先ほどギルドの受付嬢から上がってきた報告書には、クエストに出ていたパーティーがダンジョンでのクエスト達成と共に要救助者を保護した旨が記載されていた。クエストが達成されたことは良い。死人が出なかったのも喜ばしい。だがその助けられた人間というのが問題だった。
「異世界転移者なあ……」
「まさかこのユレネで」
「あぁ。そのまさかだ」
ユレネの周りは魔素濃度が低く、過去に一度も魔物の氾濫が起きたりもしていない。ユレネの洞窟も、割と初心者パーティーの腕試しに使われることが多いダンジョンだった。そのダンジョンの魔素濃度が高くなっているという報告を受けて、ダンジョンマスターのゴブリン討伐クエストを出したのが一週間ほど前の話。
クロエネダは、ギルドマスターのゼガイも名を覚えている冒険者パーティーだ。未だCランクに留まっているが、伸びしろの十分あるメンバーだと記憶している。何より、冒険者の中では善良の「部類」に入ることがゼガイにとってはありがたかった。
そのクロエネダがクエストを受注したと聞いた時から、クエスト未達成の心配はしていなかった。だが、その彼らが連れて帰ってきたのがまさかの異世界転移者だという。
異世界とは、世界の成り立ちからして全く異なった世界の事だ。彼らは人間族ではあるが大抵この世界の常識が通じず、まったく違った文明を築いて生きてきた。ほとんどの人間が魔法や魔物という、魔素を基にした現象に触れたことがない。自分の体に魔力が備わっていることすら無自覚らしい。
「魔素の濃度が上がったのも前兆だったか……?」
「さて、どうでしょうか。過去の事例をギルド本部に問い合わせますか?」
「……、そうだな。知っておいて損はないだろう」
コンコン、と軽やかなノックの音がして、ミルラが返事をする。扉を開けて入ってきた受付嬢は、背後に一人の男性を連れていた。
「マスター、ユレネの洞窟で助けられた人を連れてきました」
「ああ」
「どうぞ」
「あ、すみません。失礼します」
受付嬢の後ろから部屋に入ってきた男を見て、ゼガイは彼の見た目に驚いた。驚いたというよりは、落胆したと言ってもいい。
男はゼガイと同じか少し高いくらいの身長だが、その体躯は細い。腕にも足にも贅肉も筋肉もほとんどついていないように見える。上衣も下衣も村人でも今時着ないような麻のボロい服を身に着けていた。騙されやすそうな顔をしているのは、垂れた目元のせいか。その眼の光は少なく、どんよりと沈んでいた。頬がこけ、僅かに無精ひげも見える。緩く唇の端を持ち上げただけの口元は、そうしなければ生きていけなかったと思わせる絵に描いたような作り笑いだ。ペコペコと頭を下げながら入室し、身を丸めて所在なさげに両手を体の前で組んでいるその姿は奴隷とほぼ遜色ない。
クロエネダを買い被っていたかなとゼガイは少し思った。彼の着ている服はこの世界の服だ。異世界転移者の衣服がこの世界のものと全く違うことぐらいはゼガイも知っている。ならば服は奪われたか着替えさせられたか。はたまた着替える様な必要があったか、だ。異世界転移者の特性を考えれば、クロエネダが無体を働いた可能性は振り切れない。
頭を下げて部屋を出ていく受付嬢にねぎらいの言葉をかけたゼガイは、扉が閉まり切る前に再び開いて乗り込んできたクロエネダのメンバーに眉を顰める。
「失礼しまーす」
「あ?なんだお前ら」
「セナの第一発見者として立ち会いさせてもらいたいのよね」
まさか自分たちに不利な証言をされないために来たのかと思ったが、振り返ったセナが少し緊張が解けた表情をしたのに気付く。部屋に入ってきたときの作り笑いよりもよほど自然な、リラックスした笑みだ。
「構わないか?ゼガイさん」
「本人がいいというならな」
「お、俺はあの、居てもらえると有難いです……」
ウィルの問いかけに、ゼガイは異世界転移者の彼に了承を得る。彼が良いと言うなら、ゼガイがどうこう言う問題ではない。クロエネダが彼を保護したときの状況説明も聞いておく必要があるし、事実確認は後ですることもできる。先ほどの表情を見る限り、今この場で無理に引き離して不安にさせるのは得策ではないと考えた。
「そうか。まあ座ってくれ」
「はい」
ミルラが立ち上がってゼガイの隣に移り、転移者の彼は二人の正面のソファに座った。クロエネダの面々はその後ろに立っている。椅子が足りないので仕方ないだろう。
見たところ、彼に人間への怯えはない。どちらかというと強面の自分を見ても、臆する様子は見られなかった。落ち着きなく辺りを見渡してはいるが、精神状態は問題なさそうだった。
「ギルドマスターのゼガイだ。こっちはギルド所属のスキル鑑定士でミルラという」
「セナです。アサバ・セナ」
「そうか。で、お前さんが、異世界転移者だってのは本当か?」
「はい。どうも、そうみたいで……」
転移というのは本人の意志で行われることではないのはゼガイも知っている。それでも確認するのは、本人からの言質を取るためだ。
