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第Ⅱ章 平穏70%・歪度30%
brocen 18 残酷な真実
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布団を被って、四枚の翼にくるまってしばらくじっとしていた。幸せの香りをだす天使の翼は、わたし自身にも効果がある。おかげで、とめどなく零れつづけていた涙だけはようやく引いてきた。
どの感情から手をつければいいのかわからなかった。こんな目に遭ったのは初めてだ。そりゃそうだよね、悪魔と関わった天使なんていないもん。こんなふうに悪魔を助けた天使なんて、悪魔と一緒に……──。
思い出すのも嫌だった。ぜんぶなかったことにしたい。記憶を消してしまいたい。自分の存在ごと、消えてしまいたかった。騙していた彼に向ける怒りより、騙されていた自分の愚かさ、天使としての己への失望のほうがずっと大きかった。
楽しかったとか、幸せだったとか、喜んでいた自分が愚かで、情けなくて。誰かに相談すればよかったのかな。自分の能力を過信して、彼の言葉を鵜呑みにしたのが間違いだった?
ひとりで舞いあがって、馬鹿みたいだ。きっと影で嘲笑っていたんだろう。無能な天使に助けてもらえてよかったと、きっとそう思っていたんだろう。恥ずかしい。
智天使として、神に使える者として、欠陥品だ。こんなわたしなら、いっそのこと堕天してしまったほうが──。
堕天は神への裏切り行為だ。わたしは首を振った。どうせ消えるなら、堕天なんてせずに自分を終わらせたほうがいいよね。
痛い、痛いよ。胸が苦しい。喉がきつくて、声が出ない。鼻の奥が……。全身が痺れていて、重たくて体が動かせない。
消えちゃいたい。
誰にも会いたくない。
神様は、人間の感情を理解しやすいように天使をお創りになられた。もっと何百年も何千年も生きれば、熾天使様のように感情に大きく揺さぶられることは少しずつなくなっていくらしいけど、今のわたしは弱かった。
智天使という称号を持ちえながら、悪魔に騙され、知識も経験もない未熟な天使──。それがわたしだ。
それに、こんなに衝撃的なことが起こったのは初めてだった。彼と一緒にいた時間がこれまでの二百年でいちばん楽しかったのと同じように、今日がいちばん辛くて痛くて、絶望的な感情におかしくなりそうだった。
幸せや楽しいこと、面白いことをたくさん教えてくれたはずなのに、その彼が、いや、その彼だからこそ──。
でも、騙されたのはわたしだ。間違えたのはわたしだ。悪魔は悪い生き物だと知っていたのに、あのとき……どうして手を差し伸べてしまったんだろう。どこかで戻れる道もあったはずだったのに、全部彼の言うことを信じて、それで……。
顔を覆う。考えたくない。悲しくて辛くて、心が張り裂けそうだった。翼の一枚一枚を剥がして千切られたくらいに、心が痛かった。
何時間かそうしていて、たまにうとうとと微睡んだ。どこかでギィと扉を開く音がして、目が覚めた。太陽が落ちて部屋が暗くなっている。向こうの部屋から漏れる光で、悪魔が入ってくるのがわかった。
「セラエル」
わたしは急いで起きあがり、布団を掴んで自分のほうへ引きよせた。
「こないで。待っててって言ったでしょ」
顔を拭い、泣いていた跡を消そうとする。背筋を伸ばした。
「お前が聞きたいことだけ聞いて、あとはいい子でお座りってそりゃねえだろ」
「こないでってば。何も話さないで。聞きたくない!」
悪魔はわたしを無視して、ベッドの端に腰掛けた。
「こうなったのは俺の責任だし、少しくらい話を……」
「悪魔なんて、こっちを惑わせて騙そうとするんだから、何も聞きたくないの。黙ってて」
「真実薬だっけ? 飲ませてるんだからいいだろ」
布団を掴んでいた手を少し緩めた。そういえば、……忘れていた。魔法はまだ解除していない。魔法がかかっているあいだは体に不快感があるはずだ。彼は今の今までずっと我慢していたらしい。
わたしが魔法を解除しようとして、ディアンシャはそれに気づき声を上げた。
「このままでいい。じゃないと話せねえだろ」
「話すことなんてない」
彼は勝手に口を動かした。
