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第1章 OMT編

第72話 メック・カリソン②

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 レイナの研究所から帰った翔太は、夕食の席でロレンに黒豆を渡す。ロレンはありがたい、と感謝し、

「よく返してもらったな? 何かされなかったか?」

 と聞いた。翔太はうなりながら、さっき起きた奇妙な出来事を話す。

「変な花と会わされたんだよ。ネルソンとかいう喋る花にさ」

「へえ」

 ロレンのリアクションが薄いなと思いつつも、喋る花なぞこの世界では普通か、と翔太は気にせず話を続ける。

「その花、俺が地球人だってことを見抜いてきて。そして何だったかな、それを誰かにバラそうとしてたんだよ。結局、その花はレイナに止められてたんけど。最後にはレイナも変なこと言ってたし、もう何がなんだか……ロレン?」

 翔太の話を聞くロレンの顔が固まっていた。テーブルのある一点だけを見つめ、石化したかのように動かない。すると次の瞬間、ロレンの握っていたフォークが真っ二つに折れた。

「あっ! いっけね!」

「ロレン! 大丈夫?」

「ごめんごめん。俺は大丈夫。新しいフォーク取ってくるわ」

 ロレンは直前の表情と打って変わって顔がほころんでいた。厨房に向かったロレンを見て、翔太はさっきのロレンは一体何だったのだろうと考えていた。

 すると、翔太の前の席にナータが座ってきた。

「あ、ナータお疲れ」

「……お疲れ様です」

 癖でむしり過ぎたためだろうか、ナータの髪はボサボサで、顔も少しやつれているように見える。翔太は心配になった。

「大丈夫? 勉強しすぎてない?」

「小まめに……休息は取っている……つもりだったんですが、疲れているように……見えます?」

「うん、見える」

「はは……よかった」

 何がよかったのか意味不明な翔太だったが、机に倒れるようにして席に座ったナータを見て、彼は思った以上に疲れてるのだなと感じ取った。

 新しいフォークを取って戻ってきたロレンに、翔太はOMTに関しての質問をする。

「なぁ、思ったんだけど、レイナから以前、他人に自分の姿を感知させない粉を貰ったことあったんだけどさ、それってOMTにも使えたりしないのか?」

「違反行為だな、それは。もし発覚したら即失格になる。ドーピングに値する行為だとされるんだ」

 翔太はさらに聞く。

「“発覚したら”……って、発覚しなかったら使ってても失格にならないのか?」

「そりゃあな。だが、あんな大舞台で堂々と、誰にもバレずにルールを破れる奴なんていないさ。その考えはやめとけ」

「そっか……」

 そこで、三人の中の会話が途切れた。
 食器の擦れる音。いつもと変わらない料理の味。信頼する仲間との食事だ。ここだけ見れば平和だが、翔太はそんな食卓に寂しさを覚えていた。メックがいないためだ。

 翔太は虚ろな目のナータに直接聞く。

「なぁ、ナータ。メックっていつも何処にいるんだ?」

 ナータは疲れ果てた脳をどうにか動かし、答える。

「あの人は……この学校の地下に研究室を……構えてますよ。トレーニングルームに続く階段の、近くに……」

 そこまで言ってナータはとうとう寝に入った。クリームシチューの皿に顔を浸して。

「あ、ありがとう、ナータ。……顔あげた方いいよ」

 ____夕食後、翔太はメックのいるであろう学校の地下へと向かった。

 暗い階段を下りた先には両開きの扉。その窓から眩しく強い光が見える。翔太が扉の前まで立つと、部屋のセキュリティが作動した。

「ニュウシツシャ、スキャンチュウ……。本学校、戦闘科上級クラス、佐々木翔太とデータが100%一致。……ニュウシツヲキョカシマス。」

 そのアナウンスと同時に、扉の向こうから「え!? ウソウソ! 待って!」と慌てた声が漏れる。翔太は、確かに何も言わずに訪れるのは急すぎたかと感じた。

 自動で扉が開くと、そこにはボロボロの作業服を着たメックがにこやかに翔太を迎えていた。

「しょ、翔太くん? どうしたの? こんな時間に……」

「い、いや、急にごめん。朝の件、謝ろうかと思って」

「え、いや全然そんなのいいよ! 翔太くんは何も悪くないんだし!」

 メックは、擦りきれた手袋を着けた両手を強く振る。だが翔太はここで、もっと彼女のことを知っておかなければならないと考えた。でなければまた、彼女を傷つけることになるかもしれない、と。翔太はとどまる。