冒険者ギルドは世界各地に冒険者を派遣することから、異世界転移者の発見にかかわることが割とある。彼らの特異性から、冒険者ギルドは異世界転移者を保護、支援する制度があった。ギルド職員は、基本的にその制度を知っている。ゼガイもギルドマスターに就任した折に、その制度について勉強させられた。
「早速で悪いが、鑑定をしてもいいか?」
「え?あ、はい、大丈夫です」
キョトン、とした顔は随分と幼く見えた。意味が分かっていないのは承知の上で問いかけたが、それでもあっさり承諾するセナの危機管理の薄さに苦い物を嚙み潰したような気持になる。
「……、鑑定っていうのはな、そいつの服を引っぺがして裏も表も全部あけっぴろげにするようなもんだ。人間相手に使う時は、許可を取るのが普通だし、大抵の人間は鑑定封じの守りを付けてる」
「そうなんですか?だってさっき……」
セナがパッと振り返って、クロエネダのロコを見た。見られたロコは、わざとらしく視線を逸らしている。
彼は魔術師であり魔術研究家の若手だ。実力も伸びしろも十分備わっているが、性格にやや難がある。神経質で尊大な態度にイラつく人間も多いようだが、このパーティーではうまくやっているらしい。
「ダンジョンの奥地にいた人間だぞ。魔物の擬態と判断がつかなかった。危険回避のため、やむを得ず無断で鑑定を行ったまでだ」
「……、今回は一旦不問とする。構わないか?」
「あ、俺は別に。はい」
ロコの弁明はゼガイからしても妥当だと思えるものだった。命の危険があるダンジョンで、正体不明の人間というのは最も危険である。魔物が擬態しているのであればそれは警戒すべき強力な魔人であるし、そうでなければたった一人でダンジョンを踏破できる恐ろしく強い人間であるという事だ。そしてその人間が、友好的とは限らない。鑑定で身元を知る理由には十分だった。
「では鑑定を行います」
少し低めの静かな声でミルラが口を開いた。ミルラはまっすぐにセナを見つめる。次いで、視線が何かを読むように左から右へ小刻みに動いた。表示されたステータスを読んでいるのだろう。ややあって口を開く。
「セナ・アサバ。32歳。180㎝、59㎏。レベル5。トーキョー出身。異世界転移者ですね。トーキョーからの転移者は何例か記録が残っています」
「そうか……」
やはり本物だった。ゼガイは大きくため息をついて、両膝に肘をついて頭を抱える。だが僅かな時間でもって体を起こし、セナに言った。
「ようこそ。異世界転移者殿。冒険者ギルドは君が望むならバックアップを惜しまないと誓おう」
自分でも棒読みだと思える言い方だった。言われたセナの方も、困惑して首を傾げている。そうこうしている内に、ミルラが転移者の特質やスキルの事を教えるため、隣の仮眠室へ案内していった。
「まあ座れ」
扉が閉まり、防音の魔法がかけられたのを確認してから、ゼガイは背もたれに体を預けてクロエネダに座れと促した。ソファに座ったのはリーダーのウィルとロコだ。
「状況の説明をもう一度」
「ユレネの洞窟に入ったのは昨日の早朝。ダンジョン内は魔素濃度の上昇がみられたが魔物の強化や大量発生はまだ見られなかった。探索は順調に進み、8階のセーフエリアで一晩過ごして地下12階の最深部に到達。ダンジョンマスターのゴブリンキング他ゴブリン5体を討伐し、奥の宝物庫に入ったところでブラックウルフ3体に犯されてるセナを発見。要救助者と仮定し、ブラックウルフ3体を討伐。気を失ったセナを保護した。その後ダンジョンを脱出してこの街に戻ってきた」
ウィルが話す内容は、受付嬢から上がってきた報告とほぼ相違なかった。何かを隠したり偽装している様子もない。
そもそも、クロエネダは素行の悪い真似をするパーティーではなかった。冒険者は大なり小なり荒くれ者が多いし、クエストを請け負ってこなすことが仕事であるため己の利益不利益に敏感だ。冒険者ギルドが何かを保証することはほとんどないため、自分の身は自分で守る事が鉄則である。情の薄い人間であればパーティーの仲間を囮にしてでも己の命を守ったり、強い仲間を引き入れるために元々の仲間をあっさりと切り捨てることだってある。それに比べれば、クロエネダは十分善良な方だった。
「魔物が人を犯すのはまあ珍しい。恐らくは転移者の特性によるものだろう。ブラックウルフは退治したとして、他にはいなかったのか」
「あんまり詳しくは聞いてないのよ。報告して飯食ってすぐここに来たから」
「ショックを受けているのであれば、俺たちが聞き出すよりも適任が他にいるだろうと思ってな」
ソファの後ろで腕を組んでいるルーシャとロコの言葉に頷いて、ゼガイはテーブルの上に置いていた報告書を手に取る。先ほどミルラが目を通していた物で、ウィルの説明と同じ内容が書かれている。そこに自分が見たセナの第一印象を書き込み、視線だけクロエネダに戻した。
「……で、アイツが異世界から持ち込んだものは?」
「え?なんで俺らに聞くんだよ」
「…………」
「……、あー」