「俺はお前に何も思ってない。治癒魔法をかけてくれる天使、それだけの感情。他の天使を知らねえから、天使はみんなこうなのかなとか、そうやって笑ったり泣いたりするんだなって思いながら過ごしてた」
「何度も言わなくていい。どうせ騙されて無能な天使だと……」
「それだよ」
彼がこちらを見る。逆光で体が陰り、その中で青眼だけが美しく光った。
「俺はお前を嘲笑ったことはない。そもそも天使を騙そうとして悪魔が嘘をついていたんだから、それに引っかかるのは当たり前だろ」
「そんなこと……」
「自ら恃むことはあれど、お前を見下したことはない。むしろ天使らしくて助かった」
「なんのために伝えにくるの? わたしを励ましているの?」
悪魔は首をかしげ、薄く笑った。
「俺も悪いと思ってるんだぜ……なんて言えたらよかったが、薬のせいで言えねえんだよな。これが」
くつくつと笑う。
「治してもらって感謝はしてる。それに、俺としては完治するまで治療してほしい。家の中が窮屈になるのも嫌だ。俺の感情で誤解しているところがあるなら、訂正しておいたほうが俺のためになると思った」
シビアな答えだ。思っていたより理性的に話をしにきたらしい。わたしは布団を少し持ちあげてちゃんと座りなおした。後ろの翼をそっと下ろし、なるべく低い声を出して尋ねた。
「さっきの。わたしが天使らしいってなに?」
「生きとしいけるものすべて愛せよ、疑わしきは罰せず、手の届くかぎりに幸せを授けん──それがもたらす結果がこれだろ? もしお前が疑りぶかくて、悪魔を問答無用で切り捨てるような冷徹な天使なら、俺はここにいない」
「そう……だね」
「お前は後者の天使なのか? そういう天使になりたかった?」
何度か視線を行き来させる。翼を丸め、また広げた。
「違う……と思う」
「悪魔でも助けようとしてくれたんだろ。俺を信じて。俺を信じていたから、他の天使にも話さなかった。俺が口止めしたからな」
「何が言いたいの?」
彼は足を崩し、悪魔の翼をゆら、と傾けた。
「俺が何年生きてると思ってる? 何人の人間を相手にしたと思ってる? で、ここで何日過ごした? お前が今何を考えているかなぞ手に取るようにわかる。わかるから、ここまで騙せたんだし」
彼はニヒルに笑う。
「冷徹な天使じゃないからこそ、お前は自分を責めるだろうと思った。だから、お前は悪くないと俺が言いにきた」
すくと体を持ちあげる。膝立ちになって、彼を見下ろした。
「やめて! やっぱりそうやって惑わして……わたしを、自分の思いどおりに」
「そうだよ?」
平然と答えた。
「そう言ったろ。お前に治してほしい。思い悩んで消えてもらったら困る。だから、俺の思うところを伝えにきたんだ。何が悪い? 嘘は言ってない。言えないんだから」
髪に何度も指を通した。頭が混乱してくる。
「わたしを虐めたいんじゃないの? 悪魔でしょ? 嘲笑って……辱めたいんじゃ、ないの」
「あいにく、俺にそういう趣味はない」
わたしは黙って彼を見つめた。記憶の中に何か違和感がある気がする。ふと欠片を見つけて問いかけた。
「前に……泣いてるとかわいいとか、言ってたじゃん」
「あー……」
聞かれると思っていなかったのか、彼は言いにくそうに足を組みなおした。
「まあ、それはちと思うかな」
「じゃあ今だって。さっきも──」
「まあ、思った」
横にずれた虹彩が一度わたしを映し、また外れる。形のいい唇が歪んだ。
「かわいいよ、泣いてたら。でもそれと嘲笑うのは違くねえか」
「哀れんでるってことでしょ」
「そうなのか? 俺にはわからん」
「じゃあなに? どういう感情?」
「かわいいから、もっと泣かせたいとか……思わなくもねえかな。だがそれで自分が死んでたら世話ねえからな、今は泣かなくていいよって感じ」
歯切れの悪い返事にやきもきしたが、彼自身もこれ以上説明できないんだろう。できるなら薬がちゃんと作用するはずだ。
「自分の死がかかってなかったら、こんなふうに言いにこないの?」
「そうだな。例えばこの時点で完治してるなら、わざと傷を抉るようなことを言うかも」
「……それで泣くのを見たいから?」
彼は嗤った。
「そうそう。嘘でも本当でも、嫌がること言ってやるよ」
