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第二章 神崎透
第19話 人格1-①
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「神崎」
「はい」
後ろから話しかけてきた松坂先生に、咄嗟に返事をする。振り返ると、松坂先生はなんだか浮かない顔をしていた。
「すまないな、いつも学級委員のお前に仕事を頼んで……。嫌なら、いつでも言っていいんだぞ?」
「何言ってんですか、先生。僕はこんな仕事量じゃ音を上げませんよ。それに、僕はやりがいを持ってやれているんで、先生が気にすることじゃありません」
「そうか……じゃあ、道具のことは任せる。ただ、それでも一人じゃ大変だって思ったら、いつでも俺や他の子を頼っていいからな?」
「分かりました。ありがとうございます」
松坂先生はお気に入りの黒いポーチを持って教室を出る。その後ろ姿を見送って、また僕は黙々と黒板を消す仕事に移った。
文化祭。もうすぐこの川田海(かわたみ)高校で行われる一大イベント。僕達は三年生で、高校生活の中での文化祭は最後だ。学校行事も、これから僕達は本格的に大学受験に向かっていくので、楽しく余裕を持って参加出来るものもこれが最後かもしれない。
最後なだけあって、僕達のクラスは結構張り切っている。この高校ではクラスとしての出店の他に、クラスとしての出し物を体育館で披露することも選択出来る。一年生の頃は出店だけに精一杯で、とても出し物なんかをする余地が無かったが、今年はクラスの中で前々からやりたい出店と出し物を、連絡を取りながら決めていたおかげで、約一ヶ月前に迫った文化祭についての準備は順調に進んでいた。
先程まで、クラスで出し物についての話し合いをしていた。僕達は劇をする。そこで、準備する物、大まかな役決め等を中心に議論した。その結果、少し意見の摩擦はあったものの、なんとか一時間で話は一悶着した。まさか、脇役を決めるのに気の強い男子が三人も立候補して、時間を食わされるとは思いもしなかった。
松坂先生はというと、教室の壁の方に寄り、僕達の議論の行く末を黙って見守っていた。小道具の話になった時、大量の古びた書物やらレプリカの剣などの中世のモノが必要となり、その話になった瞬間松坂先生は、それなら探せば家にあるかもしれない、と言ってきた。松坂先生は僕達の担任で、歴史の先生でもある。確かに、洋物の書物などが家の押し入れに詰められてそうだと思った。もしかしたら、剣などの小道具も普通に部屋に飾られてあるかもしれない。
だが、それは僕も一緒だった。自分の家にもたくさんの小道具があることを自負していたため、そこで僕は、「先生。何だったら、僕が準備しますよ」と言ったのだ。自分の家も探せばあると説明すると、「そうか」と、松坂先生は少し残念そうな顔をしながら言って、前傾になっていた体勢を元に戻した。どうしても、教え子達に自分のコレクションを見て欲しかったらしい。あくまで僕達は、自分たちが出来る範囲なら自分達でやるというモットーで動いていたため、それを勿論把握していた僕は、今回は松坂先生にはお休みしてもらおうと思ったのだ。
「なあ、透」
「ん?」
同じクラスの杉谷俊介が、僕が黒板を拭き終わったタイミングに話しかけてくる。
「お前、ほんとに知らないのか? 〝トライ・グレース〟」
〝トライ・グレース〟。今回僕達がやる劇のタイトルだ。
「ああ、以前から皆それがいい、それがいいって言ってたけど、俺だけなんか置いてけぼりされてる感じがしたな」
「はあーっ。童話だぜ? 小学校の図書館とかでチラッとでも目にしなかったの?」
「しなかった……と思う。どんな話なの?」
「うーん、簡単に説明すると、大事な恋人を魔道士に盗られた主人公が、復讐してその恋人を取り戻す物語かな」
「へえ」
「まあ童話だからありきたりな設定だけど、そこに出てくるキャラクターが個性的でなぁ。未来からやってくる奴らが主人公の味方をして一緒に闘ってくれるんだけど、俺はその中でもラエルが好きだなあ」
「ふーん……」
何処かの図書館から絵本でも借りてくればいいだろうか。いや、もういっそネットでその〝トライ・グレース〟について調べるか? まあとにかくネタバレは食らったことだし、知識としては十分なのかな……いや、キャラの名前を全員覚えるくらいはしておこうかな。
そんなことを考えながら、僕は下校の準備を終わらせた。
「はい」
後ろから話しかけてきた松坂先生に、咄嗟に返事をする。振り返ると、松坂先生はなんだか浮かない顔をしていた。
「すまないな、いつも学級委員のお前に仕事を頼んで……。嫌なら、いつでも言っていいんだぞ?」
「何言ってんですか、先生。僕はこんな仕事量じゃ音を上げませんよ。それに、僕はやりがいを持ってやれているんで、先生が気にすることじゃありません」
「そうか……じゃあ、道具のことは任せる。ただ、それでも一人じゃ大変だって思ったら、いつでも俺や他の子を頼っていいからな?」
「分かりました。ありがとうございます」
松坂先生はお気に入りの黒いポーチを持って教室を出る。その後ろ姿を見送って、また僕は黙々と黒板を消す仕事に移った。
文化祭。もうすぐこの川田海(かわたみ)高校で行われる一大イベント。僕達は三年生で、高校生活の中での文化祭は最後だ。学校行事も、これから僕達は本格的に大学受験に向かっていくので、楽しく余裕を持って参加出来るものもこれが最後かもしれない。
最後なだけあって、僕達のクラスは結構張り切っている。この高校ではクラスとしての出店の他に、クラスとしての出し物を体育館で披露することも選択出来る。一年生の頃は出店だけに精一杯で、とても出し物なんかをする余地が無かったが、今年はクラスの中で前々からやりたい出店と出し物を、連絡を取りながら決めていたおかげで、約一ヶ月前に迫った文化祭についての準備は順調に進んでいた。
先程まで、クラスで出し物についての話し合いをしていた。僕達は劇をする。そこで、準備する物、大まかな役決め等を中心に議論した。その結果、少し意見の摩擦はあったものの、なんとか一時間で話は一悶着した。まさか、脇役を決めるのに気の強い男子が三人も立候補して、時間を食わされるとは思いもしなかった。
松坂先生はというと、教室の壁の方に寄り、僕達の議論の行く末を黙って見守っていた。小道具の話になった時、大量の古びた書物やらレプリカの剣などの中世のモノが必要となり、その話になった瞬間松坂先生は、それなら探せば家にあるかもしれない、と言ってきた。松坂先生は僕達の担任で、歴史の先生でもある。確かに、洋物の書物などが家の押し入れに詰められてそうだと思った。もしかしたら、剣などの小道具も普通に部屋に飾られてあるかもしれない。
だが、それは僕も一緒だった。自分の家にもたくさんの小道具があることを自負していたため、そこで僕は、「先生。何だったら、僕が準備しますよ」と言ったのだ。自分の家も探せばあると説明すると、「そうか」と、松坂先生は少し残念そうな顔をしながら言って、前傾になっていた体勢を元に戻した。どうしても、教え子達に自分のコレクションを見て欲しかったらしい。あくまで僕達は、自分たちが出来る範囲なら自分達でやるというモットーで動いていたため、それを勿論把握していた僕は、今回は松坂先生にはお休みしてもらおうと思ったのだ。
「なあ、透」
「ん?」
同じクラスの杉谷俊介が、僕が黒板を拭き終わったタイミングに話しかけてくる。
「お前、ほんとに知らないのか? 〝トライ・グレース〟」
〝トライ・グレース〟。今回僕達がやる劇のタイトルだ。
「ああ、以前から皆それがいい、それがいいって言ってたけど、俺だけなんか置いてけぼりされてる感じがしたな」
「はあーっ。童話だぜ? 小学校の図書館とかでチラッとでも目にしなかったの?」
「しなかった……と思う。どんな話なの?」
「うーん、簡単に説明すると、大事な恋人を魔道士に盗られた主人公が、復讐してその恋人を取り戻す物語かな」
「へえ」
「まあ童話だからありきたりな設定だけど、そこに出てくるキャラクターが個性的でなぁ。未来からやってくる奴らが主人公の味方をして一緒に闘ってくれるんだけど、俺はその中でもラエルが好きだなあ」
「ふーん……」
何処かの図書館から絵本でも借りてくればいいだろうか。いや、もういっそネットでその〝トライ・グレース〟について調べるか? まあとにかくネタバレは食らったことだし、知識としては十分なのかな……いや、キャラの名前を全員覚えるくらいはしておこうかな。
そんなことを考えながら、僕は下校の準備を終わらせた。
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