不思議そうな顔をするウィルと、考え込むロコ、何かを察したように声を上げたルーシャと黙ったまま下を向くゴルシュ。ゼガイが黙って見ていると、ルーシャがため息をついた。
「着ていた服はブラックウルフに切り裂かれてボロボロだったのよ。見つけた服があれだっただけ。アタシたちだって、そこまで長居するつもりじゃなかったから着替えなんてなかったし」
「そうか」
「それ以外は何にも持ってなかったわよ。移動中にすまほ、だのでんわ、だのぶつぶつ言ってたけど」
「俺たちは保護してここに連れてきただけだ。不名誉な疑いはやめてもらおうか」
ルーシャの話も書き込みながら、意味不明な単語については異世界の文化か何かだろうと当たりを付ける。ロコが不快そうに顔を歪めているが、これは事情聴取なのだから仕方ない。ゼガイは立ち上がると、壁一面の資料棚の方へ向かって歩いていく。
「別に俺個人がお前さんらクロエネダを疑ってるわけじゃあねえさ。ギルドマスターとして確認しなけりゃなんねえだけだ」
「これからセナはどうするんですか?」
「どうって?お前さんに関係あんのか?」
そっけなくウィルに答えながら、金庫を手早く開けていくつかの金貨と書類を取り出す。ソファに戻ると、テーブルの上に一枚ずつ金貨を並べ、隣に書類を裏返しにして置いた。
「まずは転移者の保護、それから情報提供料」
「何、報酬がもらえるの?」
「転移者は俺らの世界にとって有益だからな。ギルドでは積極的に保護しサポートする。何しろ、現状では帰る方法が分かってねえんだ。見殺しにするには惜しい」
嬉しそうに笑うルーシャは並べられた金貨を目で数えているようだったが手は出さない。変わりにウィルが金貨を受け取り、背後のゴルシュに手渡す。ウィルがすべてを担うワンマンパーティーではなく、適材適所で役割分担はキチンと行われているらしい。
「で、セナに関しちゃ後でさっきのお前らみたいに話を聞かせてもらって、この世界でどう生きていくかを考えてもらう」
「どう生きていくか?」
「そうだ。生きていくにゃ金が要る。金が欲しけりゃ働くしかねえだろ。何ができるか、何がしたいか、だ」
「そんなの。特性利用して生きていけば簡単なんじゃない?」
「お前は、右も左も分からねえ転移者に体を売らせんのか?」
白けたような空気が場に流れ、ルーシャは肩を竦める。冒険者のモラルなどこの程度だ。善良な部類に入るクロエネダの他のメンバーも、ルーシャの発言を大して問題視していない。
実際ゼガイも、それが一番話が早いというのは分かっている。この世界には売春宿という物があるし、男女の境なく体を商売道具にして働く者がいる。転移者には魅了のスキルも大抵備わっていることから、容易に客が取れるだろう。だが同時に、ある意味では難しいことも知っていた。
「俺はガキの頃に転移者を見たことがある。ルーシャの言う、簡単な方法で生きてた転移者だ」
「……へえ」
「最初は料理人だか何だかで街の飯屋で働いてたらしいが。俺が見た時にはほぼ便所だった」
今でも思い出せるのは、朝っぱらのゴミ捨て場で男に囲まれていた姿だ。ぼろきれみたいな布を体にまとわりつかせただけで、後ろから男に貫かれながらフェラチオをさせられていた。周囲には数人の順番待ちらしい男たちがいて、それがまるで日常の風景だというように雑談していた。今思えば、クエストに出る前にステータスアップを求めた人間たちだったのだろう。
当時はまだ冒険者ギルドに登録もしていない少年で、性的なものに触れる機会も少なかったゼガイには異様な光景だった。衝撃的であったのは、順番待ちの男の中に顔見知りがいたことだ。ゼガイに対しては気のいい冒険者たちが、宿屋の大将が、そして隣人が、人を人とも思わぬ行為を強いて平気な顔をしていた。
その転移者はゼガイが姿を見てからすぐ死んでしまったという。質の悪い冒険者にクエストに連れていかれ、魔素酔いを起こして動けなくなったところをその場に放置されたのだとか。消息不明扱いだが、魔素酔いを起こして手当もされていなかったのならば命はない可能性が高い。
体内の許容範囲内以上の魔素を取り込んだ者は様々な体調不良を起こし、度が過ぎれば死ぬ。それが魔素酔いだ。他の冒険者たちの話では、急速に魔力の回復をさせようとしたのではないかという事だった。
何かの偶然で魔素酔いから回復したとしても、クエストが発生するような場所に一人取り残された転移者が五体満足でいられるわけがない。町に戻ってきていないところを見ると、やはり命を落としたという説が濃厚だった。
「本人が望んだ役回りなのかどうかは知らん。だが手軽にステータスアップするためのポーションタンクにされて輪姦され続け、最後はダンジョンに置き去りにされたのは客観的な事実だ」
「…………」
「望んでこの世界に来たわけでもない、突然家族も仕事も奪われた人間の末路にしちゃ、酷い話だと思わんか」
ゼガイとて大手を振って自分は善人ですと言い切る自信はない。あの日、転移者に群がっていた男たちを声高に批判するつもりもない。全員が転移者の死因に加担したわけではないのも分かっている。ただ、転移者の末路を思い出す度に何となくやるせない気持ちになるだけだ。
