26 / 27
第一章 家庭教師と怪力貴公子
退屈しない人生
しおりを挟む離宮に戻ってから僕は、これまでの認識を改めた。
フォルテさまは、同性の伴侶を欲しているのだ。
「サフィはこれまで思い違いをしておりました」
「は?」
とある書物を、ぐいとフォルテさまの胸に突き出した。
タイトルは『当世花街美男案内』。つまり男娼が控えている店のガイドブックである。僕もようやく、フォルテさまの性的指向を理解できたと思う。
「これまでの無理解をお許しください。嫌な思いをさせましたよね。あ、あともう一冊。こちらの書物は性に関する技を説いた男性専用の内容です。潤滑油は品質の優れたものを引き出しに用意してありますので……」
「ちょっ、ちょっと待った! お、おまえ、なんか勘違いしてるぞ!?」
フォルテさまが焦ったように僕を遮った。
「……ご安心ください。何人か呼びますので、お好みの者を選べばよいのです」
「そうじゃねえって! 俺の相手は……おまえだよ、サフィ!」
「僕でいいのですか……? 分かりました」
表情をきりりと引き締めた僕を見て、フォルテさまは変な顔をした。
「お、おい……おま……ほんとに分かってんのか、怪しいんだけど……」
「僕の貧相なお尻でも、あなたが満足できるように、サフィは精進いたします!」
拳をぎゅっと握って、凛々しく宣言した。
途端にフォルテさまがしらけた顔になる。おまえなんか使えない、とでも思われているんだろうか。僕は慌てて、力強く言い募った。
「大丈夫です、サフィのほうが年上なんですから!」
「あー……もういいや。なんか違うし」
「え? で、ではやはり娼館の者を呼びま……」
「やめろって言ってんの! 俺は、おまえとシたいんだよ!」
不平を滲ませた声で、ぶうと拗ねる。
「俺が欲しいのは……っ!」
フォルテさまが強い力で僕の手首を引いた。
「サフィだ! サフィをぎゅってして、チューってして、入れて出して、またぎゅーっとして、一緒に寝ることだよ!」
それは……ま、まぐわいたいということだよな。分かる、それは分かってる。盛んなお年ごろだもの。
「いいから、おとなしく俺に捕まれ。そんで、恋人になれ」
「こ、恋人!?」
恋……? 恋ってなんだっけ、恋人ってなんだっけ。
僕は、ぶんぶんと首を振った。
「……んだよ。俺のこと嫌いだった? 俺が子供すぎてつまんない?」
そういうことじゃない。首を振る。
「……俺の体臭で吐きそうになるとか?」
ぶんぶんぶん。首をいっぱい振って否定する。
そんなことありません。フォルテさまは成長してからも良い匂いがするし、多少臭ったからって嫌いになんてなりません。
「じゃあ、なにが問題なんだよ!」
「僕は、あなたの家庭教師です!」
切羽詰まった口調で、まくしたてた。
「……だから?」
フォルテさまが拳で枕を叩いた。ぶわりと羽毛が舞う。
「家庭教師だから恋人にはなれない? 家庭教師だから俺と暮らしてる? じゃあ、家庭教師じゃなかったら? ……おまえ、役目がないと、俺と一緒にいてくんねえの!?」
フォルテさまの目元が赤く染まって、瞳が潤む。泣かせたくない。泣かせたくはないけれど。
「だ、だって……そうじゃなきゃ僕なんて……も、もやしですし……おじさんですし……」
「時間かけるのは、まどろっこしくて嫌いだ」
掴んだままの手首を引かれて、寝台に押し倒された。フォルテさまの唇が近づいてくる。顔を逸らしてそれを避けた。
「いっ、いやです! 接吻はしませんっ……!」
「だから、なんで嫌なんだよ! あのときだっておまえ、唇だけは許さなかった! 訳を教えろよ!!」
「だ、だから……チューまでしちゃったら……!」
いつか、僕ではないちゃんとした恋人のために取っておいたら良い。
そう、そう思って僕は……だけど、それだけじゃない。もっと、心の奥には……。
「こわい、から」
「サフィは……キスが、こわいのか?」
「だ、だって……キスまで許したらっ……飽きて捨てられそうで……こわいんですっ!」
キスしたら、恋人みたいだ。恋人になったら、捨てられるのが嫌だ。去られるのが嫌だ。
失うかもしれない恐れに怯えるくらいなら、今の関係を変えたくなんてない。
フォルテさまは思いがけないことを言われたらしくて、一瞬目を大きく瞠った。それから、仰反るようにして笑った。
「飽きられそうでこわいって……それ、俺のこと大好きってことじゃん」
「だっ、誰もそんなこと言ってませんよ!」
「言ってるのと同じだぜ?」
寝台に膝をつき、フォルテさまが僕の上にのしかかる。
「……俺を信じてくれないのか。だったら、死ぬまで一緒にいればいい。一生かけて証明してやる。サフィには、俺の心を見届てもらうからな」
「死ぬまでって……そんな簡単に言わないでください」
見届けろって。
どうしたらそんな発想になるんだ?
「あなたと比べたら、僕はおじさんです。しかも、ただのおじさんじゃなくて、虚弱なおじさんなんです。あなたの気持ちを見届ける前に、ぽっくり死んじゃいますよ」
「は? どこがおじさんだよ。出会った時からあんまり変わってないけど?」
「あ、出会ったころのほうがおじさんだったかもですね……引きこもりだったし」
フォルテさまと出会ったころ、僕の心は老人だった。フォルテさまと一緒に過ごすようになって、だんだん若返ってきた気がする。そう思ったら、自分でも意外なほど腑に落ちた。
一人で「そうだ、そうだよ」頷いていたら、フォルテさまがぷんぷんと怒り出した。
「だーかーらー! サフィはおじさんじゃねえってば!」
「本人がおじさんだっつってんじゃないですか! 僕がおじさんって言えば、おじさんなんです!」
「なんだよその暴論は! ヒゲだって生えねえくせに!」
「生えますよヒゲくらい! 薄いけどちゃんと毎日生えますし、毎日剃ってます~!!」
「嘘だね! だって俺見たことねーし!」
くだらない言い争いを繰り返し、ぜいぜいと二人とも肩で息をした。
「くっそ……しぶといな!」
「年の功と言ってほしいですね!」
互いの瞳が、生存競争中の野生動物のように、ぎらぎらしている。
しばらく見つめあっていたら、出し抜けにフォルテさまが身を乗り出した。
「あぅっ……」
手首を押さえつけられる。顔を横に向けようとしたとき、唇をやわらかいもので覆われた。
はむ、と軽く歯を立てられて、そのやわらかなものがフォルテさまの唇だと分かった。赤いまつ毛が音もなく震えていた。
舌が唇を割り開き、口腔に侵入した。歯列をなぞり、舌先が上顎をなぞる。
くすぐったくて吐息が漏れた。
「んっ……ふっ、んン~……っ!」
何度も吸い付いて啄まれたあと、ようやく唇を離される。フォルテさまの息が弾んだ。
「……可愛いよ、サフィ」
フォルテさまの指が、僕の火照った頬を撫でる。
「あっ……ぅん」
背筋がぞくぞくして、心臓がばくばく飛び跳ねた。
媚薬を飲んで以来、ずっとおかしい。フォルテさまに触れるだけで体がカッと熱くなる。お側に近づけば近づくほど、胸が引き絞られるみたいに痛んで、毎日こんなふうに押し倒されていたら……苦しくって、身が保たない。
「……フォルテさまといると、心臓がいくつあっても足りません」
「でも、退屈しないだろ?」
フォルテさまは愛らしく微笑んだ。
(第一章・完)
21
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

辺境で待っていたのはふわふわの愛でした
宇井
BL
前の夫に離婚されたアリーは傷物とされているが、叔父の勧めで二度目の結婚のため辺境へと旅立った。
新しい旦那様は領主。年の差が二十もある病弱な人らしい。優しい人だといいな。
年齢差のある二人の優しい話。よくあるお話です。美中年が攻め。
【道徳心】【恐怖心】を覚えた悪役の俺はガクブルの毎日を生きています。
はるか
BL
優しき人々が生きる国で恨まれていた極悪非道なグレン。
彼は幼少の頃に頭を強く打ち、頭のネジが抜けた事により【道徳心】と【恐怖心】が抜け落ちてしまった為に悪役街道をまっしぐらに進み優しい人々を苦しめていた。
ある時、その恨みが最高潮に達して人々はグレンを呪った。
呪いによって、幼少の頃無くした【道徳心】と【恐怖心】を覚えたグレンは生まれて初めて覚える恐怖に怖れ戦き動揺する。だってこれから恐ろしい報復が絶対に待ってる。そんなの怖い!
何とかして回避できないかと、足掻き苦しむ元悪役宰相グレン(27才)の物語です。
主人公が結構クズのままです。
最初はグレンの事が大嫌いな国の最強兵器である騎士のディラン(20才)が今まで隙の無かったグレンの様子がおかしい事に気付いて、観察したり、ちょっかい出したりする内にグレンが気になる存在になっていき最後は結ばれる物語です。
年下人間兵器騎士(金髪碧眼イケメン)×年上宰相(黒髪黒目イケメン)(固定CP)
※設定が緩いのはこの世界が優しい人々しか居なかった為で決して作者のせいではありません。
※突っ込みは全て「優しい人々しか居ない世界だったので」でお返ししたいと思います。
※途中、顔文字が出てきます。苦手な方はご注意下さい。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる