世界滅亡の因子たち

じゃったん

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第二章 神崎透

第22話 人格3

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「母さん……ちょっと、話があるんだけど……」

「え?  何?  どしたの?」

  俺は目に涙を浮かべながら母さんを呼んだ。

「本当に……恐れ入りますが……道具を……貸してほしいんです」

「道具?  何の道具?」

「ぶんがっ……文化祭の……劇の道具でずうぅ!!」

  俺はとうとう泣き出した。今まで親にずっと迷惑をかけてきた。のにも関わらず、またこうやって僕は親に頼み事をしている。なんて情けない。一人じゃ何も出来ない自分が憎い。
  僕は床にへたり込んでしまった。

「劇?  ああ、前言ってたやつね。どんな道具が欲しいの?」

「う!……うう!」

  僕は床に突っ伏したまま、ポケットから必要な道具が書かれたメモを取り出す。今日、学校で書いてきた物だ。
  それを手に取った母さんは、「ふむ、ふむ」と頷きながら、リビングから去って行った。
  僕は『哀』。この神崎透の一つの人格だ。毎日頬を濡らして、見る世界を濁らせながら生きている。今日も、二回泣いた。友達との他愛のない会話と、そして母さんへの頼み事の二回。
  どんな些細なことにも心を動かされる僕は情弱だ。こんな人、世界のどこを探しても他にはいないだろう。僕は異常だ。
  僕は、感情をコントロール出来ない。「泣いてはダメだ」と思った時でも、心は、「泣いちゃいけない人生なんて無いだろ」と、泣かせにくる。何故僕には涙を我慢する必要があるんだろう。そう思って泣き出す始末。ああ、今思い出しても泣きそうになる。
  何故、こんな思いをしなければならないのか。僕は普通には生きられないのか。あのノートから察するに、この神崎透の身体の中には六つの人格が存在している。僕は彼等が恐い。嫌なんだ。もうこの人生は。
  母さんがダンボールに詰められた道具を持ってきた。僕はなんとか目の水道の蛇口を閉める。

「ええと……古い書物と、中世の戦争で使われてそうな鎧、剣、盾。魔法使いが着てそうな服……こんな感じでオッケー?」

「う……えーと、くっ、ゴホッ」

「あら、ごめんね、ちょっと埃っぽくて」

「いやいや、滅相も無い。物が揃えばそれで十分。本当に感謝します」

  僕は涙ぐみながら感謝の意を伝えた。
  僕が深々と頭を下げている間、母さんはどんな顔をしていたのだろう。視線は感じた。でもそれは、どんな意味を込めた視線なのだろう。

「……いいのいいの。存分に使って」

  そう言って母さんはリビングのソファに座った。
  僕は玄関に小道具を置いてから、自分の部屋に戻って、ベッドに横たわった。それから少し、考え事をし始める。
  母さんは……両親は、どう思っているのだろう。こんなんになった息子を、一体どういう目で見ているのだろう。たまに、親と話していない気分になる時がある。話の馬が合わなかったり、変な空気が漂う時がある。……それらはやはり、神崎透に住み着く人格達が原因だ。僕が、なんだか親らしくないなと思いながら親と話している時、親も、僕を僕らしくないと思いながら話しているのだ。
  毎日別人と話している両親の心境が知りたい。もう、慣れてしまったのかな。どっちも、そんな気持ちを表に出さないから、分かんないや……。
  僕は仰向けになりながら、目頭を腕で覆った。
  駄目だ。考えるな。考えちゃいけない。もっと、この神崎透という身体と向き合うんだ。他の人の目を気にしちゃいけない……!
  僕はおもむろに寝返りを打った。視線の先に、小説やら参考書やらがズラリと並べられた本棚がズッシリと立っている。
  僕の心の癒しだ。いつも本が僕を慰めてくれる。本は僕が多重人格者でも赦してくれる。どんな時も、本は歓迎しているんだ。開いていいよ、って。
  僕は本棚の前に立った。
  そういえば、前買ったやつ、読み終わってなかったな。
  僕はよく一人で本を買いに行く。先週買いに行った時から、読んでない本が一冊あった。それはずっと読みたかった本。いや、私情で読まなくちゃいけない本、かな?

「僕の日がなかなか回ってこないからな……時間を有効に使わないと……」

  独り言を言って僕は、〝トライ・グレース〟という本を手に取った。
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