「……そうならないようにギルドで保護するんじゃないの?」
「権力者が囲って体液を絞るのとどう違う?管理売春はギルドの仕事じゃねえ」
誰からともなく、ため息が零れる。異世界転移者と言えど、自由に生きるのならばいつかは自分で生計を立てて暮らしていくしかないのだ。仮に本人が望めばスキルを利用し、体液をポーションとして分け与え対価を得て生きていく道もあるだろうが、それは命を削る行為でもある。他人が強要するものではないとゼガイは考える。
「そういう個人的な事情もあって、俺ぁ転移者の保護には重点を置きたい。お前らがセナの意思を無視した特性の使用を少しでも考えているのであれば、セナの今後を話すつもりはない。関わらせるつもりもない。その金を持ってとっとと出ていけ」
眼鏡を外してテーブルの上に放り投げたゼガイがわざと乱暴に言うが、クロエネダは誰も立ち去ろうとはしない。ダンジョンで拾っただけの人間に肩入れするつもりなのはなぜか。鋭い目でクロエネダを見据えるゼガイに、ウィルが気まずげに頭を掻く。
「別に大した理由じゃないさ。いつからいたのかわかんねーけど、あのダンジョンで一人で取り残されてたのに同情したってだけだし、ゼガイさんの話を聞いたら益々セナがこの先どうなるのかは気になるだろ」
「俺は単に異世界転移者に興味がある」
「アタシはリーダーに従うまでよ」
「……セナは、これから困ることもあるだろうし助けてあげたい……」
普段は寡黙なゴルシュまでもが口を開くほどであるなら、嘘ではなさそうだ。一先ずは信用するとして、ゼガイは頷いた。裏返しにしていた書類を捲ると、つられるようにしてその動きを見ていたウィルに向かって書類の署名欄に指を置いた。
「サインだ」
「何の?」
「異世界転移者には後見人がつく。身元の保証、この世界での暮らしの手助けのためだ。後見人は3人まで。1人は俺、もう1人はミルラ。それからお前だ。ウィル・ビアステッド。よく読んでサインしろ」
ゼガイが先に上の欄にサインを入れ、一行空けて下の欄を指さしながらペンをウィルに差し出す。受け取ったウィルは、何の気負いもなくろくに読まずにあっさりとサインを始めた。
「ちょ、いいの?ウィル!あっさりサインなんかしちゃって。これ魔法契約書よ?」
「うん。だけどゼガイさんの契約書だろ。不利になることはないさ」
信頼してもらえるような仕事を心がけているつもりだが、ここまでだとそれはそれで気恥ずかしいし警戒心の薄さに心配にもなる。仕方なく、ゼガイは契約書の内容を説明した。
「これは異世界転移者の後見人として登録する書類だ。セナという転移者の身元の保証、暮らしの手助けを行うのが主な役目になる。魔法契約が成立すれば、セナには魔法加護がつく。後見人は自分の利益のためにセナに対して不利益になることは基本出来なくなる。代わりに、後見人には期間限定だが少しばかり給付金が支給される。経費みたいなもんだな」
後見人一人当たり、ひと月に金貨3枚。これが1年間。経費というが、後見人への報酬の意味も込められている。だが実際には、転移者の生活を安定させるまでにはもっと多くの経費が投入されている。その資金の出どころは大抵自費であり、後見人や転移者の周囲の人間の厚意だった。
「じゃあこれでまずはセナの服と日用品選んであげないとね」
「ニールの店が安いだろ。あそこは質も悪くない」
「そうねえ。でもちょっと地味じゃない?ファンフライの所はどう?アタシの好きな店よ」
「ルーシャにはな。お前の趣味に任せたらセナがド派手になっちまうだろ」
「キーリストの方がいい。俺も使ってる」
「あそこは高いだろ。ルーシャもロコも自分の趣味じゃねえか」
「ニールだってウィルの行きつけでしょ」
早速金の使い道を相談しているクロエネダのメンバーは、ああだこうだとやかましい。大手を振って金を着服するつもりはなさそうで、ゴルシュが必要そうなものをリストアップしている。ゼガイはニールという価格もデザインもシンプルで手ごろな店が適していると思うが、ルーシャとロコは自分の贔屓の店を推したいようでなかなか引かない。
「セナを拾ったのがお前らでよかったようだな」
呟いた言葉はクロエネダには届かなかったが、ゼガイは安堵のため息とともに薄く微笑んだ。
2024/01/26:修正
「なあ、ミルラ。本物だと思うか」
「さあ、どうでしょうか。異世界転移者を詐称するメリットは……あまりないと思います」
白いシャツに紺色のタイトスカートを履いたその人物は、肩まで伸びたピンク色の髪を耳にかけながら手に持った資料から視線を上げてゼガイに答える。
二人がいるのは、ギルドマスターの部屋だ。ギルドマスターが仕事をする他、少人数の会議や客に応接するための部屋でもあり、執務机と資料棚、応接セットが置かれていた。装飾はあまりなく、事務所に近い。
「そうなんだよなあ……」
先ほどギルドの受付嬢から上がってきた報告書には、クエストに出ていたパーティーがダンジョンでのクエスト達成と共に要救助者を保護した旨が記載されていた。クエストが達成されたことは良い。死人が出なかったのも喜ばしい。だがその助けられた人間というのが問題だった。
「異世界転移者なあ……」
「まさかこのユレネで」
「あぁ。そのまさかだ」
ユレネの周りは魔素濃度が低く、過去に一度も魔物の氾濫が起きたりもしていない。ユレネの洞窟も、割と初心者パーティーの腕試しに使われることが多いダンジョンだった。そのダンジョンの魔素濃度が高くなっているという報告を受けて、ダンジョンマスターのゴブリン討伐クエストを出したのが一週間ほど前の話。
クロエネダは、ギルドマスターのゼガイも名を覚えている冒険者パーティーだ。未だCランクに留まっているが、伸びしろの十分あるメンバーだと記憶している。何より、冒険者の中では善良の「部類」に入ることがゼガイにとってはありがたかった。
そのクロエネダがクエストを受注したと聞いた時から、クエスト未達成の心配はしていなかった。だが、その彼らが連れて帰ってきたのがまさかの異世界転移者だという。
異世界とは、世界の成り立ちからして全く異なった世界の事だ。彼らは人間族ではあるが大抵この世界の常識が通じず、まったく違った文明を築いて生きてきた。ほとんどの人間が魔法や魔物という、魔素を基にした現象に触れたことがない。自分の体に魔力が備わっていることすら無自覚らしい。
「魔素の濃度が上がったのも前兆だったか……?」
「さて、どうでしょうか。過去の事例をギルド本部に問い合わせますか?」
「……、そうだな。知っておいて損はないだろう」
コンコン、と軽やかなノックの音がして、ミルラが返事をする。扉を開けて入ってきた受付嬢は、背後に一人の男性を連れていた。
「マスター、ユレネの洞窟で助けられた人を連れてきました」
「ああ」
「どうぞ」
「あ、すみません。失礼します」
受付嬢の後ろから部屋に入ってきた男を見て、ゼガイは彼の見た目に驚いた。驚いたというよりは、落胆したと言ってもいい。
男はゼガイと同じか少し高いくらいの身長だが、その体躯は細い。腕にも足にも贅肉も筋肉もほとんどついていないように見える。上衣も下衣も村人でも今時着ないような麻のボロい服を身に着けていた。騙されやすそうな顔をしているのは、垂れた目元のせいか。その眼の光は少なく、どんよりと沈んでいた。頬がこけ、僅かに無精ひげも見える。緩く唇の端を持ち上げただけの口元は、そうしなければ生きていけなかったと思わせる絵に描いたような作り笑いだ。ペコペコと頭を下げながら入室し、身を丸めて所在なさげに両手を体の前で組んでいるその姿は奴隷とほぼ遜色ない。
クロエネダを買い被っていたかなとゼガイは少し思った。彼の着ている服はこの世界の服だ。異世界転移者の衣服がこの世界のものと全く違うことぐらいはゼガイも知っている。ならば服は奪われたか着替えさせられたか。はたまた着替える様な必要があったか、だ。異世界転移者の特性を考えれば、クロエネダが無体を働いた可能性は振り切れない。
頭を下げて部屋を出ていく受付嬢にねぎらいの言葉をかけたゼガイは、扉が閉まり切る前に再び開いて乗り込んできたクロエネダのメンバーに眉を顰める。
「失礼しまーす」
「あ?なんだお前ら」
「セナの第一発見者として立ち会いさせてもらいたいのよね」
まさか自分たちに不利な証言をされないために来たのかと思ったが、振り返ったセナが少し緊張が解けた表情をしたのに気付く。部屋に入ってきたときの作り笑いよりもよほど自然な、リラックスした笑みだ。
「構わないか?ゼガイさん」
「本人がいいというならな」
「お、俺はあの、居てもらえると有難いです……」
ウィルの問いかけに、ゼガイは異世界転移者の彼に了承を得る。彼が良いと言うなら、ゼガイがどうこう言う問題ではない。クロエネダが彼を保護したときの状況説明も聞いておく必要があるし、事実確認は後ですることもできる。先ほどの表情を見る限り、今この場で無理に引き離して不安にさせるのは得策ではないと考えた。
「そうか。まあ座ってくれ」
「はい」
ミルラが立ち上がってゼガイの隣に移り、転移者の彼は二人の正面のソファに座った。クロエネダの面々はその後ろに立っている。椅子が足りないので仕方ないだろう。
見たところ、彼に人間への怯えはない。どちらかというと強面の自分を見ても、臆する様子は見られなかった。落ち着きなく辺りを見渡してはいるが、精神状態は問題なさそうだった。
「ギルドマスターのゼガイだ。こっちはギルド所属のスキル鑑定士でミルラという」
「セナです。アサバ・セナ」
「そうか。で、お前さんが、異世界転移者だってのは本当か?」
「はい。どうも、そうみたいで……」
転移というのは本人の意志で行われることではないのはゼガイも知っている。それでも確認するのは、本人からの言質を取るためだ。
冒険者ギルドは世界各地に冒険者を派遣することから、異世界転移者の発見にかかわることが割とある。彼らの特異性から、冒険者ギルドは異世界転移者を保護、支援する制度があった。ギルド職員は、基本的にその制度を知っている。ゼガイもギルドマスターに就任した折に、その制度について勉強させられた。
「早速で悪いが、鑑定をしてもいいか?」
「え?あ、はい、大丈夫です」
キョトン、とした顔は随分と幼く見えた。意味が分かっていないのは承知の上で問いかけたが、それでもあっさり承諾するセナの危機管理の薄さに苦い物を嚙み潰したような気持になる。
「……、鑑定っていうのはな、そいつの服を引っぺがして裏も表も全部あけっぴろげにするようなもんだ。人間相手に使う時は、許可を取るのが普通だし、大抵の人間は鑑定封じの守りを付けてる」
「そうなんですか?だってさっき……」
セナがパッと振り返って、クロエネダのロコを見た。見られたロコは、わざとらしく視線を逸らしている。
彼は魔術師であり魔術研究家の若手だ。実力も伸びしろも十分備わっているが、性格にやや難がある。神経質で尊大な態度にイラつく人間も多いようだが、このパーティーではうまくやっているらしい。
「ダンジョンの奥地にいた人間だぞ。魔物の擬態と判断がつかなかった。危険回避のため、やむを得ず無断で鑑定を行ったまでだ」
「……、今回は一旦不問とする。構わないか?」
「あ、俺は別に。はい」
ロコの弁明はゼガイからしても妥当だと思えるものだった。命の危険があるダンジョンで、正体不明の人間というのは最も危険である。魔物が擬態しているのであればそれは警戒すべき強力な魔人であるし、そうでなければたった一人でダンジョンを踏破できる恐ろしく強い人間であるという事だ。そしてその人間が、友好的とは限らない。鑑定で身元を知る理由には十分だった。
「では鑑定を行います」
少し低めの静かな声でミルラが口を開いた。ミルラはまっすぐにセナを見つめる。次いで、視線が何かを読むように左から右へ小刻みに動いた。表示されたステータスを読んでいるのだろう。ややあって口を開く。
「セナ・アサバ。32歳。180㎝、59㎏。レベル5。トーキョー出身。異世界転移者ですね。トーキョーからの転移者は何例か記録が残っています」
「そうか……」
やはり本物だった。ゼガイは大きくため息をついて、両膝に肘をついて頭を抱える。だが僅かな時間でもって体を起こし、セナに言った。
「ようこそ。異世界転移者殿。冒険者ギルドは君が望むならバックアップを惜しまないと誓おう」
自分でも棒読みだと思える言い方だった。言われたセナの方も、困惑して首を傾げている。そうこうしている内に、ミルラが転移者の特質やスキルの事を教えるため、隣の仮眠室へ案内していった。
「まあ座れ」
扉が閉まり、防音の魔法がかけられたのを確認してから、ゼガイは背もたれに体を預けてクロエネダに座れと促した。ソファに座ったのはリーダーのウィルとロコだ。
「状況の説明をもう一度」
「ユレネの洞窟に入ったのは昨日の早朝。ダンジョン内は魔素濃度の上昇がみられたが魔物の強化や大量発生はまだ見られなかった。探索は順調に進み、8階のセーフエリアで一晩過ごして地下12階の最深部に到達。ダンジョンマスターのゴブリンキング他ゴブリン5体を討伐し、奥の宝物庫に入ったところでブラックウルフ3体に犯されてるセナを発見。要救助者と仮定し、ブラックウルフ3体を討伐。気を失ったセナを保護した。その後ダンジョンを脱出してこの街に戻ってきた」
ウィルが話す内容は、受付嬢から上がってきた報告とほぼ相違なかった。何かを隠したり偽装している様子もない。
そもそも、クロエネダは素行の悪い真似をするパーティーではなかった。冒険者は大なり小なり荒くれ者が多いし、クエストを請け負ってこなすことが仕事であるため己の利益不利益に敏感だ。冒険者ギルドが何かを保証することはほとんどないため、自分の身は自分で守る事が鉄則である。情の薄い人間であればパーティーの仲間を囮にしてでも己の命を守ったり、強い仲間を引き入れるために元々の仲間をあっさりと切り捨てることだってある。それに比べれば、クロエネダは十分善良な方だった。
「魔物が人を犯すのはまあ珍しい。恐らくは転移者の特性によるものだろう。ブラックウルフは退治したとして、他にはいなかったのか」
「あんまり詳しくは聞いてないのよ。報告して飯食ってすぐここに来たから」
「ショックを受けているのであれば、俺たちが聞き出すよりも適任が他にいるだろうと思ってな」
ソファの後ろで腕を組んでいるルーシャとロコの言葉に頷いて、ゼガイはテーブルの上に置いていた報告書を手に取る。先ほどミルラが目を通していた物で、ウィルの説明と同じ内容が書かれている。そこに自分が見たセナの第一印象を書き込み、視線だけクロエネダに戻した。
「……で、アイツが異世界から持ち込んだものは?」
「え?なんで俺らに聞くんだよ」
「…………」
「……、あー」
不思議そうな顔をするウィルと、考え込むロコ、何かを察したように声を上げたルーシャと黙ったまま下を向くゴルシュ。ゼガイが黙って見ていると、ルーシャがため息をついた。
「着ていた服はブラックウルフに切り裂かれてボロボロだったのよ。見つけた服があれだっただけ。アタシたちだって、そこまで長居するつもりじゃなかったから着替えなんてなかったし」
「そうか」
「それ以外は何にも持ってなかったわよ。移動中にすまほ、だのでんわ、だのぶつぶつ言ってたけど」
「俺たちは保護してここに連れてきただけだ。不名誉な疑いはやめてもらおうか」
ルーシャの話も書き込みながら、意味不明な単語については異世界の文化か何かだろうと当たりを付ける。ロコが不快そうに顔を歪めているが、これは事情聴取なのだから仕方ない。ゼガイは立ち上がると、壁一面の資料棚の方へ向かって歩いていく。
「別に俺個人がお前さんらクロエネダを疑ってるわけじゃあねえさ。ギルドマスターとして確認しなけりゃなんねえだけだ」
「これからセナはどうするんですか?」
「どうって?お前さんに関係あんのか?」
そっけなくウィルに答えながら、金庫を手早く開けていくつかの金貨と書類を取り出す。ソファに戻ると、テーブルの上に一枚ずつ金貨を並べ、隣に書類を裏返しにして置いた。
「まずは転移者の保護、それから情報提供料」
「何、報酬がもらえるの?」
「転移者は俺らの世界にとって有益だからな。ギルドでは積極的に保護しサポートする。何しろ、現状では帰る方法が分かってねえんだ。見殺しにするには惜しい」
嬉しそうに笑うルーシャは並べられた金貨を目で数えているようだったが手は出さない。変わりにウィルが金貨を受け取り、背後のゴルシュに手渡す。ウィルがすべてを担うワンマンパーティーではなく、適材適所で役割分担はキチンと行われているらしい。
「で、セナに関しちゃ後でさっきのお前らみたいに話を聞かせてもらって、この世界でどう生きていくかを考えてもらう」
「どう生きていくか?」
「そうだ。生きていくにゃ金が要る。金が欲しけりゃ働くしかねえだろ。何ができるか、何がしたいか、だ」
「そんなの。特性利用して生きていけば簡単なんじゃない?」
「お前は、右も左も分からねえ転移者に体を売らせんのか?」
白けたような空気が場に流れ、ルーシャは肩を竦める。冒険者のモラルなどこの程度だ。善良な部類に入るクロエネダの他のメンバーも、ルーシャの発言を大して問題視していない。
実際ゼガイも、それが一番話が早いというのは分かっている。この世界には売春宿という物があるし、男女の境なく体を商売道具にして働く者がいる。転移者には魅了のスキルも大抵備わっていることから、容易に客が取れるだろう。だが同時に、ある意味では難しいことも知っていた。
「俺はガキの頃に転移者を見たことがある。ルーシャの言う、簡単な方法で生きてた転移者だ」
「……へえ」
「最初は料理人だか何だかで街の飯屋で働いてたらしいが。俺が見た時にはほぼ便所だった」
今でも思い出せるのは、朝っぱらのゴミ捨て場で男に囲まれていた姿だ。ぼろきれみたいな布を体にまとわりつかせただけで、後ろから男に貫かれながらフェラチオをさせられていた。周囲には数人の順番待ちらしい男たちがいて、それがまるで日常の風景だというように雑談していた。今思えば、クエストに出る前にステータスアップを求めた人間たちだったのだろう。
当時はまだ冒険者ギルドに登録もしていない少年で、性的なものに触れる機会も少なかったゼガイには異様な光景だった。衝撃的であったのは、順番待ちの男の中に顔見知りがいたことだ。ゼガイに対しては気のいい冒険者たちが、宿屋の大将が、そして隣人が、人を人とも思わぬ行為を強いて平気な顔をしていた。
その転移者はゼガイが姿を見てからすぐ死んでしまったという。質の悪い冒険者にクエストに連れていかれ、魔素酔いを起こして動けなくなったところをその場に放置されたのだとか。消息不明扱いだが、魔素酔いを起こして手当もされていなかったのならば命はない可能性が高い。
体内の許容範囲内以上の魔素を取り込んだ者は様々な体調不良を起こし、度が過ぎれば死ぬ。それが魔素酔いだ。他の冒険者たちの話では、急速に魔力の回復をさせようとしたのではないかという事だった。
何かの偶然で魔素酔いから回復したとしても、クエストが発生するような場所に一人取り残された転移者が五体満足でいられるわけがない。町に戻ってきていないところを見ると、やはり命を落としたという説が濃厚だった。
「本人が望んだ役回りなのかどうかは知らん。だが手軽にステータスアップするためのポーションタンクにされて輪姦され続け、最後はダンジョンに置き去りにされたのは客観的な事実だ」
「…………」
「望んでこの世界に来たわけでもない、突然家族も仕事も奪われた人間の末路にしちゃ、酷い話だと思わんか」
ゼガイとて大手を振って自分は善人ですと言い切る自信はない。あの日、転移者に群がっていた男たちを声高に批判するつもりもない。全員が転移者の死因に加担したわけではないのも分かっている。ただ、転移者の末路を思い出す度に何となくやるせない気持ちになるだけだ。