「じゃあ今、わたしが傷つくような真実も言ってよ。わたしを見下していないのはわかったけど、他にも何かあるでしょう?」
「なんだそれ?」
「励ますようなことだけを言うなら、それはやっぱり惑わそうとしてるってことだもの。正々堂々勝負して」
「真実ねえ……」
彼は首を傾げた。
「もうねえけど。お前に興味はないし、嫌いじゃねえが好きでもない。これ以上になんの感情もないよ。それにこれが、お前がいちばん抉られる真実だろ?」
悪魔は唇を歪め、眼を細めた。
唇を噛んだ。〝なんの感情もない〟。たしかにこれ以上ない残酷な真実だ。そして他に感情を持っていないなら、真実を伝えることしかできない以上、彼にはこれが精一杯なんだろう。
わたしは頷いた。
「言いたいことは……わかった」
「ほんとか? 能無しの天使だとかって思って消えないか?」
「──だけど。事実、悪魔を……悪魔に……」
ぐす、と鼻を啜った。
なにしてるんだろう。本人に弱音を吐いたっていいことない。わたしは体を動かして、彼の背中を押した。
「もう行って。どこか行って」
「相談する相手もいねえだろうが。話し相手くらいにはなるから……」
「自分がなにをしたかわかってるの!? 反省してるなら、早く部屋を出て」
彼はわたしの腕を強く引き、そのまま胸元に引き寄せた。背中に手を回す。
「ちょ、っと。ねえ! やめて、なに考えてるの!? 本当にやめて」
暴れるわたしを力を込めてだきしめ、体を抑えこんでいる。
「許可してない! と、取り消す! もう抱きしめないで!」
……なにも起こらない。あの神様バリアは、一度許可してしまうと為す術がないらしい。最悪だ。
ディアンシャはくつりと笑って、耳元に妖しい声色を流した。
「反省してると思う? 悪魔だぜ? してねえわ」
「は? だ、だったら余計に離れて──」
「離れないよ。そのまま泣いて、俺を責めたいなら責めたらいいだろ。そのほうが健康にいい」
「健康って……なに……」
魔法で吹き飛ばせば離れることはできるけど、ここまで治した自分の苦労が水の泡だ。家もめちゃくちゃになる。
……でもそれはきっと言い訳で、抵抗する気力がなかった。心が疲弊して、ただ口で言い返すので精一杯だった。
わたしが暴れるのをやめたので、少し力を緩めて体を撫でていた。わたしは止まらない涙を流れるに任せて、静かに泣きつづけた。
どの感情から手をつければいいのかわからなかった。こんな目に遭ったのは初めてだ。そりゃそうだよね、悪魔と関わった天使なんていないもん。こんなふうに悪魔を助けた天使なんて、悪魔と一緒に……──。
思い出すのも嫌だった。ぜんぶなかったことにしたい。記憶を消してしまいたい。自分の存在ごと、消えてしまいたかった。騙していた彼に向ける怒りより、騙されていた自分の愚かさ、天使としての己への失望のほうがずっと大きかった。
楽しかったとか、幸せだったとか、喜んでいた自分が愚かで、情けなくて。誰かに相談すればよかったのかな。自分の能力を過信して、彼の言葉を鵜呑みにしたのが間違いだった?
ひとりで舞いあがって、馬鹿みたいだ。きっと影で嘲笑っていたんだろう。無能な天使に助けてもらえてよかったと、きっとそう思っていたんだろう。恥ずかしい。
智天使として、神に使える者として、欠陥品だ。こんなわたしなら、いっそのこと堕天してしまったほうが──。
堕天は神への裏切り行為だ。わたしは首を振った。どうせ消えるなら、堕天なんてせずに自分を終わらせたほうがいいよね。
痛い、痛いよ。胸が苦しい。喉がきつくて、声が出ない。鼻の奥が……。全身が痺れていて、重たくて体が動かせない。
消えちゃいたい。
誰にも会いたくない。
神様は、人間の感情を理解しやすいように天使をお創りになられた。もっと何百年も何千年も生きれば、熾天使様のように感情に大きく揺さぶられることは少しずつなくなっていくらしいけど、今のわたしは弱かった。
智天使という称号を持ちえながら、悪魔に騙され、知識も経験もない未熟な天使──。それがわたしだ。
それに、こんなに衝撃的なことが起こったのは初めてだった。彼と一緒にいた時間がこれまでの二百年でいちばん楽しかったのと同じように、今日がいちばん辛くて痛くて、絶望的な感情におかしくなりそうだった。
