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第一章 家庭教師と怪力貴公子
対面
しおりを挟む熊との闘いはちょっとした騒動になった。
ボロボロになった僕らが街道をとぼとぼ歩いているのを村人たちが発見したのだ。
「あんたら、熊に遭っただか? よく生還したなあ!」と驚かれた。
舞踏会でのマンドラゴラ騒ぎの始末もあったため、後日、僕とフォルテさまは王宮の中枢──玉座の間へと通された。
玉座により近いところにフォルテさまが膝をつき、その斜め後ろに僕が跪く。
「息災か?」
玉座から低く穏やかな声が降ってきた。フォルテさまが一礼して、ゆっくりと頭を持ち上げる。
父子の対面だ。夜の闇より深い漆黒の髪に、金の瞳。国王アマデウス一世は、静かにフォルテさまに語りかけた。
「話すのは、いつぶりであろうな?」
「……知りません。たぶん、話したことはない」
「はは、そうか。おまえと言葉を交わしたことは、なかったか」
アマデウス王は少しだけ目元を緩めた。
「経過報告をしよう。北方の小貴族が吐いた。獣を使い、マンドラゴラ栽培をしていたとな。おかげで禁足地を守れたし、他の貴族にも良い見せしめになった」
男爵家の代替わりを機に、新当主は本格的に麻薬生産に手を出したらしい。引退した前男爵にも話を聞くため、召喚中だという。
だがこれで因縁の薬物問題に根本から斬り込めた、と国王は嬉しそうに語った。
「息子の舞踏会を潰した甲斐があったな」
「それは不可抗力だろ……謝罪が必要か?」
フォルテさまが陛下に問う。舞踏会で暴れたことや、僕とまぐわうために姿を消したことを指しているのだ。陛下の御前だというのに、ぽぽぽぽと頬が熱くなる。うずくまって消えたくなった。
けれど国王は声色を変えることなく淡々と言った。
「謝罪などいらん。ただの報告だ」
フォルテさまが黙っていると、陛下は重ねて言葉を紡いだ。
「もうひとつ報告がある。おまえが闘った熊のことだ」
熊と言われて、フォルテさまは挑むように顔を上げた。
「この国の資源を狙う密猟者がいてな。その者たちが王都周辺の森を荒らしていた。人に怒りを向けるだけの理由が熊にもあった」
密猟者が出るのは、めずらしいことではない。
シテール王国の森や獣は資源になる。肥沃な大地と森は常に国境を接する諸国からは羨望のまなざしを向けられているのだ。
フォルテさまはやや尖った声を出した。
「……言っとくが、熊は殺してないぞ。サフィが、あいつらは森の神だって教えてくれたから」
「よい計らいだった。あの森は街道に近い。遅かれ早かれ、凶暴化した熊に人が襲われる事態になったはずだ。熊とやり合うなど想像できんが、よくやったな」
国王がフォルテさまを褒めた。僕は心の中で歓声をあげた。
しかし間合いを測るように、父と子は互いの出方を窺いあっている。先に口を開いたのは国王だった。
「ああ、ところで……もう家庭教師が必要な年ではなかろう?」
「──は?」
「その子をラウィニアに返してやれ」
話の矛先が僕に向いた。暇を取らせては、という話に、愕然として目を見開く。
「断る!」
噛みつくような勢いで、フォルテさまが叫んだ。
僕はフォルテさまを斜め後ろから見つめた。その横顔は、どんな剣よりも鋭く研ぎ澄まされている。
「サフィは俺の伴侶にする! 今、口説き落としてる最中なんだよ。国王だろうがなんだろうが、俺の邪魔するんじゃねえ!」
フォルテさまは猛然と、怒りも露わに言い募る。
は、伴侶って……?
冗談にしても、陛下の御前。どう反応して良いのか分からず、顔を上げたり下げたりするが、身の置き所がない。
国王陛下も思案顔になった。フォルテさまが変なこと言うからだ。陛下は玉座に肘を置き、頬杖をついた。少し呆れたような、ちょっと面白いものでも見物するような、そんな様子だった。
「口説き落とせていないなら、おとなしく諦めてはどうだ?」
「うるせえよ!」
「聞く耳持たぬか……青いな。初恋か」
「はっ……か、関係ねえだろうが! も、もうこの話はおしまいだ!」
「要は信用されていないのだろう? 今はおまえが努力する時期かもしれんぞ」
楽しそうに揶揄う国王に、フォルテさまは舌打ちする。取ってつけたような恭しい態度は、とっくにかなぐり捨てていた。
国王陛下は仕切り直すように姿勢を整えた。
「そこで、おまえに提案がある。北の辺境に、人語を解する狼がいるらしい」
「あん?」
「そいつは人を喰らうそうだ。辺境の民が怯えている。フォルテ、狼討伐に行ってみないか?」
「狼……それは王命ってやつか?」
「命令とは言っておらん。ただの提案だ。北にはよい温泉があってな……たしか、バーニャといったか。旅を利用して、二人の仲を深められるぞ。狼はついででよい」
「……ついで? そんなんでいいのか?」
「北には軍神がいるからな」
軍神・テッサリア辺境伯。その名は貴族に限らず、平民にも知れ渡っている。
古来より何度もこの王国を北の蛮族から救ってきた英雄の末裔だ。テッサリア伯の軍隊なら北の守りは最強だろう。となると、フォルテさまが出張るまでもないはずだが……。
しかし陛下は力なく目を伏せた。黒い眉が微かに寄せられる。
「だが状況は芳しくない。北の狼のせいで多くの獣たちが南下を始めた。街でも獣がらみの事故が増えている。狼対策は国の急務なのだ。おまえが悪しき狼を駆逐し、事態をうまく解決できたそのときは……王の名においてサフィア・ラヴーシュとの婚姻を許そう」
「ホントか!?」
フォルテさまが食いついた。僕も当事者のはずだが、置き去り状態で勝手に話が進んでいく。
危ない雰囲気ですよフォルテさま。国王は「提案」だとか言ってますが、実質フォルテさまへの依頼ですよ、命令なんですよこれ。簡単に頷いちゃいけません!
そう思うのだが、思っているだけではフォルテさまは汲み取ってくれない。
「行く!」
素直に即答してしまった。国王が満足そうに頷く。
直情的なところは嫌いじゃないけれど……僕は「あちゃあ」と、手を額に当てた。
国王陛下が僕に視線を移す。慌てて姿勢を正した。
「ラウィニアの子、サフィアよ。フォルテを頼んだぞ」
陛下の表情は柔和だ。が、眉ひとつ動かさない端正な容貌で見下ろされると、背筋をぞわぞわと畏れが這い上がってくる。
「っ……は、はい」
「そなたに惚れ込んでいるらしい。初恋とは往々にして厄介なものだが……好意は押し付けるものではないからな。振りたいときは遠慮なく振ってやりなさい」
玉座に座る国王の目が、僕にひたと据えられた。藪の奥から睨む獣のようだ。獲物を見定めるように金の目を光らせている。
フォルテさまも肩越しに振り返り、「俺を振ったら殺す」みたいな目で僕を射抜いてくる。
似たもの父子だな……。
問われるまでもなく、心は固まっている。
とことんフォルテさまについて行く。それこそ、地の果てまでも。
それはきっと、僕にしかできないことだから。
臣下の最敬礼をとり、しっかりと頷いてみせる。
「御意にございます」
僅かに声が掠れた。震えそうになる体を押さえ込み、陛下の目を見つめ返した。
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