「……そうならないようにギルドで保護するんじゃないの?」
「権力者が囲って体液を絞るのとどう違う?管理売春はギルドの仕事じゃねえ」
誰からともなく、ため息が零れる。異世界転移者と言えど、自由に生きるのならばいつかは自分で生計を立てて暮らしていくしかないのだ。仮に本人が望めばスキルを利用し、体液をポーションとして分け与え対価を得て生きていく道もあるだろうが、それは命を削る行為でもある。他人が強要するものではないとゼガイは考える。
「そういう個人的な事情もあって、俺ぁ転移者の保護には重点を置きたい。お前らがセナの意思を無視した特性の使用を少しでも考えているのであれば、セナの今後を話すつもりはない。関わらせるつもりもない。その金を持ってとっとと出ていけ」
眼鏡を外してテーブルの上に放り投げたゼガイがわざと乱暴に言うが、クロエネダは誰も立ち去ろうとはしない。ダンジョンで拾っただけの人間に肩入れするつもりなのはなぜか。鋭い目でクロエネダを見据えるゼガイに、ウィルが気まずげに頭を掻く。
「別に大した理由じゃないさ。いつからいたのかわかんねーけど、あのダンジョンで一人で取り残されてたのに同情したってだけだし、ゼガイさんの話を聞いたら益々セナがこの先どうなるのかは気になるだろ」
「俺は単に異世界転移者に興味がある」
「アタシはリーダーに従うまでよ」
「……セナは、これから困ることもあるだろうし助けてあげたい……」
普段は寡黙なゴルシュまでもが口を開くほどであるなら、嘘ではなさそうだ。一先ずは信用するとして、ゼガイは頷いた。裏返しにしていた書類を捲ると、つられるようにしてその動きを見ていたウィルに向かって書類の署名欄に指を置いた。
「サインだ」
「何の?」
「異世界転移者には後見人がつく。身元の保証、この世界での暮らしの手助けのためだ。後見人は3人まで。1人は俺、もう1人はミルラ。それからお前だ。ウィル・ビアステッド。よく読んでサインしろ」
ゼガイが先に上の欄にサインを入れ、一行空けて下の欄を指さしながらペンをウィルに差し出す。受け取ったウィルは、何の気負いもなくろくに読まずにあっさりとサインを始めた。
「ちょ、いいの?ウィル!あっさりサインなんかしちゃって。これ魔法契約書よ?」
「うん。だけどゼガイさんの契約書だろ。不利になることはないさ」
信頼してもらえるような仕事を心がけているつもりだが、ここまでだとそれはそれで気恥ずかしいし警戒心の薄さに心配にもなる。仕方なく、ゼガイは契約書の内容を説明した。
「これは異世界転移者の後見人として登録する書類だ。セナという転移者の身元の保証、暮らしの手助けを行うのが主な役目になる。魔法契約が成立すれば、セナには魔法加護がつく。後見人は自分の利益のためにセナに対して不利益になることは基本出来なくなる。代わりに、後見人には期間限定だが少しばかり給付金が支給される。経費みたいなもんだな」
後見人一人当たり、ひと月に金貨3枚。これが1年間。経費というが、後見人への報酬の意味も込められている。だが実際には、転移者の生活を安定させるまでにはもっと多くの経費が投入されている。その資金の出どころは大抵自費であり、後見人や転移者の周囲の人間の厚意だった。
「じゃあこれでまずはセナの服と日用品選んであげないとね」
「ニールの店が安いだろ。あそこは質も悪くない」
「そうねえ。でもちょっと地味じゃない?ファンフライの所はどう?アタシの好きな店よ」
「ルーシャにはな。お前の趣味に任せたらセナがド派手になっちまうだろ」
「キーリストの方がいい。俺も使ってる」
「あそこは高いだろ。ルーシャもロコも自分の趣味じゃねえか」
「ニールだってウィルの行きつけでしょ」
早速金の使い道を相談しているクロエネダのメンバーは、ああだこうだとやかましい。大手を振って金を着服するつもりはなさそうで、ゴルシュが必要そうなものをリストアップしている。ゼガイはニールという価格もデザインもシンプルで手ごろな店が適していると思うが、ルーシャとロコは自分の贔屓の店を推したいようでなかなか引かない。
「セナを拾ったのがお前らでよかったようだな」
呟いた言葉はクロエネダには届かなかったが、ゼガイは安堵のため息とともに薄く微笑んだ。
2024/01/26:修正
31
お気に入りに追加
436
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。
猫宮乾
BL
異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

イケメンの後輩にめちゃめちゃお願いされて、一回だけやってしまったら、大変なことになってしまった話
ゆなな
BL
タイトルどおり熱烈に年下に口説かれるお話。Twitterに載せていたものに加筆しました。Twitter→@yuna_org
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる