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第1章 OMT編

第55話 影に

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 ー 翔太たちの修行場での事件後 校長室 ー

 荘厳な雰囲気を醸し出す、重い扉を叩く音。

「入れ」

「失礼します」

 校長と顔を合わせるのは、上級クラス副担任のゲノ・バレン。

「どうしました? ゲノ先生」

 校長は、椅子の背もたれに深く腰をかけながら聞く。

「どうしました、じゃあありませんよ、フルージヤさん。あの翔太という男の存在、どうして教えてくれなかったのです?」

「あぁ……ハハ。成績表でも見たのかな?……いや、忘れてたよ。すまないね」

 校長は、悪びれた気もなく平坦な声色で謝る。ゲノは顔をしかめた。

「他は知ってるんですか?」

「まぁ、知ってる人もいるね」

「……上には報告したんですか?」

「上? 私に上なんていたか?」

 大きく両手を広げ、額にシワを作る校長。ゲノの顔は鬼の形相に変わった。

「ふざけるのもいい加減にしろよ……! いつまでもそうやって、私たちに釘を刺せると思うな……!」

 校長は顔色ひとつ変えない。

「まぁ焦るな。彼は逃げないよ。ただ、今だけ、彼は私の好きなように利用させてもらうんだ」

 天に達したゲノの怒りが弾けようとしたその時、張り詰めた空間に一つの音が響く。それはノック音、そして、

「ミア・フィリントンです」

 ゲノは舌打ちをした。

「ほら、ゲノ君、去りたまえ。もう君に言うことはない」

 校長はゲノに邪魔だ、と手で払う素振りを見せる。

 ゲノはドアに手を掛け、

「後悔しますよ」

 そう言い捨てて校長室を立ち去った。


 ー 同時刻 アレス ー

 アレスはコスティエ街のある路地裏、老舗の飲食店が建ち並ぶ場所に来ていた。アレスは父が残した廃れた手帳と、メモだらけの地図を両手に持ち、目的の場所を探す。

 着いたのは、築100年は超えるオンボロな居酒屋「Shade」。入り口の木でできた「Welcome」の文字は黒ずみ、二つほどスペルも欠けている。少しツンとくるゴミの臭いを嗅ぎながら、アレスはその開きが悪い木の扉を押した。

「おや……見ない顔だね。どうぞ、お好きな席に」

 店のオーナーが、グラスの手入れをしながらアレスに話しかける。

 店内には、長いカウンター席とテーブル席が四つほど。アレスの他にはカウンター席に三人、客がいるだけだった。

 その三人の中でも、一番歳をとっているであろう白髪の老人が笑い出す。

「おいおいレンさん! 今頃初見さんとは運がキテるんじゃねぇか!? こりゃまた繁盛するぜ?」

「いやいや、それはないですよ」

 老人の言葉に謙遜するオーナー・レン。「そこまではいかねぇか」と頬を赤く染めながら、その老人は喉に酒を流し込む。

 アレスは再度手元の手帳に視線を落とし、間違いがないよう確認するとカウンター席の方に向かった。

 アレスはその白髪の老人の横で立ち止まる。

「あなたが、グレン・ブラーソンさんですか」

 老人は酒を飲む手をピタリと止めた。

「……なぜ俺の名を知っている?」

 他の二人の客も視線をアレスに向ける。店内には、オーナーがグラスを磨く音だけが響く。

「まさか、国の回しもんか? てめぇ」

 老人・グレンがアレスに揺さぶりをかける。アレスは表情ひとつ変えず、「違う」とハッキリ否定した。

 だが、グレンは疑い続ける。

「……じゃあなんだ? こんな真っ昼間に、お前みたいなガキがこの店に来るなんて不自然だ。それも酒じゃなく、どうやら俺目当てときてる。おめぇ、次の言葉次第じゃあ……分かってんだろうな?」

 グレンの刃物のように鋭い眼差しがアレスに向けられる。他の二人の客も、グレンの取り巻きとして身構え始めた。

 アレスは口を開き、

「俺を……俺を弟子にしてください、お願いします」

 そう言って、深々と頭を下げた。グレン、他二人にも予想できなかった言葉。グレンは頭を振り、もう一度聞き直す。

「おいガキ。おめぇ、人違いしてねぇか? どんな奴に頭下げてるのか分かってるのか?」

 アレスは頭を上げる。

「分かってます。人違いじゃありません。元“黒豹”メンバー、グレン・ブラーソンさん。あなたに頭を下げに来ました」

 アレスの目は真っ直ぐと、確かにグレンの方に向けられていた。
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