幸せや楽しいこと、面白いことをたくさん教えてくれたはずなのに、その彼が、いや、その彼だからこそ──。
でも、騙されたのはわたしだ。間違えたのはわたしだ。悪魔は悪い生き物だと知っていたのに、あのとき……どうして手を差し伸べてしまったんだろう。どこかで戻れる道もあったはずだったのに、全部彼の言うことを信じて、それで……。
顔を覆う。考えたくない。悲しくて辛くて、心が張り裂けそうだった。翼の一枚一枚を剥がして千切られたくらいに、心が痛かった。
何時間かそうしていて、たまにうとうとと微睡んだ。どこかでギィと扉を開く音がして、目が覚めた。太陽が落ちて部屋が暗くなっている。向こうの部屋から漏れる光で、悪魔が入ってくるのがわかった。
「セラエル」
わたしは急いで起きあがり、布団を掴んで自分のほうへ引きよせた。
「こないで。待っててって言ったでしょ」
顔を拭い、泣いていた跡を消そうとする。背筋を伸ばした。
「お前が聞きたいことだけ聞いて、あとはいい子でお座りってそりゃねえだろ」
「こないでってば。何も話さないで。聞きたくない!」
悪魔はわたしを無視して、ベッドの端に腰掛けた。
「こうなったのは俺の責任だし、少しくらい話を……」
「悪魔なんて、こっちを惑わせて騙そうとするんだから、何も聞きたくないの。黙ってて」
「真実薬だっけ? 飲ませてるんだからいいだろ」
布団を掴んでいた手を少し緩めた。そういえば、……忘れていた。魔法はまだ解除していない。魔法がかかっているあいだは体に不快感があるはずだ。彼は今の今までずっと我慢していたらしい。
わたしが魔法を解除しようとして、ディアンシャはそれに気づき声を上げた。
「このままでいい。じゃないと話せねえだろ」
「話すことなんてない」
彼は勝手に口を動かした。
「俺はお前に何も思ってない。治癒魔法をかけてくれる天使、それだけの感情。他の天使を知らねえから、天使はみんなこうなのかなとか、そうやって笑ったり泣いたりするんだなって思いながら過ごしてた」
「何度も言わなくていい。どうせ騙されて無能な天使だと……」
「それだよ」
彼がこちらを見る。逆光で体が陰り、その中で青眼だけが美しく光った。
「俺はお前を嘲笑ったことはない。そもそも天使を騙そうとして悪魔が嘘をついていたんだから、それに引っかかるのは当たり前だろ」
「そんなこと……」
「自ら恃むことはあれど、お前を見下したことはない。むしろ天使らしくて助かった」
「なんのために伝えにくるの? わたしを励ましているの?」
悪魔は首をかしげ、薄く笑った。
「俺も悪いと思ってるんだぜ……なんて言えたらよかったが、薬のせいで言えねえんだよな。これが」
くつくつと笑う。
「治してもらって感謝はしてる。それに、俺としては完治するまで治療してほしい。家の中が窮屈になるのも嫌だ。俺の感情で誤解しているところがあるなら、訂正しておいたほうが俺のためになると思った」
シビアな答えだ。思っていたより理性的に話をしにきたらしい。わたしは布団を少し持ちあげてちゃんと座りなおした。後ろの翼をそっと下ろし、なるべく低い声を出して尋ねた。
「さっきの。わたしが天使らしいってなに?」
「生きとしいけるものすべて愛せよ、疑わしきは罰せず、手の届くかぎりに幸せを授けん──それがもたらす結果がこれだろ? もしお前が疑りぶかくて、悪魔を問答無用で切り捨てるような冷徹な天使なら、俺はここにいない」
「そう……だね」
「お前は後者の天使なのか? そういう天使になりたかった?」
何度か視線を行き来させる。翼を丸め、また広げた。
「違う……と思う」
「悪魔でも助けようとしてくれたんだろ。俺を信じて。俺を信じていたから、他の天使にも話さなかった。俺が口止めしたからな」
「何が言いたいの?」
彼は足を崩し、悪魔の翼をゆら、と傾けた。
「俺が何年生きてると思ってる? 何人の人間を相手にしたと思ってる? で、ここで何日過ごした? お前が今何を考えているかなぞ手に取るようにわかる。わかるから、ここまで騙せたんだし」
彼はニヒルに笑う。
「冷徹な天使じゃないからこそ、お前は自分を責めるだろうと思った。だから、お前は悪くないと俺が言いにきた」
すくと体を持ちあげる。膝立ちになって、彼を見下ろした。
「やめて! やっぱりそうやって惑わして……わたしを、自分の思いどおりに」
「そうだよ?」
平然と答えた。
「そう言ったろ。お前に治してほしい。思い悩んで消えてもらったら困る。だから、俺の思うところを伝えにきたんだ。何が悪い? 嘘は言ってない。言えないんだから」
髪に何度も指を通した。頭が混乱してくる。
「わたしを虐めたいんじゃないの? 悪魔でしょ? 嘲笑って……辱めたいんじゃ、ないの」
「あいにく、俺にそういう趣味はない」
わたしは黙って彼を見つめた。記憶の中に何か違和感がある気がする。ふと欠片を見つけて問いかけた。
「前に……泣いてるとかわいいとか、言ってたじゃん」
「あー……」
聞かれると思っていなかったのか、彼は言いにくそうに足を組みなおした。
「まあ、それはちと思うかな」
「じゃあ今だって。さっきも──」
「まあ、思った」
横にずれた虹彩が一度わたしを映し、また外れる。形のいい唇が歪んだ。
「かわいいよ、泣いてたら。でもそれと嘲笑うのは違くねえか」
「哀れんでるってことでしょ」
「そうなのか? 俺にはわからん」
「じゃあなに? どういう感情?」
「かわいいから、もっと泣かせたいとか……思わなくもねえかな。だがそれで自分が死んでたら世話ねえからな、今は泣かなくていいよって感じ」
歯切れの悪い返事にやきもきしたが、彼自身もこれ以上説明できないんだろう。できるなら薬がちゃんと作用するはずだ。
「自分の死がかかってなかったら、こんなふうに言いにこないの?」
「そうだな。例えばこの時点で完治してるなら、わざと傷を抉るようなことを言うかも」
「……それで泣くのを見たいから?」
彼は嗤った。
「そうそう。嘘でも本当でも、嫌がること言ってやるよ」
「じゃあ今、わたしが傷つくような真実も言ってよ。わたしを見下していないのはわかったけど、他にも何かあるでしょう?」
「なんだそれ?」
「励ますようなことだけを言うなら、それはやっぱり惑わそうとしてるってことだもの。正々堂々勝負して」
「真実ねえ……」
彼は首を傾げた。
「もうねえけど。お前に興味はないし、嫌いじゃねえが好きでもない。これ以上になんの感情もないよ。それにこれが、お前がいちばん抉られる真実だろ?」
悪魔は唇を歪め、眼を細めた。
唇を噛んだ。〝なんの感情もない〟。たしかにこれ以上ない残酷な真実だ。そして他に感情を持っていないなら、真実を伝えることしかできない以上、彼にはこれが精一杯なんだろう。
わたしは頷いた。
「言いたいことは……わかった」
「ほんとか? 能無しの天使だとかって思って消えないか?」
「──だけど。事実、悪魔を……悪魔に……」
ぐす、と鼻を啜った。
なにしてるんだろう。本人に弱音を吐いたっていいことない。わたしは体を動かして、彼の背中を押した。
「もう行って。どこか行って」
「相談する相手もいねえだろうが。話し相手くらいにはなるから……」
「自分がなにをしたかわかってるの!? 反省してるなら、早く部屋を出て」
彼はわたしの腕を強く引き、そのまま胸元に引き寄せた。背中に手を回す。
「ちょ、っと。ねえ! やめて、なに考えてるの!? 本当にやめて」
暴れるわたしを力を込めてだきしめ、体を抑えこんでいる。
「許可してない! と、取り消す! もう抱きしめないで!」
……なにも起こらない。あの神様バリアは、一度許可してしまうと為す術がないらしい。最悪だ。
ディアンシャはくつりと笑って、耳元に妖しい声色を流した。
「反省してると思う? 悪魔だぜ? してねえわ」
「は? だ、だったら余計に離れて──」
「離れないよ。そのまま泣いて、俺を責めたいなら責めたらいいだろ。そのほうが健康にいい」
「健康って……なに……」
魔法で吹き飛ばせば離れることはできるけど、ここまで治した自分の苦労が水の泡だ。家もめちゃくちゃになる。
……でもそれはきっと言い訳で、抵抗する気力がなかった。心が疲弊して、ただ口で言い返すので精一杯だった。
わたしが暴れるのをやめたので、少し力を緩めて体を撫でていた。わたしは止まらない涙を流れるに任せて、静かに泣きつづけた。
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