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第二章 神崎透
第33話 運命の日①
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寝汗を拭きながらフラフラと立ち上がった俺の目の隅で、一冊のノートが大胆に机の上に広げられているのが見えた。人格日記だ、と、すぐに分かった。
その広げられたノートの横に、事件ノートと、今回の事件についてこと細かく叙述された資料が置いてある。
それらを手に取る前に俺はやはり、そのいつもと違う人格日記に手を伸ばしていた。
昨日の人格は『怒』。日記には、見開きの両面を丸々使って、「今日は運命の日」とデカデカと書かれていた。
昨日の一日が書かれていたのはそのひとつ前のページだった。
長い。今まで透の中にいる住人たちは、『怒』ももちろん含めて、皆浅薄な内容や、単純な文を日記に記してきた。
だが今回あの短気な『怒』が生真面目に、罫線に沿ってまで文字を並べている。
何かを訴えているかのように感じた。
俺は資料、事件ノート、日記の三点セットを鞄に入れてから、『無』の一日を始めることにした。
自分の席に着くやいなや、俺はすぐさまさっきの人格日記を鞄から取り出した。勢いに任せてページを開こうとしたが、指は一旦躊躇する。
ここで読むのか? クラスの誰かに、何読んでるのとでも聞かれてみろ。お前は何て答える?
そんな自問に、答えを出すのは簡単だった。
関係無い。周りの視線など気にしない。この日記が、今回の事件を紐解く鍵になるかもしれないのだ。
その可能性がある以上、俺は今すぐにこのいち人格の記述を把握しなければならない義務がある。覚悟を持って俺はページを開いた。
収穫はあまりにも乏しかった。最初に眉間に力を入れながら熟読していた自分が恥ずかしい。視線を下に落とすにつれて、目の周りの力が抜けていった。
昨日の内容は、占い師の老婆の話がほとんどを占めていた。終盤の、「個人情報を的確に言い当てられた!!!」の文などさすがに目も当てられない。ビックリマークが書かれた紙面はくぼんでいて、癇に障るテカりを見せている。彼は興奮状態のまま書き殴ったのだろう。
客観的に見れば、とてつもなくバカバカしい内容だった。しかし、もし彼と同じ場面に立てば自分もこうなっていたかもしれない。まあ、『無』である俺がここまで気を乱すことは無いだろうが。ひとまず、一つの解釈の仕方では、この『怒』が書いたのは人格日記史上一番無味な内容になっていると言える。
問題はもう一つの解釈の仕方。〝これらの記述が全て真実だとしたら〟と考えた場合だ。勿論……もちろん有り得ないことだろうとは思っている。だが、「老婆は人格日記のことについても言ってきた」の文が咽に引っかかっているせいで、この可能性も考えざるを得なかった。
鞄にノートを入れ戻し、腕を組んで目を瞑った。俺は脳を絞って絞って苦しませた。老婆が何故日記について触れることが出来たのか、その珍事を暴くために。
三つ、可能性が浮かんだ。一つ目は、別人格が仕込んだ可能性。透の中の一つの人格が、他の人格を困惑させるため、一般人の老婆を何処からかしょっぴって来て道端に待機させたのかもしれない。これは、人格がお互いの記憶を共有出来ないからこそ出来る所業である。
老婆に、「~日にここで、いかにも占い師という雰囲気を出しながら待機してて! 別人格の俺が通ると思うから!」とでもお願いしたのだろう。……。
二つ目は、『怒』の勘違いである。『怒』がいくら字で昨日のことを書き起こそうとしても、記憶を持ち合わせていない俺にとってそれが事実であることを証明出来ない。同じ老婆をとっ捕まえて、「昨日俺に会ったか!?」と聞けばいい話だが、もちろん老婆の顔すら分からない俺には無理だ。だから、『怒』がただ日記のことを聞き間違えただけなのかもしれない。
……三つ目は、〝本物の占い師〟だという可能性だ。この場合、俺は『怒』が最後に書いた「今日は運命の日」を肝に銘じなければいけなくなる。……そんな脳内お花畑になるまで、俺の花壇は広くないんだがな。ともあれ、深く考えたくない可能性だ。
それから俺は、「松坂先生にハンカチ返すの忘れた」という、『怒』が日記に書いた唯一まともな文を思い出した。それはズボンのポケットにしまわれていたが、幸いシワは付いていない。
俺は教室を出た。
その広げられたノートの横に、事件ノートと、今回の事件についてこと細かく叙述された資料が置いてある。
それらを手に取る前に俺はやはり、そのいつもと違う人格日記に手を伸ばしていた。
昨日の人格は『怒』。日記には、見開きの両面を丸々使って、「今日は運命の日」とデカデカと書かれていた。
昨日の一日が書かれていたのはそのひとつ前のページだった。
長い。今まで透の中にいる住人たちは、『怒』ももちろん含めて、皆浅薄な内容や、単純な文を日記に記してきた。
だが今回あの短気な『怒』が生真面目に、罫線に沿ってまで文字を並べている。
何かを訴えているかのように感じた。
俺は資料、事件ノート、日記の三点セットを鞄に入れてから、『無』の一日を始めることにした。
自分の席に着くやいなや、俺はすぐさまさっきの人格日記を鞄から取り出した。勢いに任せてページを開こうとしたが、指は一旦躊躇する。
ここで読むのか? クラスの誰かに、何読んでるのとでも聞かれてみろ。お前は何て答える?