「いや、朝は本当に俺が悪かったよ。……それにしても凄い部屋だね。色々見ていい?」

「どっ、どうぞどうぞ!」

 翔太は近くにあった人型ロボットを見つめる。全身黄土色で、高さは2mはある一つ目のロボット。翔太が、今にも動き出しそうだなと思ったその時、

「やぁ、ハジめまして」

「うわぁ!!」

 ロボットは翔太に握手を求めてきた。

「その子はナイト。この部屋の番人。危険な子じゃないから安心して」

 メックがそう補足する。翔太は恐る恐るロボットの手を握る。

「これは、メックが造ったの……?」

「そ、そうだね。まだあんまり、人に見せられる物じゃないんだけど……」

 充分すごい、という褒め言葉が出そうになったのを翔太はグッと堪えた。それは、ロボットの腰に大きな剣が備えられていたから。「戦争のため」という考えが翔太の脳裏をよぎる。

 翔太は次に、あるゴーグルを手に取った。

「これは?」

「それは、疑似的な魔眼のゴーグルだね。マナを消費するし、使える時間も短いけど、着けたら一時的に魔眼と同じ視界を視れるんだ」

「そんなのもあるのか……」

 翔太は静かにゴーグルを元の位置に戻す。彼の心には、本当にこれはメックの意思で造られた物なのか、という疑問が沸き上がってきていた。

「……で、これは?」

「え、えっと、これ、あんまり人には見せちゃいけない物なんだよね。OMT用に出すやつだから……」

 メックがOMT用に造っていたのは、巨大な金属製ミサイルのエンジンであった。

「今、ミサイルを遠くに飛ばすためのエネルギーを作ってるんだけどさ、不規則な動きをするマナを使ってるせいで飛距離が不安定なんだよね。こんなんじゃダメ。もうOMTは目の前だってのに……」

 二人の間に静寂が流れる。メックが話を終わらそうと口を開いた。

「ま、まぁ、今は毎日これに費やしてるんだ! だから、ごめんね! 今日は夕飯の時に顔出せなくって! 私も忙しいからさ、だから今日はもう……!」

「メック……」

 翔太は最後に一つだけ、メックに聞きたいことがあった。

「メックは今、自分のやりたいことやれてるのか?」

「えっ…………?」

 “やりたいことをやる”。それは以前、翔太がロレンに気付かされた大事なことだった。

「今やってることが、本当に楽しいのか? メックはどう思ってるのか、それだけ聞きたくて……」

 メックは顔を伏せた。たが、翔太からは見える。彼女の顔が徐々に赤く染まっていく様子が。

「なんで、そんなこと聞くの……?」

 メックは手袋の着けた手で目元を拭う。

「楽しいかどうかなんて、もう考えてないよ……。自分で何がやりたいのかすらも、もう分からない。でも、やらなきゃなんだよ? 周りが求めてくるから……。それに応えなきゃ……あたしは……」

 メックは泣き崩れた。

 翔太も、胸の底から熱いものが込み上げてくる。自分という存在が分からなくなった、前までの自分を思い出していた。周りの期待に応えようとしたばかりに、自分を見失ったあの頃。だけどメックは今、自分とは比にならないくらいの重圧を受けているはず。

 そう思って翔太はメックの手を取る。

「メックの才能は、悲しみや憎しみを生むためのものじゃないよな。大人たちが何と言おうと、メック自身の思いだけは自分で潰さないでほしい。もし……もしも何かあったらさ、俺たちがメックのことを守るから。だから、泣かないで」

「う、うぅ………………」

 メックの泣く声が研究室に響く。翔太は彼女が落ち着くまで、その部屋に居続けた。

 翔太は心身ともに疲れていたが、その夜は遅くまでメックと共に過ごした。お互いの過去の話、メックが今まで作ってきた物の話。その中で翔太は、彼女から魔法の知識についても得ていた。

 翔太が、OMT当日で活かせそうと感じた知識。それは、“流動的マナエネルギー”と言われるものだった。

 マナ粒子は火や水など様々な性質を持つものがある。それらを球体の中で上手い具合にぶつけ合わせると、粒子たちが勝手にぶつかり続けるようになり、半永久的にエネルギーを生み出す球体ができるのだという。

 メックは、その中でも大きな力を持った、持続的な“流動的マナエネルギー”をミサイルのエンジンに取り付けようとしていた。

 翔太の中で何かが閃く。“流れ”るような、マナの“エンジン”。

 翔太は、P2が優れている人には誰がいたのかを思い出し、次の日の修行に臨んだ。
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