そんな自問に、答えを出すのは簡単だった。
関係無い。周りの視線など気にしない。この日記が、今回の事件を紐解く鍵になるかもしれないのだ。
その可能性がある以上、俺は今すぐにこのいち人格の記述を把握しなければならない義務がある。覚悟を持って俺はページを開いた。
収穫はあまりにも乏しかった。最初に眉間に力を入れながら熟読していた自分が恥ずかしい。視線を下に落とすにつれて、目の周りの力が抜けていった。
昨日の内容は、占い師の老婆の話がほとんどを占めていた。終盤の、「個人情報を的確に言い当てられた!!!」の文などさすがに目も当てられない。ビックリマークが書かれた紙面はくぼんでいて、癇に障るテカりを見せている。彼は興奮状態のまま書き殴ったのだろう。
客観的に見れば、とてつもなくバカバカしい内容だった。しかし、もし彼と同じ場面に立てば自分もこうなっていたかもしれない。まあ、『無』である俺がここまで気を乱すことは無いだろうが。ひとまず、一つの解釈の仕方では、この『怒』が書いたのは人格日記史上一番無味な内容になっていると言える。
問題はもう一つの解釈の仕方。〝これらの記述が全て真実だとしたら〟と考えた場合だ。勿論……もちろん有り得ないことだろうとは思っている。だが、「老婆は人格日記のことについても言ってきた」の文が咽に引っかかっているせいで、この可能性も考えざるを得なかった。
鞄にノートを入れ戻し、腕を組んで目を瞑った。俺は脳を絞って絞って苦しませた。老婆が何故日記について触れることが出来たのか、その珍事を暴くために。
三つ、可能性が浮かんだ。一つ目は、別人格が仕込んだ可能性。透の中の一つの人格が、他の人格を困惑させるため、一般人の老婆を何処からかしょっぴって来て道端に待機させたのかもしれない。これは、人格がお互いの記憶を共有出来ないからこそ出来る所業である。
老婆に、「~日にここで、いかにも占い師という雰囲気を出しながら待機してて! 別人格の俺が通ると思うから!」とでもお願いしたのだろう。……。
二つ目は、『怒』の勘違いである。『怒』がいくら字で昨日のことを書き起こそうとしても、記憶を持ち合わせていない俺にとってそれが事実であることを証明出来ない。同じ老婆をとっ捕まえて、「昨日俺に会ったか!?」と聞けばいい話だが、もちろん老婆の顔すら分からない俺には無理だ。だから、『怒』がただ日記のことを聞き間違えただけなのかもしれない。
……三つ目は、〝本物の占い師〟だという可能性だ。この場合、俺は『怒』が最後に書いた「今日は運命の日」を肝に銘じなければいけなくなる。……そんな脳内お花畑になるまで、俺の花壇は広くないんだがな。ともあれ、深く考えたくない可能性だ。
それから俺は、「松坂先生にハンカチ返すの忘れた」という、『怒』が日記に書いた唯一まともな文を思い出した。それはズボンのポケットにしまわれていたが、幸いシワは付いていない。
俺は教室を出た。
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